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12)薬草畑

ブクマやいいね、誤字のご報告、ありがとうございます。

あと二話で完結です。





 明くる日。

 アレシアたちは村の薬草畑候補地に集まっていた。土魔法の使い手となったタリウスと少年ふたりと女性の四人は緊張の面持ちだ。

 他にも、魔獣避けの薬草畑を世話するために薬草の栽培に詳しい領民たちが選ばれていた。

 魔獣避けの薬草は魔力を帯びた魔草と呼ばれ、貴重で高価だ。これから村や町の安全を守り収益にも関わる。近隣からは村の役付きたちも来ていた。

 集まった面々を確認するように見回したイクシーが最初に声を上げた。

「お集まりいただきご苦労です。それでは、これから講習会を始めますが、昨日お話いたしましたように、ここで得た知識は極秘です。話そうと思っただけで契約違反のための魔法が発動し始めます。もちろん、まだ未遂の場合は不快感程度ですが、ご注意ください。酔っ払ったときなどは要注意ですからね」

 イクシーがにこりと笑う。地味ではあるが整った顔のイクシーが口元だけ笑うとなぜか冷たい迫力がある。

 居並ぶ面々はごくりと息をのんだ。

「イクシー、皆をそう脅さないでくれ。ここに集まった皆はわかってくれている。領地のためだ」

 アレシアが苦笑すると、イクシーは「脅してなどいませんよ」と表情を緩めた。

 魔獣が増えたために魔獣避けの魔草は値段が倍にも上がっている。

 それも国の上層部が手を打たないからだとアレシアは思っている。

 バルゼー王国では魔獣避けの魔草はログリア王国よりずっと安いが、長年、国策として魔獣避けに関しては補助金を出し続け、移植や株分けの方法を研究し続けたからだ。

 貴重な知識ゆえに門外不出だ。

 そのため、アレシアもごく一部の魔草しか知らない。魔女と呼ばれた祖母から習ったものだ。

 ランデルエ公爵領に同じ魔獣避け魔草の亜種が生えていたのでなんとか移植と株分けに成功した。

 そのやり方はさほど複雑でもないが、公にするつもりはない。元は祖国の機密だからだ。

「昨夜入ってきた情報からも、魔獣避け魔草は値上がりをし続けています。自分の領地でも増やせると思えば盗んでいく輩が後を絶たなくなります。十二分に気をつけるように」

 イクシーが駄目押しのように言葉を重ねると、並み居る者たちは真剣に頷いた。

「それでは、これから魔獣避けの畑を作るための方法を教授する。まず、土魔法の担い手たちの確認をする。こちらにおいで」

 アレシアに手招きされてタリウスたち四人が歩み寄る。

「これまで四人とも知らないうちに土魔法を使っていた。そのために、魔法の使い方の効率が悪かった。それを自覚して貰う」

 アレシアの説明に、四人は戸惑いながらも頷く。

「四人とも、畑仕事をするときに種まきの歌や、麦踏みの歌を歌っていたね? ここで試しにやってみてくれ。ケイ、君に頼もう」

「あの・・でも・・俺、そうすると具合が悪くなって」

 ケイと呼ばれた十五歳くらいの少年が気まずそうにしている。

「うん、知ってる。魔力切れを起こすんだろう? でも、種まきのときは何時間もそうやって農作業をするわけだけど、今回は一曲歌えばいいからね。ああ、それから」

 とアレシアは手にしていた小袋から黒っぽい干した果物の粒を取り出した。

「これは黒苺の干したものだ。魔力回復によく効く。食べておきなさい」

 アレシアは四人に黒苺の粒を配り、四人は少し苦い顔をしながら食べた。

「これで良い。ケイは、これを腰に括り付けておいて」

 アレシアはケイのズボンの腰紐に、根の部分が革の袋に入った草の苗を括り付けた。

「えっと・・これは?」

 ケイがさらに戸惑う。

「これは茅光という魔草だ。土魔法の滋養がものすごく好きな魔草でね。ケイが土魔法を使うと反応する。わかりやすいだろ」

 アレシアが微笑んだ。

「そ、そうですか」

 ケイは、少し困ったように腰の苗を眺めた。

「それじゃ、早速やってくれ。これを蒔きながら」

 と、アレシアに促され何やら粒の入った小さい籠まで渡されて、ケイはおずおずと始めた。

「風の神様、風吹かせ、陽の神様、輝いて・・」

 アレシアは可愛らしい節の歌だな、と思いながら聞いていた。

 ケイの腰に付けた茅光は「風吹かせ」「輝いて」のところで『くにょ』と茎を揺らめかせ、それは誰の目にも明らかだった。

 タリウスたち土魔法使いたちは目を見開いていた。

 種まき歌の「土の神様、土肥やせ」の節では、茅光はさらにくにょくにょと動き、まるで植物型魔獣のような動きをしたが、ケイが歌をやめると反応を止めた。

 茅光は土魔法をもらったおかげか、茎が前よりもしゃんとして葉も生き生きとして見える。

「さて、歌と一緒に土魔法の魔力が使われていたのがわかったね?」

 アレシアは四人に向き直った。

 四人だけでなく、ケイと茅光を見ていた誰もが感心し、驚いて声もない様子だった。

「今、ケイが撒いたのは、種ではなく鶏糞の肥料を粒にしたものだよ。ここは魔獣避け魔草の畑候補地だからね。これから土魔法の滋養について説明する。ただ、私はバルゼー王国の魔導士なので、バルゼー王国風になってしまうけれど基本的には同じだ」

 四人が頷くとアレシアは話を進めた。

「まず、土魔法の『滋養』は土魔法の初級なんだ。最初に学ぶのはバルゼー王国では『滋養』だ。ただ、国によっては、土魔法の土塊作りを学ぶかもしれない。それも教えておこう。土塊も簡単だよ。あまり使い道はないけれどね」

 アレシアは朗らかに言いながら体を屈めて土に指先を付けた。

「土魔法の魔力をまず地面に注ぐんだ。土を指先で耕す様を思い浮かべて。自分の魔力で土をほぐしてやる気持ちでね。それから・・『土塊』」

 アレシアが土塊と呟いた瞬間、幾つもの土塊がぽこりぽこりと現れた。

 タリウスたちは思わず「おぉ」「わぁ」と声をあげた。

「土塊作りはそれなりに魔力を使う。だから、今は実践はしないでおくよ。今日は『滋養』の方を中心にやりたいのでね」

 アレシアがそう言うと、四人とも少し残念そうな顔をしたが、

「後で余力があったらやらせてあげるから」

 とアレシアに苦笑されて頷いた。十歳のミラシュまだ少し口を尖らせていたが、アレシアは先に進むことにした。

「土魔法の滋養は初級だけあって、本当は魔力はほとんど使わないんだ。ところが四人とも、畑仕事の歌を歌いながら作業をすると魔力切れを起こしていただろう? 魔力の効率が悪かったからだよ。効率の良い使い方をすれば平気だったはずだ」

「えっと、でも、最近は歌を止めるようにしていたのですが」

 ミラシュが言うと、マリも頷く。マリは十九歳になる少しふくよかで穏やかな雰囲気の女性だ。

「でも、歌の節や歌詞を忘れたわけではないだろう? 口ずさむのは止めても、頭の中で歌が浮かんでいたはずだね?」

 アレシアが問うと、四人とも頷いた。

「そうしたら、同じように魔力を放っていただろう。効率的なやり方を覚えない限り同じだ」

「そうだったんだ・・」

 タリウスががくりと項垂れた。他の三人も思い返したような顔をしている。

「では、これから、一般的な土魔法使いのやり方を教えよう。まず、滋養を与える土地のおおよそ中心に座る」

 アレシアは小さめの畑の端に移動した。畑は長方形の形をしていた。畑の範囲に杭が打ってあるが、紐で囲ったりはしていなかった。

「お手本だからね。小さく滋養を与える。魔力は僅かしか使わない。皆は、習わないうちに滋養を使っていただろう? 畑仕事に慣れているから簡単にできたわけだ。もしも、土など触ったこともないような者だとなかなか出来ないときもある」

「へぇ」

 とミラシュは納得した様子だ。

「貴族みたいな人には難しいんですね」

 マリが言うと、アレシアは頷いた。

「まぁそうだね。あるいは、文官や、鍛冶職人や木こりとかでも難しかったりするらしいよ。土に触れないからね」

「そっか」

「そうなのね」

「四人とも、土に栄養がないと野菜がうまく育たないってよく知っているから、容易く出来るんだよ。だから、もうすでにコツは知っているようなものだ。ただ、土に触れずに滋養を使おうとすると効率が悪い。せっかくの滋養の魔力が空中に放たれてしまう。それでも四人の畑は君たちの滋養で潤ったわけだけれどね。でも、使い方をわかってなかったので魔力切れを起こしたんだ」

「そうだったの・・」

 マリは半ば呆然としていた。今まで無駄に魔力切れを起こしていたことを思い知ったからだろう。

「それでは、やってみせる」

 アレシアは畑に掌を押し当て、「土魔法、滋養」と呟いた。

 途端に、アレシアが手を当てた箇所から丸く円を描くように陽炎のようなものが瞬いた。

「見えたかい?」

 アレシアが四人に尋ねると、四人とも頷いた。

「ほわって光ったような気がしました」

 ミラシュが興奮気味に報告する。

「淡い黄色に見えました!」

 タリウスが勇んで答え、マリも「オレンジっぽい光」と目を輝かせた。

「土魔法属性を持っていると感じやすいんだろうね。滋養は魔力はあまり使わないから見え難いはずなのに見えるんだ。滋養の魔法が回りの力を引き込むからだよ。土に馴染みやすい自然にある力を取り込ませるんだ。特に、陽の光の力を取り込むと言われている。だから、滋養は天気の良いにやりなさい。そうしないと余分に魔力を食う。魔力切れの原因になるよ」

 アレシアが言い聞かせるように話すと、四人は真剣に頷いた。四人とも魔力切れの辛さはよく知っていた。

「まぁ、滋養の説明はそれくらいだ。四人とも、この畑に滋養を施してくれ。今日は魔草の植え付け作業をするからね」

 タリウスたちはすぐに畑に散って滋養の魔法を使い始めた。

 アレシアはじっくりと見守っていたが、四人とも難なく完成させた。

「上手いな。しっかり滋養を施せたよ。これで魔草の植え付けができる。では次に植え付け作業に入る。畑の世話役の皆はもっと近づいて」

 世話係は、薬草の栽培に慣れている領民たちだ。二十人の世話係は、少々緊張の面持ちでアレシアと四人の土魔法使いのそばに歩み寄る。

「これが今日植え付ける魔草。バルゼー王国にはない魔草なんだ。亜種はあるけれどね。だから、育て方を知っていた。ここではただ『青い魔除け草』と呼ばれているそうだね」

 アレシアは助手役のラメルが運んできた木箱の魔草を皆に見せた。青味のある色をした大人の上腕ほどの丈がある地味な草だ。葉は丸くよく繁っている。

「まず、基本中の基本を伝える。青い魔除け草の植え付けのコツは、最初の一週間だ。最初の一週間は毎日見回りに来て欲しい。やって欲しいことは水分管理だ」

 アレシアは厚紙で作られた札のようなものを手に取って見せた。

「これを根元の土に差し込んで十数えて水分の状態を見る。それによって水やりを加減する。この魔草に関しては、雨水と、井戸水と、川の水は、それぞれ違うものと考えてくれ。魔素を含まない水は与えないんだ。領内の川と井戸の水は含まれる魔素を調べてある。ただ、適度に雨が降ってくれればやる必要はないけれどね」

 アレシアは水分量によって与える水のことを詳しく教えた。

「魔除け草は、根に魔力を持っている。土魔法を施した畑に植えてやると土の魔力の中を根が潜っていく。まるで水の中を泳ぐ蛇のように。一週間あればしっかりと根付く。そうすれば、あまり手をかけなくても良い。だから、面倒でも一週間は見回りと水の管理をしてくれ」

 アレシアの説明に世話係たちは頷いた。貴重な魔草の苗だ。失敗してはならない。それに一週間、水やりを気をつければ根付くのだから、むしろ楽に思えた。

「それから次は、株分けと移植に関してだ。本来、魔草の植え替えは出来ないものだ。出来ない植え替えをやるのだから慎重を要する。株分けなどで掘り返すときは、土魔法の『耕し』で根元の土を掘るか、あるいはこれを使う」

 アレシアは、ラメルが良いタイミングで差し出した白い大きな匙のようなものを掲げた。

 岩イノシシの骨を加工してアレシアが手作りしたものだ。不格好だが、問題なく使える。土魔法属性の魔核を使った簡単な魔道具だった。

 これで土を掘ると、土魔法属性の魔力を帯びる。それで、弱い根を傷めるのを防ぐ。土魔法の魔力は魔除け草の根にとっては潤滑油みたいなものだよ、とアレシアは説明をした。

 この日は、午前中一杯と午後の数時間をかけて魔草の植え付けを行った。


 一日のスケジュールをこなし、領主邸に帰るとアレシアはゆったりと風呂で汗を流した。

 湯船でくつろぎながら、土を弄りながら過ごしたことを思い返す。休憩の時には村の村長らも交えて話し込んだ。

「アレシア様が来られて、我が領は命を吹き返しました」

 村長は朗らかにアレシアを称えた。

「それは大げさだろう」

 アレシアは褒められて悪い気はしないが、言い過ぎだと思った。

「大げさなどではないですよ」

 と、村長は首を振る。

「うちの領地の子供たちは前の領主のころ、皆栄養が足りてなかったですよ。それで五歳で魔力測定を受けるまでに体が上手く成長しなかったんです。それなのに五歳で魔力を測るという決まりはそのままです。他の年齢での測定は認めないとはねつける。漏れがあるに決まってるんです」

 村長は淡々と平気な顔で話していた。諦めているのだろう、諸々の理不尽を。とはいえ、限度を超えた無理難題に対しては、強かに柔軟にやり過ごしていくのがここでの暮らし方だ。

 それでも村民らを想う村長ほど苦しんでいる。

(この国は、民に対する思いやりがなさすぎる)

 バルゼー王国も褒められた国ではなかったが、ログリア王国で暮らすと比べようもないくらい良い国に思えてくる。

(隣家の嫁は三割増しに美人に見えるというが、この場合は気のせいではないな)

 風呂からあがり髪を乾かしていると、小さなノックが聞こえる。

 ドアを開けるとラメルがすり抜けるように部屋に入ってきてアレシアを抱きしめた。アレシアはラメルの腕の中でつい頬笑んだ。

 拒絶するべきだと思いながら、そっと逞しい胸元に頬を寄せた。

 ラメルとの夜はアレシアの癒やしになってしまった。人の温もりを知った今、このひとときを失うのは寂しすぎる。

 あと少しの間、許されたい。

 アレシアは、人質のこの身は長く生きられないような気がしていた。

 ここで領地のために奔走している間は未来を考えずに済む。

 領民らに感謝され、役に立っていると感じている間は、アレシアは捨て置かれた人質ではなく領主夫人でいられる。

 だが、ひとりで夜を過ごしていると、理不尽に押しつけられた人質という立場と嫌悪しか感じない夫の妻であることと、見えない未来に押しつぶされそうになる。

「アレシア」

 愛しげに名を呼ばれると、嬉しい気持ちと罪悪感とがせめぎ合う。領主夫人の身で愛人を部屋に入れるという邪な行為は、アレシアの性格には合わない。

 合わないことをずるずると続けてしまっている。

「私の恋人は素晴らしすぎる」

 ラメルはアレシアの耳元で囁く。

(恋人と言ってくれるのだな)

 アレシアは胸の奥がむずがゆくなる。愛人ではなく恋人だと勘違いしそうだ。

 婚姻の書類は交わしたが、神の前で誓ったこともない夫は、正式な夫ではないのかもしれない。

 披露宴もしなかったのだから、皆に認められていないということだ。書類一枚の薄っぺらい結婚。おまけに、祖国では人質だとはっきりと言われた。

 おかげで、アレシアの罪悪感も薄っぺらい紙一枚程度しかない。

 アレシアはラメルのむさぼるような口づけを受け入れ、そっと彼の逞しい背中に腕を回した。

 彼には、こんな訳ありで女らしくないアレシアを相手にするよりも、もっと相応しい令嬢がいくらでもいるだろう。

 それでも今だけは、手放したくない。

 ラメルは口づけをしながらアレシアをベッドに誘う。

 湯浴みを済ませたばかりの火照った肌をラメルの無骨な騎士の手が撫で回し、アレシアの息はたまらなく熱くなった。

「愛しています、愛してる」

 熱く蕩ける声。

 アレシアはうっかり応えそうになり唇を噛む。

 そんなアレシアにラメルはただ口づけを繰り返した。

 この背徳の夜は自分からは止められそうにない。

 アレシアは愛撫に応えながら目を閉じた。



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