野菜好き妃殿下と宰相 2
「……」
「……どうぞ」
「これは、妃殿下自らもてなしてくださるとは。恐れ入ります」
「……」
「……」
あまりに儀礼的な言葉。そして、耳が痛くなるほどの沈黙と静寂。
そして、紅茶を飲むだけなのに、あまりに優雅な仕草。
完璧で隙がない宰相。それがザード様なのだ。
そんなことを思いながら、しっかりとその仕草を観察したあと、模倣するように紅茶を口にする。
わかっている。私は、生まれこそ王族だけれど、そういった教育を十分受けていない。
それでも、かろうじて妃らしく振る舞うことができるのは、レイウィル王国の魔術師団に所属していた一人の魔術師のおかげだ。
その人は、どこまでも青い色合いをして、水の精霊たちに無条件に愛されていた。
「そうして、大人しくしておられたなら、誰よりも美しく高貴な寵妃だと誰もが思うでしょうに」
「ザード様?」
「本当に、あなたは、かつてこの離宮の主だった、あの方によく似ておられます」
紅茶を飲みきったザード様は、私を通して遠い過去を見るように微笑んだ。一度だけ。
「……それは、陛下のお母様のことですか?」
きっとそれは間違いない。
私のお母様は、東方の国ウェリンズの貴族だった。そして、陛下のお母様は、同じ国ウェリンズの姫だ。
「……もしかすると、似ているのは」
「……いや、見た目は少しも似ていません」
「えぇ」
「あなたの外見は、どう見てもレーウィル王国の王族としての特徴を色濃く受け継いでいます。その、治癒の力はレーウィル王国の王族のもの。しかし、ウェリンズの王族と高位貴族だけが持つ幻獣の力も持っているのでしょう?」
「っ、ザード様」
動揺した私を感情の読めない表情のまま見つめて、ザード様はあからさまなため息をついた。
「妃殿下」
「はっ、はい!」
「実は、私はあなたが治癒と幻獣の力を持つことに確信を抱いていませんでした」
「……えっ」
「はあ。知られたのが私だから良いようなものの、ほかの人間に知られたら大変なことになります。お気をつけください」
立ち上がるザード様は、一通の手紙を置いた。
「建国祭の夜会への招待状です。十三月の離宮の妃、そのお披露目はまだ済んでいない。各国の関係者やこの国の貴族たちが、陛下の寵愛を一身に受けるあなたの姿をひと目見ようと集まるでしょう」
「そうですか……」
レーウィル王国では、いつも姫としての待遇など受けることなく、使用人のように過ごしていた私。
レーウィル王国最期のときに、死を覚悟したはずの私。
どうしてこうなった、と思わずにはいられない。
それでも、陛下の力になりたいなら、きっと避けて通ることはできない。
「それだけお伝えに来たはずが、長居をしてしまいました」
ザード様が、静かに席から立ち上がる。
でも、これだけはどうしても伝えておきたい。
「ザード様」
「どうしました? ああ、新しい野菜の苗なら」
「違います。実は、私はラーティスとは違う幻獣を召喚し、従えています」
「は……?」
ザード様が、こんなふうに呆然とした表情をするのを見たことがある人など、ごく少数に違いない。
そのことにほんの少しだけ溜飲を下げて、まっすぐに見つめる。
「治癒と幻獣のこと、ザード様だから、隠し通そうとせずに伝えたのですよ?」
そのときのザード様の表情は、きっと私の心に残って消えてくれないに違いない。
そこには確かに悲しみと苦しみと過去への憧憬があったから。
「本当に、あなたは、あの方に似てずるいお方だ」
その言葉のあと、ザード様は、いつもの冷静でいつでも物事を完璧に処理する宰相に戻ってしまった。
それは、輝かしく悲しい過去を押し隠し、今を生きていく人の姿だ。
その背中を見送りながら、私は一つの決意をしたのだった。
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