十三月の離宮 3
◇◇◇
(毎日が楽しいとはこのことね!)
泥がついてしまった手で汗を拭った結果、顔中泥だらけになっているなんて私は知るよしもない。
そうやって、鍬を振るう私になぜか差し出される日傘。
無言でしかも無表情、黒い髪と瞳をした可憐な美少女ビオラ。
あまりに無言なので言葉がしゃべれないのかもしれない、と初めのうち思ったが、寡黙なだけだった。
彼女を連れてきたのは、先日の男性だった。
名をザード様というそうだ。
(……断りそびれてしまったのよね)
『侍女です』
『え? 侍女のお仕事をするのですか? もちろん、掃除洗濯何でも致しますが』
『ですから、あなた様の専属侍女です』
『え……?』
かみ合わない会話の結果、麗しく上品な少女がまさかの私専属の侍女と聞いて驚いてしまった。
二人分の食べ物を用意するのも大変だ。しかも、彼女の仕事は畑仕事のお手伝いではなく、私のお世話だという。
お断りしようと思ったのに、早くも私のことを理解してしまったらしいザード様は、無言のままよい笑顔で袋を差し出してきた。
(まさか中身がお砂糖だなんて、お断りできるはずがないわ!)
一人頷き、顔を上げる。
ビオラが傘を差し出す手が、微動だにしないことに感心してしまうけれど……。
「えっと……。疲れてしまうでしょう? 私は大丈夫よ」
「……お妃様が、日に焼けてしまいます」
「え? 健康的でよいと思うのだけど」
「この国では、お妃様のような白い肌が美しさの条件の一つと言われています」
めったにしゃべることがないビオラが、こんなにしゃべると言うことは、この問答、私に勝ち目はない。
理解し始めてしまった。私の侍女は職務に忠実だ。
「ビオラはとっても真面目なのね……」
「……」
無表情のまま視線をそらしてしまったビオラ。
けれど、虐げられてきた今までの生活で、他人の表情に敏感になってしまった私には分かる。
彼女は今、照れている。
……そうね。野菜と卵は分け合うことになるけれど、一人よりも二人のほうが素敵に決まっているわ。
鍬を振るう私と、傘を差し出す侍女。
それを好奇心いっぱい見つめる視線。
ビオラが厳しい視線を向けている方向を見ると、可愛らしい少女が困惑した様子で立っていた。
「……失礼致します」
「あら、可愛らしいお客様」
「新しいお妃様は、どちらに?」
「……え?」
お妃様なんて、ここにはいるはずもない。
あれ……。でも、ザード様は、私のことを十三月の離宮のお妃様だと言っていたかもしれないわ?
「……えっと」
「侍女がついているということは、高位女官よね? 何の罰なのかは知らないけれど、こんな炎天下にお気の毒に」
「え……えっと」
「とりあえず、お妃様がいらっしゃらないのなら、こちらを渡してくださる?」
優雅な物腰と、鮮やかな花柄であふれる美しいドレスの少女は、一通の手紙を私に差し出した。
受け取ろうとした私は、ビオラに制止され、手が泥だらけだったことにようやく気がつく。
それだけ言って去って行く少女は、凜と伸ばされたその姿勢すら美しい。
私の知識は、書物からばかりだけれど、つけていたアクセサリーは、南方の国の品だった。
そう、私の生まれたレーウィルと同じで、最近帝国に統合された国の一つのはず……。
少女が持ってきた手紙は、お茶会の招待状だった。
そこから、ぱらりと落ちたハーブは、触るとかぶれてしまうものだった。
「……まさか、こんなものが」
「大丈夫ですか? お妃様……」
「ここで出会えるなんて! 畑に植えると虫除けになるのよ!」
「かぶれます」
「直接触らなければ大丈夫よ」
「そうですか……」
ビオラの言葉には、少しの困惑が含まれている。
「お茶会で、このハーブがどこに生えているかぜひ聞かなくては!」
「……たぶん、これは嫌がらせだと思いますが」
その言葉は、これで虫を取り除く作業が軽減できるとご機嫌な私の耳には入らなかった。
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