大陸の縮図 3
「アテーナまでついて行ってしまうなんて……」
呆然と、誰もいなくなった空間から、徐々に陛下の魔力が消えていく様を見つめる。
幻獣であるアテーナは、私の魔力の源でもある。
アテーナは、物心ついたときには、すでにそばにいたけれど、離れていた経験がない。
「でも、たぶん治癒魔法は、使えないよね……」
体の中から、何かが消えてしまったような喪失感を感じながら、空を眺める。
憎らしいほど青い空の下で、陛下も呆然と空を眺めているのかもしれない。
「――――お久しぶり」
鍬を手にしたとき、明るい声がしてその方向を振り返る。
そこには、十二月の離宮の妃、レイラン様が美しい装いで立っていた。
小麦色の肌に、鮮やかな花が刺繍された南方の衣装を今日も身につけているレイラン様は、今日も青空がよく似合う。
「レイラン様……」
「あら、もっとしょんぼりしているかと思ったら、意外にも元気じゃないの」
「私は、いつだって元気ですよ……?」
私とレイラン様が、お話をしていると、ビオラがあくまでもさりげなく近づいてくる。
以前、レイラン様が持ってきてくれた招待状に、触れるとかぶれてしまうハーブが入っていて以来、ビオラは警戒を緩めなくなってしまったのだ。
「……ところで、招待状を預かってきたわ」
「……一月の離宮で、お茶会が開かれるのですね」
「そうよ。来ない方がいいと助言したいけれど、妃は全員参加するというのがこの国の決まりなの」
「置いていただいているからには、決まりは守る必要がありますね」
一月の離宮の妃は、シャーリス・シルベリア様だ。
公爵家令嬢の威信をかけたお茶会なんて、華やかに違いない。
行ったところで、馬鹿にされて終わるだろう。
……それくらいで、終わればいいけれど。
きっとそうはいかないのだろう。それが、王宮という場所なのだから。
少なくとも、あの場所で生きてきた私は知っている。
レイラン様は、短い会話を終えたあと、「お茶会のための衣装の準備があるから……」と小さく手を振って去って行く。
その背中が消えて、一度休憩しようかと思ったとき、ビオラが私の前に立ちはだかった。
ビオラの視点は私を越えて、離宮の門を向いている。
「ビオラ……?」
「下がっていてください……。強い気配です」
「ビオラ、あなたこそ危険だわ」
「この命に代えても、お守りいたします……」
「あなたの命を優先しなさい。命令よ」
「その命令には、従いかねます」
その言葉に、驚きを隠せないまま、もう一度視線を門の方に送る。
……あれ? どうしてこんなところに。
バサバサとマントを翻しながら走ってくるのは、筋骨隆々の武人といった言葉がよく似合う男性だ。
赤い髪の毛と、鳶色の瞳、渋みのある男性は、誰もが振り向くような威厳と美しさを兼ね備えている。
「デライト卿!?」
身動きできなくなってしまったビオラの横をすり抜けて、高く抱き上げられ、そのままクルクルと回ったデライト卿。
少々目を回してしまった頃に、地面に降ろされてフラフラとその厚い胸板に寄りかかる。
「姫様!! ようやくお会いすることが出来ました……!!」
レーウィル王国の、騎士や魔術師のほとんどは、王族たちが処刑された直後、私がこのガディアス帝国に運ばれている間にガディアス帝国に忠誠を誓ったという。
とくに、騎士団長は率先して忠誠を誓ったと、先日お会いしたときに陛下から聞いていた。
――――忠義に熱い騎士団長は、きっと王国とともにその命を散らしてしまうと思っていた……。
そのまま、ぎゅうぎゅうと抱きつく。
幼い頃から、何かにつけて影ながら守っていてくれていた騎士団長は、私にとって父のような存在だ。
「それにしても、どうしてここに?」
「――――姫様は、冷たくていらっしゃいます」
「……デライト卿」
「私たちが忠誠を誓っていたのは、姫様です。生きる場所が変わったのだとしても、それは変わりません。だからこそ、皇帝陛下に恥を忍んで膝をついたに決まっているではありませんか」
「まさか、もう一度会えるなんて、思わなかった。嬉しい……」
「そのお言葉、胸に刻みます。まあ、膝をつく前に一騎打ちを所望して受け入れられましたが、陛下には惨敗でした。姫様にふさわしいと認めざるを得ないでしょう」
デライト卿は、デライト卿だった……。
武功を重ねて、子爵家出身でありながら、騎士団長まで上り詰めたデライト卿には、数々の逸話がある。
レーウィル王国では、頭脳よりも筋肉で考える男という形容詞がついていた……。
副団長の苦悩が忍ばれる、と思わなくもない。
――――そこに、皇帝陛下と一騎打ちをしたという話が、加わっただけの話。そう思っておこう。
「陛下のお許しをいただき、本日付でこの離宮に配属されました」
「まあ……」
驚いていると、歓声を上げながらたくさんの騎士たちが離宮になだれ込んできた。
騎士たちは皆、見知った顔ばかり……。
嫌がらせで積み上げられた洗濯も、大量の水を汲むように言いつけられたときも、手伝って助けてくれた人たちだ。
「皆……。無事だったのですね」
ボロボロこぼれる涙は、今日すでに二回目だけれど、これは嬉し涙なのだから隠す必要もない。
私の安全について、すでに手を打ってあるという陛下の言葉の意味をようやく理解する。
亡国の騎士たちを王宮内に招き入れるなんて、反対意見が多かっただろうに、陛下はそれでも私のために……。
「姫様、万歳!!」
「ひっ、きゃああ!?」
感動した直後、なぜか、輪になって私のことを囲んだ騎士たちに胴上げされて、私は悲鳴を上げていた。
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