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十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~  作者: 氷雨そら
本編

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皇帝陛下と十三月の妃 2


「さて、体がなまるから少し動くかな」

「……え?」

「先ほど振る舞われた、苦い茶も効いてきたようだ」

「そんなすぐには効かないと思いますが……」


 陛下は立ち上がると、足元が汚れてしまうのも構わずに、畑に足を踏み入れた。

 金糸で縁取られたお召し物と、野菜の苗が植えられた畑が不釣り合いに思える。


 陛下が来るまで、私は今日も畑仕事をしていた。

 急に来るものだから、慌てて着替えてお茶の準備をしたため、鍬は無造作に置かれたままだった。

 それを掴んで、なぜか慣れた手つきで畑を耕し始めた陛下に、私は目を丸くする。


「――――なぜ、出来るんですか?」


 走り寄って、質問してみる。

 だって、どう見ても初めて鍬を握った人の動きではない。


「皇帝に、出来ないことがあるはずないだろう?」

「――――皇帝陛下にだって、もちろん出来ないことはありますよ。人間なのですから」


 ……あれ? どうしてそんな顔されているんですか? 


 驚いたように目を見開いた陛下の顔。

 視界の端に映るのは、畑の苗など気にもせずに走り回る白い2匹の獣たち。

 体重がない彼らが、苗を倒したり、踏みつけてしまう恐れはないけれど……。

 

「そうだな。実は、ニンジンは嫌いだ」

「……えっ!」


 そんな、あんなにおいしいものが苦手だなんて……。

 そして、二度目にお会いしたときに、私は陛下にニンジンを差し出してしまった。


「それから、苦いものもあまり得意ではない」

「えっ。では、私は、陛下の嫌いなものばかり……」

「ははっ、そうだな……。だが、誰かにそのことを言ったのは久しぶりだ」


 軽快な動作で畑を耕しながら、なぜか楽しそうに陛下は笑った。

 そういえば、何回かお会いしたけれど、陛下にはもらうばかりで、まだちゃんとお礼が出来ていない。


「それにしても、色とりどりの野菜の苗が植えられた畑と比べて、離宮内部は閑散としているな」

「そうでしょうか? 必要十分です」

「……どんな生活をしていたんだ。必要なものはないのか? ああ、野菜関連以外だぞ?」


 顔を上げる。実は宰相という地位にいるザード様が配慮してくれているため、とくに何かが足りないということはない。

 ただ、贅沢なものを願っても許されるのなら……。


「本が、読みたいです」

「本? そんなものが欲しいのか」

「はい。帝国やいろいろな国のことが知りたいです。レーウィルの王城にある図書室は、蔵書は多いのですが、少々古いものが多かったので」

「――――例えばどんな本が欲しい」


 鍬を振るう手を止めて、興味深げに黒い瞳が私のすみれ色の瞳をのぞき込む。

 その表情が、楽しそうだから、私は遠慮なく続きを伝えることにした。


「――――そうですね。この国の現在の勢力図。一月から十二月までの離宮の妃たちの出身国や、生家に関する情報」


 レーウィル国の騎士団長は、与えられた仕事を終えて図書館にこもる私に教えてくれた。

 周囲の状況を的確に把握するように、と。


「なるほど、確かに今の君に必要なものだろうな」

「……そうですね。それから」

「ああ、何でも言うといい」

「――――大陸全土の野菜の生産状況と、珍しい野菜についての文献が欲しいです!!」

「それは、明らかに野菜関連だぞ?」


 私は、真面目に言ったのに、なぜか陛下は口を押さえて肩を震わせた。

 初めて出会ったときから、いつだって怖い顔ばかりしているのに、こうして笑うのをこらえている姿を見れば、年相応の青年にも見える。


 ……そういえば、陛下はおいくつなのだろう。

 まだ、十八歳になったばかりの私よりも年上なのは分かるけれど、普段の落ち着いた様子や、笑ったときの少し幼く見える顔のせいで、年齢が分からない。


 ……もう少し仲よくなったら、聞いてみよう。

 その気持ちの変化に、私はまだ気がついていない。

 陛下と、もっと近づきたい、仲よくなりたいと思っている自分の気持ちに。


「さて、会議を抜け出してきたから、そろそろ戻らねばな」

「えっ、公務の途中になぜ」

「別にいいだろう。どうせ、俺がいなければ進まないんだ」


 人を待たせるなんて、よくないことだと思うけれど、たぶんそうでもしなければ、この場所に来る時間を捻出できないのだろう。

 明らかに疲れ切っていた先ほどの様子から、私はそのように察する。


「そうですね……。では、会議を抜け出すほど疲れてしまった陛下を少しだけ癒やしてあげます」


 この力も、レーウィル王国では秘密にしていた。

 治癒魔法は本当に希少で、もしこの力を周囲に知られたら、死ぬまでこき使われたに違いない。

 もちろん、図書室で仲よくなった騎士団長や魔術師の傷は、そっと治してあげたけれど……。


 ……でも、陛下はそんなことをしない。……ううん、しなかった。

 フンワリと広がるのは、瞳の色と同じすみれ色の魔力だ。

 戻ってきたアテーナが、私の肩に乗る。


「――――そうか、治癒魔法を持っているのだったな」


 治癒魔法は、怪我を治すばかりではない。

 極度の疲労や、病気もある程度は治すことが出来る。


「だが、代償はあるだろう」


 そう、治癒魔法を使うと、相手の痛みや苦痛を我がことのように感じる。

 陛下と出会ったあの時、倒れてしまったのは、魔力を使い切ったということもあるけれど、強い痛みを感じたせいでもある。


 でも幻獣に与えられた力なのだから、その痛みも幻で、ほんのひととき耐えればいい。

 けれど、急に訪れた頭痛と体の重みに、私はふらりとよろめいた。

 ……何これ、この体調で何事もないように働いていたの?

 驚いて、視線を向けると、陛下はなぜか勢いよく私に近寄ってくる。


「――――ソリア!」


 陛下が、私の名前を呼んだ。そのことをなぜかとても嬉しく思った。

 抱きしめてきた体は、寄りかかったってびくともしないくらい鍛えられている。


「……これからも、時々来て欲しいです」

「治癒魔法は、使わないと約束するなら来よう」

「それは、約束できませんが……」


 ……だって、放っておけないもの。


 猛烈な眠気が襲ってくる。

 こんなに眠いのに、会議中に居眠りしてしまうことは、ないのかな?

 そんなことを思いながら、眠ってしまった私が目覚めたのは、離宮で勝手に自分の居場所と決めた、一番小さないつもの部屋だった。




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