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5)公爵夫人の初仕事


 三日後。

 イクシーは早速、通信の魔導具でうまく了解を取り、アレシアは騎士ふたりとともに孤児院に向かった。案内役は衛兵のふたりが買って出た。以前に遠乗りに出かけたのと同じ五人となった。

 町の地理にはローリとカイゼーが詳しい。生まれも育ちもランデルエ公爵領だという。

 アレシアの格好については一悶着あった。

 アレシアは護衛の件もあるし、子供たちと遊んだり、あるいは少年たちに剣の基本などを教えてやるためにいつもの訓練着で行こうと考えていた。

 それに待ったをかけたのが、アレシア付きの侍女と侍女長だった。

 アレシアはふたりに説明をし、イクシーも渋い顔ながらも「動きやすい衣服がよろしいかもしれません」とアレシアの肩を持ってくれたのだが侍女長は頷かなかった。

「趣旨は理解できましたけれど、いつもの格好ではなりません」

 と凄みをきかせた顔で言われた。

 アレシアとイクシーはあっさり負けた。

 侍女長たちがいうには、アレシアが持っている乗馬服を改良するか、あるいは市販品に手を加えるかして、動きやすくて見栄えの良い服を用意するとのこと。

 アレシアの乗馬服がもっとお上品なら良かったのだが、騎士らしく機能性を重視した代物だったため侍女長のお眼鏡には叶わなかった。

 アレシアとイクシーは侍女たちの手腕にお任せすることにした。

 たった三日であったが、侍女たちはアレシアによく似合う騎士服風の衣装を用意してくれた。殿下の伴侶らしい上品な格好だ。

 髪も相応しく整えた。いつもとはだいぶ違う。

 衛兵らは普段どおりだが、騎士のふたりも髪を綺麗にして、気のせいか騎士服もぱりっとしている。

 打ち合わせのさい「領内には、孤児院は二つあります」とアレシアは聞いた。

 広い領内の割りに少ないのだな、とアレシアが問えば、

「孤児院と言える規模のものが二つなのです」とカイゼーが答える。

 村では、身寄りの無い子は、村長家に保護され下働きしながら暮らしているという。そういうのは孤児院とは言わない。子供らの待遇は村長の人柄しだいらしい。

 良い村長であることを願うしかないのか、領主夫人として寄付を出来ないかと思いながらも、アレシアの立場で予算の口出しは出来ない。

 今日、訪れる孤児院は、領内では大きめのところだ。大きめと言っても子供の数は十八人程度だという。

 村長家で孤児を養っているところが幾つもあるので、大きいところは少ない。親をなくした子は親族に引き取られるものだろうし、そんなものか、とアレシアは思う。

 アレシアが生まれ育ったのは人口の多い王都なので、隣国の領地の事情などわからない。

 アレシアたちが孤児院の敷地に入っていくと院長が出迎えてくれた。初老の女性だ。

 ここは領内の地主神を信仰する宗教施設が運営しているという。ルガイア教の名にちなんでルガイア養護院という。

 運営資金は寄付が半分、領主からの補助が残り半分。領主からの補助はイクシーが領地運営に携わるようになってからだという。前の横領領主は孤児院に資金など出さなかったからだ。

 この孤児院の子も、ひと月ほど前に角兎に腹を突かれて死んでいる。

 話はイクシーから聞いていた。

 孤児院の子は薬草を摘んで薬師に売るとその金を小遣いに出来るのだという。それで、孤児院では森の近くまでは許しているが、森に入るのは禁止しているのに約束を破る子が後を絶たない。

 ひと月前に子が死んだので、しばらくは子供たちは森に入ることはないだろうが、そろそろほとぼりが冷めて来るころかもしれないとイクシーは眉をひそめて言っていた。

 アレシアは子供たちの様子を見たり、世話をしている院長とふたりの職員から話を聞いた。運営はぎりぎりで、これ以上は入る子は増やせないという。

「私は治癒魔法が少し使えるんだ。怪我をしてる子がいたら癒そう。あと、病の治癒は出来ないが、治癒魔法の『滋養』を与えることは出来る」

「まぁ、本当ですか。助かります。先日、火傷をした子がいるんですが、油を塗るくらいしか出来ませんで困っていたんです」

「火傷は痛むだろう。すぐに案内してくれ」

 院長はアレシアを子供の部屋に連れて行った。

 火傷の子は小さな女の子だった。涙で目を潤ませてひりつく火傷に耐えていた。アレシアはその様子に胸が痛んだ。

「治してあげるよ。痛かっただろう。よく我慢したね」

 アレシアが優しく声をかけると、少女は頷いた。

 少女の手に巻かれた包帯をほどくと、小さな手の爛れた火傷が現れた。痛ましい手を自分の左の掌に乗せ、右手をかざして治癒魔法をかけた。しばらくかけ続けると、火傷はほぼ綺麗に治った。

 アレシアは、ほっと息をつく。

「今日は、布で巻いて保護しておいてください。まだ癒えたばかりだから、手をなるべく使わずに休ませるように。表面の爛れは消えているが、火傷が酷かったのでね」

 アレシアがそう告げると、院長は感極まったように目を潤ませ、

「そのようにいたします」

 と何度も頷いた。

 それから、少年の捻挫と枝を踏んで足の裏に穴を開けた子の治癒をした。

 アレシアは元は騎士だと説明されていたために少年たちがよってくる。

 麗しい王女と騎士ふたりの姿に、少女たちも頬を赤らめてよってくる。

 ジーノたちとしばらく剣の手合わせをしてやってから、アレシアは肝心の話をし始めた。

「ひと月前に魔獣にやられた子がいたそうですね」

 アレシアが話をふると、院長は辛そうな顔になった。

「そうなんです。禁止はしているのですが、やはり森が近くにあるので、特に男の子は行きたがりましてね。森の近くの草原までは薬草が手に入るので許しているのです。本当はそれも止めさせるべきなんでしょうけど。薬草を売って得た小遣いは、子供たちにとって貴重なものですから」

「それは無理矢理、止めてもなかなか思うようにはいかないでしょう。もし、行きたい子がいるのなら私が護衛をしますよ」

「ご、護衛ですか。まさか、領主様の奥方様にそんなことはお願いできません」

 アレシアは『奥方様』という言葉に苦笑した。奥方らしきことはしていない。夫を見たこともない奥方なのだから。

「私は元騎士です。それも、魔獣討伐を仕事にしていました。角兎くらいなら新人の騎士でも狩れます」

「そ、それはそうかもしれませんが・・」

「私が護衛をできる日だけは森の中に入って良いと約束させるんです。その日に好きなように、草でも実でも採らせてやります。もちろん、目の届かないところには行かないとか、注意を守ることが条件です。角兎や火鼠や岩鳩くらいなら、私は幾らでも狩ってやります。ですが、約束を守らずに勝手な行動をとることの方が危険なのでね。森との付き合い方を学ぶことも出来ますし、約束を守ることの大切さも身につけられます」

 アレシアがそう説明をすると、院長は感心したように頷きながら聞いた。

「良いお話だとは思いますが。本当に奥方様にそんな手間をかけさせて良いのでしょうか。それに、やはり危険なことと思うのです」

「試しに少人数で行ってみましょう。それから、孤児院の職員の方も一緒に来てもらって、子供たちが勝手に動かないように見てください。こちらは騎士のふたりも公爵家の衛兵も一緒ですから、安全は問題ない」

 アレシアに重ねて言われ、院長はしばし逡巡したのちに頷いた。

「畏れ多いこととは思いますが、そのようにしていただければ助かります。もう、惨い子供の遺体は見たくないのです」

 アレシアはその日のうちにもうひとつの孤児院にも出向いて、同じように約束をした。

 こちらの孤児院の方がすんなりと受け入れてくれた。

 腕白な男の子の多い孤児院で、十五人の子供のうち七人が元気な盛りの男子だ。

 森に行く日には孤児院の職員は総出で子供たちを見張りに来るという。

 護衛がついても勝手に迷子になられたら困るので、見まもり役がいるのは有り難い。


 森に行く日は、ふたつ目の孤児院、ネイベル院の方が先だった。ネイベルは孤児院の建つ通りの名だ。

 元気な子たちは皆が来たがったという。七歳以上の子供十人が賑やかに列をなしている。孤児院は地代の安いところに建つものらしく、森は近い。子供の足で歩いても二十分ほどでもう森に着いた。

 そう大きな森ではないが、やはり魔獣が出る。アレシアとラメル、ジーノ、それに、いつもの衛兵のふたりが警護に当たる。

 子供たちの世話は孤児院の職員たちだ。

「さぁ、薬草を探す子はこちらに来て。山桃の実をもぐ子はシャロン先生と一緒よ。ぜったい、はぐれたら駄目よ。言いつけを守れない子は今度から来させませんからね」

 返事だけは、「はーい」と素直だ。

 どうやら、少女たちが薬草組で、少年たちはこの辺りで採れる山桃の実を採りに行くと計画していたようだ。

 十メートルほど離れたところに大きく枝をはる果樹がそれらしい。

 アレシアとラメル、それに衛兵のローリが少年たちの方の護衛に向かい、ジーノとカイゼーが少女らの護衛にと別れた。

 山桃の実採りは、なかなか楽しそうな作業だった。枝振りのよい巨木は木登りに最適なのだ。おまけに、甘酸っぱい果物が手に入る。

 シャロンという若い職員が袋を幾つも広げ、子供らは元気よく実をもいでは入れていく。

「さぁ、遊んでないで頑張ってね。明日から山桃のジャムとパイを作りましょう」

 シャロンのかけ声に少年らが「おぉ」と声をあげている。

 アレシアは、魔力探知の網を辺りに放射状に伸ばし警戒する。

 これだけ子供たちが賑やかにしている。人の声は魔獣どもを刺激していることだろう。しかも、人の味を覚えた魔獣がいるのだ。

(誰も傷ひとつ付けないで帰してやらないとな)

 少年たちが山桃の実を夢中になって採り始めて半時間も経つ頃。

 アレシアは近づく魔獣を感知した。

「ラメル、ローリ。右手十時の方向から来る。おそらく、角兎。四匹だ」

「了解!」

「了解です」

 ふたりが同時に動き出す。

 やはり角兎だ。ここいらは、どうやら角兎が多いらしい。

 姿を現した瞬間に、ふたりの剣が煌めき、二羽の兎の首が飛んだ。

 二刀の剣を逃れた兎は、アレシアが炎撃で撃ち倒した。

 子供たちが気付きもしないうちに終わったことに安堵するも、すぐにまた魔獣の動きが捕らえられる。

「また同じ方角だ。五羽」

「了解!」

「はいっ!」

 ラメルが茶色い毛皮を目視すると瞬時に剣で両断し、二羽目に向かう。

 ローリも一羽を仕留めた。

 アレシアも炎撃と剣で二羽を斃す。

 さすがに子供らとシャロンが気付いたが、難なく斃しているアレシアたちに安堵した様子だ。

 それからも、次々と現れる角兎を斃していく。動きは速いが、柔らかい肉は剣であっさりと切り裂けるので剣士たちの腕なら難敵ではなかった。

 アレシアはこれで人の味を覚えた魔獣をどんどん減らしていければ良いと考えていた。

 ローリも「どんどん来い!」とやる気満々だ。

 ラメルも戦闘態勢に入ってから、いつもの穏やかさは霧消している。

 孤児院の面面がそろそろ帰り支度を始めるころ。

「ほぉ。でかいのが来る」

 アレシアは角兎の何倍も強大な魔力を探知した。

「どれくらいですか?」

 ローリが振り返る。

「おそらく小さめの熊だな」

 魔獣の魔力は飽きるほどに感知した。違いはおおよそわかる。

 アレシアは答えると同時に走り出し、ラメルとローリの前に躍り出ると牙を剥いた焦げ茶の熊が凄まじい勢いで飛びかかってきた。

 背後で子供らの叫び声が聞こえる。

 ローリの剣が足を裂き、ラメルの剣は片目を抉り、アレシアは剣に炎を纏わせ飛びかかる熊の首に食らわせた。

 ガぅンっ!

 両断とまではいかなかったが、首の骨にまで食い込む一太刀で熊は絶命した。

 アレシアは安堵させるように子供らを振り返った。

「もう居ない。安心しろ。熊は孤児院に寄付するから使ってくれ」

 アレシアの言葉に子供らが歓声をあげた。

 ジーノらの方は角兎が総計で五羽ほど出たが難なく斃した。

 兎の毛皮や角も良い値で売れる。兎は肉も美味いが、人を食ったかもしれない兎は孤児院の子らは心情的に食べにくいだろう。そんなことを気にすると食べられる肉が半減してしまうので言っていられないのだが。

 アレシアは、とりあえず兎の焼き肉は作らないでおいた。

 この日は、薬草や実だけでなく魔獣の獲物も大量に獲れたので、兎は大きい子供らにも運ぶのを手伝わせた。

 熊がそこそこ大物だったために、太い枝を折って括りローリとカイゼーのふたりが担ぎ、ジーノとラメル、アレシアは護衛に徹して森を引き上げた。

 孤児院に帰ると、あまりの大猟に留守番の院長が目を丸くした。

 魔獣の卸先を知っているか気になったのだが、狩人協会に行けば適正価格で買い取ってくれるというので、手伝いにローリを残してアレシアたちは引き上げた。


 翌週は、ルガイア孤児院の護衛だった。

 ネイベル孤児院の森での話が街で評判になっていたために、ルガイア孤児院の子供らは待ちきれない様子だった。

 アレシアたちが到着すると、子供たちと孤児院の職員だけではなく親子らしい三人がいた。十歳くらいの兄妹とその母親らしき女性だ。身なりを見るとかなり貧しいようだ。

「君たちは?」

 アレシアが尋ねた。

「彼らも一緒に行ってはいけませんか」

 そばにいた院長が、怯えた様子の親子の代わりにおずおずと応えた。

「事情をまずは知りたいな」

「はい。イリナたち親子は子供らが森の近くで薬草を摘むときはよく一緒に行っていました。大工だった父親が現場の事故で亡くなってから生活が大変なので、森の薬草が貴重な収入源なのです」

「そうか、わかった。では一緒に行こう。護衛の狩人や傭兵を雇えない町の者なら一緒でもかまわないよ。ただ、あまり人が多くなると守り切れなくなるからね。それから、護衛を雇えるくらい裕福な者は、私たちは世話をしないと決めている。なぜなら、護衛をして稼いでいる狩人や傭兵の仕事を奪うつもりはないんだ」

 アレシアが院長にそう説明をすると、院長は嬉しそうに頬笑んで頷いた。

「わかりました。感謝いたします」

 その日は、野苺の群生地で大量の野苺を摘み、薬草を採取し、さらに十八羽の角兎と、よく肥えた黒猪を狩った。

 兎と猪はイリナ親子にも山分けし、これからも護衛の日には来て良いと約束をした。



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