幻獣と皇帝 3
唇が離れ、お互いの顔を見つめる。
泣いていたのは、お互い様だったようだ。
湿った頬をお互いの指先で拭って、微笑む。
「そろそろ、戻らねば騒ぎになる」
「……はい」
「無事でよかった」
「陛下も……」
まるで子どもを相手にするように、グシャリと髪を撫でられる。
「君が倒れた姿を見て肝を冷やしたが……。結果的には、アテーナを連れていたことで君を助けることが出来たし、俺自身も救われた」
「えっ、やはり何かあったのですか?」
「……そうだな。西方の二国は、同盟を結んでいなかった、ということだ」
ルビア王国と、ファントン王国が同盟を結んだという情報が、偽であったことと、ローズティーに毒が仕込まれていたことには、関連があったのだろう。
「どちらにせよ、七月の離宮の妃が、毒で命を失えば、戦いは避けられなかっただろう」
「そうですね……」
「……時間だ。さあ、行くぞラーティス」
『ガウ!』
「ん、ラーティス……?」
『ガウガウ!!』
イヤイヤと首を振るラーティスに、珍しく困惑を顔に浮かべた陛下。
そう、先ほど陛下がこの部屋に現れてから、ラーティスは私の膝裏にピタリと頭を押し付けたまま離れようとしないのだ。
「……ふむ、移動魔法が使えないな」
「えっ!?」
「まあ、皆には一度自室に戻ると伝えてあるから、もう少しであれば問題なかろうが……」
「ラーティス。陛下を送ってあげないと!」
その言葉を私が告げると、私にすり寄るように前に来たラーティスが、『ガウガウ!!』と吠えた。
途端に部屋中が、吹雪に見舞われたように真っ白になる。
「……ふぅ、無事に陛下はお戻りになったわね」
凱旋した陛下が、自室ではなく十三月の離宮から現れれば、騒ぎになってしまうだろう。
そんな騒動は、私にとっても陛下にとっても、望むところではない。
『ガウ!!』
『ニャ!!』
「……え?」
そして、響き渡る、どこか自慢げな鳴き声。
まるで何ごともなかったかのように幻の吹雪が去る。
「ら、ラーティス! なぜここに残っているの!?」
顔を上げて髭をピーンッとしたラーティスが、お座りをしてこちらを見上げている。
もちろん陛下の姿は、すでにここにはない。
「えっ、陛下だけ送り届けてしまったの!?」
その後、ラーティスを陛下にお返ししたくても、事後処理が多忙で、こちらにお越しになることは出来なかった。
頼みのザード様も忙しすぎていらっしゃることができないと連絡が入る。
ラーティスを消すことは私にはできず、しかも絶対にそばを離れてもくれない。
ビオラにだけは詳細を伝えたけれど、私は部屋から出ることも出来ず、戯れるラーティスとアテーナを眺めて過ごすことになったのだった。
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