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6)危機


 アレシアたちは、それから定期的に孤児院の護衛を続けた。

 村で困っているところがあれば、そこにも出向いた。狩人の数が足りず、森の魔獣が増えて村人が危険にさらされているところは幾つもあった。

 治癒師や薬師が居ない村には治癒を施しにも行った。そういう村も少なくなかった。

 薬草を使った民間療法だけが頼りの村には、定期的に治癒をする日を設けた。

 アレシアは「治癒師が足りず、困っている村だけを訪れる」ことを告知していた。やりすぎると領の治癒師や薬師の仕事を奪うことになるからだ。

 それに、アレシアが治癒で魔力を使いきってしまうと魔獣の討伐ができなくなる。線引きは必要だった。

 本当に必要な村には熱心に通った。

 騎士ふたりと、領主邸に勤める衛兵が護衛しながら村に向かう。

 年寄りの多い村が本日の現場だ。領地の中心からそれほど離れてはいないが、豆と芋が主たる村の産業という痩せた土地の貧しい村だった。

 アレシアがいつものように訪れる村人たちを次々と癒していると、見かけない男が入ってきた。厳つい骨格だがすらりと痩せている。こんな田舎の村には珍しく洒落た薄手の外套を着ている。

 ラメルの顔が一気に不機嫌になったのを、ジーノは横目で確認した。アレシアは初見の男だろうけれど、ラメルとジーノは知っていた。

 アレシア宛ての手紙を確認していた過程で知ることになった。

 アレシア宛ての手紙は、宛名の正体が不明のものはジーノとラメルが最初に開封することになっていた。ディアレフ王子からの命令だ。王子から直接、命じられたわけではなく側近を通じてだが。ディアレフ王子は小難しいことを考えつく人ではないので、側近の考えかもしれない。ともあれ、領内の子爵や村長などはっきりしている相手であればともかく、よくわからないものはジーノたちがまずは確かめることになっていた。

 アレシアにも了解を得たが、アレシアはなんら迷うことなく「やってくれ」と答えていた。

 それで領主夫人宛の手紙で宛名の人物がよくわからないものは全て確認していたのだが、恋文かと思われる手紙が紛れ込んでいることがあった。

 王子の伴侶に懸想など、許されることではない。そのため、その者の身元などはジーノとラメルは調べてあった。

 その中の一人が治癒の列に並んだ。

 本当は不敬罪で捕らえても良さそうなものだが、アレシアは王族らしくない大らかさで皆に親しまれている。ここで不敬罪を持ち出すのもためらわれた。たかが恋文のことだ。

 アレシアは、今は領民たちと打ち解け始めているところだった。

 アレシアは領地のためと思えば尽力し、つましく贅沢もせず、酒もほぼ嗜まず、美食に凝ることもない。それなのに、友好的な者ばかりではなかった。

「放りっぱなしにされている奥方」と、噂も流れた。

 肝心の王子が来ないからだ。

 イクシーやジーノたち、公爵家の者は歯がゆかった。

 幸い、アレシアはあまり気にしていなかったが。

 アレシアの人柄を知れば、領民たちは皆、領主夫人に親しみを感じ敬愛する。それは、アレシアを取り巻く環境にとっても好ましいと、イクシーやジオン子爵は考えていた。ジーノたちもそれは同じ気持ちだ。

 よほどのことでなければ、恋文の類いは無視をしておこうとイクシーらとも相談して決めていた。

 よほどのことというのは、恋文の内容が笑って見過ごせるレベルを超えてきたり、接触をしてきたら、ということだ。ことに、目の前の男は、領内では「女たちに人気がある」と有名な奴だった。同時進行で数人の女性たちと関係を持っている。派手な男なのですぐにわかった。屋敷の使用人でも知っていた。

 ただ、女たちに好かれている男なのであつかいに気を付けないと妙な噂になりかねない、と侍女長がいうのだ。

 どういうことかと聞けば、とにかく、バロンというその男はとてもモテる。本気で好いている女が五人くらいはいる。もっといるかもしれない。

 そういう男が領主夫人に懸想し、その結果、男が不敬罪になったり問題が生じれば、アレシアに嫉妬してあることないこと言いふらす女が幾らでもいるのだという。

 出鱈目な噂を流すほうがいけないと思うのだが、「こんな田舎での女の情報網を甘くみないほうがよろしいですわ。根の深い怨恨や、女たちの裏の裏で延々と続く心ない中傷など。できればない方がよろしいでしょ? 上手くやり抜けたほうがずっと良いですわ」ということらしい。

 ゆえに、侍女長曰く、「男がどうしようもないくらいアホだという形で排除したほうがよろしいですわ。それまでは、護衛騎士さまお二人が鉄壁の防御をしておくべきですわ」。

 そんなことを言われたために、様子見をしているところだった。

 バロンはモテると評判だけあって、たいそう目立つ美男だった。

 いちいち格好付けた仕草をし、ラメルの機嫌がどんどん悪くなっていく。ジーノは男よりも同僚から溢れる殺気が気になった。

 バロンは自分の順番になると、アレシアの目の前に立った。

「よろしくお願いします」

 と無駄に甘い声で囁き、舞台俳優のような気障な流し目でアレシアを見詰め、もったいぶった仕草で薄手の外套を脱いだ。

 外套の下には体にぴったりとしたシャツとズボンを身に付けていた。王都で流行っているものだ。ぴったりというより、ぴちぴちという感じだ。よほど自分の体に自信があるのだろう。

 確かに、均整の取れた体に無駄のない筋肉がついている。ぴちぴちのズボンのおかげで、股間がやたら目立つ。男が立っているために、座っているアレシアの目の前にそれがある。

 その姿を、三人は呆気にとられて目にした。

「奥方様・・うずいて仕方ないんです」

 バロンは困ったように訴えた。

 ラメルが剣に手を掛け、ジーノは無言でラメルの腕を掴んで止めた。

 もう、斬っていいか、とも思ったが、第三者的に見れば、男は悪趣味な服装で症状を訴えただけだ。もう一押し要るかと思い、同僚を止めておいた。

 椅子に腰掛けたアレシアは、目の前の男を眺めていたが、

「性病か?」

 と眉間に皺を寄せて小声で尋ねた。

 ジーノは思わず吹き出しかけ、ラメルの殺気が僅かに緩んだ。

「え? あの・・?」

 バロンは、アレシアが小声だったので聞こえなかったらしい。

「性病は治せないぞ。もとより、基本的に病は自分の治癒力で治すんだ。よほどの治癒師なら病も治せるらしいが。私は、『滋養』を与えられるだけだ。それでも、治癒力があがるので病が癒える場合があるんだ。ただ、性病はなぁ。滋養を与えて元気になると不都合が起こることがあって。やはり、病に適した薬を使う方が良い」

 アレシアは諭すように説明をしているが、ジーノとラメルは、もはやこれ以上、アレシアにわいせつ物のような男を近寄らせておく気はなかった。

 ラメルが男の腕を掴み、ジーノは「性病の薬を渡しておきますから」とアレシアに言い置いて、治癒室に使っている村長の離れのドアを開けた。

 隣の部屋は控え室になっていた。薬が必要と言われた者はここで薬師に相談をする。他にも治癒を終えて休んでいる者や、まだ順番を待っている者がいて賑やかだった。

 ラメルは男をつまみ出し、ジーノは「彼に性病の薬を処方してやってくれ」と薬師に声をかけた。

 ジーノの声は部屋の隅々までよく通った。おかげで、一瞬、無音になった室内は、すぐさま賑やかになった。

「バロン、性病だったのか」

「性病か」

「やっぱりな」

「性病なのか」

「性病!」

 バロンが「ご、誤解だ」と呟く声は喧噪に飲み込まれた。

 バロンは男たちに嫌われていた。話を聞いてやる者はいないだろう。

(あとは、侍女長のいう「女の情報網」に任せればいいか」)

 ジーノはとても良い形で妙な男を排除できたので満足した。


 数日後。

 ジーノは侍女長に褒められた。

「あの女の敵をうまく始末してくださって感謝しますわ」

 侍女長は満面の笑みだ。

「女の情報網」では、バロンは「領主夫人に性病の症状を訴えた男」として大いに盛り上がったらしい。

「あのクズは、落とした女には餌をやらないって豪語する奴でしたからね。そのくせ、領主夫人に切ない恋心を抱くウブな男みたいな噂がちらほら流れてたんですのよ。なんてこと! でも、上手い具合に、性病男に落ち着きましたからね」

「ハハハ」

 ふと見ると、庭の隅で、ラメルがなぜかひっそりとしている。

 どうしたのかと様子を見ていると、ラメルの視線の先には、少年から一輪の花を受け取っているアレシアの姿があった。

 少年は、庭師の見習いだった。ようやくアレシアと同じくらいの背丈に成長したところだ。頬を染めて、薄紅色の薔薇のつぼみを捧げている。

 会話は聞こえないが、アレシアは少年に微笑みかけ、ふたりは花壇を眺めながら立ち去った。

「案外、ああいうのが、むしろ手強いんですのよ」

 侍女長はなにがどういう風に手強いのか、説明をする気はなさそうだった。


◇◇◇


 アレシアがランデルエ公爵領で暮らし初めて半年が過ぎた。

 休日と決めた日には遠乗りを楽しみ、湖や低山の景勝地にも出かけた。領地の街で食事やちょっとした買い物もした。

 村にも、治癒や討伐だけでなく、観光や食事のために立ち寄った。人質のくせに、気楽に過ごした。

 最近、アレシアには気になることがあった。

 イクシーと町を治めるジオン・コレイユ子爵とで、幾度か打ち合わせを繰り返した。

 今日は、ジーノとラメルにも同席してもらった。

 ふたりに資料を見せた。

「なるほど。確かに魔獣の数が増えているようですね」

 ジーノは、村や狩人協会からの報告をまとめた資料を見ながら眉間に皺を寄せた。

「ですが、そうはっきりと警戒するほどかというと、微妙では?」

 ラメルが首を傾げた。

「こちらの資料も見てください」

 ジオン・コレイユがもう一部の資料を指し示した。

「私の兄、ダノンがまとめていたものです。魔獣の増加は十年も前から始まっていたのです。村長らもそれは体感でわかっていました。狩人らも当然、知っています。私が不気味と思うのは、増加の波が揺らぎながらもずっと続いているということです。地脈の影響の可能性があります」

 ジオンの言葉に、ジーノとラメルが目を見開いて固まった。

 瘴気の流れや範囲は、地中の地脈によって変化することがある。地脈は、鉱脈のように固定されたものではない。大蛇のようにたゆたっている。ただ、強大なそれは滅多に動かない。

 短くて数十年、長くて数百年、千年単位で動く。

 つまり、もしも地脈の影響が根底にあるのなら、少なくとも数十年はこの増加が続くということだ。

「私もそう思うな。過去にあった地脈の変化と似ている」

 アレシアも頷く。

「バルゼー王国であった変化ですか?」

 イクシーが尋ねた。

「そういうデータは、我が国にはたくさんある。地脈に翻弄される人間の悲しさでもあるな。地脈による変化は容赦が無いのでね。淡々と数値を集めて備えるしかない」

 アレシアは肩をすくめた。

「では、このままこの地は魔獣が増えていってしまうと?」

 ジーノはアレシアとジオンとに尋ねるように視線を寄越した。

「ゆるやかに少しずつ増えていくならまだマシだ。だが、地脈の影響はそんな優しいものではない。不規則に変化しながら増えていくんだ。ある時期は急激に増えて、ある時期は増加が停まったりとか。当然ながら、急激に増える時期にはきちんと警戒をしておかないと被害が増えてしまう。対策が要るんだ。この数値を見ると、西の森に近い村は要注意だ」

 アレシアが地図を指で叩く。

「対策というのは、具体的には?」

 ジオンが尋ねた。

「我が国であれば、まずこういう森には避難所を作る。狩人たちが逃げ込めるように。狩場と村の中間くらいに魔獣避けの薬草を植え、薬や予備の武器や水を置いた避難所だ。できれば石造りの小屋が理想だが、魔獣避けの工夫がしてあれば、とりあえず木造でもいい。それから、村にも魔獣避けの薬草を植える。最低限、これらは要る。警戒も呼び掛けたほうがいいだろう」

「魔獣避けの薬草は、移植が難しいのでは?」

「私は土魔法属性を持っている。移植するときに土魔法の『滋養』を土に含ませてやると簡単に根付く」

「アレシア様は、何でもできるのですね」

 イクシーが感心した。

「何でもなんて出来ないが。王族だから魔法属性は豊富だ。王族なんて、こういう時にこき使うためのものだろう」

 アレシアはなんてことないように言う。

『我が国の王族は民にこき使われるなんて、未来永劫、考えないでしょうよ』

 イクシーたちはそう思いながらも何も言えずにいた。

 ログリア王国は不敬罪が厳しいのだ。


 明くる日からイクシーたちは動き始め、早速、対策を実行に移した。

 イクシーと町を治めるジオン・コレイユ子爵が町や村に警告を出し、注意をするように呼びかけた。

『バルゼー王国との緩衝地帯である魔獣の森で魔獣が増えている。

 こちらに溢れる魔獣が被害を出している。

 西の魔獣の森には迂闊に近づかないように』

 孤児院の護衛の時間を短くした。

 子供らのため止めることはしなかったが、魔獣が増えているからと言い聞かせ、短い時間で切り上げるようにした。

 村の治癒にも欠かさず通う。魔獣が増えるに従い、怪我人が増えていた。

 さらに、その他の時間は、すべて西の森の魔獣討伐にあてた。

 領地の狩人たちはこぞって西の森に入っていたが、凶悪魔獣が増えているために怪我をする狩人たちの状況は深刻だった。

 アレシアは討伐だけでなく、森では狩人たちの治癒にも務めた。



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