妃たちと離宮 1
◇◇◇
先日受け取った招待状を手にして、十二月の離宮を訪れる。
月に一度、こうしてその月の離宮に集まるのが、慣例なのだという……。
十二月の離宮は、季節はずれの南方の花々であふれていた。
(……あの花を乾燥させれば、ハーブティーが楽しめるわ。あっ、あっちの花からは、少し独特な風味の蜜が!!)
キョロキョロしながら、正門に立つ。
荒れ果てていて、ところどころ修繕が必要な十三月の離宮とは違い、たくさんの使用人であふれ、ピカピカに磨きあげられている。
ただ、敷地の規模、建物の豪華さは、なぜか十三月の離宮のほうが格が上のようだ。
(――――もしかしたら、古い使われなくなった離宮なのかしら? どちらにしても、十三月なんて存在しないのだから、私は招かれるばかりの妃ということね)
その方が楽だと思いながら、お茶会が開かれている離宮へと入っていく。
私が、お茶会に参加することを告げたところ、豪華なドレスがザード様から贈られた。
申し訳ないからとお断りしようとしたのに、これは離宮の運営費用からまかなわれているから問題ないと押し付けられた。
毎日、麻のゴワゴワしているワンピースばかり着ていた私には、絹で出来たドレスはあまりに着心地が軽すぎて落ち着かない。
……ビオラに締められたコルセットも苦しい。
「あら、あなた……」
「あっ、お招きいただきありがとうございます」
「……妃、だったの!?」
呆然とこちらを見つめているのは、先日招待状を渡しに来た女性だ。小麦色の肌とエメラルドグリーンの瞳。くせの強い淡い茶色の髪を肩の辺りで切りそろえている。
豪華な衣装は、織からいって南方の品だろう。
(初対面の時は、畑仕事をしていた。妃と思われなくて、当然よね……)
今さら誤魔化すこともできないので、曖昧に微笑んでおくに留めた。
「ご挨拶がおくれました。ソリア・レーウィルです」
「ええ、私はレイラン・リーン。……十二月の離宮の妃よ」
「……ところで、先日の招待状に挟まれていたハーブですが……」
肩を震わせたレイラン様。
その様子に私は、首をかしげる。
(……もしかして、秘密なのかしら?)
でも、あのハーブがあれば虫除けの手間が大幅に減る。これから春に向けて、虫除けがあるかないかの差はとてつもなく大きい。
「……あれは」
「あら、存在しないはずの妃が、堂々と公の場に現れるなんて」
振り返ると、長く豊かな金髪に青い瞳をした気の強そうな美女がいた。
扇で口元を隠しているところや所作からして、おそらくこの帝国の生まれなのだろう。
「……シャーリス様」
「なるほど、シルベリア公爵家のご令嬢……」
今はない祖国レーウィルでは、居室を与えられていなかったため、用事を言いつけられていないときは、誰も使わない図書館で過ごしていた私。
その場所には、各国の資料が集まっていて、一部の勤勉な魔術師や騎士はよく訪れたけれど、怠惰なレーウィルの王族たちが現れることはなかった。
帝国の資料も膨大に集められていたため、暇があれば繰り返し読んだ貴族名鑑や各国の特産品などは、全て暗記している。
彼らは、無事に生き延びたかしら……。
王城内に帝国との内通者がいたため、陥落したときもほとんど無血開城だった。
王族は、私を除いてすべて処刑されたけれど、意外なことに多くの騎士と魔術師は、すぐさま帝国に忠誠を誓ったという。
「あの国には、もったいない人材ばかりだったもの」
「ちょっと! 聞いているの!?」
「……失礼いたしました。公爵家令嬢シャーリス・シルベリア様ですね。ソリア・レーウィルと申します」
ピンッと背筋を伸ばして、可能な限り優雅に挨拶をする。
そう、図書館を訪れた女性魔術師や騎士たちは、王家の血を引きながら、何も知らない幼い私を気の毒に思ったのか、礼儀作法を教えてくれた。
「そうですね。十三月の離宮が、存在しないはずというなら、レーウィル国も今は亡き国。どうぞ、お気軽にソリアとお呼びくださいませ」
ニッコリ笑えば、いつの間にか集まってきていた妃たちの内、何人かが静まり返る。
……そう。この場所にいるのは、おそらく帝国の有力者のご令嬢たち。そして、帝国に従属した国の……。
それは、妃の約半分だろう。広大になった帝国。
治める国は多民族になって、王族だったであろう妃たちはその国の特徴を色濃く受け継ぐ。
「ところで、野菜をお持ちしました! サラダにして食べましょう?」
ニッコリ笑って、色とりどりの野菜を差し出す。
そう、先日、本当に皇帝陛下は、十三月の離宮へお出ましになった。
列の最後が見えないほど運び込まれた苗と野菜とともに。
「あの噂、本当でしたの……」
「美味しいですよ! とても珍しい、大陸全土のお野菜です!」
「皇帝陛下直々に賜ったものですものね……」
なぜか代表して野菜を受け取ってくださったシャーリス様が、どこか呆然と呟く。
そう、今月は十二月の離宮にだけ皇帝陛下はお出ましになるはずだったのだ。
日を空けず、二度も連続して皇帝陛下が十三月の離宮を訪れたという噂は、すでに王宮内を駆け巡っていた。
つまり、この場でこの野菜の意味を理解していないのは、私一人なのだった。
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