幻獣と皇帝 5
「……は、なぜここにいる。……ソリア」
「陛下!!」
皇帝陛下の部屋にある暖炉から、煤まみれで現れた私を見た陛下の表情。
たぶん私は、一生忘れない。
ザード様は、「ここまで来れば安全でしょうから」と途中で引き返してしまった。
その、大陸中の技術全てを集めた豪華な衣服。
汚してしまうことに罪悪感を覚えても、抱きつきたいというその衝動に抗うことは難しい。
「……陛下!」
「ソリア……。どうしてここに?」
「……会いたくて」
「はは。会いたいと思いすぎておかしくなったか?」
その言葉を聞いたとたん、衣服を汚してしまうなんて遠慮は掻き消えて、いても立ってもいられなくて、思いっきり飛び込む、その胸に。
「陛下!!」
「……ソリア」
呆然としながら、私のことを抱き留めた陛下。
その胸板は、たくましくて、暖かくて、愛しくて、ずっと待ちわびていたという気持ちを抑えきれずにすり寄る。
「会いたかったです」
「は? 俺に……?」
「当たり前です。陛下に会いたくて、会いたくて、たまらなかったに決まっています」
「そ、そうか」
陛下の部屋に、誰かが訪れたのは初めてなんて、まだ私は知らない。
この部屋には、何もなくて、私に与えてくれたたくさんのものが何一つないなんて、知りたくなくて。
苦しいほど抱きしめられて、会いたかったことを再認識したせいで泣きたくなる。
「会いたかったです」
「俺も、だ」
今さらながら、離れていたことが辛かったとでも言いたげにラーティスが陛下に、その白銀の毛をすり寄せた。
「お前な……」
『ガウ! ガウガウ!』
ラーティスが訴えていること、私にはわからない。
「だが、ソリアを守ってくれたこと、感謝している」
『ガウ!!』
自慢げなラーティス。
それはまるで、陛下の気持ちを代弁したとでも言いたそうなのは、私の思い込みなのだろうか。
「……本当は、俺がそばにいたかった」
「っ、私も、陛下のそばにいたかったです!」
「は、そんなことを言うな。この手から離すことが出来なくなる」
抱きしめられて、陛下の置かれた人生と境遇に思いを馳せる。
全てをその手にしながらも、本当に欲しいものを何ひとつその手にできなかった人。
「うっ、言ってもいいですか?」
「何を?」
「ニンジンよりも、野菜よりも好きです」
「……うん?」
それは、私にとって、命を繋いでくれる全てに優先されるという意味だ。
けれど見上げた陛下は、何度も瞬きをして納得しているようには見えない。
「陛下?」
「せめて人を引き合いに出してほしいというのは、俺のわがままか?」
もう一度、抱きしめられた。
そう、私が生きるよりも優先する場所は、ここなのだ。
そのことを思い知らされるように。
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