十三月の離宮 2
(魔力が枯渇して眠り込んでしまったのかしら……)
見たことがないほど豪華な部屋で目を覚ます。
今まで暮らしていた王城。王族が暮らす空間に、踊り子の娘だと蔑まれていた私は入れてもらったことがない。
(けれど、調度品が異国風になっているみたい。本で見ていたこの国の様式とは違うもの)
……ふかふか暖かい寝台には、薄く透ける赤い布。施されている金の刺繍はこの国ではなく帝国の柄だわ。珍しい色合いの骨組みには、貿易路の関係で手に入らない南国の木材が使われている。
これをばらして売れば、しばらく生活に困らなそう……。
周囲の明らかに高価な調度品を値踏みしながら、ゆっくりと起き上がる。
「お目覚めですか、姫様」
「……あなたは?」
目の前にいるのは、グレーの髪と瞳をした、中性的な色気のある壮年の男性だった。
どこか狡猾そうで、それでいて誠実そう。
着ている服から想像するに、高官なのかもしれない。
(もしかしたら誠実さを生き延びるために隠しているのかも、それとも狡猾さを誠実さの仮面で隠しているのかしら?)
けれど、こういうタイプは、相手が役に立っているうちは大切にしてくれることが多い。
とりあえず、無害に、かつ優雅に見えるように笑うことにする。
「ほう、やはり美しい……」
「そんな……」
目を見開いた男性からため息が聞こえる。第一印象をよくするのには成功したようだと密かに胸をなで下ろす。
どちらにしても、まだ生きているだけ運がいい。
(利用価値なんて一欠片もない私だもの。少しでも印象をよくしなくては……)
「……ところで、生き延びたいですか?」
「っ、生きたいです!」
もちろん間髪を容れずに即答する。
一度は諦めた命なのだとしても、生きる希望があるのならなんとしても生き延びたい。
「そうですか」
ニヤリと細められた瞳に、上から下まで舐めるように値踏みされているみたい。
背中に寒気を感じて、フルリと震える。
男性の瞳は、細められているのに、どこかメラメラと野心の炎が燃えている。
こんな目を、お城の中ではよく見かけた。
「……ついてきなさい」
「はい!!」
大人しく男性の後ろについていく。
男性が背を向けたタイミングで幻獣である白い猫、アテーナを一瞬だけ召喚して、そっと確認する。喉元でクルクルと音がしているところを見ると機嫌が良さそうだ。
(つまり、この行動は、今のところ間違っていないみたい)
幻獣は未来を視ることが出来る存在。
もし、この行動が間違っていれば、アテーナは、阻止しようとするはず。
つまり、今はこの男性についていくことが最善ということなのだろう。
私は、大人しく男性の背中を追いかける。
この後に起こるできごとなんて、ほんの一欠片も予想できずに。
◇◇◇
その日から、馬車に揺られること一月。
私は働いてもいないのにきちんと三食与えてもらい、髪やお肌まで毎日お手入れしてもらっていた。
(……なぜこんなによくして貰えるのか逆に怖いのですが?)
大きな街で、窓がない馬車に乗り換えさせられて到着したその場所は、あまりに広大な敷地を持つ建物だった。
明らかにかつては贅がこらされて、美しく整えられていたのだろう。
「あの草は、食べられる」
私の背丈より高い草が生えている。
けれど、あれは食用だ。かつて育てられていたものが、自生しているのかもしれない。
「……なるほど」
「ここで、皇帝の寵愛を受ける努力をなさい。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるでしょう」
「……ちょっと見てきますね?」
「え、おい!」
入り込んだ草むらは、食べられる草がいっぱいあった。
ニンジンらしい葉を見つけて引っこ抜いてみる。
「間違いない。食べられる」
これなら、なんとか生き延びることが出来そうだ。
素晴らしい場所に連れてきてくださった男性に感謝しなくては。
走って戻った私に、珍獣を見るような男性の視線が絡みつく。
(あまり浴びたことがない類いの視線だけれど、とりあえずお礼を言いましょう!)
「お庭が広くて最高の環境です! これなら野菜が植え放題!」
「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」
そのつぶやきなど、聞こえずに、幸せいっぱいの気持ちで頬を両手で挟む。
「ふむ。見た目だけは抜群に良い。ところで、入りようなものを言いなさい。遠慮はいらない。何せ、君の後見人は他ならぬ私なのだから」
「――――野菜の苗」
「は? 食事は用意するつもりだが……」
「万が一食料が途絶えてしまえば、生き延びることは叶いません。自分の力で生きていく。それが最善なのです」
「いや、そんな妃聞いたことが……」
しかし、男性は思い直す。
この国の皇帝は、妃たちが暮らす離宮をひどく嫌っている。
一人くらい、変わった姫がいてもいいのかもしれない。
もしかしたら、もしかするという可能性もあるに違いない。
「ゴホン……。他に望むものはないのか?」
「…………井戸はあるようですので、塩と畑を耕すものと、出来れば油と……」
「いや、あなたは小国とは言っても姫君だったはずですよね?」
「――――そうですね。それで、いただけるのでしょうか?」
「もっと多くを望むことだって。帝国の全てを手に入れることだってここでは叶うのですよ?」
「っ、それならば!」
「やっとやる気になってくれましたか」
「雌鶏を下さい!!」
たくましいな、この姫。それが、素直な男性の感想だった。
どちらにしても、月に一度ずつ皇帝がお越しになる十二月の離宮。
はずれの離宮である十三月の離宮に暮らす妃には、皇帝のお召しはない可能性が高い。
ましてや、この離宮はある出来事以来、閉鎖されてしまっていた。
そこを、この国の宰相である男性が受け持つことになったのは、ひとえに彼に娘がいないからだ。
「それでも、この姫であれば、もしかすれば……」
見た目だけは素晴らしく良い、刃向かうものには容赦がないはずの皇帝と出会っていながら生き延びた、白銀の髪とすみれ色の瞳を持つ姫君。
おかしな言動が目立つが、なぜかその所作は美しく、知識がないというわけではないらしい。
そんなことを男性が考えているなんて、知りもしない私は、すでに庭の食料探索に余念がなかった。
「あっ、あの木は春になれば実がなります! わぁ! 最高です! えっ、お塩と油、それに鍬! もう持ってきてくださったのですか!? 仕事早いです、最高です」
「……しかし、これはやはりないか」
目の前の男性は、やはり仕事が出来るタイプの人らしい。
(こんなお方には、ちゃんと好意を示しておかないと……!)
「あの、取れたてのニンジン、いかがですか?」
「……そんな可愛らしく首を傾げて差し出してきても、それ食べかけですよね」
「……毒味をしておきました」
「――――健気に見えるが、取れたてのニンジンに毒味は必要ないでしょう? ご自分で召し上がってはいかがでしょう」
「っ、いい人!」
遠い目をした男性は、長いため息をついて「これはない」ともう一度繰り返した。
その様子を不思議に思いながら、かじったニンジンは甘かった。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。




