四月の離宮のお茶会と毒の庭
畑仕事において重要な季節がやってきた。
もちろん、土作りには余念なし。
「問題は限られたスペースにどの苗をどのように植えるかよね。果樹も植える? 植えてしまう!?」
「妃殿下」
「むむ、ここにこの苗を植えるのは良いけれど、先日読んだ文献によると相性の良いお野菜の組み合わせが……」
「妃殿下!!」
野菜のことを考えていたから、大声で呼ばれるまで気が付かなかった。
驚いて顔を上げると、相当待たせてしまったのか怒った顔のザード様が私を見下ろしていた。
「あらザード様、ごきげんよう?」
「……先ほどから何度呼びかけたとお思いですか、嘆かわしい」
「ごめんなさい」
「正妃ともあろうお方が、臣に軽々しく謝るものではありません」
でも怒ってるじゃないですかぁ……。
そんなことを思いながら、うるうると見つめているとザード様はわかりやすく嘆息した。
「まあ良いでしょう。ところで、四月の離宮のお茶会が明日に控えておりますが」
「そうでしたか」
「はぁーっ」
しばらくの沈黙。最近怒られていなかったけれど、これは特大の雷が落ちそうだ。
「妃殿下、四月の離宮のペルシア・メイデル妃殿下は、シャーリス・シルベリア妃殿下の派閥。しっかりと対策せねば、命の危険もあり得ると申し上げていたはず」
「そうね……」
ザード様は怒らなかった。
代わりに浮かべられた心から私を心配するような表情に胸が痛む。
「ザード様、ごめんなさい」
「簡単に謝るなと言っているだろう。この愚妃が」
「えっ」
「ああ、少々口が滑ったようです。お許しを」
私を心から心配するような表情を浮かべながら口にした言葉にはパンチがある。さすがというか、やはりザード様だ。
「……けれど、妃のお茶会に参加できるのはその月の妃の後見人、そして陛下くらいだから私にできることは」
一月から十三月まで……全ての離宮が完成したのは帝国が領土を広げ始めてからなので歴史を紐解けば比較的新しい。
けれど、毎月行われるお茶会はいくつもの戯曲を生み出すほどの事件であふれている。
妃が欠けた離宮は閉鎖され、その皇帝の在位の間開かれることはない。
「そうだ、全ての妃が揃っていることが異例なのだ」
「ザード様、私は何度も命を失いかけ、それでもかろうじて生き延びてきました。もちろん生きるためには最後まで足掻きます。でも、起こってもいないことに怯えて生きるのは嫌です」
「左様ですか。しかし、あの方と同じことを仰るのですね」
ザード様の言うあの方は、きっと間違いなく陛下の母上、シーラ様のことだろう。
「ザード様」
畑から立ち上がり膝についた土汚れをはたく。
ザード様の顔に浮かぶのはあまりに複雑な表情だ。
陛下はきっと誰一人失いたくないだろう。
私は気がつき始めていた。陛下の願いは、大陸を平定し、ガディアス帝国を一つの国として、いつか……。
「離宮を無くしてしまいたい」
「妃殿下?」
「ザード様、そんなに心配しないでください。私は生き残ります。だって、雑草ですもの」
「そうですか、安堵いたしました。では、妃殿下の臣から贈り物を」
それは不思議なブレスレットだ。
宝石の中心に向かいグルグルとした模様。
その模様は渦巻きのようにグルグルと動いていた。
「お野菜の苗かと期待してしまいました」
「この流れでなぜ」
ザード様に呆れられてしまった。
けれど、この季節は本当に大事なのだ。
「美味しいお野菜が収穫できたなら、味見してくださいね」
「生のままですか?」
「それが一番ですよ?」
「大変貴重なその機会は、謹んで陛下にお譲りします。……そのブレスレット、肌身離さずつけていてくださいね」
ブレスレットを見つめる。
やっぱり宝石の模様はグルグルと動いている。
私はこの宝石をどこかで見たことがある。
……でも、どうしても思い出せない。
「……わかりましたか!?」
「はい!!」
最後にやっぱり怒られた。
グシャグシャ頭を撫でてくるザード様は、やはり私のことを出来の悪い娘か子猫のように思っているに違いない。
◇ ◇ ◇
四月の離宮はその名にふさわしく珍しい花々であふれていた。
小さな花が咲く蔓が巻き付いたアーチをくぐると花に囲まれた庭が現れる。
飛び回りさえずる小鳥たちと色とりどりの花。
春を体現したようなその庭に私はしばし見とれた。
……けれどその庭はとても異質で悪意にあふれてもいる。
「毒の庭」
「えっ、ソリア様今なんて……」
私と一緒に四月の離宮を訪れていたレイラン様が驚いたような声を上げる。
「……ここにあるのは、毒がある植物ばかりということです」
「こんなに美しく可憐なのに」
「だからこそでしょう。この場所に咲く妃たちのようなものです」
心の奥底でわき上がる感情をどう表現したら良いのだろうか。
植物に詳しいことが知れ渡っている私への宣戦布告に違いないこの庭。
……でも、でも、この庭は!!
「宝の山!!」
「はい?」
「たとえば健康な人が食べたなら死に至る可能性があるこの花は、血の流れが荒ぶる病の妙薬」
「……えっ、毒なのでしょう?」
そっと近づけば、そこにあるのは白い花。
可愛らしいこの花にそんな薬効と毒があるなんて……。
あら、でもこれだけの庭を造っているのだもの、もしかして四月の妃ペルシア・メイデル様は植物にお詳しい!?
勢い良くペルシア様を見つめる。
いつものようにシャーリス・シルベリア様とともにいるけれど、心なしかこちらに興味を示している気がした。
「このたびはお招きいただきありがとうございます」
「あら、この庭の意味がわかっていて挨拶されるなんて……」
「シャーリス様、お久しぶりです。それより!!」
「それよりですって!?」
不機嫌な顔になったシャーリス様にかまわず、私はペルシア様の近くにズズイッと寄った。
「ペルシア様!! こちらのお野菜と交換で、こちらの花のそれぞれの部位を採取させてくださいませ!!」
「えっ、そんな危ないものを渡すわけには」
「あら? まさか、そんな危険なものを離宮の庭に? 可憐な花々が美しいので持ち帰ろうと思っただけですのに」
二人が黙ってしまったのを良いことに、陛下に頂いた苗を育てて収穫したお野菜を押し付ける。
「あなた、なぜ手袋なんて持ってるのよ!!」
シャーリス様の困惑したような声。
もちろん、毒のある植物にそのまま触れるわけにもいかないし、植物を手に入れるチャンスはどこに転がっているかわからない。
このあとの栽培と研究により、ガディアス帝国ではたくさんの新薬が発明されることになる。
もちろん、その前に私はザード様にものすご〜く怒られることになるのだけれど。
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