9)秘密の逢瀬※(R15)
今日、三話目の投稿になります。R15回です(注)。
ふたりは少し遠回りをして帰ることにした。ロガン・ビスフェルがアレシアを狙ってくるかもしれないからだ。アレシアが死ねば娘がディアレフ王子の正室になれると思えば何を仕掛けてくるかわからない。
アレシアが聖獣の討伐に行かされたのは、聖獣の周りにわんさかいる魔獣も含めて凶悪魔獣が群れていると思われたからだろう。
だが、実際には、聖獣を狩ろうとしなければさほど危険ではなかった。
アレシアとラメルが狩った魔獣は通常であればかなりの難敵だったが、聖獣の魔力を啜り、酔っている状態だったため比較的楽に狩れた。
ふたりは毎日、凶悪そうな魔獣を担いで持ち帰っていた。特に不気味で正視に堪えないような、おどろおどろしいものを選んで運んだので、現場の連中はアレシアとラメルに感謝しているはずだ。
ラメルが「地獄耳」で情報を聞き取ったところ、どうやら「ラメルの手柄だろう」と思われていた。見た目はラメルの方が体格が良く逞しい。王都の近衛の中でもラメルは強いと評判だった。
実際にはアレシアの方が対魔獣戦では強かったが、そんなことをわざわざ敵に吹聴する必要はないだろう。
ラメルは「ロガンは、アレシア様を盗賊に襲わせるかもしれません」と案じ、帰る経路を変えた。わざと遠回りして、わかりにくい道を帰る。
休憩をまめに入れればいけるだろう。二頭とも丈夫な軍馬だ。
それに馬たちはここ数日、魔獣の森で大人しく繋がれていることが多かった。
結界を張った安全な範囲しか動けなかったため、二頭の馬は走りたくて仕方ない様子だ。
そこで遠回りの経路にしたが、今夜は町で一泊することにした。なるべく上等の宿を選んだ。
部屋は一応、二部屋とったが、実際に休むのは護衛のラメルと同じ部屋だ。大きめの部屋の方はベッドが二つ並んでいる。
部屋には洗面所と清潔な風呂場もあった。
アレシアが先に浴びて、「使い易い風呂場だったよ」と機嫌良く出てきた。
こざっぱりと湯を使ったアレシアの姿に、ラメルは見惚れた。
(う、麗しい・・)
ふだんは森を駆け回り村まで速駆けして暮らしているのに、肌は色白でクリームのように滑らかだ。顔立ちの端麗さは、普段は気さくで大らかな人柄に隠れているが、湯上がりの髪が肩に下ろされて耐え難いほど艶やかだった。
ラメルは思わず体が熱くなり、浴室に逃げ込んで処理した。
(安全のために同じ部屋で休むことにしたが、不味かったか)
同じ部屋で休みましょうと提案をした際は、アレシアは「そうか、それが良いな」と何ら気負いも躊躇いもなく頷いた。
信用されているのだろうが、若干、男としては納得のいかない気持ちもある。ラメルは王都ではかなりモテる方だった。
少しすっきりとして部屋に戻ると、アレシアがベッドの上でくつろいでいた。
乱れたガウンから見える柔肌に、ラメルは思わず生唾を飲んだ。
ふたりは目立ちたくなかったのでフードで顔を半ば隠した格好で、屋台で気ぜわしく夕食を済ませてあった。あとは寝るだけだが、ラメルは今夜は椅子に座った格好で休むつもりだった。熟睡しないためだ。
アレシアは鍵をしっかりかけてドアの前に椅子でも立てかけておけば大丈夫だというが、護衛としてはそうはいかない。
「ラメル。この宿は、防音はどんなものだろう?」
ラメルが剣を手に椅子に座ろうとしていると、アレシアが声をかけてきた。
「防音ですか。まぁ、それなりに良いとは思いますが。このくらいの小声なら内容は聞かれることはないでしょう」
「そうか」
アレシアはベッドに座ったままにじり寄るように壁際で耳を澄ませる。
隣の生活音が聞こえる。椅子を引いたり何かを置いたりする音だ。声は聞こえない。隣室の者がなにも話していないからか。
「なにか気になるのですか?」
ラメルが訝しげにアレシアの様子を窺う。
アレシアは、話すか否か、僅かに躊躇した。
この部屋にふたりで泊まると決まったときに、ふと思いついたことだ。単なる思いつきだ。上手くいくとも、ラメルが頷くとも思えないが、どうにも気分が荒れて言いたくなった。
「ラメル。溜まってないか?」
「え?」
「魔獣討伐のあとはどうしても昂ぶるだろう。雑魚を狩るくらいなら別にどうともないのだが。ここでの狩りはさすがにきつかった」
「なるほど」
ラメルは魔獣の狩りなどランデルエ公爵領に来るまでは体験がなかったため、あまり考えなかった。確かに狩のあとは興奮する。先ほどから昂ぶっている。
アレシアの命を狙う敵地にいる緊張からか、この宿に入るまではそういう欲求はなかった。
今は嵐の前の静けさ、というところだ。
敵の襲撃は事故や盗賊を装うと予想されるため、宿の部屋に落ち着いてからは少し安心していた。すっかり安堵しているわけではないが、力が抜けているせいか余計なところに熱が集まっている。
「バルゼー王国では魔獣討伐の遠征のあとは、騎士たちは皆、娼館に行っていた。騎士には遠征の手当にその費用も付けられていたんだ」
アレシアが淡々と説明をする。
「騎士想いですね」
「強姦事件が多発するよりも良い」
「失礼ですが、アレシア様は?」
「私は女なのでそういう欲求はなかったな。それに、一応、王女だ。政略の駒になる可能性はあった。だから、生娘でいなければならなかった」
「そ、そうで、すね」
ラメルはいきなり生々しい話になり狼狽えた。
「とはいえ、気持ち的に昂ぶった状態にはなるので仲間の女騎士らと店に繰り出して、酒を飲んで美味いものを食べたりはした。私はあまり飲めない方だが、気持ち良く酔って愚痴をこぼして、下手な歌を歌ったりするんだ。普段ならやらないことだ」
「それは、可愛らしい」
ラメルはつい思ったことを口に出した。
「は? 淑女らしくないだろう? 酔っ払ってくだを巻いたと言っている」
アレシアは眉をひそめてラメルを横目で見た。
「いや、娼館に行くのに比べれば」
「それはそうだが。話がズレたな。ラメル、頼みがある」
アレシアは表情を固くしてラメルに向き直った。
「なんでしょうか」
ラメルはこの話の流れで頼みとはなんだろうか、とにわかに緊張して姿勢を正した。
アレシアは相変わらずベッドに座っていてガウン姿が目の毒だ。
ラメルはシャツと楽なズボンという格好で腰掛けて背筋を伸ばしていた。
「さきほども言った通り、自慢にもならないが恋人がいたことはないし、婚約者などもいなかった。端くれとはいえ王族なので、時折、交友関係に関して王室管理室の調べが入っていた」
「それは、窮屈ですね」
「世界一厳しい王室管理室だろう。私は王位継承権第四位だった。我が国の王位を継げそうな王族は少ないんだ。上の王女たちは私よりも魔力が少なく学力も低かったので、王室管理室は側室の子である私のこともきっちり王位継承権を持っていると認めていた」
「そうなんですか。それなのにこちらへ嫁入りを?」
「王妃と王女たちが画策して国王に願ったと聞いている。騎士仲間からの情報でなんとも言えないが。あり得る話だ」
「はぁ」
気の毒なことだ、とラメルは我がことのように辛く思った。
「王室管理室は王家の血筋の管理について、ことの外厳格なんだ。王家の者は魔力が高い。私もそうであるように。高魔力持ちの王家の血筋をそこらに放つのは、クーデターの種を蒔くことになる。管理すべきだと王室管理室は考えていた」
「万が一の可能性のためにですか。バルゼー王国は安定した国だと思いますが」
「王室管理室は大貴族の出の年配者で牛耳られている。室長は国王の叔母で元王女だ。頭が固いんだ。王家の血筋の件も『尊い王家の血は下賤の者に流れることは許さない』という考えが根底にある」
「なるほど」
「私は男関係ではまったく身綺麗なものだ」
「そ、そうですか」
アレシアは平気な顔で言うが、ラメルの方が少々気まずかった。
「律儀に貞操を守ってきたわけだが、もう意味がないような気がしてる」
アレシアは昏く呟く。
「アレシア様」
そう思うのも最もだ。夫である王子は愛人を侍らせ、その愛人のためにアレシアを亡き者にしようとした。
「このまま、無垢なままに死ぬか、あるいは、ろくでなしの王子が万が一、気まぐれに訪れれば遅まきながら初夜となるか。どちらにしろ、私にとっては不本意だ」
「そう、ですね」
ディアレフ王子は、アレシアを魔猿だと思っている。
そう勘違いをしている限り来る心配はないと思うが、この度、ビスフェル領の連中に美しい妃であることがばれた。どこから情報が王子の元に行くかわからない。
(そうなったら、アレシア妃の顔を見に来るかもしれない)
嫌な予感しかない。
あるいは、敵の襲撃が思うよりも厳しく、このまま二人はランデルエに帰ることなく終わるかもしれない。ラメルは命をかけて御守りするつもりでいるが、この状況で絶対に大丈夫なものなどない。
「それでだ。ラメルに抱いて貰おうかと思って」
「はっ?」
ラメルは思わず声をあげた。
「そんなに驚くことか? 話の流れでわかっただろうが」
アレシアが嫌な顔をする。
「あ、あの、それは」
確かにそんな気配はあったが、まさかという気持ちが強すぎてラメルはわかっていなかった。
「このことは生涯、秘密にする。もしものときは処女でないことを誤魔化す方法もある。私は治癒魔法を持っているし魔力も高いのでな。秘策がある。心配要らない」
「いや、それは、まぁ」
ラメルはもはや意味のある言葉を返せなかった。
「ラメルは仲間として好いている。初めては好む相手が良い。ラメルの好みではなさ過ぎてその気になれないなら、そこらで気の合いそうな相手を・・」
「いえ、好みです。アレシア様は私の好みど真ん中です」
ラメルは速やかにアレシアの座るベッド横に跪き、アレシアの手を握った。
剣だこのある手だが女性らしく美しい手だ。淑女にしては少々、ゴツいのかもしれないが、しなやかで形はすこぶる良い。
「無理はせずとも・・」
アレシアが気まずそうに俯いた。
「無理などしておりません。あなたは自分の美しさに無頓着すぎる」
「顔は美人の母に似ている方なので悪くもないが。女の魅力は女らしさが作るものだろう」
アレシアがぽつりと呟く。
ラメルは、アレシアがどうも女性としての自信がないことは気付いていた。おそらく、イクシーやジーノたちも気付いているだろう。こんなに魅力的なのに、わかっていないのだ。
(王妃や王女たちに貶され過ぎたのか)
何か原因があるのだろう。
「あなたは魅力的ですよ」
「そう言ってくれるのなら頼もう。私は口は固い、騎士なのでな。もし契約魔法が必要なら」
「いえ、要りません」
「誰にも言わないし、ばれないようにする。避妊も心配ない。強めに浄化魔法をかけるんだ。それだけで間違いなく避妊できる」
アレシアは儚げに笑った。いつもの朗らかな笑みではない。何もかもを諦めた笑みだ。
ラメルの胸が痛む。女性がこんな形で男を誘うなど、本当は嫌だろう。
だがアレシアの気持ちもわかる気がするのだ。相手に選ばれたことを光栄に思おう。
ラメルはこみ上げる想いを深呼吸で抑えると、アレシアの腕をとった。
「一通りのことは知っています。お相手をしましょう」
と、妖艶に微笑みかけた。
「それは頼もしい」
アレシアは一瞬、呆気にとられ、ぎこちなく微笑みを返した。
ラメルはベッドに座るアレシアの上に乗り上げて抱きしめた。
「キスをしても?」
ラメルが耳元に囁く。
「ラメルが嫌で無ければ。ちなみに私はキスも初めてだ」
アレシアが恥じらうように答え、ラメルは血が滾りそうだった。
優しく触れるような口づけから、すぐに深くなっていく。
僅かに開いたアレシアの唇からラメルの舌が入ってくる。
(こんな本格的なキスをするのか)
アレシアは戸惑いながら受け入れた。
簡単に処女を散らして終わるものと思っていた。
いけ好かない王子に初めてを奪われるのが嫌だったからラメルを誘った。
色っぽく誘うことは出来なかったが、軽く引き受けてくれた。王子の妻を寝取るなど、処刑ものだろうが。
アレシアは、ばれることだけは避けようと思っていた。
そもそも男の護衛とふたりきりで来ている時点で妙な難癖を付けられてもおかしくはない。
(よくイクシーが許した)
と、今更ながらアレシアは思うのだが、おそらく人質の貞操はどうでも良いのだろう。
イクシーたちはアレシアの味方だと思うが、アレシアが女であることをあまり考えていない気がする。
(まぁ、それも無理はないか)
女騎士になど、色気はない。そう言ってきたのは母だけではない。自分でもそう思う。
実際は、イクシーたちはアレシアは美しい王女だとは思っているが、アレシアの性格が大雑把なのと、ラメルの忠誠心を信じているから色っぽい展開を想像していなかっただけなのだが、アレシアはわかっていなかった。
ラメルに口中を嘗め回され、上顎を舌の先で突かれるように刺激され、のぼせたように息が上がる。
さんざんに舌で嬲られたのちに、やっと解放された。
アレシアはぼぅっとしたまま頭が回らない。
「しょ、初心者向きじゃない。口づけは初めてだと言っただろ」
アレシアはようやく文句を口走り、ラメルの胸板を手で押し退けようとした。
「ええ。初めてをいただけて嬉しく思います」
ラメルがにやりと笑う。
「お前・・そういう性格だった?」
「こういう性格ですよ」
ラメルは再度、口づけをして、耳元や頬、首筋へと口づけの雨を降らせ、指先はガウンの隙間からアレシアの体に触れた。形の良いアレシアの胸はラメルの手の中で形を変えた。
「ら、ラメル。ただ、型通りの最低限のやり方でかまわな・・」
ラメルはアレシアを口づけで黙らせた。
「アレシア様、愛しています」
熱い吐息とともに耳元で囁く。
「え?」
アレシアは本気で訝しげな顔をした。
「本当です。あなたは麗しいだけでなく、心も気高く綺麗です」
「そんな社交辞令を」
「あなたは、本当にわかってない」
ラメルは切なくアレシアを見詰め、そっと頬に触れ、その手で首筋を撫でる。
アレシアの鼓動は速まり、体が熱くなる。
ラメルは丹念にアレシアを抱いた。たまらなく息が荒くなる。
しつこいまでの愛撫でアレシアの体がときおり跳ねる。
アレシアの甘い声がラメルの耳をくすぐる。
王女の声はとても良いのだ。
(可愛い・・)
十二分に愛でてから体を繋げた。
アレシアは体を震わせて喘いだ。
(王女・・。あなたはどこまでも素晴らしいんですね。閨でさえも)
本当なら、ラメルに手を出せる相手ではなかった。それを思うと胸が引き攣るように痛む。
必死に抑えた艶めく声に頭が沸騰しそうだ。
一方、アレシアのほうは懸命に声を抑えていた。
破瓜の痛みが通り過ぎると、快感が強くなった。
この部屋の防音は完璧ではない。それどころか、かなり脆い。
ベッドがきしむ音と声とで隣に何をやっているかがわかると不味いだろう。このことは極秘だ。墓場に持って行かなければならない秘密だ。
そう思うと声をあげることなど許されない。
許されないのだが、ラメルの方が揺さぶってくる。
ラメルが一度、アレシアの中で果てたのがわかった。
アレシアは避妊のため、自分の体に浄化魔法を強めにかける。
アレシアのように魔力が高く幾つもの魔法属性を持っている者は妊娠がし難い。さらに浄化魔法をかければまず受胎はしない。優秀な魔導士だった母方の祖母に習った方法だ。
これで終わったと思ったのに、ラメルが止めようとしない。
確か閨教育では、男は出せば終わりと聞いた気がする。
(終わってないぞ。聞いた話では、男性は出せば萎えるのではなかったか)
いったいどうなっているのだ。
「もう、お仕舞いだ」
ふいにアレシアが身を捩った。
「・・ここで止めろと?」
「声を抑えられない。お前は上手すぎる」
アレシアは藻掻いてラメルの腕から抜け出ようとするが、ラメルが抵抗したために「んんっ」と身体をビクつかせ、また必死に声を抑える。
「・・今度、防音の効いたところでやり直しさせて貰えますか?」
「わかった、わかったから、もう終えてくれ」
アレシアの本気の声音に、ラメルは身を切られるように辛かったが、我慢することにした。
アレシアが熱い体を静めようとする様子にもクるものがある。
目を潤ませ、頬を火照らせて堪える美麗な王女の色気は見るだけなのが辛かった。
アレシアは体も美しかった。引き締まった四肢は造形美としか言い様がない。乳白色の滑らかな肌。胸から腰への曲線は完璧に美しい。汗に濡れた金茶の髪も、涙で光る長い睫毛も、喘ぐ薄い唇も、なにもかもに目を奪われた。
ラメルは心で泣きながら、、脱ぎ捨てていたシャツを手に取った。