三月と十三月の離宮の妃
本日の私は、動きやすいボリューム控えめなドレスに身を包んでいる。
それもそのはず。三月の離宮の妃、ジェニット様に剣舞の練習に誘われたのだ。
――事の起こりは、三月の離宮で開かれたお茶会に遡る。
あの後、ジェニット様から手紙が届いた。
流麗な文字でしたためられたその手紙には、先日のお茶会参加へのお礼と、会いたい旨が書かれていた。
(……あのときの視線、もしや気が付かれた!?)
十三月の離宮に訪れていた陛下に相談する。
「そうか……。しかし、ジェニットであれば問題ないかもしれないな」
妃たちには細心の注意を払うように、といつも口を酸っぱくして言う陛下にしては珍しい。
聞けばジェニット様のお父様は軍の長官で、陛下の剣の師匠でもあるという。
(……なるほど、二人は剣をともに学んだ幼なじみという訳ね)
幼い頃から、黒い色合いと後ろ盾を持たない皇子として周囲から孤立していた陛下。
けれど、ジェニット様のお父様は幼い頃から剣の師匠として、何度も手を差し伸べてくれたという。
「……ここまで生き残ってこられたのは、幻獣ラーティスの力もあるが、ジェニットの父、ハロルド殿のおかげとも言えるな」
「そうでしたか」
「しかし、妃同士決して気を抜いてはいけない。信じたものに裏切られる、それがこの場所……聞いているか?」
手紙に興味を示したらしいアテーナ。
前足でフミフミしている姿はとても愛らしい。
(……アテーナの様子と、陛下の話から考えてジェニット様からのお誘いにお応えしてもいい気がするの)
「せめて会うならこの場所にするように」
「陛下は心配性ですね」
「俺をより心配性にしてしまったのは、ここまでのソリアの行動だ」
こうして私はジェニット様を十三月の離宮にお誘いすることになったのだった。
◇◇◇
「……お招きいただき感謝する。ところで、その白い生き物は何だ?」
(単刀直入!! 陛下の予想通りだわ!?)
さすが幼なじみ、それでいて不思議なことにジェニット様に嫉妬のような気持ちは浮かばない。
赤い髪の毛を一つに縛り、美しいと言うよりは凛々しいジェニット様。
むしろこのトキメキはなんだろうか。
「……東方ウェリンズ王国には幻獣がいて」
「やはり陛下が連れていたあの豹の番か」
「!?!?!?」
すでに完全にバレています陛下!!
動揺を隠せずにいるとジェニット様が、私の前に跪いた。
「ふふ、あいつの妃としてこの場所に留め置かれ絶望すら感じていたが、人生捨てたものではないな」
「あ、あの!?」
「秘密を明らかにしていただいた正妃様に忠誠を誓いましょう」
「えっ、忠誠? えっ!?」
正妃が子を産めば、離宮の妃たちには選択肢が提示される。
そのときジェニット様の選ぶ道は……。
『ニャウッ!!』
「お、可愛いじゃないか」
ジェニット様にすり寄るアテーナを見つめる私。
こうして、心強い味方が一人出来た。
彼女がこの国の初めての女性軍人になるまで、あと少しの時を要するにしても。




