14)人質王女の禁断の恋
ありがとうございました。
ビスフェル領から立会人がやってきた。
ビスフェル領の役場で働いて二十年は経つ中堅どころの文官は、面倒な仕事を押し付けられた。
隣の領地、ランデルエ領で行われる死刑執行の見届けだ。
ログリア王国では無実の罪で人が処刑されるなど珍しくない。むしろ、罪人が処刑されるよりも多い。我がビスフェル領ではとくにそうだ。
この度の処刑は隣国の王女が火あぶりにされるというものだ。
そんなことをしていいのか? とちらりと思う。
そんな疑問はすぐに消える。
なにも思わずに言われたことをしていれば、なんとか明日まで生きられる。
そういうものだ。
言われたから、見届ける。自分は何も関係ない。
罪人のいる部屋に向かう。
もうひとりの同僚は町長のところにいる。
町長から「こちらの必要な書類にも署名してくれ」と頼まれたのだ。
護衛でついてきた領兵は処刑場の確認をしろと言われ、手伝わされている。
廊下の窓からは町の広場が見えた。
部屋は役場の地下だった。階段を降りて部屋の中に入る。
麗しい王女が椅子に呆然と座っている。
まだ若い。もうすぐ二十二歳と聞いている。
美しい王女と噂は耳に入っていたが、まだ見たことはなかった。
本当に綺麗な王女だった。
第三王子の愛人になっている我が領の娘よりも綺麗ではないか。
あの娘は化粧をとるとさほど美人ではない、と侍女らが話していた。だが、胸は牛なみに大きく腰は括れ、尻の肉付きは見事だという。
部屋は無音だった。
王女の背後に騎士が一人立っていたが、誰も口を聞かない。
殺風景な部屋には、数脚の椅子と、奥に簡素なただの台のようなベッドがあるきりだ。ベッドには寝具もないので、ベッドの下に何もないのが見て取れた。
フードで顔を隠した黒づくめの死刑執行人がやってきて、でたらめの罪状を述べた。
王女は「事実無根です」とぼんやりと答えた。
「刑を執行する。最後の望みはなにかあるか?」
執行人の問いに、王女は相変わらずぼんやりと「酒を」と答えた。
用意してあったらしく、ほどなく酒が運ばれてきた。
強い酒の匂いがする。
王女は、きつい酒をわずかに顔をしかめながら幾度かにわけてゆっくりと呷った。
すっかり飲みつくすと、王女の頬が早くも色づいている。
「時間だ」
執行人は麻袋を王女にかぶせ、緩く首元で縛った。
執行人が促すと、王女はふらりとよろめきながら立ち上がった。
強い酒を飲ませ過ぎたのだろう。
執行人の肩を借りて、王女はようやく歩く。護衛の騎士も腕を支えている。
執行人に、とっとと出てくれと冷淡に言われ、見届け役の男は先に部屋を出た。
廊下を出たところで町長に会った。
「もうおひとりのあなたの同僚は、執務室から広場に行っている。処刑場だ」
町長に淡々とそう告げられ、「わかりました」と見届け役の男は答えた。
振り向くと、王女を支えた執行人と騎士が部屋を出てゆっくりと歩いている。
一行は広場に向かった。
王女は支えられているおかげで、なんとか歩いて広場に到着する。
閑散として人がいない。誰も王女の火あぶりなど見たくないらしい。
広場の真ん中に椅子がおかれ、椅子を取り囲むようにして薪が積み上げられていた。
王女は椅子に縛り上げられた。
油が王女の被った麻袋に降りかけられる。
さらに体にも、椅子の周りにも、たっぷりと油が撒かれた。
十分に離れてから、執行人は火のついた松明を放った。
あっという間だった。
油がやけに多いと思いながら見ていたら、案の定、爆発的に燃え上がった。
王女は苦しみ叫ぶ間もなく絶命した。
死の瞬間を自覚することすらなかったかもしれない。
それくらい火の勢いは強く、執行人と見届け人にとっては手早く済んだのはありがたかった。
美しい王女は、消し炭を纏った骨となった。
◇◇◇
処刑の前に、王女と身代わりの交換はなされた。
控えの部屋から出るときのこと。
執行人と騎士は、見届け役の男を先に部屋から出して、ベッドの下に幻惑の魔導具とともに転がされていた男を引きずり出した。
男の代わりに、王女が幻惑の魔導具を身にまとい、部屋の隅で待機する。
身代わりとアレシアとの交換は、難なく済んだ。
見届け役の言動によっては幾つか別の策を用意し、魔導具も準備していたが、一番簡単なやり方で成功した。
強姦魔の男はなんら苦しむことなく死んだ。幾人もの村娘が惨い目にあったというのに。
その前に村長にだいぶ殴られ脅されたようなので、それでよしとする。
それに、男は良い身代わりになってくれた。
アレシア王女の処刑が終わったのち。
いつの間にかふたりに増えていた黒づくめの死刑執行人は、フードを深くかぶった格好で馬を駆り、いずこへと消えた。
◇◇◇
近衛隊から騎士団西支部に出向していたラメル・スワロフは、王宮に辞表を送った。
同僚のジーノ・ネイデンも日を置かずに辞めた。
ほどなくしてサウザル共和国で『ログリア王国、和平のために嫁がれたバルゼー王国の王女を事実無根の捏造された罪で処刑する』と報じられた。
アレシア王女が、ランデルエ公爵領で村や町、領民らのためにどれだけ尽していたか、詳細な記事になっていた。
その王女の罪が「獣を溢れさせ、ビスフェル領に被害を出した」というありえない、なんら根拠もない言いがかりだった。
なぜサウザル共和国でこのような記事が報じられたかと言えば、スワロフ領の返還にはサウザル共和国が関わっていたからだ。
平和的におこなわれた返還だった。人質など、要らないはずだった。
それなのに、実際、アレシア王女が送られてきた。
サウザル共和国はどういうことだと問い合わせた。
ログリア王国側は「和平のためだ」と答えた。
ランデルエ公爵領にもそう伝えられた。
だが、結果として、領民のために尽くしていた王女をいわれのない罪で火あぶりにした。
『和平のための婚姻として嫁がれた王女を火あぶりにした』
この暴挙は、世界中に知れ渡った。
ビスフェル領の娘がログリア王国のディアレフ王子の愛人で、そのためにどのような出来事があったかも一緒に報じられた。
この結果、ログリア王国と他国との婚姻話が軒並み流れた。
また、翌年、スワロフ領とランデルエ公爵領とでクーデターが起こり、領の狩人らが国境警備隊を殲滅し、ふたつの領はサウザル共和国に寝返った。
ログリア王国は、このスワロフ領とランデルエ公爵領のクーデターを阻止できなかったばかりか、のちに取り返すこともしなかった。見て見ぬふりをした。
王都から馬車で三週間もかかるほど遠い領地を取り返すにはそうとうの費用がかかる。
だが、それだけの金と戦略とがなかった。騎士団の上層部は無能な王族で占められていたからだ。
この出来事の後、ログリア王国では同様に王国から離れる領が相次ぎ、二十年後には王国に属する領は三割ほどしか残らず、王国はほとんど瓦解したという。
◇◇◇
我が領には、麗しい王女様がいた。
麗しいけれど、王女らしくない王女様だった。
一緒に地面に座り込んで魔獣避けの薬草畑を作った。
薬草を移植する前には、王女様は土魔法の「滋養」をたっぷり注いでおく。
すると、「みんなが驚くほど薬草が根付くからね」と王女様は笑った。
「おまけ」と言いながら、水魔法の水も与える。
魔力のこもった水は薬草のご馳走だと王女様はいう。
王女様は、村を守るために近くの森に狩りに行く。
美味しそうな太った猪や、恐ろしい鹿や狼。
たくさんの魔獣を狩って来てくれた。
王女様は、みんなで食べなさい、と気前よく獲物を置いていった。
怪我をした狩人には治癒をしてくれた。
病人への治癒は「治癒魔法の『強壮』しかやってあげられないんだ」と王女様は申し訳なさそうにいう。
でも、その「強壮」をしてもらうと、婆様の神経痛はいっぺんに治った。
隣のビスフェル領から、言いがかりをつけられた。
優しい王女様が、魔獣を溢れさせて隣の領に被害を出させたという。
どうやって魔獣を溢れさせるというのか。
そんなことができるのなら戦争は簡単だ。
デタラメの罪状には、方法も目的も説明はなかった。
でも領民はみんな知っていた。
隣の領の娘は第三王子の愛人だった。
ただそれだけで、王女様は処刑される。
王女様の処刑の日。
誰もが家の中で蹲っていた。
領の恩人が殺されるというのに、誰も何もできなかった。
あくる年。
ランデルエ領は、サウザル共和国の領になるため、領民は一つになった。
もっと早くこうしていれば、王女様は今でもうちの領にいたのだろう。
王女様が処刑された跡地には、今も花が絶えない。




