三国とお茶会 3
今日はアテーナが、姿を見せていなくても一緒だから、毒の心配はそれほどない。
(うん、問題ないみたい)
アテーナは、私に害をなすものを許さない。
かといって、それを阻む力があるわけではない。
それでも、少なくともこのお茶には、死んでしまうような毒は入っていない。
「……まあ、小さな害意は、仕方がないわよね」
口にしたお茶は、激辛だ。
しかし私は、辛いものは大好物なので問題ない。
食べられるものを無駄にするという思考は私にはないのだ。
「……ふふっ。ずいぶん珍しい香料をありがとうございます。今回のお茶会の主催者である、二月の離宮の妃、カティア様のお母様は、確か北方のご出身でいらっしゃいましたものね」
そう、この香辛料は、北方でしか採れない貴重なもの。出来ればお近づきになって、その苗を手に入れて、この地域で育てられないか研究を……。
そんなことを思いながら、激辛紅茶を一息に飲み干す。
少し離れて座る集団に目を向ければ、困惑した表情の妃たちの中で、とりわけ悔しそうにプルプルと震えている妃。シャーリス様だ。カティア様は、わかりやすく青ざめている。
(あら、シャーリス様が入れるように指示したのかしら? 前々回の苦い紅茶といい、嫌がらせとしては、ずいぶん可愛らしいものだわ……?)
白銀の髪とすみれ色の瞳を持った私は、レーウィル王国においては、表に出せない存在だった。
この色は、国民にとっては、王城陥落寸前まで、王家の象徴だったから、踊り子の娘がそれを持っているなんて、家族たちにとっては都合が悪かったのだろう。
(アテーナが、教えてくれなければ、きっと生き残れなかった)
口直しに、甘いお菓子を口にしながら、思い浮かべるのは陛下のことだ。
黒い髪と瞳は異質だから、陛下も苦労したに違いない。
(奇しくも二人とも、幻獣の力に救われたことが、三桁をくだらないなんて……)
「……でも、こんなに辛い紅茶、私以外ならきっとむせてしまいますよね」
「ちょ……。よく平気だったわね?」
一口飲んで、誰にも分からないように吐き出したらしいレイラン様が、そっと口元に扇を広げてベロを出している。
苦みや辛みをふんだんに使った南方の料理。
そんな味に慣れたレイラン様でも、この激辛紅茶はお手上げだったらしい。
「腐りかけたものも、激辛料理も、苦すぎるスープも、全部慣れているので」
「そ、それは、お気の毒にといった方がいいのかしら!?」
「……過ぎてしまったことです」
だって、私にそんな嫌がらせをしてきた人たちも、もういなくなってしまった。
偶然なのか、必然なのかは分からなくても、虐げられていた私だけが生き残った。
(皮肉にも、滅んでしまったあの国の色合いを宿した私が)
胸の中に浮かんだ空虚さを押し隠して、私は席を立つ。
「あの、とても美味しかったので、シャーリス様もいかがですか?」
そしてニッコリ笑って、ティーポットを持ったまま隣の席に移動した。
「え……っ!?」
「この香辛料は、とても辛いけれど、美容にとてもよいといわれています」
「……美容に」
長く豊かな金髪に、どこまでも青い瞳をしたシャーリス様は、宝物のように育てられたに違いない。
あくまで直感だけれど、たぶん先月のお茶会でローズティーに毒を入れたのはシャーリス様ではないだろう。
(アテーナも、騒いでいないもの……)
こちらをにらむ顔すら美しい、一月の離宮の妃。
私よりもずっと姫らしい深窓の令嬢は、辛い紅茶を一気に飲み干して、優雅に扇を広げた。
「……コホッ。結構なお味でしたわ?」
この激辛紅茶を飲んで、優雅に笑えるなんて、相当の辛いもの好きと見た。
けれど、その瞳が少し潤んでいる。
この人と仲良くなりたいかも、と密かに私は思ったのだった。
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