幻獣と皇帝 1
◇◇◇
陛下不在の今、処理することは山積みなのだと去って行ったザード様。
扉が閉まり、部屋が静まり返る。
『にゃあ』
「…………」
『みゅっ!』
「アテーナ、あなたどうしてここにいるの」
『みう?』
小首をかしげたアテーナは、確実に私の言葉を理解している。
薄々気がついてはいたけれど、幻獣は高い知能を持つという。
もちろん、その姿は召喚者である主に引き寄せられ、その性格や行動もやはり主に似るという。
「……陛下のおそばにいたのではないの?」
『みゅっ、みゅみゅっ!!』
何かを言いたそうなアテーナは、ひとしきり鳴いたあと、私の肩へと飛び乗った。
胃の痛みが、薄れていく。
たぶん、少量でも強い毒だったのだろう。
アテーナが、癒やしてくれたのだ。
帰ってこなければ、もしかすると私は……。
その想像に少しだけ震える。
そしてもう一つ、多分間違っていない想像、それは……。
「距離が離れると、魔力の消費が著しいと言っていたではないですか、陛下……」
ベッドから足を下ろして立ち上がる。
一週間も寝たきりだったのだ。立つことすらやっとでふらつく。
それは、確信に近い想像だ。
そして、ザード様の半分以上わざとだろうつぶやきも、それが事実だと告げている。
「どうして、そんな無茶したのですか……」
その問いへの答えは返ってこない。
幻獣の力を使った陛下は、無理を通して、私を助け出したあと、いるべき場所に帰ってしまったのだろうから。
図書室にある資料を読み込むほどに、陛下が幼い頃から王位継承の荒波の中にいたことを思い知らされていた。
それでも、陛下がその地位に就いたのは、きっと譲れない理由があるからに違いない。
今回のことだって、レーウィル王国がない今、ガディアス王国の平和のためにも、皇帝陛下の地位をより盤石にするためにも、手を抜くなんて出来ないはずなのに。
「なぜですか」
わずかに残された冷たい吹雪のような魔力の痕跡。それが、真実を告げる。
「……無茶な魔力の使い方をしたら、命の危険すらあるのに」
触れようとしたとたん、淡雪が溶けるように、それは消えてしまう。
愛しい気持ちだけが、溶けない雪のように積もるばかりだ。
「早く帰ってきてください、陛下」
しばらくの間、顔を覆ってほんの少しだけ涙を流す。
でもそれはほんのひとときだ。
泣くだけ泣いた私は、勢いよく前を向いて、おぼつかない足取りのまま、階下に降りる。
途中、飛び出してきたビオラが支えてくれた。
「ありがとう、ビオラ」
「これ以上、心配させないでください」
「分かったわ。でも……私、強くなりたいの」
そう、誰かに与えられた幻獣の力だけで生き延びていくのは、もうやめる。
肉体的な強さを得るのは無理かもしれないけれど、出来ることはきっとあるはず。
そのまま私は、陛下が用意してくれた周辺諸国と妃たちの生家と国の勢力図をひたすらに読み始めた。
……今できることは、それしか思いつかなかったから。
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