23
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
スタリオンの青龍が告げた「ロターニャの王がこの戦争の引き金」という発言は、ソリドール平原にいた全ての騎士全員が聞いている。そわそわと浮き足立つ騎士たちをとりまとめるために、各騎士団長たちは集まった。
「まずは御活躍、おめでとうございます。」
不死鳥騎士団の副団長から祝われたフレデリックとオスカーは、だが厳しい表情のままだ。
「いかにスタリオンとはいえ、神獣は嘘をつかない。我らの王がこの戦争の引き金だという言葉を重く受け止める必要があるだろう。」
フレデリックの言葉に、ほとんどの騎士団長たちは頷いた。
「それと共に、王と共謀した貴族、そしてその意を汲んで裏切る計画を立てていた騎士団がこの中にいる。我々はその騎士団長を捕らえねばならない。」
「そうですな。して、どのように見極めるのでしょう?」
疑惑のウォルター伯爵騎士団長イサークが発言した。
「それを言ったら、こちらの手の内を明かすことになろう。各騎士団長とは個々に話し合う予定だ。王都へ帰還しながら面談を行う。途中での帰参は認めない。」
「急ぎ帰りたいという騎士たちには何と言えば?」
「裏切り者をあぶり出し、連行するため。それ以外に何がある?」
イサークの表情の変化は、長年人を見続けてきたフレデリックでなければ気づけないだろうが、明らかに動揺を示している。フレデリックは解散を告げた。
「デリック。俺が囮になります。」
「まだ何も言っていないぞ。」
「あなたは奴らを煽って、あなたを襲わせようとしている。あなたが怪我をしたら、クレアが悲しむとは思わないのですか?」
「……お前に何かあったら、もっとクレアは悲しむだろう。」
「我々二人が生きて帰らねばなりません。だからこそ、俺が囮になります。俺だと分かればやつらは手加減しないでしょう。それも証拠になります。」
「……。」
「お願いです。あなたに借りを返したい。」
「借り?」
「はい。デリック、あなたがクレアを保護してくれたからクレアは生きている。そして、あなたは俺にクレアを看病させてくれた。それだけではない、あなたは俺がロターニャで困らぬようあちこちに手を回してくれた。おかげでグラシアールの騎士である俺が、このロターニャで厚遇された。これを借りと言わずして何と言えと?」
「俺が好きでしたことだ。」
「それでも、一人の人間として、あなたに感謝したいのです。」
「…絶対に無理をするなよ?」
「はい。ありがとうございます。」
その晩からオスカーはフレデリックの影武者として動き始めた。だが不死鳥騎士団の団長の鎧を身に纏うことに対して、ちょっとだけびびったのは内緒の話だ。オスカーは周囲の騎士たちとも協力して行動した。
疑惑の騎士団長との面談は、王都まであと一日という距離まで戻った所で行われることになった。フレデリックはオスカーとお揃いの騎士服を着てテントに入った。突然、強烈な香の臭いを感じたフレデリックは、そのまま倒れ込みそうになった。オスカーが咄嗟にフレデリックを外に蹴り出すと叫んだ。
「団長に解毒薬を!早く!」
外にはフレデリックの部下が待機している。慌てて駆け寄った部下たちが見たのは、魔術師がイサークと意識を失ったオスカーを抱えてまっすぐ王都に向かって空を飛んでいく姿だった。流石の神獣騎士と言えども、不意打ちで魔術を使われてしまえば対抗することはできないのだということを、フレデリックはじめ騎士たちは再認識させられた。
「オスカー!」
薄れゆく意識の中で、フレデリックは呼びかけた。だが、フレデリックはそのまま部下たちに運ばれた。そして、以前クレアが教えてくれたレシピから作らせてあった解毒薬を飲まされた。一時間もすると、フレデリックの意識は元に戻った。フレデリックの目が怒っている。
「オスカーを救出する。そして、国王と、ウォルター伯爵、及びウォルター伯爵領騎士団長イサークを外患誘致罪で裁いてやる。」
魔術師が王都へ向かったと言うことは、王の傍に魔術師がいると言うことだ。油断はできない。一度体勢を整えるため、そしてウォルター伯爵領騎士団の騎士たちを王都に入れないため、フレデリックは一旦フェルディナントの公爵領に行くことにした。フェルディナントに鳥を飛ばし、ウォルター伯爵領騎士団の拘束を依頼すると共に、食糧などの確保を要請した。
「オスカー、必ず助ける。絶対に死ぬなよ。」
オスカーを婿、いや息子のように感じ始めていたフレデリックは、王都の方を一度だけ見、公爵領へと馬を急がせた。
・・・・・・・・・・
クレアが目を覚ました。クロリスとジルが泣きながら駆け寄ってきた。
「もう、体に無理はないのかい?」
「はい。あの、今どういう状況なのでしょうか?」
クロリスとジルは順を追って説明してくれた。そして、オスカーがクレアを探しに来たこと、その証拠があるから左手を見て御覧と言われ、クレアは瞠目した。
「この指輪……。」
「結婚を決めた時に、二人で選んだんでしょう?オスカーは薬指にはめようとしたんけど、クレアが健康的になったから小指にしたんだよ。」
「それって、太ったってこと……?」
「違うよ。前が異常に痩せていただけ。今だってクレアは痩せ体型だ。もう少し太らないと子どもは産めないよ。」
「こ、子どもって!」
「まあまあ、今はそんなことはいいさ。それより、大切なことを二つ言うよ。
一つ目。昏睡状態のクレアを確実に保護するために、団長はクレアを養女にした。クレアにとっては不本意かもしれないが、そうでもなければこの公爵邸の客室で厳重に守ることができなかったからね。諦めた方がいい。」
「……はい。」
「それから、二つ目。スタリオンがロターニャに攻め込んできた。団長もオスカーも、最前線に出ている。怪我をして帰ってくるかもしれないから、魔法薬を作ってくれないか?この国には魔法薬師がほとんどいない。いても王城のお抱えだ。騎士団にさえ派遣されないんだよ。だから、普通の薬しかない。それでもいいんだが、相手はスタリオンの魔術師だ。魔法薬でなければ効かないものもあるだろう?この国の騎士たちのために、作ってほしいんだよ。」
クレアはじっとクロリスの顔を見た。
「作った薬が悪用されるようなことは?」
「ないね。足りなくて催促されることはあるかもしれないよ。」
「……分かりました。私、この国の皆さんの役に立ちたいです。」
「いいね。材料は団長のお金で買えばいいって言われているから、森へ行っちゃ駄目だ。いや、この公爵邸のこの部屋から出てはいけないことになっているから、我慢しておくれ。」
「……過保護?」
「そうだね。困ったお父様だよ。」
クロリスがそっと髪を撫でてくれた。
「それにしても、目覚めてくれて本当に良かった。お礼を言うよ。」
「そんな、お礼なんて。」
「不死鳥に談判するなんて、本当にあんたは引っ込み思案なんだか豪胆なんだかよく分からないよ。」
「ふふ。」
翌日からクレアは怪我の治療薬だけでなく、魔術師に掛けられた呪いを解くための魔法薬などを作り始めた。要請があればいつでも届けられるよう、ラベルを貼って種類毎に箱に詰めていく。グラシアールの北方騎士団にいた頃のことを思い出す。あの頃は、仕事をしている時だけ生きているように感じていた。そこにオスカーが来て……。
傷薬を手に持ったまま、クレアはふと考え込んだ。オスカーが探しに来てくれたことはうれしい。おそらく誰かが解毒薬を作ってくれたのだろう。だが、オスカーが指輪をはめてくれた今でも、クレアはオスカーが怒っていないか、オスカーが今でも自分のことを好きでいてくれるのだろうかと落ち着かない。もし、クレアを許してくれて、また一緒になろうと言ってくれたとしても、自分はついて行っていいのだろうか。本当にオスカーの迷惑にならないだろうか。
そしてクレアは自覚した。オスカーへの愛が全く色あせていないということを。
「オスカー様・・・ご無事かしら。」
突然フェルディナントが飛び込んできた。
「クレア!オスカーが敵の手に落ちた!」
クレアの手から傷薬のボトルが落ちて、バリン、という音と共に床に砕けた。
「詳しいことはフレデリックから聞こう。今晩には戻るはずだ。」
倒れそうなクレアを、クロリスが支えた。
「今は状況が分からない。落ち着いて待つしかないよ。」
クレアは小さく頷いた。
・・・・・・・・・・
フレデリックから話を聞いたクレアは、オスカーの身に迫る危険の大きさに動揺し、パニックを起こしてしまった。呼ばれた医師に鎮静剤を打たれたクレアは今、ベッドで眠っている。その眦には涙の後が生々しく残っている。
「オスカーを救出するための作戦を考える。クレアのためにも、かならずオスカーを救い出すぞ。」
フレデリックの言葉に、クロリスとジルが頷いた。
・・・・・・・・・・
真っ暗な空間。窓がなく光が入ってこない。上下の感覚さえおかしくなりそうだ。テントの中で変な臭いを嗅いだことで、何か悪影響があったのだろうか。魔術師に意識を奪われて誘拐されたオスカーは、王都に運ばれた。運んだのは、スタリオンとロターニャ王の連絡役をしていた魔術師であり、青龍騎士団の副団長だったリナルドという男だった。彼らはフレデリックを暗殺せよというロターニャ国王の密命を帯びていた。だが、ソリドール平原の戦いで「不死鳥の騎士」フレデリックの力を見せつけられ、リナルドは畏怖していた。それと同時に「不死鳥の騎士」を問題視していた。スタリオンの騎士団、魔術師を圧倒したフレデリックを何とか抹殺せねば、スタリオンも滅ぼされる。リナルドはフレデリックを連れてきたつもりだったが、ロターニャ王は意識を失ったオスカーを見て知らない男だと言い、王宮の地下牢へ入れるように命じた。
王はフレデリックを恐れていた。元々第一王子だったからという理由だけで王太子、王になった人物である。学問、武術、性格、外見、全てにおいて第二王子だったフレデリックに勝るものはなかった。あるとすれば、それは王位への執着だけだ。中央のことは私が直接見ると言ってフレデリックを中央騎士団である不死鳥騎士団の団長にしたが、その目的は応援要請に応えて辺境各地を駆け回らせ、中央に寄りつかせないことにある。難民キャンプでの戦闘によって不死鳥に呪われたと聞いた時は、狂喜乱舞した。
フレデリックを公爵に預けるという名目で監禁させた(つもりの)王は、晴れ晴れとした心で日々を過ごしていた。それなのに、である。そのフレデリックが回復し、「不死鳥の騎士」にまでなったという報告が上がり、王は震え上がった。王よりも「不死鳥の騎士」の方が神獣の祝福を受けた存在となり、国を守る能力を持つ英雄として粗略に扱うことができなくなる。王はスタリオンと裏取引をした。それが、スタリオンによる宣戦布告であった。王はスタリオンの魔術師にフレデリックを殺すよう依頼していたのだ。
それなのにフレデリックはオスカーというグラシアールの「氷狼の騎士」とたった二人でスタリオンを降伏させてしまった。間もなく始まる講和会議で王の裏取引がスタリオン側から暴露されるのは確実であり、退位あるいは外患誘致の罪で処刑されることになりかねない。まだ王は青龍が自分のことをバラしたと知らずにいた。
王は地下牢に放り込んでおいたオスカーに嘘を告げて誤解させ、フレデリックと戦わせようと考えついた。オスカーが逃げ出さないようオスカーの弱みを探し、ついにクレアの存在を知った。クレアがフレデリックの弱みにもなると知った王は公爵家に特殊部隊を入れ、オスカーが王宮で暴れればクレアの命はないと脅したのだ。オスカーは動けなくなった。クレアが目覚めたかどうかも分からない中で、オスカーは身体も精神も病んでいった。今はただ、クレアの顔が見たかった。真っ暗な地下牢の中で、オスカーは少しずつ壊れていった……。
・・・・・・・・・・
数日経って気力を回復させたクレアは、フレデリックが放った密偵からの報告により、オスカーがフレデリック殺害のために拘束されていることを知った。そして、逃げ出せないのはおそらく王がクレアを脅迫の材料にしているから、そしてそれは公爵邸に裏切り者がいることを示している、とデニスが小声で教えてくれた。
「シャルロットのような情報屋なのか、暗殺も可能な魔術師なのか、それとも王直轄の特殊部隊なのか、全く分かりません。ですが、クレアさんが狙われていることは事実です。オスカーさんを何とかしないと行けないのですが……」
「そのことなんですが、……助けに行けませんか?」
「どうやって?」
「ロターニャの王様は、この国に対する裏切りを働いたんですよね?王弟である団長が今こそ動くべきでは?」
「殿下のことをいつ……。」
「クロリスさんとジルさんが話しているのを小耳に挟んでしまったんです。団長が王太子殿下を評価なさっていることも知っています。スタリオンとの戦争犯罪人として一刻も早く動いていただき、そのどさくさに紛れて忍び込むなんて……素人考えですか?」
「団長に相談します。それまではクロリスとジル以外には心を許さないように。いいですね?」
「はい。デニスさん、いつもありがとうございます。」
「いいえ、殿下を助けてくれたクレアさんのためなら、できることは何でもしますよ。」
信頼できる人がいて良かった。クレアは静かにその時を待った。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




