幻獣と姫 3
◇◇◇
会いたいときに、陛下はいない。
(本当にお忙しいから仕方がないにしても、お野菜の種と苗さえ与えておけば良いと思われているに違いないわ)
そんなことを思いながら、耕して肥料を混ぜ込み土壌改良に勤しんできたおかげでフカフカになった畑に苗を植える。
「この苗からは、見たことがない淡いピンクの苺がなるらしいわ……」
アテーナは、子猫の姿で私の横でゴロゴロと土に転がっている。本当の子猫ならこのあと洗わなければいけないけれど、幻獣は汚れたりしない、便利だ。
「……うう。それにこちらは、見たこともない青菜の種」
その種は、なぜかピンク色をしている。
初めて見るその色に、鳥に全部食べられてしまうのではないかと心配になる。
「わかっている……。陛下は、私に苗と種を与えておけば怒れないって!」
でも、怒っても良いと思うのだ。
だって、一方的に正妃にすると宣言しておいて、今度は一ヶ月近く放置なんて。
そんなことをしている間に……。
「ソリア様!! もう、着替えて行かないと!!」
「……3月の離宮のお茶会の日が、来てしまったわ」
種と苗と一緒に送られてきたのは、触っただけでその素材が特別だとわかるフワフワ軽やかなドレスだ。
なぜか陛下は、いつも私を真っ白に飾り立てたいらしい。真っ白なパールにダイアモンド、白いレースとリボンがあしらわれた少々子どもっぽい印象のドレスを着た私は、幻獣みたいに真っ白だ。
私のことをなぜかじっと見つめていたアテーナは、『ニャ』とひと声鳴くと、私の裾に潜り込み、そこで姿を消した。
「アテーナは、一緒に行けないのよ?」
『ンナ!!』
否定の声を上げたあと、アテーナはどんなに呼んでも返事をしなくなった。
断固として自分の意志を押し通すところ、いったい誰に似たのだろうか。
「……本当に、あの幻獣は妃殿下によく似ておられるな」
「っ、グラン・ウェリンズ様」
振り返ると、陛下が年を重ねたらこうなるのではないかという、渋みのある男性が立っていた。
その色合いは、真っ黒で私と正反対だ。
いたずら好きの少年のように笑いかけてきたグラン様は、それでいて大人の色気をまとっている。
不覚にも胸がときめきかけて、首をぶんぶんと振る。
「あの、どうしてこちらに?」
「父が娘に会いに来て、何か問題でも?」
「……義理のです」
「はは。冷たいな。そんなところも、彼女に良く似ている」
「え?」
グラン様は、そう言って一瞬遠くを眺めたあと、先ほどと違い、少し苦しげに口元を歪めて笑った。
「これを君に、渡さなければいけないと思ってね」
「……これは」
「遠い昔に、君の母上が身につけていたものを譲り受けたんだ」
キラキラ光るイヤリングは、肖像画でしか見たことのない母がつけていたらしい。
母がウェリンズを発ってから、すでに20年近い歳月が流れた。
その間、ずっと大切に持っていたのだろうか。
「娘である君の元に渡り、きっと彼女も喜んでいるだろう」
「あの……。母はどんな人でしたか?」
「君のように明るく、優しく、行動力がある人だったよ」
そう言って、グラン様は手ずから私の耳にイヤリングをつけてくれたのだった。
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