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8)ビスフェル領にて

本日の二話目です。あともう一話、20時に投稿予定です。




 明くる日。

 アレシアはラメルを連れてビスフェル領へ向かうこととなった。

 ジーノやローリたちも着いてこようとしたが、アレシアが断った。

「これ以上、戦力を欠いたら、ランデルエ公爵領が手薄になるだろう」

 正しくアレシアの言う通りだったので、イクシーたちもそれ以上は言えなかった。アレシアが抜けただけで、すでにランデルエは危機的状態だ。

 アレシアがジーノや衛兵を連れて行きたくないのは、図々しく助っ人を頼んできたビスフェル伯爵家を助けてやるのが気にくわなかったからだ。

 おそらく、ビスフェル伯爵家は、アレシアが護衛を引き連れてくると考えている。護衛たちをこき使ってやろうと思っている可能性がある。そんな連中の意のままになる必要はない。

 たかが伯爵家が、アレシアに命ずることはないだろう。アレシアの隣で公爵夫人を守るラメルを使うことも出来まい。ビスフェル伯爵の思惑を潰してやれる。

 それに、アレシアは魔獣にはめっぽう強い。ラメルが付いていれば心配ない。

 ディアレフ王子がアレシアをビスフェルに行かせる理由が「愛人の領地だから」と聞いて、アレシアは本当はひとりで行こうと思った。下らない我が儘のためにランデルエ公爵領を犠牲にしたくなかった。

 とはいえ、やはりジーノたちに「妃の護衛は要ります」と呆れられ、やむなくラメルとふたりで旅立った。考えてみれば道案内も要るし、騎士団のふたりはアレシアの見張りも兼ねているのだから仕方ない。

 アレシアはビスフェル伯爵領までの気楽な旅を楽しんだ。相棒はラメルひとりという気軽さに、まるで独身のころに戻ったような感じだ。

 ランデルエ公爵領は広い領地ゆえに隣の領主邸まで騎馬で二日はかかる。

 アレシアは、ビスフェル領では二日ほど手伝ってやる予定でいた。「行った」という事実があれば文句は無いだろう。細かい日程までは聞いていない。

 イクシーも「それで十分です」と請け合ったので良いことにした。

 予定どおりならば六日で帰ってくることができる。天候にもよるので、予定はあくまで予定だが。

 ふたりは初日の夜に街道沿いのビスフェル領の端で宿を取り、二日目の昼にビスフェル領領主邸に到着した。

 アレシアはイクシーから、ビスフェルは体に良い温泉が出るので観光収入と、酒の醸造が盛んなために特産の地酒の輸出で儲けていると聞いている。実際、領の端に位置する町の宿はなかなか良かった。

 金のある伯爵家なのだから狩人を雇えば良いのに、アレシアをただ働きさせるつもりなのだ、とイクシーは憤慨していた。

 お隣の領だが仲良しではないらしい。金を節約するためにアレシアを呼ぶなど、良い性格をしている。ろくでなし王子の愛人の実家など、どうせ、ろくな家ではないだろうとアレシアたちは考えていた。

 ビスフェル伯爵家の屋敷を訪れると、領主と嫡男が出迎えた。

 出迎えたというより、すでに敷地の庭に出ていたので、到着したアレシアと対峙した、という状況だった。

「ランデルエ公爵領から来た。ディアレフ王子の伴侶、アレシアだ」

 馬からひらりと降り立ち、アレシアは優雅に挨拶を述べた。

 その場にいたビスフェル家の者たちが、一瞬、呆気にとられた。

 ラメルはアレシアの斜め後ろに立ち、ビスフェル伯爵らの動きに注視していた。

「これはようこそおいでくださいました。ずいぶん身軽にいらしたのですね」

 初老のでっぷり太った男、ロガン・ビスフェルが慇懃に挨拶を述べた。

 その目はアレシアに注がれている。アレシアを品定めするかのようだ。

 額を汗で光らせている。今日の気温は、さほど汗ばむ暑さではない。冷や汗だろう。

(アレシア殿下がこんなに麗しい容姿をしているとは誰も思っていなかっただろうからな)

 ラメルは不愉快さに顔が歪みそうだった。

(愚かな王族どもとそれに群がる小バエどもめ)

 ラメルは、ジーノからも情報を得ていた。

 ジーノはラメルとは他の隊で、分隊の隊長をしていた。実家は手広く商いをしていて人脈は広い。王都や王宮の情報には詳しかった。

 彼の情報によると、ディアレフ王子は、娶るのなら年若い十六くらいの可憐な王女が良かった。ところが、やってきたのは二十歳の女騎士だ。おまけに魔獣を狩っていた。

 だから、アレシアを蔑ろにした。

 釣り書きの情報なんて別人のように盛るものだ。

 おまけにアレシアによると、バルゼー王国では名家は婚姻の釣書に画家の絵を使うというのだから、もはやディアレフ王子がどう想像しているかは明らかだ。

 魔獣を倒せる狩人は筋骨隆々とした大男だ。魔獣は力が強い。

 実際のアレシア王女は、背丈は中背、筋肉は貴婦人よりは付いているが細身で骨格も太くない。均整が取れている。引き締まった体で、女性の騎士の中でも華奢な方だ。

 魔力量が多く、魔力で筋力を補っているタイプの騎士だ。

 想像していたアレシア王女とは違う姿だったためにビスフェル伯爵らは意外に思ったのだ。

(おまけに、護衛は私ひとりだしな)

 ビスフェル伯爵はすぐに平静を取り戻した。腐っても伯爵だけある。

「早速、アレシア殿下にお願いしたいことがあるのです」

 と神妙に告げた。

 ロガン・ビスフェルは、アレシアとラメルを屋敷に案内した。応接間に座らされ、茶を出す間も惜しんで説明を受けた。伯爵家が茶を省略しただけかもしれないが。こちらも敵陣での飲食は避けたい。

「我が領の西に延びる魔獣の森に、どうやら多頭の凶悪魔獣が出るのです」

「多頭の魔獣、ですか」

 アレシアが思案げな顔になった。

「そうです。体躯は黒い短毛。大きさは馬の二倍はあります。狼の顔をふたつ持ち、火を噴きます。あんなものは見たことがないと狩人たちが騒ぎまして。領兵らも目撃しています」

「皆が見ているのか」

 アレシアが独り言のように呟く。

「皆、というか。奥へ入れる腕を持つ者限定になりますな。我が領の西南の端にある村から半時間ほど森の奥に入ったところに住み着いているようでして」

「西南の端、というとランデルエ公爵領寄りということですか」

「そうなりますな。まぁ、ビスフェル領の中ではありますが」

 ビスフェル領の中心となる町はランデルエ公爵領寄りにあるために、多頭魔獣の生息地はここから近い。

「で? その多頭魔獣を追い払う・・」

 とアレシアが尋ねようとしたところで、

「討伐をお願いしたい」

 被せるようにロガンが遮った。

「そうですか・・」

 アレシアは再度、考え込む。

 ロガンはそんなアレシアの様子など無視をして「さっそく、森に案内させましょう」と立ち上がった。

「いえ。準備が要ります。野営するかもしれませんし」

 アレシアは座ったままで答えた。

「野営の準備など、こちらでします」

「そちらの準備も使わせてもらうが、こちらでもやる」

「とりあえず、現場を伝えます」

 どうやらかなり強引な男らしい。

 ラメルは先ほどから苛々して仕方がない。周りはロガンの仲間ゆえに、こちらは分が悪い。

 結局、押し切られる形で、アレシアとラメルは森に連れて行かれた。

「森で迷子になったら困るから」と失礼なことを言われ、魔導具を渡された。

 仕方なく装備する。

 地元の狩人たちに案内されたのは、青黒い木々が鬱蒼と茂る不気味な森だった。

「こちらのずっと奥に、頭がふたつの狼がいました」

 すっかり怖じ気づいている様子の狩人が森の奥を指し示した。

「そうか。わかった」

 アレシアはぼんやりとそう答えると「あとは私たちだけで良い。もう帰るがいい」と狩人を帰してしまい、ふたりで森の奥へと入っていく。

 アレシアは狩人が見えないくらい離れると立ち止まった。ビスフェル伯爵に持たされた怪しい魔導具を木ノ枝に引っかけ距離を置く。おそらく、位置情報を探るものと思われるが、盗聴機能を持っていたら困るからだ。

「どうやら彼らは、私を殺したいらしいな」

 アレシアがぽつりと呟く。

「そうですね」

 ラメルはあまりにあからさまで力が抜けていた。

 ラメルはこんなときのために隠密用の「地獄耳の魔導具」を装備していた。近衛で警備任務に当たっているときに手に入れたものだ。夜番のときに重宝した。

 この森の場所へ来るまで周りの領兵やビスフェル領の家臣たちや、ロガンや息子たちの声を拾い続けたが、おおよそのことがわかった。

 ディアレフ王子からの依頼で、ロガンは、アレシアに「特に危険な魔獣」の討伐をやらせることになっていた。

「死んでも良い」任務をさせたかったのだ。「死んでも良い」と言うより「死んで欲しい」ということだろう。

「ロガンは、自分の娘をディアレフ王子の嫁にでもしたいのか」

「そういうことだと思います」

「なるほどな」

「アレシア様は、多頭の魔獣の討伐はしたくないみたいですね?」

「まぁ、そうなんだ。我が国の騎士団の情報なので、あいつらには伝える気はなかったがな」

「多頭の魔獣に何か秘密が?」

「ああ。秘密がある。他言はしないでくれ」

「しません。誓います」

「ロガンの奴や狩人が言っていた特徴からすると、聖獣かもしれない」

「そうなんですか」

 ロメルは思わず目を剥いてアレシアを見詰めた。

「多頭の魔獣は聖獣が多い。それ以外の特徴から言っても間違いないと思う。我が国では、聖獣に手を出すと災いが起きると言われている。だから、聖獣は討伐しない」

「なるほど」

「むしろ、供え物をする。加護を貰える可能性があるから」

「そうなんですか? でも、可能性があるというだけなんですね」

「聖獣の加護について、なにもかもわかっているわけじゃないから。可能性があるとしか言えない」

「どんな加護が?」

「聖獣の気分にもよるらしいのでわからないが。少しばかり魔力があがったり、ちょっとした微結界をくれたりとか。あるいは、ある種の魔獣が近寄らなくなったりとか」

「魔獣が近寄らなくなるんですか」

「銀色の鷲の魔獣からもらった加護で、毒をもつ魔獣の蛇が近寄らなくなったというのがある」

「微妙な加護ですね」

「そうなんだ。毒蛇を狩りたい狩人にとっては迷惑な加護かもしれない」

「迷惑な加護があるなんて」

 ラメルは思わず微笑んだ。

「ふつうは有り難い加護だと思う」

 アレシアは聖獣の肩を持つような言い方をした。

「それでは、どうしましょうか?」

「供え物をしよう」

「討伐はしないんですね?」

「するわけがない。聖獣を討つなど。騎士の風上にも置けない所業だ」

 アレシアはきっぱりと言い切った。

「そうですね」

 ログリア王国騎士団にはそういう言い伝えはないが、アレシアのいうことはもっともだと思った。

「聖獣の周りには眷属のような魔獣がうろついているから、それを狩るくらいはしてやろう」

「眷属は狩っても良いんですか?」

「本当の眷属とただの取り巻きとがあるんだ。取り巻きの奴らは、聖獣の魔力をすすっている寄生魔獣みたいなものだ。そいつらは狩ってもよい。本当の眷属なら、こちらが手を出さない限りは襲ってこない。すぐにわかる」

「わかりました。では、供え物はどうしますか?」

「手に入れにいこう。あの魔導具はこのまま吊るしておこう」

「了解です」

 アレシアとラメルは、それから、こっそりと供え物を手に入れに行った。

 上着は脱いで、騎士であることを誤魔化し街に行く。上着を脱いだくらいでは目立つ容姿のふたりは隠しきれないが、シャツ姿の方がマシだ。

 幸い、街は森で魔獣を狩る狩人たちで賑わっていた。

 アレシアの指示で、果実酒や果物、糖蜜を手に入れ、木のボールなどの器も買い込み森に戻る。

 木の枝に幾つも目印を縛っておいたので、無事にロガンに渡された魔導具を吊した場所まで帰ってこられた。

 さらに森の奥へと進む。

 そろそろ深入りし過ぎかと、野営地に戻ろうと声を掛け合うころに、ふたりはようやく聖獣に出会えた。

 それまでに、にわかに増えた「妙な魔獣」を幾頭も狩っていた。聖獣の聖なる魔力と、禍禍しい魔力とを身に纏う魔獣が幾頭もいたのだ。アレシアのいう「聖獣の魔力をすすっている魔獣」らしい。

 だから、間もなく会えるだろうことはわかっていた。

『体躯は黒い短毛』

『大きさは馬の二倍』

『狼の顔をふたつ持つ』

 その通りの魔獣だ。

 ただ、今は火を噴いては居ないし、魔獣にはない神々しいオーラが感じられる。

 アレシアはおもむろに木のボールを取り出して、そこに果実酒を注いだ。

 わざと高い位置から酒を注ぎ、辺りに果実酒の匂いが漂うようにしたのだ。これがやり方なのだろう。

 さらにもうひとつのボールに果物を割り入れ、上に糖蜜をかける。

 作業が終わると、後ろ向きに後退するようにその場を離れた。

 十分に後に下がると、ようやく聖獣が動き出した。酒を飲み、果物を食らっている。

 すっかり飲み食いが終わると、聖獣はあっさりと森の奥へと消えていった。

 アレシアとラメルはボールを片付けた。

 アレシアが腹が減った、と言うので遅い昼食の用意をする。昼食と言うより、遅いおやつか早い夕食の時間だ。

 ラメルも確かに腹が減っていた。供物が済むまでは気を張っていたので空腹を感じなかった。

 アレシアが斃した魔獣の中から食べる肉を選んで捌いた。相変わらず手際が良い。

 串焼き肉の食事が終わると妙に体が軽い。違いが明らかなので気のせいではないだろう。

「アレシア様、なんだか身体が軽いですね」

「聖獣の霊力をすすっている魔獣の肉だからな。我が国では万病に効くとか、若返りの妙薬とか、色々言われている」

 アレシアがこともなげに告げ、「でも、狩りたてのほやほやしか、その効果はないらしいけどな」とラメルに教えた。

 アレシアは、狩っておいた聖獣の取り巻き魔獣の中から、なるべくグロテスクで薄気味の悪いやつとか、毒を持つ魔獣を選んだ。ビスフェルの連中に貴重な肉をやらないためだ。

 不気味な魔獣を担げるだけ担ぎ、ビスフェル領の領兵たちがいる野営地へと向かった。


 三日後。

 アレシアが「供え物は三日は続けた方が良い」と言うので、日程を一日延ばすことにしたのだが、今日で三日目だ。

 ふたりはいつものように供え物を手に入れ、森に向かう。

 領兵の隊長から「ぜひ、例の魔獣を斃してください」としつこく言われながら森へ向かう。

 ロガンからの命令なのかもしれないが、鬱陶しい。

 こちらは聖獣を狩る気はないが、「わかった」とだけ答えておく。

 三日目ともなると慣れたものだ。

 アレシアとラメルはボールを取り出し、それぞれに果実酒と果物や、糖蜜を用意する。

 少し遠くから様子を見ている聖獣は、初日よりも近くに来ているような気がする。

 アレシアは小声で聖獣に声をかけた。

「私どもは帰らなければならないので、今日で最後です。この領の領兵や狩人たちは、聖獣様のことを知りません。剣や弓を向けるかもしれないので、もっと遠くに逃げてください」

 そうして、そろそろと後ろ向きのままに後ずさる。

 ふたりが十分に退くと、いつものように聖獣がボールに近づき、供物を平らげる。

 いつもと違ったのは、聖獣が供物を食べ終わる頃にふたりに視線を向けたことだった。

 その途端、ふたりの体がほわりと暖かな熱に包まれたような心地がした。

 それは一瞬のことで、すぐに止んでしまった。

 これはなんだろう? と呆けている間に聖獣は森の奥へ姿を消した。


 アレシアとラメルはボールを片付けて、いつものように霊力をまとった魔獣肉をたっぷりと料理して食べた。霊力を含んだ肉は、身体を軽くするだけではなく美味い。

 食事が終わると、また毒ありの魔獣やなるべく不気味な魔獣を選んで担ぎ、野営地へ向かった。

 野営地で領兵らに会うと、ふたりは暇乞いをした。

「もう、ランデルエ公爵領に戻らなければならない。例の魔獣には会えなかったが、珍しい魔獣は貴重なものだから狩らない方が良いだろう。では、世話になったな」

 言いながら、ふたりは担いできた魔獣をどさりと置いた。

 ガマガエルが巨大化したような魔獣と真っ赤なオオトカゲに領兵らは思わず後ずさっている。

 ラメルが大カエルを担ぎ、アレシアが毒トカゲを担いでいた。赤いトカゲの方は野営用の毛布で包み、アレシアが自分に治癒魔法をかけながら担いだので無事だったが表皮に毒がある。

 ビスフェルの連中に忠言してやる親切心はないが。

「え、いえ、でも、しかし」

 領兵らが戸惑っている間にアレシアとラメルは森を後にした。



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