幻獣と正妃 1
麗らかな昼下がり。
けれど、十三月の離宮は喧噪に包まれていた。
「……こんなに飾り付けなくても」
「何を言っておられるのですか! 正妃になって最初のお茶会です。最初が肝心なんです」
「そう……」
三月の離宮の妃はジェニット・バラトス様。バラトス子爵家の三女である彼女は、剣を嗜む。
代々騎士を輩出してきたバラトス家では女性であっても剣を握るという。
「格好いいわね……」
「感心している場合ですか。相手が剣を扱うということは、命の危険が増すと言うことです」
完璧に私を飾り立てると、ビオラは少々興奮したようにそうまくし立てた。
確かにそうなのかもしれない。けれど、正妃である以上毒にしても剣にしても命の危険と隣り合わせというのは事実だから……。
「――それに」
ジェニット様は普段からお茶会の会話にあまり加わってこない。
一月の離宮の妃であるシャーリス・シルベリア様の後ろに控えているとは言っても。
「一月から六月の離宮にいるのは元々帝国に属していた有力貴族たち。七月から十二月の離宮にいる妃たちはあとから帝国に従った国の姫たち……」
そう考えると、十三月の離宮の妃である私は後者に属するのだろう。
けれど、私の母が東方ウェリンズの貴族であり、陛下の母が同じ国の姫であること、陛下の伯父上を義父にしたことで私の立ち位置は少々微妙だ。
……誰よりも後ろ盾が強く、誰よりも脆い。
正妃にと望まれて、建国祭で陛下は私にプロポーズをした。
けれど、未だどの妃にも御子はいない。誰が国母になるかは決まっていない……。
「……」
そっと耳元のイヤリングに触れる。
まるで母に見守られているようで少しだけ安心する。
「それにしても、グラン様もここを去ってしまうならひと言くらいそう言ってくださったら良かったのに」
そっと胸元に触れる。陛下に貰った液体が入った小瓶は、いつもここに下げて持っている。
「陛下にもあれ以来お会いしていないわ」
白銀の髪には色とりどりの花々、白いドレスには透明の宝石。
その姿で外に出れば、離宮の庭は色とりどりの花であふれている。
「アテーナ……。今日もついてくるの?」
『ニャウ!』
アテーナは私にピッタリ貼り付いて、今日もドレスの裾に隠れた。
幸い隠れているアテーナの姿が見える妃はいないようだ。
そうでなければ、とっくに騒ぎになっているはずだから。
――このときの私は、そう思っていた。
ふと浮かぶのは、尻尾を太くしたアテーナと、凜々しい赤毛の美女だ。
……何かしら。今何かが浮かんだ気が?
ドレスの裾で足下にすり寄るアテーナのフワフワした毛並み。
その柔らかさに我に返る。
「何も、起こらないわよね?」
『ニャウン!』
もちろん妃たちのお茶会が平穏無事に終わるはずない。そのことを美しく着飾った私はまだ知らない。
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