幻獣と姫 2
花咲き乱れる王都で、一番の話題に上るのは、忘れられたはずの十三月の離宮の妃だ。
東方ウェリンズの血を引いているという妃は、豊穣の祝福を持つという。
国内の有力者や諸国の美姫たちが集められた離宮で、ひときわ白く美しい妃は慈悲深く、東方の主の養子となっただけでなく、西方と南方の姫とも絆を深め帝国の平和に寄与しているらしい。
「だっ、誰のことですか」
「それは、誉れ高き我らが十三月の妃殿下のことに違いありません」
「……ザード様? 情報を操作するのは、時と場合によりますよ?」
「そうだな、そうであったらどんなに御しやすかったか。しかし、一人歩きしてしまった噂を鎮めるなど不可能だ!」
今日もご立腹のザード様を見つめて、ため息をつく私。
それもこれも、先日の夜会で正妃に迎えると陛下に宣言されてしまったあと、アテーナが花々を咲き乱れさせてしまったからにほかならない。
「ほら、顔を上げなさい。確かに、まったく期待していなかったといえば嘘になる」
「ザード様」
「離宮の妃である以上、万に一つ以下であっても、可能性はゼロではない」
「ですよね……」
そう、人生何が起こるかわからない。
レーウィル王国で、踊り子の娘だと虐げられていた私が、この大陸の覇者ガディアス帝国の正妃に選ばれるなんて、いったい誰が想像しただろう。
「それに、なんなのですか」
「ザード様」
そして、床に敷いた豪華な敷物の上に座る私の上には、大きな白い豹が乗っている。
猫のように丸まっていて、普通なら重さに耐えられないだろうけれど、幸いなことに幻獣には重さがない。
「どうして、そんなものを隠していたのですか」
「どうしてって」
「いいえ、わかっています。幻獣の主など、隠すしかないことは……。それならそれで、隠し通すべきです」
「ザード様になら、見つかっても平気だとアテーナは考えているみたいです」
「はあああ」
実際アテーナは、見つかってはいけない人間に見つかるなんてへまはしない。
レーウィル王国にいたときも、いつも力になってくれた騎士団長デライト卿と魔術師の前にしか、姿を現さなかった。
長いため息と、歪んだ口元は、いったいどんな心境を表しているのだろうか。
「そう言われてしまえば、何も言えません。ところで、陛下から贈り物を預かってきました」
「贈り物ですか?」
開かれた離宮の門。
そして、どこまでも続く荷馬車と荷台。
この光景には、既視感がある。
「えっと、お野菜の苗と種ですか?」
「そんなわけないでしょう。陛下からの貢ぎ物です」
「貢ぎ物」
「大陸の覇者の正妃になるのです。少ないくらいだという陛下を止めるのは大変でした」
「ええ……」
その日から、私は一度として同じドレスに袖を通す日はない生活をすることになる。
それが、ガディアス帝国の正妃なのだと納得するには、まだまだ月日が必要なのだとしても。
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