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十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~  作者: 氷雨そら
本編

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皇帝陛下と十三月の妃 1


 少しだけ微妙な表情をしたあとに、陛下は一息に苦いお茶をあおった。


「いかがですか?」

「苦い」


 苦いといいながらも、その表情は涼しいのだから、きっともう少し濃いめでも大丈夫だったに違いない。

 お茶の入っていた東方の作りの持ち手のないティーカップを置いて、陛下は物憂げに庭を眺めた。


「東方の湯飲みか……。懐かしいな」

「……え?」

「しかし、この庭も、変われば変わるものだ」


 それは、多分ひとりごとだから、私の意見が欲しいわけではないのだろう。

 陛下は、遠く、おそらく過去の景色を眺めているようだから、私は黙って自分も苦いお茶を口にする。


「……取り残されたのは、俺だけか」


 その言葉を聞いた私は、勢いよく顔を上げて、まだ遠くを見ている瞳を見つめる。


「……違います」


 思わず立ち上がって、抱きしめてしまった。

 不敬かもしれないけれど、陛下の色は、懐かしいお母様と同じで、抱える気持ちは、まさに私のものと同じだったから。


「……ソリア。君の名は、母上がつけたのか?」

「そうです。……なぜお分かりに?」

「どこか懐かしい、響きだ」


 その言葉に対する答えを探そうと口をつぐんだ瞬間、急に魔力があふれてアテーナが飛び出してくる。

 慌てて陛下の顔に視線を向ければ、なぜか瞠目したそのそばには、白い豹が現れた。


「アテーナ?」


 私の意思に反して、アテーナが出てくることは珍しい。

 それは、私がよほどの危機に陥ったときか、大きく感情が揺れた時くらいだ。


 抱きしめていた腕を緩め、直前の自分の行動に戸惑いながら、慌てて少しだけ距離をとる。

 

 改めて見れば、陛下も驚いた顔をしていた。


(……もしかして、陛下も意に反して幻獣を召喚してしまったの?)


 そんなことを思いながら視線を移せば、2匹の白い獣は、まるで口づけを交わすように髭をすり寄せて、再会を喜び合っているようだ。


(――――まるで、ずっと離れていた恋人に再会したみたい)


 思わずそう思ってしまうほど、2匹は仲睦まじい。恋人、その単語を振り払うために小さく首を振る。


「……えっと、あの子の名前は?」

「……あの子と言うほど、可愛いものではないが。……ラーティスだ」

「ラーティス」


 その名を口にすると、まるで私に懐いているみたいに、ラーティスが走ってきて頭を私の胸にすり寄せた。


「……本当に、君はいったい何なんだ」

「え……?」

「なぜ、誰に対しても敵意を向けていたラーティスが、そんなにも懐く」

「分かりませんが、動物には好かれる方でして……」

「動物、か。君は幻獣について何も知らないのだな」


 ため息が聞こえる。何かおかしいことを言っただろうか。

 確かに、レーウィルの王城の図書館には、不自然なほど幻獣に関する資料がなかった。

 まるで誰かが故意に、隠してしまったみたいに。


「――――幻獣は、召喚者の魂そのものだ」


 その言葉に、我に返る。


「魂、そのもの?」

「そうだ。幻獣を召喚したとき、その姿は召喚者の魂に強く影響を受ける」


 なるほど、確かに白い豹は、誇り高く誰よりも強いという皇帝陛下そのものなのかもしれない。


「んんっ? と、いうことは、アテーナが子猫なのは」

「君が、まだまだ子どもということだろう」

「……っ、私は、子どもではありません!!」


 細い体と幼い見た目のせいで、確かにいつも助けてくれた騎士や魔術師の方々には、子ども扱いされていたけれど!


「……そうか。そうだな?」

「うっ、上から目線です!!」

「俺は皇帝だ。皇帝とは、そういうものだろう」


 少し寂しげに笑った陛下は、なぜか私の頭をワシワシ撫でた。

 その表情は、穏やかで、大切なものを慈しむようにも見えたけれど、陛下に子ども扱いされているという疑念は、私の中でますます深くなるばかりなのだった。

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