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大陸の縮図 1


 ◇◇◇


 目を覚ますと、いつもの小さな部屋だった。

 しばらく天井をぼんやり見つめたあと、ゆっくりと起き上がる。


「ようやく目が覚めたか」

「ひゃ……!?」


 誰もいないと思っていたのに、部屋の隅にある小さなソファーに、陛下が少しだけ窮屈そうに座っていた。真っ暗闇の中、黒い色合いの陛下は、気配を消していれば誰にも気づかれないかもしれない。


 慌ててベッドから降りようとして、上掛けに足が絡まり危うく落ちそうになったけれど、いつの間にか近づいていた陛下に支えられて事なきを得た。


「はあ……。あぶないな」

「申し訳ありません」

「謝る必要などないが……」

「あの……私、どれくらい眠っていましたか?」


 部屋の中は、真っ暗で、私たち二人の他には、もちろん誰もいない。

 眠ってしまったときは、お昼過ぎだった。ずいぶん時間が経っているのは、間違いないだろう。


 陛下が、胸ポケットからおもむろに懐中時計を取り出して眺める。

 時計の針は、すでに三時を指していた。


「そうだな。十二時間ほどか……」

「――――陛下、こんなところにいて大丈夫なのですか?」

「それはどういう意味でだ?」

「……どういう意味って、公務とか」

「そちらについては、あらかた片付けてあるから問題ない」


 耳の上に指先が差し込まれ、乱れてしまった髪の毛を掻き上げられる。

 それだけで、肩をすくめて、くすぐったさに震えそうになる。


 ……こんな真夜中に、二人きりでいるなんて。

 そのことに気がついた途端に、顔から火が出そうになる。


「……さて、どうしたものか」

「なにが、ですか……」

「夜が明けてしまえば、騒ぎになってしまう。人目につかないうちに、帰らねばな……」

「…………」


 離宮から皇帝が朝、帰ることの意味は、さすがに私だって分かる。

 それは、その離宮の妃が皇帝からの寵愛を受けたことを意味する。


 ……宰相ザード様が、後見人になってくださっているとは言っても、後ろ盾がない私が、皇帝の寵愛を一身に受けるなんて周囲は許しはしないだろう。


 ……それに、誤解です。私たちの間には、なにもありませんので!

 もちろん、そんな説明の機会も、与えられるはずがない。


「……このあとは、しばらく留守になる。我が国がレーウィル王国を手中に収めたことで、予想通りルビア王国と、ファントン王国が手を組んだようだ」

「……戦いに出られるのですか」

「ああ、和平ですめばいいが……」


 ――――強大な帝国。けれど、その立ち位置は未だ盤石とは言いがたい。

 帝国の西方にある国々が、手を組んだとしたら、争いは激化するだろう。


 ……噂に聞こえてくる陛下は、私の知っている陛下とは別人みたい。


 周囲は、戦いを好む人のように思っているかもしれないが、おそらく陛下こそ心の中では誰よりも平和を望んでいるに違いない。


「一月ほどで帰る」

「……ご無事で」

「むしろ、その言葉は君に返したいが……」

「大丈夫ですよ」


 本当に大丈夫かと言われれば、あまり大丈夫ではない。

 きっと、この帝国よりも、私の立場の方が、ずっと、もろくて危険に違いない。


 ――――与えてもらった資料を読めば読むほどに、この場所は、まさに大陸の縮図なのだと分かるから。


 一月の離宮にいるのは、この国で王家に次ぐ権力を持つシルベリア公爵家のご令嬢シャーリス様。

 一番、正妃に近いと言われているお方だ。

 そして、二月から六月の離宮には、国内の有力貴族のご令嬢たちが妃として暮らす。


 ――――七月と八月の離宮に暮らすのは、西方の国ルビアとファントンから来た姫。


 国内の有力貴族のご令嬢たちと違い、人質にも近いだろう。

 戦いになれば、その身の安全は保証されるとは言いがたい……。


 そして、帝国に従属した国々の姫たちが暮らすのが、九月から十二月の離宮だ。

 南方の国、リーン王国の姫、レイラン様もその一人だ。


「……勢力図に関連しないのは、十三月の離宮だけですね?」

「――――どうかな」

「どういうことですか……」

「気がついていないのか? 君個人の価値というものに。それに、前例もある」


 私の価値と言えば、騎士団長や女性魔術師に教えてもらった各国の言葉と、少しの古代語。

 本は好きで、その知識は自分でもすぐに覚えることが出来ると思う。

 そして、幻獣アテーナと治癒魔法。


 ……不思議なことに、私が育てる野菜は、冬でもよく育つ。

 そのおかげで、命を繋いできたようなものだけれど……。これは関係ないかしら?


「治癒魔法は、あまりに希少だ。それに、幻獣も。……あともう一つ」

「なんでしょうか……」

「どうして、冬が訪れたのに、この十三月の離宮だけ、青々と緑が未だ生い茂っている?」

「……それは、お野菜への愛情のおかげでは」


 お母様が言っていた。愛情を込めて育てれば、お野菜はそれに応えてくれると。


「本気で言っているのか?」

「本気です」

「――――では、そういうことにしておこう」


 立ち上がった陛下は、私を見下ろして少しだけ微笑んだ。

 笑うと一瞬だけ、威厳に満ちている顔が、少年のようにも見える。


「無事でいてくれ……。この国の、この場所で生き残ることが、いかに難しいか。そのことは身にしみて知っている」

「……実体験ですか」

「…………」


 陛下は、私の質問に対する答えはくれなかった。

 けれど、少しだけ寄せられた眉根が、事実を告げているようだった。


「……少なくとも、毒殺はされないように、自給自足で頑張りますね」

「……先日離宮の料理長に任命したのは、俺も幼い頃から世話になった人間だ。この離宮内の食事は、問題ないから野菜以外も食べるように」

「分かりました!」


 なるほど、ここ最近急に料理のレベルが上がったと思ったら、そういう理由だったのね!

 そんなことを思いながら、首を縦に振る。


「本当に、分かっているのか?」

「……陛下こそ、怪我したときには私のことを呼び出してくださいね?」


 治癒魔法を持つ人間の価値は、悲惨な場所であればあるほど高い。

 もちろん、一人治す度に倒れてしまう私では、陛下だけを治すくらいしか出来ないけれど……。


「と、いうよりも一緒に行ってはダメですか?」

「……ダメに決まっているだろう。それに君の力は、誰にも教えるつもりがない」

「……ここも安全とはいえないのでしょう」

「俺を誰だと思っている? 手を打っていないはずがないだろう」


 その言葉の意味は、このあとの再会で明らかになる。

 陛下は、本当に私の周囲のことを全て調べ上げたのだろう。

 その人選は、実に的確だった。


 でも、その前に……。私は、急いで小さなテーブルに走りより、その上にのせていた包み紙を手にして、陛下の前に戻る。


「陛下! 何も食べておられないのでは?」

「……なんだ、その口元の緩みは」

「ふふっ。はい、あーんです!」

「…………!?」


 大した抵抗もせずに、口を開けてしまった陛下の私に対する警戒心のなさを少し心配しつつ、その口の中にオレンジ色の小さなケーキを放り込む。


「どうですか!?」

「…………」

「ニンジンが好きになる魔法のケーキです!」

「…………」


 感想が聞きたくて、ドキドキしながら陛下を見つめる。

 味わっているのだろうか、少し眉間にしわを寄せて、陛下はしばらくの間、それを咀嚼していた。


「これは間違いなく…………ニンジンだな」

「えっ、もっと別の感想は」

「そうだな。礼には、西方の城を一つ献上しようか」

「そんなに気に入ったのですか? でも、価値が違いすぎますよ」

「…………」


 気に入ってもらえたとご機嫌でいると、長く無骨な指先が残りのケーキに手を伸ばし、もう一度口にする。やはり、そのケーキもゆっくりと飲み込んで、なぜか眉のしわを深くした陛下は、小さな声で呟いた。


「――――こちらに関しては、好きになるまで時間がかかりそうだ」

「え?」

「……なんでもない。では、元気でいろよ」

「はい……。陛下もご無事で」

 

 去って行く陛下の背中を見送る。

 すでに、窓から見える空は、ほのかに明るくなり始め、その輪郭をおぼろげにした月が、少し寂しげに浮かんでいた。

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