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十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~  作者: 氷雨そら
本編

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三国とお茶会 1


 小さな部屋は、先ほどまでいた場所に比べて、何でもそろっていて居心地がいい。

 先ほどの部屋は、もちろん調度品の全ては、大陸でも一番高価なものばかりだったけれど、特別なものは何もない寂しい部屋だった。


「――――私には、こんなにもたくさん与えてくださったのに、なぜですか?」


 そっと、持ち上げたのは、ずいぶん前に、ニンジンのお礼だといただいた猫のぬいぐるみだ。

 これは、私というよりは、どちらかというとアテーナがお気に入りで、毎日一緒に転げ回っている。


「今回は、私と一緒に来たのね? アテーナ」

『ニャ!』

「アテーナがラーティスと離れるのは、久しぶりじゃないの?」

『ニャ?』


 首を傾げたアテーナは、確実に私が言っていることを理解しているに違いない。

 ラーティスと一緒にいたかっただけなのか、それとも陛下と私を助けてくれるためだったのかは、分からないけれど。


 しばらく待っていると、ビオラが扉を開けて入ってくる。

 煤で汚れていた服は、すでに着替えているようで、まるで先ほどまでの出来事が、全て夢だったようにすら感じさせる。


「ビオラは、転移魔法で送ってもらわなかったのに、ずいぶん早かったわね」

「……そうですね。来た道を戻ってきただけの話ですから」

「幻獣のこと、詳しいのね?」

「――――黙っていたことをお許しください。この色をご覧になれば、おわかりになると思いますが」


 困ったように笑ったビオラは、黒い髪と瞳をしている。

 それは、陛下と、そしてもう一人、私のお母様と同じ色合いだ。


「東方の国ウェリンズの特徴……」

「ええ。そのこともあって、ザード様はソリア様の侍女に私を選びました」

「……そう。私のお母様が、東方の出身だということを知っていたのね」


 私のお母様が、踊り子だったことは、周知の事実だ。

 そして、その色合いから考えれば、お母様が東方の出身であることに行き着くのは容易に違いない。


(そもそも、ザード様は周辺諸国のことなら何でも知っていそうな気がするもの)


 にっこり微笑んでいるけれど、ザード様はいつでも隙がない。

 仕事がものすごく出来そうだし、相手の弱みは一番始めに掴んでおこうとするタイプに見えるのは、私の偏見なのだろうか……。


(いや、間違いなく、ザード様はそういうタイプに違いない)


 まだ、ザード様にアテーナを見せていないけれど、すでに陛下の幻獣については知っているし、東方の人間の一部が、幻獣を召喚する力を持つことももちろん把握しているのだろう。


「……ソリア様の幻獣アテーナのことは、ザード様にはお伝えしていません」

「ビオラ……。あなたは、ザード様から遣わされたのよね? どうして」

「――――東方において、今でも幻獣は最も尊ばれる、神聖なものですから」

『ニャ!!』

「…………」


 私たち二人の視線が、小さな白い猫に向かった。

 自慢気に鳴いたあと、ペロペロと前足をなめている白い猫。


(とても、そこまで神聖なものには、見えないの……)


 それでも、確かに陛下の転移能力も、私の治癒能力も、幻獣たちがいなければ発現することが出来ない。

 そういう意味では、確かに不思議な力を与えてくれる幻獣が、尊ばれる存在ということも納得できる。


「さあ……。話は終わりです」

「……ビオラ?」


 微笑んでいるビオラは、少しだけ怒っているのかもしれない。

 それくらい、彼女の雰囲気は殺気立っている。


「明日に向けての準備を始めましょう」

「え……。明日になってからでも間に合うのでは? むしろ私は、しばらく見に行けなかった畑のお野菜が気になるのだけど……」

「爪の間に煤が入り込んでいますし、ドレスの最終試着もできておりません」


 にっこりと笑って私の手を取ったビオラ。

 けれど、軽いその力に反して、絶対に逃がしはしないという意気込みを感じるその視線。


「よろしいですね?」

「は、はい……」


 そのあと、陛下から、ドレスにぴったりの宝石まで届いてしまい、結局のところ、その日は畑のお野菜の様子を見に行くことは、出来なかったのだった。

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