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十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~  作者: 氷雨そら
本編

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大陸の縮図 7


 思ったよりも普通だわ……。

 そんなことを思いながら、出されたローズティーを飲む。

 紅茶とのブレンド比率が絶妙で、華やかな香りが紅茶の味を引き立てている。


「いかがですか?」

「とても美味しいです!」


 いつもであれば、もし飲み物に何かが入っていれば、アテーナが教えてくれる。

 けれど、今日はそのアテーナがいない。優雅に見えるように気を配りながら、控えめに口にする。


「そう、よかったわ」


 微笑むシャーリス様は、薔薇の女神のように美しい。思わず見とれてしまう。


「あら、何かついていて?」

「いいえ、お美しいと」

「……それは、あなたの方だわ」


 小さく呟いた言葉は、けれどほぼ同時に割れたティーカップの音で聞こえない。


「っ……!!」


 立ち上がった私は、すぐにその音の元へと走り寄る。一人の妃が、喉元を押さえて苦しんでいる。


 明らかに毒……よね?


 少しだけ迷って、でも見捨てることも出来ずに、ペンダントから丸薬を取り出す。

 そういえば、少しだけ胃の腑が痛い。

 私の口にしたお茶にも何かが入っていたようだ。

 ほんの少ししか飲まなかったから、大丈夫だと思いたい。


 シャーリス様は、青ざめている。

 周囲をそれとなく見回しながら、丸薬を七月の離宮、ルビアから来た妃、ライカ様の口に押し込む。


「……何をするの!?」


 シャーリス様が、私のことを止めようとする。

 それとなく、アテーナがいれば、私に敵意を持っている人が分かるけれど、今は状況から判断するしかない。


「――――毒消しです」


 ……多分、そうですよね? お願いします、陛下……。


 八月の離宮、ファントン王国から来た妃、バネッサ様の冷たい瞳が目に入る。

 その瞳は、アイスブルーで周囲を凍てつかせそうだ。


 ――――陛下。

 その瞬間、嫌な予感で背筋が冷たくなった。

 ルビア王国とファントン王国が、手を組んだという情報で現地に向かった陛下。

 その情報は、事実なのだろうか。


 もし、情報が誤っていて、ルビア王国から来た妃が、妃たちのお茶会で命を落としたとしたら……?


 私の祖国レーウィルは、この国ガディアス王国と、ルビア王国、ファントン王国、この三国の境にあった。

 少数ながらも、精鋭をそろえた騎士団、そして魔術師団を持っていた今はない王国。

 王族だけが血を流し、陥落したけれど、危うかった三国の均衡はそのことで完全に崩れてしまった。


 胃を押さえながら、ぐるぐると浮かぶのは陛下に与えてもらった資料から得た情報のとりとめない羅列。

 ただ、気にかかるのは、陛下の安全だ。


「――――捕らえろ」

「……え?」


 顔を上げると、目の前には金色の髪に青い瞳をした男性がいた。

 その後ろに、未だ青ざめたままのシャーリス様が立っている。


 妃たちが月一度催すお茶会の会場に入ることを許される人間は、限られている。

 その中で、騒ぎを聞きつけていの一番に駆けつけられるのは、目の前にいる男性に違いない。


「――――シルベリア公爵。お会いできて光栄です」

「……」


 ここぞとばかりに、優雅に礼をする。こういうとき、逃げようとしても状況は悪くなるばかりだ。

 確かに、この場所で一番犯人に仕立て上げやすいのは、実家の後ろ盾を持たない私だろうから。


 ああ、それにしても、胃が痛いわ……。

 アテーナがいないと、私ってこんなにも無力なのね。


『ソリア!!』


 ……陛下、お会いしたいです。

 ぐらぐらする視界、倒れる直前に耳元で、私の名を呼ぶ陛下の声がした。

 ……でも、陛下は今、遠くにいるからそんなはずない。


 やっぱりむせ込んでしまいそうなほど濃厚な薔薇の香りを感じながら、ドサリと私は倒れ込んだのだった。


 ◇◇◇


 ……まぶしい。生きてる。まだ、胃が痛い。

 そっと目を開ける。ずいぶん、この天井も見慣れたものだ。


「目が覚めましたか」

「ん……?」

「まったく……。お二人とも結局、後始末はすべて私に丸投げですか」

「――――ザード様?」


 あきれたような、安心したような、複雑な声音を感じてゆっくり起き上がる。


「無事に目覚めて安堵しました。しかしなぜ、陛下からお預かりしていた薬を他の妃に使ってしまったのですか?」

「……あの」

「おかげで、無罪を主張することも容易でしたが、それも命あっての物種です」

「……」

「それに、陛下も無茶なことをされる……」

「陛下が?」

「はぁ。……口が滑りました。どうか忘れてください」


 あいかわらず、長い足を組んだ、グレーの髪と瞳のザード様が、あからさまなため息をつく。


 陛下が無茶をした、という言葉、気になりすぎて忘れられるはずないと思います……。


「絶対、わざと口を滑らしましたよね?」

「何のことやら」

「……陛下は、ご無事でしょうか」

「誰とは言いませんが、幼い頃からしぶといですから。問題ないでしょう、おそらく」

「……」


 次に目を覚ましたとき、私は十三離宮の小さな部屋にいた。

 私へのえん罪は、知らせを受けて駆けつけてくれたというザード様が晴らしてくださっていた。


 けれど、本当の犯人を見つけることは出来ないまま、一週間もの時が過ぎていたのだった。

 

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