建国祭と離宮の妃 3
どうして、夢のような時間は、すぐに過ぎてしまうのだろう。
でも、その時間は、今までの苦しみも、大好きなお野菜も、幻獣のことも、先ほどまでの謎の男性についての疑問も、全部吹き飛んで、ただ陛下しか見えなかった。
いつもと違って、よそ行きの仮面を被って他人行儀に私を見下ろしているくせに、踊りにくいほどに私と陛下の距離は近い。
ぐっと引き寄せられ、耳元に近づけられた唇が、「そのドレス、よく似合っている」と低く耳障りの良い甘い声で私の鼓膜を揺らす。
少しだけ微笑んだ表情は、すぐに消えてしまったけれど、目の前にいる人が確かに大好きな人なのだということを思い知らされるみたいだ。
(そっと離れていく指先が伸ばされて、離れたくないと告げているみたい)
そんなことをボンヤリ思いながら、最期に離れた私たちの指先とその距離を見つめる。
「きゃっ!?」
次の瞬間、予想外にグイッと掴まれた手と、引き寄せられてもう一度近づいた私たちの距離。
「これで、いつでも堂々と君に会いに行ける」
「陛下」
「ソリア・レーウィル王女殿下」
「……は?」
「その色合い、そして治癒力、そして血統。すべてがレーウィル王国の正統な後継者としてふさわしい」
「へ……?」
まっすぐ見つめた陛下の真っ黒な瞳は、冗談を言っているようには見えない。
確かに、白銀の髪に白い肌、そしてその中に輝くスミレ色の瞳、私の色合いはレーウィル王国の姫であることを如実に示している。
そして、強い治癒の力は、私だけに引き継がれた。
(でも、少なくとも血筋は……)
「君は、血の繋がりがあるグラン・ウェリンズ、つまり俺の伯父上の養女になる。そして、本日をもって伯父上が帝国と周辺諸国の安寧のため、レーウィル王国の王位に就くことになった」
「…………ふぇっ!?」
まっすぐ見据えた先には、年を重ねた陛下みたいなお方がいる。
(そう、私のお母様は、東方ウェリンズの貴族だったらしい。そして、陛下のお母様は、ウェリンズの姫で、あのお方は陛下のお母様のお兄様で……)
確かに、公的な文書では、私は東方ウェリンズから来た踊り子の娘ということになっている。
けれど、本来の血筋が明らかになったとしたら。
「レーウィル王国の正統な姫君。ソリア・レーウィル姫。どうか私の正妃になってください」
(お願いです、陛下。どうか、ちゃんと前もって教えてください!!)
しかも、あろうことか、満面の笑みで微笑んだ陛下に、静まり返っていた会場は、最高潮にざわめく。
そう、あまりの美貌に、目の前に立つ私も倒れそうだ。
(……うう。倒れてしまいたい)
でも、その手を掴む以外に私に選択肢などもちろん残されてはいない。
大好きな陛下の隣に立つ権利。あまりに身分が高いから、そこに立つには覚悟と地位と……やっぱり覚悟がいる。
それでも私は、ひざまずいた陛下に手を差し伸べた。手の甲に落ちてくる口づけは、苦しいほどに高鳴る胸とともに、ズッシリと重くもあった。
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