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11)村の土魔法遣い

今日の二話目になります。ありがとうございました。




 ビスフェル伯爵領からの救援要請は、あれからは来ていない。

 イクシーたちはまた何か言って来るかもしれないとビクビクしていたが、とりあえず平穏だ。

 アレシアは魔獣避けの薬草を増やすために、さらなる計画を考えていた。

 当初は急拵えではあったが、魔獣が特に増えた西の村々には魔獣避けが順調に増えている。

 最低限の防波堤は出来ていた。ただ、あくまでも最低限の規模で心許ない。

 アレシアひとりで出来る範囲は限られている。魔獣の間引きと領民らの治癒に奔走しながらも、避難所の魔獣避けは間に合ったのだから上出来だとは思う。

 あとは微増していく魔獣対策に他の村にも魔獣避けの畑を作って行きたい。

 そのために、土魔法を扱える領民の指導をしたいのだ、とアレシアはイクシーらに訴えた。

「それは理想ですが、土魔法を扱える領民はいますでしょうか」

 イクシーがおずおずと困り顔で答えた。

「いる」

 アレシアは自信ありげに頷いた。

「さようですか・・」

「村々を視察したり治癒魔法で訪れたときに、魔力を纏った畑を幾つか見たんだ。村長に訊いても驚くばかりでわかっていないようだったが」

「それは確かに驚きですね、初耳です」

 イクシーも驚いていた。

「こちらでは魔力鑑定はやらないのか」

 アレシアが首を傾げる。

「もちろんやっております。五歳になったら受けるのです。一応、強制となっておりますが、僻地は適当なところもあります。それで漏れた可能性はありますが・・。魔力を持っていればわかりますので受けるはずです」

 イクシーがちらりと領兵の隊長であるカイゼーに視線を寄越した。

 イクシーよりもランデルエ育ちのカイゼーの方が地元の情報には詳しいだろう。

「ええ。魔力を持っていそうな子は親が必ず受けさせると思われます。ただ、土魔法は少々、地味な魔法ですので、火魔法とかに比べると気付かない可能性はあるかと・・」

「なるほど。そういう理由かもしれないな」

 アレシアは考え込み、イクシーもどうやって隠れた土魔法使いを捜すかと思考を巡らす。

「アレシア様。その、魔力を纏った畑を教えていただければ可能性のある領民を見つけることが出来るかと思われます。村長にも協力を仰ぎましょう」

「そうだな。畑の場所は覚えているので伝えよう」

 アレシアは頷いた。


 五日後。

 アレシアは魔力を纏った畑巡りを行っていた。

 今日で三日はかかりきりになっている。畑はここが四つ目で、これでアレシアが魔力に気付いた畑は終わりだ。

 昨日までに三人の土魔法の担い手が見つかっている。

 三人とも自分が土魔法を使えることを気付かずにいた。無意識に使っていたのだ。

「この畑は、ニッキという農家の畑です」

 イクシーが記録を見ながらアレシアに教えた。

「そうか。なかなか良い畑だ」

 目の前には良く茂った根菜の蔓。その向こうには支柱で支えられた果菜の畑が広がる。すぐ隣は豆だろう。

 アレシアとイクシー、それに護衛のラメル、ローリとカイゼーが畑を眺めていると、村長と農夫らしき男とその家族らがやってきた。少々遠巻きに村人たちがいるので騒がしくはないが人出は賑やかだ。

「お待たせいたしました」

 年配の村長が汗を拭い、アレシアに挨拶をした。

「いや。村長、忙しいところをご苦労。ここはお前の畑だな」

 イクシーは村長に声をかけてから、後ろの男に確認をする。

「は、はい、うちのです」

「この畑の世話をしているのは誰だ?」

 アレシアが尋ねた。

「家族でやっております」

「全員、こちらに来てくれ」

 アレシアが自分の隣を指し示す。

 ニッキは家族とともにおずおずとアレシアのすぐ隣へ移動する。

「ひとりずつ私に手を触れて魔力を流してくれ」

 アレシアが手を差し出すと、ニッキが戸惑った。

「俺・・私は、魔力はないです。家族も、ないはずです」

「それは今から試す。手を出せばいい。魔力がないのならそれでもかまわない」

 ニッキは領主夫人にそう言われて節くれ立つ手で、アレシアのほっそりとした掌に触れた。

 アレシアの背を守るラメルの目が心なしか険しいが、気付いたのは隣で密かに苦笑するジーノだけだった。

 ジーノは同僚が主の夫人に執着していることをとっくに気付いていた。

 アレシアは、背後の護衛たちの様子など少しも知らずに魔力の感知を試していたが、すぐに頷いた。

「魔力は感じられないようだな。では、夫人の手を貸してくれ」

 ニッキの妻らしき女が次にアレシアの手に触れた。夫人にも魔力はなかった。

 残る子供たちも長男から確認をしていく。

 最期に少し離れたところから様子を見ていた少年を村長が手招きをした。

「タリウス。お前もニッキの畑を手伝っていただろう。おいで」

 タリウスと呼ばれた少年は村長の言葉に頷いてアレシアの隣に歩み寄った。

 ふたりの手が触れあった。アレシアは一瞬、目を細めてから頷く。

「君は魔力持ちだね?」

 確かめるように少年を見詰めた。

「それは・・知りませんでした」

 少年が戸惑っている。

「魔法を使えるようになりたいかい?」

 アレシアが尋ねると、タリウスは「はい」と頷いた。

 少年の目を輝かせた様子に、この子なら大丈夫そうだとアレシアは安堵した。

「村長、彼に協力を仰ぎたい。彼も望んでいるようだし、領主家で指導しよう」

 アレシアが村長に視線を向け、村長は頷いた。

「ニッキは異存はないでしょう。そうだな? ニッキ」

 村長が大股で数歩、歩み寄りながらニッキに問いかけた。

「そ、それは・・」

 ニッキは言い淀み、ニッキの妻らしき女は夫の腕を掴んでいる。

 ニッキの他の子供たちは両親とタリウスと、交互に視線を向けながら落ち着かない様子で立ち尽くしていた。

「殿下、タリウスは孤児なのです。亡くなった父親の兄がそのニッキですよ。二年前からタリウスはニッキの家にいたわけです。ですがニッキは、タリウスのことを『始終、寝込んでいる厄介者』と言っていましたからね。問題ないです」

 村長がちらりとニッキの方を見ると、ニッキたち家族は縮こまるように何か言いかけていた言葉を引っ込めた。

「タリウスは領主家に来るので良いのか?」

 アレシアが少し腰を屈めてタリウスの目線に顔を近づけると尋ねた。

「僕は、伯父の家を出て領主様のところで魔法を習いたいです」

 タリウスはきっぱりと答えた。なんら迷いのない様子だった。

 ニッキは息を呑んだが何も言わない。

 ニッキの妻が「せっかく面倒をみていたのに」と小さく呟いたが、タリウスに怯む様子はなかった。

「それならすぐにも来れば良い。荷物を取っておいで」

 アレシアはタリウスに微笑みかけると、ローリに「手伝ってあげてくれ」と声をかけた。

 ローリはタリウスに「おいで。馬で行こう。道案内をしなよ」と言いながら肩に手を置いて場を離れた。

「有り難いことですよ。タリウスは、ニッキのところに行ってから体調を崩しがちで。村民学校にも来なくなってましたからね」

 村長は機嫌良くアレシアに教えている。

「なるほど。それは良くないな」

 アレシアは何か考えている様子で相づちを打っている。

「い、いや、でも、あいつは」

 ニッキが言い訳にもならないことをぶつぶつと独り言ち、

「本当に怠け者だったのよ」

 ニッキの妻もぼやいている。

 イクシーたちは、昨日までのことでおおよそのことがわかっていた。

 これまでに土魔法が使えるとわかった三人は、三人とも家族から「体が弱い」と思われていた。症状を聞いてみたところ、魔力切れと思われた。さらに、どういう時に体調を崩すか状況を調べると、気付かないままに土魔法を使っていた可能性がある。

 三人とも農家の息子や娘で、普段から農作業の手伝いをしていた。一人はまだ十歳の次男の少年で、もう一人は十五歳の三男だった。

 残る一人は十九歳の長女で、体調をよく崩すために嫁に入る先もなく、両親や長男夫婦と同居で家の仕事を手伝い暮らしていたという。

 アレシアが推測を述べると、三人と彼らの家族は驚いていた。体調を崩す理由が、土魔法を自分の家の畑に施していた魔力切れの可能性があると知り、家族たちの中には泣いて詫びる者もいた。

 ことに、十九歳の女性の家族がそうだ。

 どうやら、これまでに色んな葛藤があったのだろう。嫁に行けずに家にいた女性は居心地が悪かったのかもしれない。

 様子をみたところ、互いに気遣い合っていたようで、家族仲はさほどに悪くもなさそうなのが救いだ。

 ともあれ、三人とも魔法の使い方をきっちり習いたいし、魔獣避けの薬草の畑作りには協力したいと承諾を得ている。

 村や領主家から賃金も出すと伝えたので、ずいぶん喜ばれた。

 イクシーが村長と魔獣避けを植える場所と広さなどを話し合っているうちにタリウスとローリが戻ってきた。

 アレシアと村長と役付きたちは、タリウスの荷物の少なさに目を留めた。

「タリウス、たったそれだけか?」

 村長に尋ねられ、タリウスは袋一つきりの荷物を俯いて見下ろした。

「伯父さんが、父の荷物を売ってしまったので」

 タリウスが答えると、ニッキの妻がいきり立った。

「育ててやったのだから、金がかかったのよっ」

「黙れ! 貴様ら、狩人の得物を売ったのか? グラートの剣と弓を息子にやらずに売ったのか」

 村長が吠えるように怒鳴りつけ、妻は「ひっ」と息を呑んで押し黙った。

「これは捨て置けんですな」

 村長補佐らしき男もニッキ夫婦を睨んだ。

 アレシアは成り行きを見守った。

 バルゼー王国のように魔獣の出るところでは狩人は尊敬されている。村や町を守るからだ。

 危険な仕事ではある。亡くなれば、忘れ形見である子は大事に育てられるものだ。

 ランデルエ領でも魔獣は出る。バルゼー王国ほどではないが、それでも狩人は有り難い存在だろうと思う。その狩人の剣と弓を売り払うなど、アレシアにはただの盗人よりも許せない。

(さて、ここではどのように決着を付けるのか)

 領主夫人ではあるが隣国からの人質であり、地元民でもないアレシアは口を挟むのは堪えた。

「グラートは腕の良い狩人だった。ずいぶん狩った魔獣の素材も貯めていたはずだ。自分が森で死んだら息子が困らないようにと」

 側で聞いていた村人が声をかけてきた。

 柄の長い斧を持っている。木こりか狩人のようだ。

「鋼熊の魔核も、伯父さんが僕から取り上げて売りました。斑大トカゲの魔核が二個と、闇狼の魔核も二十個くらいあったし、森狼の毛皮も十一枚はあって、角ウサギの角は木箱に一杯と」

「そ、そんなものは知らないわ。子供がうちに引っ越してくるときに無くしたか盗まれたんでしょうよ。それに食い扶持が増えたのだから金がかかったのよ、始終寝込むこの子のために薬代も」

「薬なんか、飲ませて貰ったことないです」

 タリウスが俯いたまま答えた。

「証言に食い違いがあるようですね。領主邸から精霊石を持って参りましょう」

 イクシーが村長に告げ、村長は頷いた。

「お願いいたしましょう」

「そ、それは・・ま、待って下さい」

 妻が慌てだし、ニッキも焦ったように妻の腕を掴んだ。

「お前、闇狼の魔核は? ・・毛皮ってのは・・」

 夫婦の言い合いに、ニッキの子供らふたりは俯いて縮こまった。

「鋼熊の魔核は、白金貨十枚はするんだぞ」

「とんだ盗人だ」

 村人たちの夫妻を見る目が険しくなる。

 もしも嘘はついていないと言い張り、精霊石を使い、それで偽証がばれたら刑罰は何倍も重くなる。たいていの領地の法ではそう決められているが、ランデルエ領でもそうだった。ニッキらは嘘がばれたら払いきれない罰金が請求されかねず、黙り込んだ。

 白金貨十枚の罪が倍になれば、ニッキらが払うのは厳しいだろう。

 静かになったニッキ夫妻に、村長らは思わず舌打ちした。

「お前たちは、タリウスがずいぶん飯を食っていたようなことを言うが、タリウスはお前たち二人の子よりもずっと痩せ細っているのはどう説明をするのだ? 衣服も、タリウスだけみすぼらしいではないか」

 村長の言葉に、村人たちが頷いている。

 アレシアもそれは思っていた。一目でわかる。

 肥え太っていると言って良いほどに体格の良いニッキの子供ふたりに比べ、タリウスは哀れなほど痩せている。

「グラートが亡くなったとき、村長家で面倒をみると言ったのに、お前らふたりが引き取ると言い張りおった。それなのにこの様か。食費食費と言うが、甥を引き取るのに食費が要ると言うのなら、村長家に任せるべきだっただろう」

 村長補佐の男性が呆れたように夫妻に追い打ちをかけ、村長はまたニッキ夫妻とタリウスの方に向き直った。

「いくら親戚とはいえ、人のものに手を付けるのは犯罪だ。こんな子供の食費など、斑大トカゲの魔核二個で事足りる。甥を養ったといっても、たった二年間のことなのだからな。お前たちは、他のものはタリウスに返してやれ」

「わかりました・・」

 ニッキは絞り出すように答え、妻は納得がいかない顔をしているが何も言わなかった。

「アダン村長、僕は父さんの剣と弓にナイフと、鋼熊の魔核だけでいいです。他のは要りません。二年間、屋根のある家に住まわしてもらいましたから」

 タリウスの言葉に村長らは痛ましげな顔をした。

「ろくでなしの夫婦め、この子の爪の垢でも煎じさせてもらえばいい」

 村長は呪詛のように呟くと、補佐に指示を出した。

「鍛冶の頭にグラートの使っていたのと同じ剣と弓とナイフを持ってこさせてくれ。金の立て替えは村長家でしておく。借用書も用意するように。ニッキは村長家に支払いをしろ」

 村長に言われ、ニッキは「はい」と頷いた。

 黙って聞いていたアレシアがふいに口を開いた。

「タリウス。鋼熊の魔核なら私が持っている。お前にあげよう」

 アレシアはタリウスに微笑みかけると、表情から笑みを消してニッキ夫妻に顔を向けた。

「ニッキとやら。鋼熊の魔核の支払いは領主家にするように。イクシー、借用書を頼む」

「了解いたしました」

 これで踏み倒せないな、と聞いていた村人たちは思った。

 甥への借金であればいつの間にか蔑ろにされそうだが、なにしろ支払先は村長と領主だ。一安心だろう。

 後味の悪い出来事ではあったが、なんとか落着したようだった。



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