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十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~  作者: 氷雨そら
本編

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十三月の離宮のおもてなし 2


「それにしても、美しいですわね……」


 リーシェル様が、注がれたお茶を見つめて呟いた。


「たしかに、美しいわね。もしかすると、東方のお茶なのかしら……?」


 レイラン様も、感心したように呟く。

 確かに、その通り。このお茶は、東方の伝統的な工芸茶だ。

 さすがに、陛下の食事を長年作ってきただけあって、料理長は知識も腕も一流だ。

 今日のお茶は、丸く固められたお茶にお湯を注ぐと、花が開くように趣向が凝らされている。


「――――野菜、植え直したのですね」


 一口香り高いお茶を口にし、ホッと息を吐いたリーシェル様が、植え替えられて青々とした畑に目を向ける。季節外れに植えた作物だけれど、遅れを取り戻すかのようにすくすくと成長している。


「ええ、今日も早朝から植え直していたのです」

「それは、大変でしたね」

「……楽しかったです」


 どう説明すればいいのか、どこまで話しても大丈夫なのかと思案していると、レイラン様が口を開いた。


「そういえば、不思議なことに、王都全てで季節を忘れてしまったように花々が咲き誇ったらしいわ」

「――――えっ」


 先日、離宮の作物全てに花が開いてしまったけれど、それは王都全域で起こった出来事だったようだ。


「あら、何か思い当たる節でも?」

「いいえ、野菜に花が咲いてしまって驚いていましたが、まさか王都全域だなんて……」

「そうね。私も庭園に植えていた南国の花々が一度に咲いたから驚いたわ」


 咲き乱れる南国の花々。この国では、少々気温が低いから、大輪の花を咲かせるのは難しいはず。

 きっと、鮮やかで美しい光景だったに違いない。


(――――でも、あまりにタイミングよく咲いたものだから、てっきり、私と陛下が引き起こしたのではないか、なんて思ってしまったわ)


 それだけ広範囲に、影響が及んでいたのだとすれば、きっと何かしらの魔法が影響を与えたに違いない。文献に寄れば、そういった広範囲の魔法を使う人間も、古くはいたという。


「ソリア様の育てていた作物も、花が開いてしまったのでしょう?」

「そ、そうなんです。それで、植え替えを……」


 レイラン様と話をしていると、リーシェル様が、おもむろに口を開いた。


「――――ソリア様のお母様は、たしか東方のお生まれでしたね?」

「……よくご存じですね」


 私も、美しく花開いたお茶を口にする。

 そう、私のお母様は、この国、ガディアス帝国に併合されたウェリンズ王国から逃れてきた踊り子だ。


(でも、本当は、逃げるために踊り子に身をやつした、貴族の娘だったとお母様は最期に言っていた)


 リーシェル様が、知的な茶色の瞳を軽く細めた。


「他の国ならともかく、私の国ルビア王国は、レーウィル王国と国境を接していますもの、ある程度のことは知っていて当然ですわ……」

「――――そうですね」


 どこまで知っているのだろうか。表向きには、私は踊り子の娘ということになっている。

 だって、アテーナを召喚する力は、今はもうなくなってしまった東方の国ウェリンズ王家の持つ力なのだから。


 そこまでは、母は私に教えてくれなかった。

 幻獣と、東方の国ウェリンズ王国に関する資料は、レーウィル王国の図書館には、不自然なほどなかった。

 レーウィルの王城の図書館に出入りする人は限られていた。

 王族はほとんど訪れなかったから、よく来ていた騎士団長や魔術師に母が頼んで隠してもらったのかもしれない。


(――――陛下にいただいた書物の中に、東方のウェリンズ王族の力について詳しく書かれていたから、最近ようやく、アテーナを召喚する力についてもわかってきたけど……)


 貴族の娘だった私の母には、きっとウェリンズ王国の王家の血が少なからず流れていたに違いない。

 急に喉が渇いてお茶を飲み干せば、静かに近づいてきたビオラが次のお茶を用意してくれる。

 それを一口だけ飲んで、私は少しだけ思案する。


(どこまで、私の出自について知っているのかわからないけれど、命を助けたからなのか、リーシェル様は好意的だわ。もちろん、仲良く過ごすためだけに、ここに来たわけではないとわかっているけど……)


 リーシェル様も、お茶を飲み干して、静かにカップを置く。

 ビオラが、再び新しいお茶を運んできて、そっと置いた。

 かぐわしい香りが、フワリと風に運ばれて鼻腔をくすぐる。


 リーシェル様も、私たちも、花開くようなお茶をしばらく無言で眺めていた。


「本題に入るわ……。一月の離宮でのお茶会、毒を盛ったのは、八月の妃、ロシェット・ファントンの可能性が高いの」

「リーシェル様。……ファントン王国は、リーシェル様の祖国、ルビア王国と手を組んだのでは、なかったのですか」

「いいえ、その情報は、誤っている。我が祖国ルビアは、ファントン王国と手を組んだりしていない」

「……確かに、陛下も情報が誤っていたと、帰ってこられましたね」


 先日飲んだお茶。その中に入っていたのは、少量でも致死性のある薬物だった。

 幸い、私もリーシェル様も無事だったけれど、陛下不在で離宮の妃、それも国境を接している二国の妃が毒を盛られたとすれば……。


「――――でも、それではまるで」


 考えたくもない想像だ。

 ルビア、ファントン、そしてレーウィル王国は国境を接していながら、今まで大きな争いをすることもなく均衡を保ってきた。

 けれど、すでにレーウィル王国は滅ぼされ、ルビア王国とファントン王国は、姫を差し出して帝国との友好を保つという姿勢を見せた。


(西方は、いまだ帝国が領土を拡大することに抵抗する国々が多いもの……)


「……そうね。でも、今私がお伝えできるのは、ここまでだわ。命を助けていただいたお礼には、少なすぎるかもしれないけれど。今日はこれで失礼するわ」


 レイラン様と私を残して、リーシェル様は知的な微笑みを見せると退席していった。

 お茶の席には、レイラン様と私だけが残される。


「そろそろ、私もお暇するわ。少し考えなければいけないこともあるから」

「ええ、またいらしてください」


 十二月の離宮の妃、レイラン様も去ってしまう。

 ざわざわと胸が締め付けられるのは、いったいどうしてなのだろうか。


「陛下……」


 帝国は、その領土を広げ続けている。

 陛下は、いったい何を思って、戦い続けているのだろう……。


『ミュウ!』

「――――ラーティス」


 誰もいなくなったとたんに、ドレスの裾から這い出てきたラーティスが、私の膝へと飛び乗った。

 すり寄ってくるラーティスの、柔らかい毛並みを撫でながら、私はため息をついたのだった。


 

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