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番外編、ふたりのその後(2)

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 ラムは近衛のころに貯めた金で、空間魔法機能付きの袋を買って持っていた。その貴重な袋から付け毛らしきものを取り出した。袋からは少年のものらしい服や、若い娘用の可愛らしいブラウスとスカートも出てきた。

 ヴィオは嫌そうな顔をした。

 町娘の格好はともかく、男装は無理だろうと思った。

 ラムがそれで安心するのならやっても良いが、ヴィオが少年に見えるとは思えなかった。

「変に思われないか」

 ヴィオは尻込みをした。

「騎士服は平気で着ていたのに?」

「そうだけど。それは女騎士としてだ。男装とは違う」

「明日の朝、支度をしてみよう。私が見て判断する。それで、町にも出る。誰もなにも気付かない様子だったら、それでいく」

 ラムはきっぱりと言い切った。

 ヴィオは、ラムの様子から『これは断れないな』と悟った。

 明くる朝。

 ラムはさっそく支度を始めた。

 髪型を変えてから、ヴィオに少年らしい服を着せるという。

「なんで付け毛なんてあるんだ?」

 ヴィオはラムが手にしたものを横目で見た。

 付け毛は、毛先に粘着力のある素材が使われている。

「こんなものがあるなど知らなかった」

 ヴィオが感心すると、ラムが「私が作った」とこともなげに答えた。

「え? これを?」

 ヴィオは付け毛をしげしげと見返した。

「毛の部分は金色の毛並みの狼の尾だ。それに、よく付け髭に使う粘着剤を付けた」

「そんな粘着剤があるのか」

「魔獣素材から削りとっておいた。それを少々火にかけて加工した。学園で習ったやり方だ」

「すごいな、ログリア王国の学園は」

 ラムは機嫌よくヴィオの髪に付け毛をつけ、髪とのつなぎ目部分を皮ひもで縛りリボンで飾る。付け毛は器用に三つ編みにし、編み終わりもリボンで縛った。強く引っ張らなければ大丈夫だろう。

 ラムの瞳と同じ青いリボンだった。

 ヴィオの元の髪は、騎士のころに切ってしまったので肩に付くくらいの長さだった。ランデルエ公爵領に来てからは侍女長に「決して髪を切らないでください」と何度か言われていたのでそのまま伸ばしていたが、ヴィオは伸びるのが遅いのか大して長くならなかった。

 侍女長曰く、「魔力の高い方は、魔力の宿る髪の伸びが遅いのですよ」だとか。

 そんなヴィオの髪が、見た目は長い髪を縛って編んだ髪型になった。

 ヴィオは自分の髪が狼の毛と似てるなんて知らなかった。

 さらにラムはヴィオを下着姿にして胸をさらしで巻いた。胸を巻きながら、なぜか興奮して息を荒くしているラムが気になったが知らないふりをしておく。

「国境から離れるまでは少年風にしておこう。離れたら町娘の格好も見せてもらうとして」

 などとラムがぶつぶつと言っている。

 しばらくのちにヴィオの変装ができあがった。ヴィオは、髪を三つ編みにした町の少年風になった。

「少年風にするのに、髪を長くする必要があったのか」

「ある」

 ラムはやけに自信満々だった。長い髪の少年もいるにはいるが、少数派だろうに。

「その町娘の格好はどうやって手に入れたんだ」

 スカートは、ラメルが変装をしてこっそり洋服屋で買ったものだという。

 どんな変装かは知らないが、「妹のスカートを」と適当に言い繕いながら買ったという。

 あまりに周到だ。

「ブラウスは良いのがなかったので、ジオンが奥方の洋服ダンスから持ち出してきた」

「いいのか」

「奥方はたくさん持ってるから大丈夫だ、と呑気に言っていたが。無事を祈ろう」

「判った。私も祈っておく」

 ヴィオは、気の良いジオン子爵の顔を思い浮かべながら「無事でいてくれ」と祈っておいた。


 出来上がったヴィオをラムは立たせた。

「不自然じゃないか?」

 ヴィオは気恥ずかしく、顔を俯かせた。

「ものすごく似合う。そそる」

 ラムはたまらなく抱きしめた。

「まさか、ラムは少年が好きだったのか」

「そんな趣味はなかったが、禁断のドアを開けてしまったようだ」

 ラムがまた鼻息を荒くしている。

「開けんでいいから、閉じてくれ」

 ふたりはそのまま兄弟のふりで町に行くことにした。

 声でバレるといけないので、ヴィオは極力喋らないと決めた。

 喉仏がないことは、スカーフを巻いて誤魔化した。夏場のスカーフは暑そうだが、今は初冬だ。

 ログリア王国とダルバダ共和国のこの辺りは寒さは厳しくないようだが、これから寒くなるかもしれない。

「コートを買おうか」と話ながら歩いていると、やけに人の視線が気になる。

「ラム、やっぱり不自然じゃないか」

 ヴィオは気になり、小声で尋ねた。

「大成功だ。若い女がヴィオを見ている」

「そ、そうか?」

 そう言われれば、先ほども少女がこちらを見ていたような気がする。

「ラムを見ていたんじゃないのか」

「男の視線がない。しばらくはこの格好が安全だ」

 ラムは嬉しそうだった。ラムが安全と言うのだから我慢するに吝かではない。


 ふたりは狩人協会の場所を道行く人に聞き向かった。

 狩人協会の厩舎に馬を預け、狩人協会の窓口でラムだけが会員登録をした。とりあえずラムだけにしたのは、ヴィオは男装中だからだ。

 狩人協会は世界的な組織でどこの国の会員証も使える。青銅級という新人狩人の級からの登録だ。

 貯め込んであった魔獣の魔石を卸した。

「たくさんですね」

 と協会の受付が機嫌よく換金してくれた。かなりの金額になった。

 ラムは近衛の給料は良かったはずなのに、貯金はあまりしていなかった。スワロフ家の実家が王都で事業を起こすときに、かなりの金を渡したらしい。

「辞令が出て王都を出るときに空間魔法機能付きの袋を買ったので残りの貯金もほとんどなかった。近衛の給料は確かに良かったが、色々と殿下たちの我儘から身を守るために言えない経費がかかったんだ。それを考えると、激務のわりに安かった。狩人の仕事で良い」

「そうか」

 ラムに爽やかに言われて、ヴィオは彼に近衛を辞めさせてしまったことをあまり気に病まないことにした。そもそも、あの王族に仕える危うさを思えば、辞めてくれてよかった。

 すっかり遅くなり、午後も遅い時刻に昼食を済ませると、宿をとることにして町をふらりと歩いた。

 幾つか宿を見て、一番感じの良い宿で、良い部屋を選んだ。屋根のある部屋で休むのは久しぶりだった。

 部屋に入るとラムは妖艶な笑みを浮かべてヴィオを押し倒した。

 ベッドの上で抱き合い口づけをする。

「やっとだ。もうなにも憂いはない」

 耳元でラムが熱く囁く。

「ラメル、愛してる」

「愛してる、アレシア。この世のすべてよりも」

 キスをして抱きしめられて、またキスをした。

 ふいに涙が込み上げ、目を開けるとラムの目も潤んでいた。

 こんな恋人を置いて死のうとしていたなんて、自分は本当に馬鹿だった。


 明くる日は昼まで宿でのんびりと過ごした。

 昼飯前にラムがまたヴィオを男装させ、宿を引き払った。

 ヴィオの変装用の服を買い足し、サウザル共和国の情報誌を手に入れて町を出た。

 次の町でまた宿を取り、ゆったりとふたりで情報誌を広げてから、ラムの予想が当たっていたことを知った。

 アレシア王女の処刑は大きな記事になっていた。数頁を使った特集だ。

 アレシアは領に尽くしていた、とある。魔導具の映像も載っている。少し遠目なので顔ははっきり写っていないが、アレシアは子供たちに狩った角ウサギを笑顔で与えていた。年寄りや怪我人の治癒をしている姿もあった。平和な町や村の様子だった。

 まださほど経っていないのに懐かしくなる。アレシアは、素朴なランデルエ領が好きだったのだ。

「へぇ、第三王子は廃嫡?」

 記事にはそんなことも載っていた。

「王位継承権を剥奪の上で、か。ハハ。短い命だったな」

「幽閉とかではないのか」

「いや、そんな甘くはないだろう。第一王子と第二王子の婚約が流れたと書いてある」

「アレシア王女を冤罪で処刑したことで、か」

「当然だ。危うい国に姫を嫁がせようという国はなくなる。そうなると思っていた」

 ラムが疲れたように笑う。そんなこともわからない馬鹿な王子に仕えていたと思うとつくづく嫌になる。

「国王たちを怒らせたわけだ」

「怒らせたなんて生やさしいものじゃないな。無能な王族を国の重鎮にしていたためにあの国は内情はがたがただった。それをどうにかするために、技術提携や交易をより充実させるための婚姻だった。外交部が苦労してとりまとめた。それが流れたんだ。国王と第一王子第二王子は、際だって賢いわけでもないが、かなり常識的でまともなほうだった」

「へぇ」

「あくまで『あの国の割に』という枕詞がつくが。愚かな第三王子を放置していたんだから自業自得な面もあるが。それはそれとして、怒り狂っただろうな。第三王子は、おそらく塔の上の階段を転げ落ちるか、魔の森で怪我をして置き去りにされるか。不幸で凄惨な事故死を遂げるだろう。ほとぼりが覚めた頃に」

「事故死、か」

 ふつうは毒杯を賜り病死となるところだろう。惨い事故死とはなかなか過激な国だ。

「加担したビスフェル領の奴らもただじゃ済まない。過酷な税の取り立てと補助金や支援の即時打ち切りは簡単にできるから、とうにやられているだろう」

「それでなくとも魔獣の害で疲弊していたのにな」

 当主はすでに死んでいる。跡継ぎの嫡男は無事か否か。

「もう潰れてるころかもな」

 ラムは楽しそうに笑った。ヴィオがラムの予言が正しかったことを知るのは一年ほどのちのことだった。


 ヴィオは一週間ほど男装をしていたが、のちに町娘風に衣装替えをし、狩人傭兵協会にも登録した。ラムの妻として記し、受付で初めて「奥さん」と呼ばれた。

 その日はふたりでささやかなご馳走を食べて祝った。住民登録がまだなので婚姻はできないが、死に別れる寸前までいったふたりにはもう充分に思えた。


 それから、ふたりは気ままに旅をした。

 居心地の良い町を見つけて家を買い、温かな家庭を築くまで。



『人質王女の禁断の恋、その後』 了


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― 新着の感想 ―
アレシアが生きる選択をとってくれたのがよかった ラメルの性癖の扉笑 領民はアレシアのことを救えなかったと思い後悔して生きていくのかもしれませんが、いつかの日に再開できる未来もあればとささやかに願います
[良い点] ハッピーエンドで良かった。ざまあもしっかり。 [気になる点] 悪者の王子(アレシアの旦那)は一度も会うことがない、斬新。容姿もわからない。ただ王都からアホな命令を伝えて来るだけ。顔を合わせ…
[一言] アレシアも公爵領の人達も騎士達も良い人達で楽しそうに過ごしているのに哀愁漂っていて物悲しい。
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