三国とお茶会 1
小さな部屋は、先ほどまでいた場所に比べて、何でもそろっていて居心地がいい。
先ほどの部屋は、もちろん調度品の全ては、大陸でも一番高価なものばかりだったけれど、特別なものは何もない寂しい部屋だった。
「――――私には、こんなにもたくさん与えてくださったのに、なぜですか?」
そっと、持ち上げたのは、ずいぶん前に、ニンジンのお礼だといただいた猫のぬいぐるみだ。
これは、私というよりは、どちらかというとアテーナがお気に入りで、毎日一緒に転げ回っている。
「今回は、私と一緒に来たのね? アテーナ」
『ニャ!』
「アテーナがラーティスと離れるのは、久しぶりじゃないの?」
『ニャ?』
首を傾げたアテーナは、確実に私が言っていることを理解しているに違いない。
ラーティスと一緒にいたかっただけなのか、それとも陛下と私を助けてくれるためだったのかは、分からないけれど。
しばらく待っていると、ビオラが扉を開けて入ってくる。
煤で汚れていた服は、すでに着替えているようで、まるで先ほどまでの出来事が、全て夢だったようにすら感じさせる。
「ビオラは、転移魔法で送ってもらわなかったのに、ずいぶん早かったわね」
「……そうですね。来た道を戻ってきただけの話ですから」
「幻獣のこと、詳しいのね?」
「――――黙っていたことをお許しください。この色をご覧になれば、おわかりになると思いますが」
困ったように笑ったビオラは、黒い髪と瞳をしている。
それは、陛下と、そしてもう一人、私のお母様と同じ色合いだ。
「東方の国ウェリンズの特徴……」
「ええ。そのこともあって、ザード様はソリア様の侍女に私を選びました」
「……そう。私のお母様が、東方の出身だということを知っていたのね」
私のお母様が、踊り子だったことは、周知の事実だ。
そして、その色合いから考えれば、お母様が東方の出身であることに行き着くのは容易に違いない。
(そもそも、ザード様は周辺諸国のことなら何でも知っていそうな気がするもの)
にっこり微笑んでいるけれど、ザード様はいつでも隙がない。
仕事がものすごく出来そうだし、相手の弱みは一番始めに掴んでおこうとするタイプに見えるのは、私の偏見なのだろうか……。
(いや、間違いなく、ザード様はそういうタイプに違いない)
まだ、ザード様にアテーナを見せていないけれど、すでに陛下の幻獣については知っているし、東方の人間の一部が、幻獣を召喚する力を持つことももちろん把握しているのだろう。
「……ソリア様の幻獣アテーナのことは、ザード様にはお伝えしていません」
「ビオラ……。あなたは、ザード様から遣わされたのよね? どうして」
「――――東方において、今でも幻獣は最も尊ばれる、神聖なものですから」
『ニャ!!』
「…………」
私たち二人の視線が、小さな白い猫に向かった。
自慢気に鳴いたあと、ペロペロと前足をなめている白い猫。
(とても、そこまで神聖なものには、見えないの……)
それでも、確かに陛下の転移能力も、私の治癒能力も、幻獣たちがいなければ発現することが出来ない。
そういう意味では、確かに不思議な力を与えてくれる幻獣が、尊ばれる存在ということも納得できる。
「さあ……。話は終わりです」
「……ビオラ?」
微笑んでいるビオラは、少しだけ怒っているのかもしれない。
それくらい、彼女の雰囲気は殺気立っている。
「明日に向けての準備を始めましょう」
「え……。明日になってからでも間に合うのでは? むしろ私は、しばらく見に行けなかった畑のお野菜が気になるのだけど……」
「爪の間に煤が入り込んでいますし、ドレスの最終試着もできておりません」
にっこりと笑って私の手を取ったビオラ。
けれど、軽いその力に反して、絶対に逃がしはしないという意気込みを感じるその視線。
「よろしいですね?」
「は、はい……」
そのあと、陛下から、ドレスにぴったりの宝石まで届いてしまい、結局のところ、その日は畑のお野菜の様子を見に行くことは、出来なかったのだった。
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