十三月の離宮のおもてなし 3
◇◇◇
レイラン様とリーシェル様、二人とのお茶会。
その次の日、陛下は再び十三月の離宮にお越しになった。
まるで、先日の花のお茶会を模したかのような、色鮮やかなドレスとともに。
「陛下、こんなにたくさんのドレス。季節が変わるまでに、全部着るなんてできませんよ」
「そうか。だが、よく似合う」
「こんなの、もったいないです」
少しだけ私が毒味して見せたお茶を陛下はゴクリと喉を鳴らして飲んだ。
陛下は、私が用意したものを最近ではいつだってそのまま飲もうとする。
でも私は、先日自分が毒で倒れてから、怖くなってしまったのだ。
(陛下に何かあったらと思うと、とても怖い)
だから、一口私が口にしてから渡すことにした。
間接的に口づけしていることになるけれど、そんなこと言っている場合じゃない。
それに、陛下は料理長と自分、そして私が作ったものしかまともに食べられないのだ。
(料理長をこの離宮に配置して、いったいどう過ごしているのかしら)
幸い陛下が痩せ細ることはない。
顔色も良いし、健康的に見える。
でもここにいるときに、たくさん食べてもらうのがいいに違いない。
「良い香りだ」
「料理長が取り寄せてくださったのです!」
「……そうか。喜んでもらえて幸いだ」
「……え?」
そのまま陛下は、黙ってしまったけれど、まるで、このお茶を用意してくれた人が、料理長ではないように聞こえてしまう。
(まさか、このお茶を用意するように指示してくれたのは)
顔を上げてじっと見つめていると、日差しが眩しかったのだろうか、陛下が目を細めた。
「……美しいな」
「そうですね! 先日のことを教訓に、花が咲いたときに美しいお野菜と、食べられるお花をたくさん植えました」
「……違う」
陛下から離れて私の横に来たラーティスが、グイッと額を押し付ける。
今日は、元のサイズに戻っているラーティス。
重さはないはずなのに、その力は強い。
その頭をそっと撫でていると、陛下が小さくため息をついた。
「ソリア、昨日の茶会だが」
「……陛下」
カタンッと小さな音を立てて立ち上がった陛下が、私の横に来る。
ラーティスは、少しだけ陛下を見上げたあとに、蝶を追いかけて走り回るアテーナの方に走っていった。
「……七月の離宮のリーシェル・ルビア、そして十二月の離宮のレイラン・リーン。そして、十三月の離宮、ソリア・レイウィル。君たちが集まって茶会を開いたことは、すでに国内で話題になっている」
「……話題に」
「あんなことがあったあとだからな。……あの茶会とほぼ同時に、ルビア王国の王太子が、自ら謁見に来て無実を訴えた」
「そうですか。……お茶会で私たちが一緒に過ごしたことで、ルビア王国は無実だと、そして帝国はルビア王国を信じると、周囲は思ったでしょうね」
知的なリーシェル様のことだ。
おそらく、そこまで計算していたに違いない。
「シルベリア公爵は、安易に許すべきでないと異を唱えていたが」
「……シャーリス様の、お父様ですね」
「……シルベリア公爵家は、幼い日から俺の後ろ盾をしているザード・ウェリアム侯爵とは、完全に派閥が異なるからな」
その話を聞きながら、お花があしらわれて可愛らしいクッキーの端をかじる。
「緊張感がないな」
陛下が、苦笑する。
確かにそうに違いない。
でも、陛下が戻らなくてはいけない時間が、近づいているから。
「今のうちに、食べてください」
目を見開いた陛下の口から、サクリ、と音がする。少し性急にそれを咀嚼した陛下の喉が、ゴクリと音を立てる。
「俺は」
そのまま、花の香りがする口づけが落ちてくる。
あまりに長いから、苦しくなってトントンッと胸元を叩く。
「……間接的なものより、本物がいい」
「そっ、そのためでは!」
「……知っている」
もう一度、一瞬だけ口づけされる。
それはそれで、物足りない。
「しばらく会いに来られない。ラーティスが君から離れない以上、ここに来る度に下らぬ憶測が飛び交うのは目に見えているからな」
「陛下」
立ち上がった陛下のマントに、アテーナが爪を立ててしがみつく。
幻獣が主の心を映し出すというなら、間違いなく認めなければいけないのだろう。
「……離れたくないです」
グシャリと撫でられた頭頂部。
困ったように笑ったくせに、何も言ってくれない陛下。
それなのに、ラーティスは、体全体ですり寄ってきた。
「……口にしてしまえば、実行に移してしまいそうだからな。また会いに来る、ソリア」
自由にこの場所から出られない私は、感情を振り切るように、アテーナをくっ付けたまま背中を向けた陛下を見送った。
あまりに強く体を押し付けてくるラーティスに、押し倒されながら。
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