陛下の寵妃 2
それからというもの、ラーティスは、やはり私からひとときも離れずにいた。
今までは、「可愛いな」としか思わなかったのに、幻獣は召喚者の心をそのまま映し出すという陛下の言葉が、頭の中をぐるぐるしてしまって、急に赤面してしまう。
十三月の離宮の庭園は、すでに農園といったほうがよさそうだし、放し飼いにされた鶏も元気に卵を産み落としている。
コンコンッと産みたての卵で料理長が作ってくれたゆで卵の殻を割る。
卵なんてほとんど口にしたことがなかったけれど、最近になって半熟が好きだとわかった。
「……お塩も、遠い南海から届いた最高級品」
お塩がほしいとお願いした、離宮初日に考えていた生活に比べてあまりに恵まれている。
パクリと口にしたゆで卵は、今日も美味しかった。
「こんなに幸せでいいのかな」
今になって、レーウィル王国で過ごした日々が、徐々に鮮明になっていく。
冷たい冬の日に、バケツの水を私の頭からかけた異母姉も、腐った食事を指示した義母たちも、もういない。
死を覚悟したあの日、私の心はきっと凍えてしまっていたのだろう。
もちろん、こうしてここにいられるのは、騎士団長や魔術師様がそっと助けてくれていたおかげで、完全に孤独ではなかったにしても。
顔を上げれば、なぜか騎士団長と十三月離宮に配属された騎士たちが、畑を耕していた。
農業を馬鹿にする貴族が多いのに、貴族出身の騎士団長は、そういったことを気にする様子もない。
そういえば、初めて会った幼い日から、騎士団長は、変わることがない。
そんなことを思えば、ほんの少し心の中が温かくなる。そして、もう癖のようになっているのだろう、私はラーティスのアイスブルーの瞳をのぞき込む。
「……あれっ?」
けれど、いつもならこの時間は公務に精を出しているはずの陛下の姿は、ラーティスの瞳の中に映らなかった。
代わりに映ったのは、私の黄金の日差しを浴びても、やはり真っ白な髪の毛だ。
長い髪の毛は、複雑に編み込まれ、日焼けしないようにと首まで覆われた膝下の丈のドレスを着ている。
「ねぇ、ラーティス、陛下は?」
不意にそらされたラーティスの視線に誘われて、そちらに顔を向ける。
モヤモヤと考えていたことなんて全て吹き飛んで、その人しか見えなくなる。
「陛下……」
そこには、なぜかニンジンが山盛りになったかごをかかえて、いつもの無表情に少し戸惑ったような色を浮かべた陛下が立っていたのだった。
そして、私より先にアテーナが陛下の持つニンジンのかごに飛び込んだ。
「うん? これは、俺に飛び込んできたのか? それともニンジンか?」
小さくつぶやかれた言葉は、その口の中で消えてしまったから、きっと誰にも聞こえなかっただろう。
アテーナが、かごからラーティスの背中へと飛び移る。
次の瞬間、たくさんのニンジンは、天高くばらまかれ、そのことを気にもしないで飛び込んだ私は、陛下の腕の中にいた。
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