幻獣と姫 4
揺れるイヤリング。不思議なことに体の中にある大きな力がいつもよりも扱いやすくなった気がした。
……お母様のイヤリング。ただのアクセサリーではないの?
「よく似合うな」
「グラン・ウェリンズ様……」
「長いな……。君はガディアス帝国の正妃に選ばれた。俺はレーウィルを任せられたが、帝国の皇帝に次ぐ地位を持つ正妃にとっては家臣の一人でしかない。グランと呼びなさい」
「グラン様?」
「……まあ、それでいいか」
そっと頭を撫でる大きな手。
まっすぐ見上げれば、漆黒の瞳は陛下によく似ていた。
「……色合いこそ真逆だが、本当に君はフィナによく似ている」
「……その名は」
フィナは私の母の名だ。
踊り子として身をやつしてこの国に来た貴族の娘フィナ。
どうして彼女が祖国を離れたのか。そして踊り子だと身分を偽ったのか。
そのことについて母は語ってくれなかった。
「幻獣の力、どこまで使いこなしている?」
「え……?」
グラン様が難しい顔で私に質問を投げかけた。
幻獣の力、というのはもちろんアテーナの治癒の力、そしてラーティスの瞬間移動の力のことだろう。
使いこなしていると言うからには、二匹がそろったとき、そして主から離れて逆についていったときに相手の様子を知ることも含まれるのだろう。もしかすると、花々が咲いたことも含まれるのだろうか。
私は正直にその事実を伝えた。
「アテーナとラーティスの全ての力を使いこなしているわけではないのか」
「全ての力?」
「そう。フィナはアテーナの力を使いこなしていた。だからこそ、踊り子になり君を産む選択をしたのだろう」
「……」
黒い髪と瞳をした母は、とても賢く強い人だった。
そして私に礼儀作法から教養まで全てを教えてくれた。
病に倒れ、儚くなるその日まで……。
「……母が亡くなる前に、東方ウェリンズの貴族だったと話してくれたんです」
「ああ……」
「陛下の伯父であるグラン様はご無事です……。母はウェリンズに残った方が平穏に暮らせたと思うのです」
「そうだろうな。だが、彼女は違う選択をした」
イヤリングが揺れる度、気丈に微笑む母の顔が浮かぶ。
それはもう、どこか朧気で……。
「君がこの場所に立つことをきっと彼女は知っていたのだろう。そして、この場所でもう一度アテーナとラーティスが出会うことも」
「それは、いったい……」
「アテーナの力を完全に使いこなしたなら、きっと知ることが出来るだろう」
グラン様がどこか愛しげに、私のおでこに口づけを落とした。
母のことを知っているというグラン様。
懐かしさをにじませて私のことを見つめる瞳には、わずかな後悔が感じられた。
「――彼女を引き留め、この腕の中に閉じ込めてしまいたかった」
「グラン様は、お母様のことを……?」
「だが、彼女は俺と一緒に平穏に暮らすよりも、幻獣の力が正しく使われること、そしてウェリンズを守ることを選んだのだろう」
それだけ言うと、グラン様は私の頭を撫でてこの場所から去っていた。
見送りながら、そっと耳元で揺れるイヤリングに触れる。
ふと浮かぶのは、二匹の大きな獣がじゃれ合う姿と、幸せそうに笑う私と陛下の姿だ。
きっとそれは、母を思う感傷が見せた一時の幻に違いない。
――グラン様がレーウィル王国統治のために、ガディアスの首都ティティルトを去ったことを知ったのは、翌日のことだった。
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