第三話 大罪の始まり
第三話です。
だんだん、ちょっとずつ、PV数が少しずつ増えているので、めげずに頑張りたいと思います。
今日の夜もよろしくお願い致します。
1
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
津上スバルが着た、レイザのレーザー対艦刀で、敵歩兵部隊のアンゴレアスを一気に叩き切る。
「これで、何体目だ!」
「軽く、十機よ。無双シリーズじゃないんだから?」
レイザにそう言う中でも、ⅠSATの第二小隊と第三小隊がアークエンジェルとの銃撃戦を続ける。
そして、津上は足を負傷した、丸山の前に立つ。
「津上ぃぃ! 足がぁぁぁぁ!」
「泣くなぁぁ! てめぇ! サッカンだろう!」
丸山はひくひくと泣き続けるが、その瞬間に敵の歩兵部隊のフルオート射撃がこちらを襲う。
「てめぇ! 丸山! よく見ておけ! 俺の華麗なる無双ぶりを!」
そう言う中で、津上が敵に接近戦を仕掛けようと突進すると、敵歩兵部隊の三体が何者かに狙撃されて、沈黙した。
「一場ぁ! 俺の獲物に手を出すなぁ!」
〈いや、現代戦において、突入は軽率だよ。津上、相手は武装しているし?〉
亜門が高層ビルで狙撃地点を確保して、援護の狙撃を行っているのだ。
〈それより、津上、マルタイは?〉
「米軍の連中が警護していて、防戦中。これだけ狭い中でよく、防戦できているよ」
〈アメリカ軍内部にも連中に感化された連中がいるからなぁ? 気を付けろよ〉
「マルタイ殺されたら、俺たちはクビだからな? 分かっていますよ」
そう言って、津上がマルタイ周辺へ向かおうとしていた時だった。
大きな砲弾の砲撃音が聞こえた後に、撃墜された明朝テレビのヘリの残骸が破壊された。
そして、そこから黒色のタイヤのない装甲車のような存在が浮きながら、こちらにやって来た。
「おおぅ! 津上、相変わらず、ぶった切ってんな?」
「分隊長・・・・・・何すか、それ! 女をひっかけに行っていたわけじゃなかったんですね?」
津上がそう言うと、ガーディアンサードを着た、広重は「このバットモービルもどきを受領後に即、実践投入する為に横田くんだりまで行ったんだよ! お前も乗るか?」と言ってきた。
「乗りたい! でも、対艦刀あるから、入れない!」
「じゃあ、そのまま付いて来い!」
そう言って、津上が装甲車の後を付ける。
装甲車は周囲を走り続け、海原が着たガーディアンサードが容赦ない機銃掃射を行い、敵を惨殺し続ける。
「海原は怖いなぁ・・・・・・」
「発言に気を付けないと、マジでハチの巣にするよ?」
「海原巡査ほどの心優しい女性はいません!」
津上と海原がそのようなやり取りをする中で、広重が「とりあえず、マルタイを守れ! あいつら、アメリカ軍でも信用ならねぇ!」と言って、装甲車のアクセルを踏み始めたのを通信で確認できた。
「分隊長!」
「何だ! 俺は忙しい!」
「これ、名前、何て言うんですか?」
それを言うと、広重は一瞬の沈黙の後に「ソルブスモービルというらしい。ダサいだろう?」と言っていた。
「バットモービルのもろパクですね? というか、実際にバットモービルを現実世界に出すことが技術革新かも知れないけど?」
「この調子なら、デロリアンも出してほしいな?」
「それ、タイムマシーンだから、無理ですよ。原理的に!」
そのような調子で海原が機銃掃射で敵のアンゴレアスを惨殺し続ける中で、マルタイの乗った車の周囲では、アメリカ陸軍のランドソルジャーと呼ばれる、最新鋭量産型ソルブスがM4カービン銃で、敵を見事なまでに惨殺し続けていた。
「おろろ? 心配ご無用か。さすが、世界最強の軍隊」
「俺たち、警視庁はヘリコプター墜落という醜態を晒しただけか? 秋山に磯部や吉川に山内は死ぬし、丸山は足撃たれるし?」
そう言った中だった。
首都高環状線入り口から、トラックが現れ、そこのトレーラー部分が開くと中から、アンゴレアスの集団が現れる。
「岩月! 軽量砲でなぎ倒せ!」
「えぇ・・・・・・またですか!」
「ていうか、普通に対戦車ロケットとかで撃たれたら、私たち、天に召されるわよ?」
それを聞いた、岩月は反射的に「行きます! 用意!」と腹を括った。
「だんちゃーく!」
そう言って、岩月は軽量砲の弾を込める。
「今!」
そう言って、軽量砲を撃つと、トラックは爆砕し、多くのアンゴレアスを着た、歩兵達が爆発に巻き込まれて、死んだ。
「着弾! 今!」
「遅いよ。大体、言い方が間違っているから、あんた、自衛官にはなれないよ」
「俺は警察官だ! 軍人じゃない!」
「軍オタじゃん! 戦闘にヒヨってんじゃないよ!」
岩月が海原にそう怒られるが、海原はすぐに機銃掃射を続ける。
そして、気が付けば、津上のレイザも、歩兵をぶった切り続けている。
亜門は山王パークタワーから狙撃を続け、敵スナイパーとスポッターを合わせれば、十四人以上は殺害していた。
「いや、もう大勢は決しているだろう? テロリストを皆殺しとか?」
広重がそう言う中でも、近くの車に流れ弾が当たって、爆発する。
時刻は午前一一時五七分。
戦場となった、赤坂の街は銃声が止まなかったが、戦況は確実にISAT小隊優位で進んでいた。
2
「ふざけるなぁ!」
アーノルド・トーマスは赤坂での惨状を眺めていて、激怒していた。
「何で、ジャップの警官どもに俺たちがやられなければいけない!」
そう言って、車の中で地団太を踏み続ける、アーノルドに対して、隣にいる、山井という日系人の男が「警視庁のⅠSATをただのお巡りと油断していた、君らの落ち度だよ」とだけ言った。
「何だと?」
「君らは確かにアメリカ陸軍や海兵隊OBで、戦場での経験は豊富だが、ここが東京であるという事を理解していなかった。台北での戦闘経験者はいくらかいるが、狙撃担当のフィリップスはひどかった。敵を甘く見過ぎて、自身の場所を教えてしまったのだからな?」
アーノルドは体を震わせていたが、山井は苦言を呈することを止めなかった。
「相手が自立志向型AIを装備してないと甘く見ていたのも敗因だ。さらに言えば、民間人を人質にせずに正々堂々と警察と報道機関のみしか攻撃しなかったのもまずい。街の人間を無差別殺傷させるという暴挙を盾にレイチェル・バーンズを呼び寄せれば、良かった。結論を言えば、君らが悪党でしかないのに、正義の味方を気取ろうとしたのが全ての敗因だ。それと無知だったよ、とにかく君らは?」
山井がそう言うと、アーノルドは「黙れ! 我々、アークエンジェルは負けてない!」と言った。
「外国に進出した、アメリカ人にありがちなのは自身のスキルを過信して、その国特有の情勢や文化に地形などを軽視する事さ? これは経済や軍隊でも起こりうる、ミステイクだよ? 現にベトナム、ソマリア、アフガニスタンに第二次湾岸戦争でも君等はーー」
「黙れぇぇぇぇ! 我々は負けていない!」
そう言って、アーノルドがコルトM1911を山井に向けるが、山井の持つ、ベレッタM92のトリガーが引かれる方が速かった。
アーノルドの脳みそは飛び散り、山井は血しぶきを受けることとなったが、すぐに迎えのワゴンが車の隣に付き、山井はそれに飛び乗る。
「アルテミス東京校の処分、ご苦労だったとのことです。大尉」
「よせよ、もう、俺は軍人じゃないんだ?」
そう言って、山井は血しぶきとトーマスの脳みその破片をタオルでふき取る。
「防犯カメラでの捜査があると思われますが、セーフハウスの用意は出来ています。軍は大尉には十分な休息を願っていると思われます」
「結構なことだ? ガキ相手に柔道を教えるのも結構、面白かったんだがな?」
山井が笑いながら、そう言うと、タオルをエドウィン・キム中尉に手渡す。
「脳みそだらけのタオルを手渡されても・・・・・・」
「君は本国で衛生兵を担当していただろう? このぐらいは朝飯前さ?」
「そうですが・・・・・・話を本題に戻します」
キムがそう言うと、山井はタバコに火を点ける。
キムは迷惑そうな顔でそれを眺めるが、すぐに話を始めた。
「レイチェル・バーンズを取り逃がしたことを上は相当、神経質になっているそうです。CIAに高官の意向に沿わない跳ね返りがいたそうでーー」
「ジェイコブスだろう? あいつは頭の切れる野郎さ? だが、上には向かって、ガキ共をかばうならば、上も容赦しないさ。もっとも、上も一枚岩ではないがね?」
そう言って、タバコを吸い続ける、山井だが、キムは「とりあえず、ご苦労様です。ゆっくり休んでください」と静かに告げた。
「君も一緒に来ないか?」
「大尉、私はタバコを吸う男が嫌いです」
「嫌よ、嫌よも好きのうちって言うんだぜ?」
山井がそう言うと、キムは「大尉のような下品な男はお断りです」と笑いながら言っていた。
「まぁ、仕事があるからねぇ、中尉も?」
「えぇ、忙しいんですよ」
そのようなやり取りをしている間にも車は首都高へと入った。
「着替えてください。ただし、私に裸を見せつけるようならば、殺します」
「コンプライアンス重視は俺のようなワイルドな男には苦しい世の中だな? 目をつぶっていろ、中尉。見たければ別だが?」
「大尉、本当に怒りますよ?」
キムがそう言ったと同時に山井はすぐに着替えを始めた。
楽しい、学園生活だったがなぁ・・・・・・
上層部の命を受けて、アルテミスに潜入して、格闘技に精通しているから、何となく柔道部の顧問を任せられていたが、裏で出来の悪い子どもに改造手術を行って、全世界で言えば成績の悪い、アルテミス東京校を処分するというのは柔道部に情が湧いていた、山井からすれば、胸糞悪い話だったが、結論から言えば、ミッションは成功か・・・・・・
しかし、アーノルドは完全に舐め切っていたが、日本の捜査機関は優秀だ。
どこで自分の関与がバレるかは分からない。
ただ、軍事面においては後れを取っている。
だが、だからと言って、油断すれば、歴戦の猛者を揃えた、アークエンジェルの歩兵部隊ですらも、蹂躙される始末だ。
山井は母国であるアメリカのそのような傲慢さから来る、軽率さを嫌っていた。
そのような油断さえ、無ければ、助かる命があったのだ。
もっとも、自分には上層部の命を受けるという事だけが仕事なので、そのようなセンチメンタルな感情は廃さなければいけないのだが?
「キム中尉、着替えたぞ?」
「本当に着替えたんでしょうねぇ?」
「君は良い女だが、怒ると怖いのが残念だよ」
「上層部に正式に大尉にセクハラを受けたと告発します」
怖いことだ?
山井は笑いながら、そう言う、キムに対して、はにかみながらも首都高から見える、東京タワーを眺めていた。
この混沌とした街とはしばらく、お別れか?
田舎で静養も悪くない?
そう思った、山井は二本目のタバコに手を出した。
キムのしかめっ面を見るのが楽しくて、しょうがなかった。
3
「赤坂で襲撃か? そいつはただ事じゃないな?」
フレデリック・ジェイコブスは横田基地でその一方を聞いて、ため息を吐くしかなかった。
「対象者の本国への護送は早めますか?」
部下のノーマンがそう告げる中でジェイコブスは「高官どもはレイチェルの希望とやらを聞きたいようだ。横田に向かえないようならば、我々の方から荒れに荒れた、赤坂へ行っても問題ないだろう?」と言いながら、自身にとっても自慢である、白い歯を見せた。
「赤坂に直接、向かうのですか?」
「あぁ、高官共はレイチェルに会いたがっている」
「ですが、警護として考えれば、横田で待った方がーー」
「オジサンたちのスケベ心という奴さ? 人権重視を訴えているが、エリートと言うのは大体が、裏であぁいう、女の子が好みなんだよ? レイチェルには悪いがそういうロビー活動をさせることも俺の昇進には役立つ」
ノーマンにそう言うと、同人は「つまり、少佐は彼女を出世のために利用すると?」とだけ言った。
その顔はにんまりと笑っていた。
打ち合わせ通りだよ、ノーマン。
アメリカ側の施設と言えど、ここは盗聴されている。
ましてや、自分なんかは本国からも警戒されている存在だ。
何としても、目的は完遂しなければいけない。
そう思いつつも、ジェイコブスは白い歯を見せながら「あぁ、媚びを売るのは今の内だぞ? 未来の長官の俺にな?」とだけ言った。
「了解しました。ジェイコブス長官。すぐに赤坂へ向かうように手配します」
「あぁ、くれぐれも段取りは頼むよ」
そう言った瞬間にノーマンは「ふふっ」と笑っていた。
さぁて・・・・・・後は治道パパをどう絡ませるかだ?
今回ばかりはしくじれば、長官どころか、俺は国家反逆罪に問われるだろうな?
そしたら、ロシアや中国にでも亡命するか?
俺の親父やおふくろは泣くだろうな?
だが、どうしてもやるしかないんだ。
そう思いつつ、ジェイコブスは赤坂での警察の現場検証の様子を眺めていた。
恐らく、FBIも介入するだろうな?
あの隊長殿はスミコ・オノとか言ったか?
中々に面白い、女の軍人さんとは聞いたが、果たして、話は通じる相手かな?
フレデリックは笑みがこぼれるのを知覚せざるを得なかった。
「少佐・・・・・・ガールフレンドでも出来たんですか?」
メアリー・ガードナー中尉が怪訝そうな顔を見せながら、コーヒーを手渡す。
「笑っていたか? 俺?」
「少佐、モテるのはいいですけど、未成年の少女には手を出さないでくださいね?」
メアリーはそう笑いだす。
「俺は子どもと同業者と軍人には手を出さない主義でね?」
「予防線ですね?」
メアリーがむくれると同時にジェイコブスもコーヒーを入れる。
すると、メアリーが紙を差し出す。
先方からのメッセージだ。
「今度はドーナッツでも持ってきてくれよ?」
「少佐が映画と食事に連れて行ってくれるなら考えてもいいですよ?」
「君の良いところはそういう積極的なところだよ、メアリー」
そう言って、ジェイコブスがファーストネームで呼ぶと、メアリーは少女のように頬を赤らめた。
「そういう・・・・・・少佐みたいなモテる人のそういう発言は人を傷つけます」
「そうか? 結構、本気だけどな?」
「少佐・・・・・・」
ジェイコブスがメアリーを抱きすくめようとした時だった。
「あっ、お取込み中?」
李治道がポテトチップスを食べながら、こちらを見ていた。
「この・・・・・・クソガキ!」
「治道君! 勝手に出歩くなと言っていたでしょう!」
「フレディは罪だよ? 昨日なんか、別の女の軍人さんに似たようなことして、楽しんでいたじゃん?」
こいつ・・・・・・・
あれを見ていたのか!
しかも、メアリーがいる前で何てことを言うんだ!
「少佐! 仮にも職場で何やっているんです!」
「おい・・・・・・治道、どういうつもりだ・・・・・・違う、ガードナー中尉! 俺は一切、フォークナー曹長とはヤッていなーー」
あっ、ヤッた相手の名前を言ってしまった・・・・・・
すると、次の瞬間にはメアリーから平手打ちを食らう結果となった。
「少佐のいつものことですが、今日と言う、今日は幻滅しましたよ!」
「待ってくれ! ガードナー中尉! 俺を捨てないでくれ!」
「よりにもよって、フォークナー曹長ですよ! あり得ない!」
そう言って、メアリーが完全に怒りだして、何処かへと向かうのを追いかける、自分を治道は笑いだす。
「治道・・・・・・大人をあまりからかうなよ?」
「俺は真実を言っただけだよ?」
「まぁ、いい。だが、これだけは言おう。もうすぐだ」
それを聞いた、治道は「もうすぐって・・・・・・」と動揺を始めた。
「待ってくれ、ガードナー中尉!」
そう言って、メアリーを追いかけるが、治道が追ってくることはなかった。
好都合だな?
そう言って「ガードナー中尉! メアリー!」と言って、抱き着こうとしたら、ホットコーヒーをぶっかけられた。
「あぁぁぁぁぁぁ! このスーツ高いのに!」
「少佐? 激戦地に赴任して、男性機能を失えばよろしいのではないでしょうか?」
そう言った、メアリーは意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「・・・・・・ごめん」
「許しません」
そう言って、メアリーは舌を出して、そのまま業務へと戻って行った。
「大人の恋愛って奴だ」
「そうだな? 軽く、ラブコメの要素が強いがな、少年」
治道とフェンリルがコーヒーをぶっかけられた、ジェイコブスを嘲るように後ろで解説をしている。
「お前ら・・・・・・部屋へ戻れ」
やましいことを考えると、こうなるか?
まぁ、いい。
ミッション前の厄払いだ。
とりあえず、シャワーと着替えをしよう。
時刻は午後一二時五六分。
ジェイコブスは立ち上がり、目の前にいる少年を睨みつけるしか、抵抗の手段が無かった。
4
大惨事が起きた、溜池山王に兵頭隆警部補はタクシーで向かい、そこに降り立つと、硝煙と血溜まりの匂いが充満していることに驚いた。
「火薬臭せぇ!」
「班長!」
警視庁刑事部捜査一課兵頭班の佐伯巡査長が手を振る。
「なんだ、この火薬と血のにおいは?」
「ⅠSATの連中がアメリカの極右テロリストを皆殺しにしたんですよ。いくら、準軍事組織だと言っても、やり過ぎですよ」
鑑識が現場の検証をしている間に兵頭は缶コーヒーを探しに行くが、そこには普段見ない顔がいた。
本部組織犯罪対策部暴力団対策課の有町忠警部補がいたからだ。
「有町か?」
「兵頭の旦那? 奇遇だな?」
そう言う、有町はひくひくと笑いながら、こちらに近づく。
「お前がいるという事はマルB(暴力団を指す隠語)が絡んでいるな?」
「そりゃあ、銃刀法の整った、日本でこれだけの火薬臭さを漂わせる、事件を起こしたからな? うちの課長なんて、張り切っているが、ハムが介入したら、俺たちはまとめて、退散さ?」
有町がそうひくひくと笑うが、兵頭は「言っとくが、お前ら、組対との合同捜査はごめんだからな? お前らとは捜査手法が違い過ぎて、捜査系統が混乱する」と軽蔑心を込めて、言い放つ。
「そういうのは上が決めるんだよ? 兵頭の旦那。俺たちのような組織犯罪が相手のデカと強行犯相手のデカじゃあ、やり方なんて、違うのは当たり前なんだよ」
有町がそうひくひくと笑いながら、言うと、そこにⅠSATの一場亜門巡査がやって来た。
「あっ、兵頭警部補?」
「お前、その階級を付けるの止めろ。兵頭さんでいいだろう?」
そう言って、亜門を小突くが、亜門は困惑しながら「そちらの方は・・・・・・」と言ってきた。
「安心しな? あんたたちの副隊長の旦那だよ?」
それを聞いた、亜門は「えっ・・・・・・あなたが夏目副隊長の・・・・・・マルボウ(組織犯罪対策部暴力団対策課の略称)のエースですよね?」と驚いた表情を浮かべる。
「そう言われているがねぇ? ただ、こういう単独行動が許される時点で、つまはじきに合っている感じもしなくはないが?」
有町は楽しそうにひくひくと笑う。
「あそこはアウトローが多いからなぁ? だが、亜門、こいつはヤクザを相手に知識と武力で制圧するやり手だ。そこにいる、単細胞の兵頭とはわけが違うぞ?」
メシアがそう言うと、兵頭は「お前のその言い分を改めて、聞いたよ」とだけ言った。
「夏目副隊長を呼びましょうか?」
「いいよ、今日はお互い帰れないだろうからな」
すると、鑑識が複数のアメリカ人と揉めていた。
「何だ? あいつら?」
「メシア、同時通訳機能をオン」
「了解した」
すると、メシアドライブの同時通訳機能が起動して、アメリカ人たちの怒鳴り声が日本語に翻訳される。
「Why don`t you let us in the field! We are the FBI! (何故、我々を現場に入れない! 我々はFBIだぞ!)」
「Dirty monkeys! You can`t speak any of English!(薄汚い、サル共め! 英語の一つも通じないのか!)」
そう、アメリカ人たちが口汚い、英語で警視庁の鑑識を罵る光景を見て、有町は「FBI? そりゃあ、アメリカが関与すればそうなるわな?」とヘラヘラと笑いだす。
「だが、ハムが来るだろう? 連中とも連携を取るはずだからーー」
「強行犯が担当の兵頭の旦那は単細胞で困る。ハムの連中は隠密行動が原則だから、目立つことはしないし、ハム以外のサッカン(警察官の組織内の隠語)をサッカンだと思っていないからな。喧嘩の仲裁に出ると思うか?」
「てめぇ? そんなに対組織犯罪が偉いか?」
「兵頭の旦那を怒らせるのは面白いねぇ?」
「てめぇ! ぶっ殺す!」
そう言って、兵頭が有町に突っかかろうとすると、兵頭班の班員と亜門が総出で止めに入る。
「主任! 暴力で解決はいけないですよ! むかつくけど!」
「大体、あんな奴に暴力振るったら、適当なこと言って、合同の戒名(捜査本部の隠語)組んだ時に組対が主導権を握るじゃないですか!」
「兵頭警部補! 落ち着いて!」
兵頭は若い部下達に半ば強引に抑え込まれて、徐々に冷静さを取り戻していた。
「残念だなぁ? 主導権取れると思ったのに?」
「お前は食えない奴だよ・・・・・・」
兵頭と有町がそのような会話をしている時だった。
ⅠSATの隊長である、小野澄子特務警視長と隊員の海原千世巡査が鑑識とFBIの仲裁に入る。
あの二人は英語がペラペラなのだ。
「隊長殿は相変わらずの現場主義というか・・・・・・外様とは言え、警視長階級なんだから、鑑識とFBIのいざこざを仲裁することもないだろう?」
メシアがそう悪態を吐くと、有町が初めて見る、メシアドライブに興味津々と言った表情で「お前ら、面白いよなぁ? スマホは喋るし、外様は雇うし、警視長殿と一巡査が一緒になって、行動するとか、警視庁においてはクレイジーだよ?」と感心しきった、表情を見せる。
「誉め言葉ですよね?」
「また、会おうぜ? 一場巡査」
それを聞いた、亜門は「名前を憶えてくれる人なんだ・・・・・・」とだけ言った。
「じゃあ、旦那! 合同の戒名が立ったら、よろしく頼んますわ! もっとも、ハムが全部持っていくかもしれないがね?」
そう言って、有町は何処かへ去る。
「食えない男だな」
メシアがそう言うと、亜門は「夏目副隊長は何で、あんな人と結婚したんだろう?」とだけ言った。
「まぁ、捜査員としては優秀だが、鉄のハートの夏目副隊長殿も変わり者だから、奴の何かしらに引かれたんだろう?」
「身も蓋もない事を言うなよ・・・・・・」
亜門がそう言う中でも、兵頭は「ていうか、お前ら、撃ち過ぎだろう? どんだけ殺した? 赤坂が火薬臭くなっているぞ? あと、血の匂いも凄い」とだけ言った。
「もう、ほぼ、全滅ですね。薬莢は鑑識が責任を持って拾うだろうけど、上からすると、困りもんですよねぇ・・・・・・政府が僕らに新兵器を与えないのも理解できる」
亜門がそう困り顔で言うと、兵頭班の本条巡査部長が「お前ら、あんなとんでもない、宙に浮く、戦車とか与えられて、そう言うか?」と睨み据える。
「あれは・・・・・・何で、僕らに与えられたか分からないぐらいに久々の強力な兵器なんですよね?」
「ちなみに言っておくが、あれは戦車ではなくて、IFVという代物で、日本語では、歩兵戦闘車という存在の装甲車だ。戦車ではない。日本の警察官が軍事の素人なのが明白だな?」
メシアがそう言った瞬間に本条がこちらを睨み据えて、亜門の胸倉を掴む。
「ふざけるな! 赤坂を血と火薬まみれにしやがって! ヘリは二機墜落して、パイロットと同乗者も死なせているんだぞ! そして、俺たちは軍人じゃない! サッカンだ!」
本条がそう言った後に、亜門を放り捨てると同人は「すみません・・・・・・」とだけ言う。
自信が付いたとは言え、こういう表情を見ると、亜門と初めて、会った時の事を思い出すな?
懐かしい、雰囲気を思い出す中で、本条に自重を促そうとした瞬間に小野と海原がそこにやって来た。
「隊長!」
亜門が直立不動の敬礼をする中で兵頭班の面々は兵頭以外、警戒心に満ちた、表情を浮かべる。
「FBIの連中にハムとの連携もあるから、情報は行き渡ると伝えたけど、無理ね。特にスチュワートっていう、主任クラスの捜査官が完全にこっちを見下していてね?」
小野が両手を広げて、お手上げポーズをすると、兵頭班の面々に「暇だったら、鑑識の作業が終わるまで、我々のトレーラーでお茶しませんか?」とだけ言った。
「隊長・・・・・・何言っているんですか!」
亜門がそう言う中で、兵頭班の面々は「ふざけるなよ! 何でデカがビ(警備部の隠語)の誘いで茶を飲まなきゃいけないんだよ!」と怒りをぶつける。
「班長、こんなふざけたことをした奴らの誘いに乗るんですか!」
「待てよ、冷静に考えろ。ビの連中とパイプ作れば、戒名出来た時にウチの独占ネタ出来るだろう?」
兵頭班の面々がそう論争する。
すると、兵頭は「見返りは?」と聞いてきた。
「捜査情報の提供とバーターよ。私たちもあなたたち、兵頭班に情報を提供します」
それを聞いた、兵頭は「お前ら、茶飲むぞ! 隊長、紅茶はありますか? ミルクたっぷりで!」と大声で言い放った。
「班長!」
「正気ですか!」
そう兵頭班の面々が呆れたと言わんばかりの声音を出す中で、兵頭はISATのトレーラーへと向かう。
「負傷したサッカンがいるそうですね?」
「警視庁側の損害としては地域課のヘリコプターのパイロットと同乗者の約二名死亡。私達の隊員では四名死亡、一名負傷よ。そして、明朝新聞の記者どもも死んだけど、民間人には犠牲者無しは不幸中の幸いね? もっとも、私たちの隊では保障とか補充の問題があるから、進藤警部と話し合いね?」
あの人か?
今は、ジンイチにいるんだよなぁ・・・・・・
若干の悪寒を覚えながらも、兵頭は硝煙の匂いが充満した赤坂の現場を歩き、ⅠSATのトレーラーへと向かって行った。
5
赤坂でのテロ騒動から六日後、治道とレイチェルはジェイコブス同伴の下で、赤坂へと向かっていた。
「私たちが赤坂へ向かうの?」
「連中が来られなくなったから、赤坂まで来いと言う事だ。高圧的なエリートはこれだから、困る。現に軍の連中も数人連れての警備体制は心もとないがな?」
そう、ジェイコブスが治道に目配せをする。
父さんが来るのか・・・・・・
しかも、護衛まで適当な理由を付けて、軽微な状態にしている。
確かにこの黒スーツの連中はソルブスを装備できる状態だが、明らかに父さんたちが襲撃できる段取りを組んでいる。
本当にレイチェルをピョンヤン・イェオンダエに引き渡すつもりなのか?
そうとは知らずにレイチェルは外を見ながら「何で、治道君まで、赤坂に行くの?」と聞いてきた。
外の様子は横田の長閑な風景から、東京都内、特に港区の都会そのものの物々しさを感じる、風景となっていた。
「治道はアメリカで保護することになった。君に先導されたとは言え、軍の資産を使ったんだからな。普通だったら、極刑だぞ? 大体、あれはレイチェルが使う予定だったじゃないか?」
そうなのか・・・・・・
レイチェルがあのフェンリルを使う予定だったのか?
それを何で、俺が?
「ソルブスは胸がきつくて、嫌いなんだよね? 大体、フェンリルはいつもセクハラしてくるし?」
「そんなに私が嫌いか? レディ?」
フェンリルが元気の無い、声音を出す。
「積もりに積もった、あなたの猥談が私を怒らせているのよ? あんた、人間だったら、間違いなく、嫌いよ、私は?」
「まだ、嫌いではないのか! レディ!」
「いや、嫌い。だから、コンビ解消して、治道君に渡したじゃん?」
それを聞いた、フェンリルはおいおいと泣き始めた。
「俺にこんな奴を押し付けて、巻き込んで、アメリカまで送るなよ・・・・・・」
「まぁ、悪くは扱わんさ? 治道、君は英語も問題無くーー」
ジェイコブスがそう、言った瞬間に目の前の車が爆砕する。
「何事だ! ガードナー中尉!」
「対戦車ミサイルです! 三時の方向と十二時の方向、九時の方向から、敵ソルブスと思われる、反応あり!」
「ちっ! 総員、戦闘準備だ!」
そう言って、黒スーツ達が外を出ると「装着!」と叫び、アメリカ軍の市街地戦用に開発されたソルブスである、グレムリンが緑色の閃光と共に六体、現れる。
さらにその後方にはゴウガスティングと呼ばれる、緑色のスタイリッシュなフォルムの量産型ソルブスが現れた。
M16を装備したこのソルブスは陸上自衛隊に譲渡された、ゴウガと呼ばれる、ソルブスの簡易量産型で装着者が収集したデータを下に機動的な銃撃戦での動きをサポートする簡易的な動作補助システムを装備した、新兵器らしい。
「治道、そこにいろ。レイチェルから目を離すな」
そう言う、ジェイコブスはハンドガンのシグザウエルP220の安全装置を解除する。
すると、そこに黒色のフォルムをした、シャープな外見のソルブス三体とカブトを付けたかのような風貌のソルブス七体が現れた。
「韓国製の最新鋭ソルブスのアグモングと同国の格闘戦主体の試験機、サセウムのダブル投入? 韓国軍にもパイプを持っているか? お前の父さんは底知れないな? 治道?」
そう言って、ピョンヤン・イェオンダエ側のアグモングから、銃撃が始まり、抗戦が始まった。
アメリカ軍側のゴウガスティングが機動的な動きで、銃撃を始めるが、それを避けながら、サセウムが大きな刀を向けて来る。
しかし、接近して、ゴウガスティングの首元に刀を向けるだけだった。
アグモングも見事にグレムリンの銃撃を避けて、こちらに近づく。
そう言えば、これ、出来レースだったっけ?
本当に良いんだな?
フレディ?
治道がそう目配せすると、ジェイコブスはウィンクを返した。
そして、無抵抗のアメリカ軍をよそに一機の機体がこちらにやって来る。
韓国製の最新鋭ソルブスのボグスジャだ。
辺りでは、やじ馬が動画を撮っている。
「治道、迎えに来たぞ」
「父さん・・・・・・」
父さんが自ら、ソルブスを装着して、自分たちを誘拐するなんて・・・・・・
「お嬢さんも連れていけ」
そう言って、ジェイコブス達に銃口を向けながら、アグモングが上空に発砲する。
「撮ってんじゃねぇよ! ぶち殺すぞ!」
若いメンバーがそう日本語で叫ぶ中で、やじ馬たちは一気に逃げ出す。
そして、若いメンバーが「大したことねぇなぁ? 世界最強の軍隊の弱点って、民間人を盾にされたら、動けないんだから?」と言ってきた。
フレディ、それを言い訳にするつもりか?
民間人が多くいる中で、発砲事案が起きて、マフィアが民間人を人質に警護対象のレイチェルを引き渡すように要求したら、どうするか?
究極の選択だ。
任務を優先するか、それとも民間人の命を優先するか。
そもそも論として、レイチェルを赤坂まで運べと言った、高官の命令によって、今回の失態を招いたことを鑑みれば、どうか?
今回の襲撃を裏で段取っていた、ジェイコブスはもしかしたら、比較的、最少失点での処分で収まる可能性があるかもしれない。
そこまで、考えていて、自分の父親と裏で連絡を取っていたのだ。
こいつはとんでもない、悪だ・・・・・・
シリアスな表情を浮かべる、ジェイコブスの表情が嘘臭く見えてしまう、自分がいるのを感じた治道だった。
「交渉をしようじゃないか? 坊や?」
「坊やか・・・・・・あんた、年寄りだろう?」
「言葉に気を付けろ。私がトリガーを引けば、罪の無い、都民が死ぬ。そして、君達の極秘のミッションが明らかにされる。この意味は分かるな? 彼女を渡せ。悪いようにはしない」
それを聞いた、レイチェルは敵意に満ちた目で父親の着た、アグモングを眺める。
「人質か? 我々が聞くとーー」
ジェイコブスがそう言った瞬間に、民間人の女子大生の足首を撃つ。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
「美和子ぉぉぉ!」
女子大生の友人だろうか?
もう一人の女子大生がかなぎり声をあげて、庇いだす。
「何で・・・・・・何で、こんな事をするの! ただ、買い物に来ただけなのに、何でこんな目に合わなきゃいけないの! テロリストなんか・・・・・・テロリストなんか、テロリストとか戦争なんか・・・・・・・大嫌い!」
そう言って、女子大生はただ、泣き続けるしかなかった。
「君らも人間ならば、心が痛むだろう? こういう光景をどんどんと量産する。その少女を渡さなければな?」
父親がそう言うと、ジェイコブスは「外道どもめ!」と迫真の演技を見せる。
あんたたちは骨の髄まで腐っているよ。
いくら、レイチェルの為とは言え、関係のない、民間人にこんなことをして・・・・・・
治道は父親やこれら、一連の事件を仕掛けた、ジェイコブスを殴り倒したい気分になっていた。
「どうする? 次は、今、足を撃たれた女のーー」
「分かった。応じる」
それを聞いた、レイチェルは目を見開いたが「仕方ないか・・・・・・・」と諦めに似た、表情を浮かべる。
「言っておくが、お嬢さん。君はアメリカ相手の重要な交渉カードだ。強姦などはしないから、安心してくれ」
「テロリストの言うことなんか・・・・・・」
そう言う、レイチェルに対して、ジェイコブスは「必ず、助ける。今は耐えてくれ。レイチェル・バーンズ特務少尉」とだけ言った。
レイチェルは軍人だったのか?
元がデザイナーベイビーであれば、軍の所属であることは考えられたが、それに考えの及ばなかった自分の無知を治道は恥じていた。
「恩に着るよ、アメリカの小僧」
「お前は殺す。彼女も取り戻す。それだけは覚えておけ」
嘘を付け、ペテン師が・・・・・・
計画の全容を知っている、治道は二人の大人が仕掛けた、大芝居をぶち壊したい気分になったが、世界の危機とやらを救うというジェイコブスの真の目的に対しての裏切りを働く気分にはなれなかった。
「治道、お嬢さん、行こうか?」
「・・・・・・はい」
「あなたたちの目的は何なんですか?」
レイチェルのその問いには答えずにピョンヤン・イェオンダエの小隊は見事に撤収を始めた。
すると、すぐに警視庁のパトカーが現れ、追跡を始めた。
「ジョンソン! お巡りさんをぶち殺せ!」
そう言って、メンバーの内の一人のアン・ジョンソンが対戦車ロケットを走行するパトカーに打ち込む。
パトカーは見事に爆砕され、後続のパトカーに破片が当たり、クラッシュした、
「最高だな? 警察や街が燃える瞬間は?」
父親は本気でそう言っているから、嫌なんだ!
燃える、東京の六本木の光景を眺めながら、治道はレイチェルの表情を伺っていた。
その表情は静かな怒りに燃えているように思えた。
6
「六本木でアメリカの外交官が何者かに襲撃された?」
小野澄子は警務部人事一課の係長である、進藤千奈美警部と面談をしていた際に、そのような一報を聞いた次第だ。
(米国側が自前の警護をしていたので、ⅠSATへの出動要請はありませんでした。現地では麻布署のPC(パトカーの略)が対戦車ミサイルで爆破されたそうです。警備部長からはアメリカ軍との兼ね合いがありますが、一連の事件の関係から、出動の要請があるので、待機しろとのことです)
警備部参事官の大戸警視長がそう言うと、小野は「分かりました、小隊を全て、招集する次第です」と返した。
(まぁ、捜査はジ(刑事部の隠語)とハムのどちらかが行うとして、進藤係長との話し合いは済みましたか?)
「負傷した丸山巡査は異動届を出したそうです。また、殉職した隊員の遺族にも連絡をして、保証を出すとの事です」
(皆、優秀な良い隊員だったんですがね・・・・・・唯一の負傷した生存者の丸山君に慰留はしなかったのですか?)
「第一小隊の津上巡査を始め、彼の所属する第二小隊の面々も必死に懇願しているのですが、本人が恐怖心を覚えて、何よりも足の神経をやられているので・・・・・・こちらとしても、保安上はISATの内勤に回したいのですが・・・・・・」
(ISATはその組織の巨大性上は事務仕事や情報処理も多くありますからね? 警察は人が資本の仕事ですから、丸山君にも手厚い保護をするようにはしましょう)
「ありがとうございます」
小野がそう言うと、大戸は(帰宅している、全員が集まり次第、ブリーフィングですね?)と聞いてきた。
「その通りです」
(あなたがJCIAと接触をして、得た情報も存分にブリーフィングで、話してもいいですが、我々への報告は怠らずに)
「畏まりました」
(以上です。東京は厳戒態勢に入っているので、隊員にも気を引き締めるように伝えるように)
そう言って、大戸との通話は切れた。
「人事どころの騒ぎではありませんね?」
「それと、後はアークエンジェルの司令官、アーノルド・トーマスの射殺体が見つかったことで大騒ぎよね? だけど、捜査権限はFBIとハムに持っていかれて、私たちは知らずよ。兵頭警部補に何て言われるか?」
進藤は小野が淹れた、インスタントコーヒーを飲みながら、そう言う。
「本部に戻らなくて、いいの?」
「戻った方が体面的には良いでしょうね? 彼らがさぼってないかが心配ですが?」
「第一小隊の面々は今、トレーニングしているわよ?」
そう小野が言うと、進藤は「私がお尻を叩こうと思ったのに? 問題児たちも経験を積むと、結果的に日本警察史上最強の特殊部隊と言われるまでになるという好例ですね?」とだけ言った。
「日本警察史上最強の特殊部隊ね・・・・・・テロリストにいいようにやられたけど?」
小野がそう言って、北九州の菓子である、ポンツクに手を伸ばすと、進藤は「あれだけの武装した部隊相手に殉職者を四名しか出さないことは世界各国が評価しています。故に史上最強の部隊なのですよ。素人はけしからんと言いますが?」と言って、ポンツクの抹茶味に手を出す。
「それが辛いのよ。民間人に支持をされない部隊と言うのも心苦しいわよ」
「頑張れと言うことですよ。ポンツクごちそうさまでした」
そう言って、進藤はカバンを持って、辞去しようとする。
「亜門君は結婚するそうですね?」
「ジンイチは耳が早いわね。既婚者として何か、アドバイスはある?」
進藤は現在、サッチョウ刑事局に努める、キャリア警察官と夫婦関係にある。
故に結婚をしたという事実から、特殊部隊員としてのキャリアに区切りをつけて、元々、打診のあった、ジンイチに特殊部隊に所属する身でありながら、引っ張られたという経緯があるのだが、ここ最近の悩みはその夫が仕事ばかりで、家事を全くしないと本人も言っていた。
「結婚は忍耐ですよ。最初は愛が深くても、徐々に憎しみに変わってくるんです」
「愛の反対は無関心よ? 憎しみを込めるだけ、愛している証拠じゃない?」
「マザーテレサですか? でも、仕事を終えた後に家事、炊事、洗濯を私がやるのは理不尽だと思いますよ」
進藤が自嘲気味にそう笑うと、小野は「亜門君はそれを全部、やっているそうよ? 瑠奈さんの家に泊まった場合だけど?」と笑顔で答えた。
「モテる子は違いますね? あの子、外見は普通だけど、ⅠSATの庶務の子たちにも人気ですし、海原も本当はすごく、亜門君が好きだと言っていますからね?」
「そういうあなたも亜門君、好きでしょう?」
小野がそう言うと、進藤は若干、顔に笑みを浮かべながら「部下として、ですけどね?」とだけ言った。
「では、私はこれで」
「えぇ、補充要員の件は頼むわよ」
そう言って、小野と進藤が外に出ようとすると、外には第一小隊の面々がいた。
「何しているの? あなたたち?」
「ゲッ・・・・・・もう、終わっちゃったじゃん!」
恐らく、聞き耳を立てていたのだろう。
すると、進藤が「問題児どもはしょせん、問題児でしかないか・・・・・・」と呆れ返った表情を浮かべていた。
「あなたたち、私が現役を退いたからって、たるみ過ぎじゃない?」
「俺たちはそのぐらいに進藤係長を愛しています!」
津上が大声でそう言うと、進藤は平然とした表情で「津上巡査、セクハラですよ」とだけ言った。
「俺は係長がーー」
「次、余計なこと、言ったら、左遷」
そう言った瞬間に隊員全員が沈黙した。
「一場巡査、作戦期待しているわよ」
「へっ? 作戦って、まだ展開していないんじゃあ・・・・・・」
「じゃあ、皆、左遷されないように頑張ってね?」
そう言って、進藤は小野と共に廊下を歩きだす。
「一場ぁ! お前、進藤係長に依怙贔屓されていないか!」
「そんなワケないだろう! ジンイチだぞ! 相手!」
その会話を後ろで聞いていて、小野は「ごめんね? 学校臭くて?」とだけ言った。
「あれが、若さですか? ジンイチに引き揚げられて、良かったですよ。年齢的にあんなはしゃぐ、エネルギーはないですから?」
そう言う、進藤はかつての鉄仮面と違って、笑顔に満ちていた。
そして、ロビーに向かうと「では、隊長、ご武運を」と言って、進藤はⅠSAT庁舎を辞去した。
その後の小野の頭の中は非番の隊員を招集して、ブリーフィングをする手順で頭が一杯だった。
時刻は午後一二時五七分。
庶務の動きも慌ただしくなる庁舎の中、小野のパンプスの音が響いていた。
7
脇坂文彦は首相官邸の執務室で、アメリカ大統領であるギルバート・ブライトハートと日米首脳電話会談を行っていた。
「・・・・・・大体の話は済んだから、本題に入ろう。これは話さなかったことにしてほしいのだが? との事です」
通訳官がそう脇坂にギルバートの会話内容を訳す。
日本政府が行う、アメリカや韓国との電話会談では直通回線を使った。電話会談を行う。
電話回線を繋いだ、マイクとスピーカー越しに相手の声が聞こえ、通訳担当官を介して、テーブルの上に置かれたマイクに向かって話すのが通例だ。
だが、今回はアメリカとの調整で、テレビ電話を使った映像付きの会談を行っている。
ギルバートの苛立ち具合も脇坂には目に見えていた。
ギルバートはかなり、いら立っているようだった。
(Our military asset, Special Lieutenant Rachel Burns, was rodded by the former Norte Korean mafia. And this fact can`t be made public due to the nature of the matter. And it seems to be a diplomatic issue. I want to hear your opinion.〈我が軍の資産である、レイチェル・バーンズ特務少尉が旧北朝鮮系マフィアに強奪をされた。この事実は事の性質上は公にできないが、十分に外交問題になると思うが、君の見解を聞きたい〉)
脇坂は顔をしかめた。
表向き、ギルバートは穏健派と言われているが、目的が達成されないと分かると、理不尽に怒りだすというのは外交筋の間では有名な話だ。
一応はファーストネームで呼び合う関係だが、このようなギルバートの性質を知っている、脇坂は「ギル、その件に関しては私達も連中を追っている。だから、国内で米軍を展開するのは避けてくれ」と言うしかなかった。
(Since there is a U.S.-Japan status agreement, no matter how our military works in your country, isn`t it? It is said that CIA personnel and military soldiers are slack. It`s a serious diplomatic issue that she was rodded in your country? The battle in Akasaka was led by the U.S military without leaving it to the police.it would not have been so ugly. I`m saying it`s your fault.〈日米地位協定があるから、我が軍が貴国でどう活動しようと、問題はないだろう? CIAの要員と米軍の兵士がたるんでいるというのもあるが、彼女が貴国で強奪をされたのは、立派な外交問題だよ? そもそも論として、赤坂での戦闘も日本警察に任せずに米軍主導で行えば、ここまで醜態を晒す事はなかった。君に非があると言っているんだ〉)
「米軍に日本国内で平時に戦闘をさせるのは国民感情として、容認できない。六年前の事件は国民に周知していたから、良いが、今回は隠密行動だ。故にーー」
(It doesn`t matter 〈関係が無い〉)
通訳官に訳された英語をギルバートがそうバッサリと切り捨てる。
「我々はバーンズ特務少尉の奪還の為に最強の部隊を日本に送るつもりだ。マフィアなどは我が軍が殲滅するとの事です」
通訳感がそうギルバートの英語を訳す。
「ギル、それは内政干渉じゃないか?」
脇坂が思わず、そう懸念を露わにすると、ギルバートは(You are allowed to be independent, but you are our dependent country at the time of the U.S.-Japan Status Agreement. Successive cabinets have followed it, but are you going against it? Anyway I`ll send the strongest troops. I`m Going to let your Four Seas participate.〈君たちは形上、独立が許されているが、日米地位協定がある時点で君達は我々の属国なんだよ。歴代の内閣はそれを踏襲してきたが、君はそれに逆らうのかい? とにかく、最強の部隊を送る。君らのところの軍隊も参加させるから、そのつもりでいろ〉)とまくし立てた。
それを聞いた、脇坂は「自衛隊に軍事活動は出来んよ!」と怒鳴らざるを得なかった。
(In the event of an emergency in Taiwan, we changed the Self Defense Force to the National Defense Force, and the function became a complete army, didn’t` it? It is said that after the emergency at that time, changed the name to Self-Defense Force again, but I heard that it doesn’t change functionally. You can quietly cooperate with our military activities.〈台湾有事の際は自衛隊から国防軍に名称を変更して、機能も完全な軍隊組織に変えたじゃないか? あの時の有事が終わって、また、名称を自衛隊に変えたそうだが、機能的には可能だと、聞いている。君等は大人しく、我が軍の活動に協力すればいい〉)
脇坂はギルバートの理不尽な言い分に怒りを覚えざるを得なかったが、すぐに「検討をする・・・・・・もう少し、待ってくれ」と通訳官を通して言った。
(There is no time. But physically, this meeting is in the form of a consolation against terrorism, isn`t it? I`ll send the Secretary of State Higgins, so please reply by then. May God bless you.〈時間は無い。だが、体面上は今回の会談はテロに対する慰問という形だからな? 国務長官のヒギンズを送るから、それまでに回答願いたい。君に神のご加護を〉)と言う返答の英語が通訳官を通して日本語に翻訳をされた。
そう言って、通話は一方的に切れた。
「・・・・・・あれが、向こうのリベラル派の言い分ですか?」
官房長官の堀田が憤りを露わにする。
「アメリカのリベラル派は保守派以上に強硬派が多いからな? アメリカが起こした戦争の多くはリベラル派が起こしたものだと、聞いているが、日本の左翼にもある意味、見習ってもらいたいほどの軍民一体だよ?」
脇坂がそう言うと「要求としては飲めませんよ? いくら何でも、無茶が過ぎます」と首相秘書官で警察庁出身の久保田が頭を抱える。
「・・・・・・それならば、例のⅠSATに任せた方が、まだ良いな。米軍が堂々と進軍するなど、この国がしょせんは属国でしかないと国民に宣言するようなものだから、何としても米軍の介入は避けたいが、彼等をマフィアの居所が分かり次第、遠征させることはできないか?」
脇坂がそう言うと、外務省出身の総理秘書官の関が「アメリカからの圧力をかわすのは難しいでしょうね? 自衛隊は大歓迎でしょうけど?」とだけ言った。
すると、防衛省出身の秘書官、安田は「鶴岡統合幕僚長には自重するように伝えますが、この米軍の出動は避けられませんね?」とだけ言った。
「何とかならんか・・・・・・」
「脇坂先生、時代が時代だから、警察主体と言うのは、無理があるかと・・・・・・」
「安藤総理はそう言うよ。この話を聞いたら、大喜びだろうが、国民からすれば、こんなのは映画の中でしかあり得ない話なんだよ。六年前に東京であんな事件があっても、今の国民は忘れたかのように戦争なんて非現実的空間だと思っている。安藤総理の言う、国民の右傾化はしょせん、多くの国民には夢想でしかないのだよ。その政治的無関心があるから、消去法で私は政権に就いているが、今回ばかりは難題だよ」
脇坂は天を仰いだ。
「何とか、警察だけで事態を解決できないか?」
「・・・・・・出来ないことは無いですが、失敗すれば、弱腰と非難されて、結果的には米軍と自衛隊の介入を許します。今からやって国民を絶望させるか、あくまで警察主体を貫いて、国民に弱腰と見られるかのどちらかです」
脇坂はさらに頭を抱えた。
「・・・・・・ISATはかなり、世界的に称賛されているそうじゃないか?」
「えぇ、隊員の死傷者があれだけのテロリスト相手でかなり少なかったそうですからね?」
「彼等にやらせろ。外務大臣の室田君に時間を稼がせる。何としても米軍と自衛隊の介入は防げ!」
そう脇坂が言うと「先ほども提言しましたが、警察主導の対処で失敗した場合は国民から内閣が弱腰であると見られて、支持率は大きく下がることになりますが、よろしいのですね?」と安田が問い詰める。
「可能性があるならば、出来る限り、リスクは避けたい。それにマフィア相手ならば、警察だけで仕留められるさ?」
脇坂は自分に言い聞かせるようにそう言ったが、ここにいる誰しもがまだ、最善の策が無いかと考え続けていた。
冗談ではない。
国内で再び、軍事作戦を行わせるなどすれば、また、叩かれるじゃないか?
ただでさえ、安藤にも突き上げられて、また、国防軍を再結成するように言われ続ける中で、ヨーロッパでは中国の弟分になったロシア新政権がパイプラインの利権を巡って、NATO加盟国に脅しを入れた結果、ロシア軍の新兵が偶発的にNATOの兵士と衝突した事により、世界は再び第三次世界大戦の危機に瀕しているのだ。
旧ソ連の復活を掲げて、新たに就任した大統領は今、再びの東欧進出に向けて、中国の後ろ盾を背景に軍事活動を起こそうとしているのだ。
中国の後ろ盾があるから、NATO諸国にも勝てると思っている時点でまともではないことは確かだが、そのような事になれば、日本もヨーロッパでの戦線に協力せざるを得ない、可能性がある。
ギルバートはそれも見越して、日本国内での米軍展開を行い、米軍のプレゼンスを高めて、日本の戦争参加を狙っているのだろう。
そのような悪夢への道を突っ切るのを避けられるならば、弱腰と言われようが、警察主体で行った方がいいだろう・・・・・・
脇坂はそう思ったが、すぐに「とにかく、警察主体でオペレーションを組ませるように指示しろ。外務大臣の室田さんに時間稼ぎさせる」と言って、足早に公邸へと向かって行った。
長期政権を築けると思ったら、ここまでアメリカや安藤に突き上げられるとはな?
脇坂は怒りを覚えつつも、公邸へと戻り、秘書間の一人である自身の長男に「次は?」とだけ聞いた。
「明日は経団連会長との朝食会が控えておりーー」
こんな時に・・・・・・
事態が戦争の危機に瀕している時点で苛立ちを抑えきれない脇坂は、苛立ちを抑えるので必死だった。
8
(フレデリック・ジェイコブス少佐。君がレイチェル・バーンズ特務少尉を意図的にピョンヤン・。イェオンダエに渡したのではないかと言う嫌疑がかけられているのは理解しているだろうな?)
オンラインで行われている、CIAの査問委員会でジェイコブスは立って、長官をはじめとする、幹部連中から厳しい目線を向けられていた。
「あの状況では民間人が多く、犠牲になる可能性がありました。バーンズ特務少尉を兵器として考えるならば、奪還作戦に全力を注ぐとして、民間人の安全を確保することが最善かと思った次第ですが?」
(ジャップどもの命など、どうでも良いのだよ? バーンズ特務少尉はアメリカの資産だ。彼女がマフィアなどの玩具にされるのは、我々としても耐え難くてね?)
よく言うよ?
レイチェルの見た目や体形まで、自分たちの好みで作り上げたくせに?
そして、レイチェルの幼少期から実験と称した、虐待に次ぐ、虐待で、精神をぼろぼろにした高官たちが彼女を資産などと言うのだ。
こんな腐った連中から、解放する為に自分はピョンヤン・イェオンダエに彼女を差し出したのだ。
あそこのトップは冷血漢で通っているが、アメリカの政争の種を凌辱するという愚行は犯さないと、言い切ったし、約束をさせた。
奴は祖国の崩壊でマフィアにこそ、身を落としたが、本質的には高潔な軍人だ。
奴等と治道に彼女と世界を救うことをかけてみようと思って、意図的に彼女をピョンヤン・イェオンダエに渡したのだが、案の定、自分はこのような形で糾弾される事となった。
(君ほどの切れ者がまさか、一人の少女をかばう為にマフィアと手を組んだとは思いたくないが、我々は全力で、彼女を奪還する。それは覚えておきたまえ)
そして、再び、彼女を玩具にする。
腐った、高官どもだ。
フレデリックは唾を吐きたい心境に駆られていた。
(君はお払い箱だ。だが、我々も鬼ではない。君には二つ選択肢を与えよう)
来たか?
(君を国家反逆罪で捕らえるか、ロシアとの緊張が高まる、欧州戦線に投入するかのどちらかだ?)
(要するにどっちみち、君は死ぬということだよ。どちらを選ぶ?)
中々に良心的な展開だな?
裏で誰かが一枚嚙んでいるな?
フレデリックは笑みを出さないことを意識しつつ「欧州戦線での従軍を希望します」とはっきりと明言した。
(野心的な君らしい、返答を聞けて、嬉しいよ。君の後任にはベリーズ少佐を送り込む。引継ぎが終わり次第、ポーランドへ飛んでくれ)
よりにもよって、戦争が大好きなベリーズか?
これは完全に日本国内でドンパチをする気だな?
ジェイコブスは不安気な気分を抑えつつも「了解いたしました」とだけ言った。
(以上だ。国家の為に欧州で死んで来い)
「はっ!」
そう言って、オンラインでの査問委員会は終了した。
部屋を出ると、メアリー・ガードナー中尉がいた。
「何処に赴任が決まりました? あの世ですか?」
口調はふざけているが、眼は涙目だ。
「欧州だ。ロシアとの戦闘に従事することになる」
「上層部は少佐に死ねと言っているのですね」
そう言いながら、メアリーは自分の手を握り、指を絡ませるが、ジェイコブスは「これを貰ってくれ」とだけ言った。
メモ用紙には日本にいる協力者の名簿とこれから、来る、ベリーズ少佐の注意事項が掛かれていた。
「君とは映画館ぐらいは行っておいた方がーー」
すると、次の瞬間にはメアリーは自分の唇を奪っていた。
ジェイコブスも目をつぶる。
「生きて、帰ればいつでも見れます」
メアリーは大粒の涙を浮かべていた。
「・・・・・・ここまでされたら、生きて帰るしかないな? 日本での対応は任せたぞ」
「少佐、フォークナー曹長との関係は清算してくださいね?」
痛いところを突くな?
ジェイコブスは苦笑いを浮かべながら「生きて帰ったら、映画でも観よう。そしたら、いくらでも一緒にいる」と言って、メアリーの手を放そうとするが、メアリーは手を離さない。
「ここで、手を離せば、あなたは行ってしまうのですよね?」
「まだ、引継ぎがある。短いが一緒にはいられるよ」
そう言うと、メアリーは笑みを浮かべていた。
「新しい後任は戦争が好きな奴だから、気を付けろ」
「・・・・・・少佐ほどの尊敬がおける、軍人はいませんよ」
「俺はCIAだから、アメリカ軍ではないよ」
「それでも、少佐が一番の・・・・・・私が見ただけでも、最高の軍人です」
「君のことは帰ってきたら、絶対に迎えに行く」
そう言って、ジェイコブスはメアリーの手を離した。
「行かないで・・・・・・」
メアリーがそう言うが、ジェイコブスはそれに対して、微笑で返すしかなかった。
良い女だ。
軍人は恋愛対象にしないつもりだったのだがな?
まぁ、色恋沙汰に走る状況ではないが?
それよりは彼女が日本国内の勢力と渡り合えるだろうか?
ベリーズのような戦争中毒者の目を盗みつつだが。
そうなれば、ピョンヤン・イェオンダエに潜入している、五十嵐とも連絡を取るか?
ジェイコブスは自分の執務室に入ると、その件のベリーズから着信が届いているのを確認した。
すぐに返答をする為に画面を開いた。
「ベリーズか、久しぶりだな?」
(フレディ、ようやく、日本に慣れたのに欧州に行くというのは気の毒と言うか、君の無事を祈るよ。友人として?)
ベリーズの戦争中毒ぶりには閉口するが、同期として彼との関係性は悪くないし、彼の能力を自分は高く評価していた。
故にこのような友好的な会話が出来る。
(我々は日本国内に最強の部隊を送るつもりだ。ジェネシス・フォースを送る事になったそうだ)
ジェネシス・フォースはアメリカ海兵隊最強と称される、ソルブス部隊だ。
現在、ヨーロッパ戦線に投入されていると聞いていたが、レイチェル奪還の為にこの極東の島国に連中が来るか・・・・・・
「本気で日本を戦場にするつもりか?」
(あのマフィアどもが悪い。それに日本の警察の不手際も腹立たしい。アメリカの問題はアメリカが力を持って、解決するんだよ? 私はウズウズしている、最強の部隊がマフィアを蹂躙するその様を?)
ベリーズは笑いながら、そう言うが、ジェイコブスは「暴れすぎるなよ。日本人は優しすぎる」とだけ言った。
(違うな? 優しいというのもあるが、それは自分に甘いという事と同義だよ。それを精神医学的に甘えの心理と聞いていたよ。日本人独特のメンタリティとしてね?)
ジェイコブスは不快感を覚えながらも「とにかく、日本のことは理解しておけよ。ベトナムの再来は避けてくれ」とだけ言った。
(了解した。君は欧州から生きて帰ることを考えてくれ)
そう言って、ベリーズとの通信は切れた。
「戦争屋が日本を蹂躙するか・・・・・・」
仮にも日本を気に入っていた、ジェイコブスは天を仰ぐしかなかった。
日本人が自らの手で果たして、この困難を乗り越えられるだろうか?
ジェイコブスは不安を抱えながら、資料整理を始めるしかなかった。
9
治道とレイチェルは治道の父親である民智と共に京都の右京区にある、ピョンヤン・イェオンダエのセーフハウスで食事をとっていた。
「食べないのか? 私、お手製のタンユスクだ。ソースは直接かけるか、浸すかで韓国国民が二分される代物だがね? ちなみに私は直接かける派だ。気を付けて食べたまえ」
「タンユスクって何?」
レイチェルが小声でそう言うと、治道は「韓国式の酢豚。ソースの付け方で韓国国民が二分されるから、気を付けて。ちなみに父さんは直接かける派」と小声でレイチェルに注意を促す。
「日本で言う、きのこの山とたけのこの里みたいな話?」
「アメリカ人なのに、日本の事情によく精通している」
二人の会話を聞いているのか、聞いていないのか、民智は満足げにお手製のタンユスクに舌鼓を打つが、自分たちはこれから、どうなるかという展望を考えると、おおよそ、父お手製の料理を片手に談笑する気にはなれない。
「バーンズ特務少尉。君には言っていなかったが、アメリカは君の敵だよ? 君がアメリカの高官どもに辱められていたのは知っている。ジェイコブス少佐もそれを見越して、君を我々に引き渡した。その方が安全だからな?」
「あなたたちの言い分は信じません」
「何故、自身がそんなことをされ続けていたのに、愛国心などを持ち続けられる? ギルバート・ブライトハートは君を擁護するが、高官どもは君を玩具としてしか扱わない。そんな祖国に戻るのか、君は? 私やジェイコブス少佐はそれを防ぎたくて、アメリカ相手に喧嘩を売っている。そして、我々からすれば、これはかつての我が祖国がやっていたようなミサイル外交のようなチキンレースの種になる」
「アメリカは私を助けます。私は年齢こそ低いですが、アメリカ軍人であることには変わりなくーー」
父とレイチェルが対峙する中で、治道はジェイコブスから、レイチェルをアメリカ政府高官が自身の欲望の為に利用し続けているという話を聞いていたことを思い出していた。
口の良いことを言っておいて、結局は自分の欲望の為に少女一人を弄ぶ高官がいるのも世界の現実だと。
ギルバートは目的の為ならば、手段を選ばない冷酷なインテリとも。
そして、ギルバート個人は冷酷だが、レイチェルを保護するつもりかもしれない。
しかし、それは兵器としてであって、人間としてではない。
そして、彼女は戦闘以外では玩具として、弄ばれる。
そんなひどい環境に彼女を戻そうとは治道も思えなかった。
すると、居間のドアが勢いよく開いて、恰幅が好いが、品の悪い男が入って来た。
ファン・ドンフンだ。
粗暴な性格で知られ、元軍人で占めているはずのピョンヤン・イェオンダエにおいて、生粋のヤクザ出身で忌み嫌われている存在。
人身売買と薬物売買では成績を残しているから、父もピョンヤン・イェオンダエに残しているが、その傲慢な性格から、トップの息子である自分にまで管を巻く、輩。
マズいぞ・・・・・・
父は食事の時間を邪魔されるのが、一番嫌いだ。
だが、相手は非合法のシノギの責任者だ。
父の性格上、あり得るが、そいつを切り捨ててまで、粛正を働くだろうか?
「おやっさん。大阪の方まで行って、ガキを売ってきましたよ~」
父は笑みをこぼしていたが、軍人出身のボディガードたちも無表情のままだ。
「嫌ぁ、変態共相手ならば、あんな汚い身寄りのないガキどもでも商品になるんすっねぇ?」
すると、ドンフンはレイチェルに目を付ける。
「胸、大きいなぁ? 嬢ちゃん?」
そう言って、ドンフンがレイチェルに近づこうとした時だった。
父が後ろから静かに近づいて、銃口をドンフンに向けていた。
「お前はここが軍の残党であるという事をいい加減に弁えたらどうだ?」
「貧乏軍隊でしょう? もう北朝鮮なんて、存在していないんだから、格好を付ける必要なんてーー」
すると、父が指を鳴らすと同時にボディガード達がドンフンを拘束する。
「連れていけ」
「何だよ! おやっさん! 俺は成績をーー」
「貴様が在日の社会でくすぶっているところを同胞で使えると思ったから、入隊させたが、貴様は軍人になれないクズだ。同胞と言っても在日の中でも才能の違いがある。貴様は元来、クズだ。在日がどうこうとは言わん。貴様は人間のクズだ。よって、処刑する」
「待てよ! そしたら、俺の開拓したルートがーー」
「構わん。貴様とその傘下のクズどもには良い見せしめだ。軍隊化されないならば、クズどもは一掃する。手始めにお前には生まれてきたことを後悔するほどの恥辱と痛みと苦しみを与えて、殺す」
そう言われた、ドンフンは目の前に蹴られ、殴られ、そのままどこかへ連れていかれた。
その間もドンフンは泣いて、喚いて叫んでいた。
「あなたたちはしょせん、汚い犯罪者だ」
レイチェルはそう言いながら、父を睨み据える。
「だが、その犯罪者共に守られなければ、君に明日は無い。どうする、君の祖国は敵だと言う事実もあるが?」
「私は認めない!」
そう言った瞬間だった。
銃声が聞こえた。
「五十嵐! どうした!」
「ドンフンの一派が反乱を起こしたようだな?」
ドンフンは配下に不良少年たちを中心とした、非行少年グループを従えているのだ。
一人一人は大したことないが、隠密行動が原則の今では、騒がれると大問題だ。
「これだから、クズどもは! 制圧しろ! ソルブスはあるか!」
「待て・・・・・・警察まで来ているぞ?」
それを聞いた瞬間に全員が凍り付いていた。
セーフハウスの場所がバレたか・・・・・・
「ドンフンがまさか、警察と繋がっていたとはな? 小遣い欲しさに敵とも繋がる、奴とは思っていたが、やはり、クズだ!」
そう言って、父の民智は大きく息を吸う。
「非常時の体制に入る。ここで籠城の後に脱出の為の経路を作る。その為の仕掛けがしてある」
京都の右京区のいわゆる洛外にある、このセーフハウスの地下には脱出経路があり、そこを通って、別経路に行けば、ピョンヤン・イェオンダエの組織勢力と在日ネットワークに政財界に存在すシンパの支援があるので日本国内において、いくらでも逃亡生活は出来る。
問題は今、警察とどう戦うかだ?
「京都府警にはソルブス部隊はいないだろう?」
「いや、大阪府警が来ているな? あそこには簡易量産型とは言え、最新鋭のソルブスが装備されている」
それを聞いた、父は「治道、時間稼ぎに警察と戦え」とだけ言った。
「・・・・・・これで、俺は犯罪者の仲間入りか?」
そう言って、治道はフェンリルドライブを手に外へ出る。
「治道君があなたのことを嫌う理由も分かります」
レイチェルがそう言うと、父は「今は生き残ることを考えろ、君も軍人ならばわかるはずだ」と静かに言い放った。
そのような会話を聞いた後に治道は外に出る。
すると、そこには多くの警察車両が止まっており、特殊部隊も多く、駐屯していた。
「やるぞ。フェンリル」
「大罪の始まりだな? 少年。レディを守るぞ」
そう言って、治道は「装着!」と叫ぶと白い閃光が体を包み、そのまま警察の部隊の方面へと突っ込んでいった。
時刻は午後九時二三分。
京都の洛外に照明の光が射していた。
10
大阪府警ⅠSATのトレーラーに隊長の小倉警視長と大阪府警警備部長の近藤が立っていた。
「君が運用していたというチンピラが役に立ったよ?」
小倉がそう言う中で、コーヒーを飲んでいるのはアメリカ政府からやって来た、使者と言われる、日本人そのものの男だ。
山井と名乗っているが、日本人かどうか怪しい男だ。
しかし、この男が我々、大阪府警ISATをここまで導いた。
大阪府警ISATに突然、接触をしてきたと思ったら、日本全国のお尋ね者にたどり着いたので、案外に怪しい物には飛びつくものだなと小倉には思えた。
東京の連中に良い物を見せてやるで。
小倉にはこの得体のしれない男が幸運を運ぶように思えた。
「あの男はピョンヤン・イェオンダエに不満を持っていてね? 奴の傘下の少年グループどもも巻き込んで、反乱の機運を育てるのは案外にお手軽でね?」
「警視庁は何故、出動しない?」
近藤がそう言うと、山井が「日本政府の動きが遅い。それならば、先行して、民間人の通報の名の下、京都でテロリストが潜伏をしていたところを大阪府警ISATの面々が東京から先行して、出動、逮捕に動いたとあれば、大手柄だろう? 近藤警備部長は東京へ戻り、小倉隊長は警視庁の自衛隊上がりの女隊長と違って、たたき上げの警察出身の指揮官として、評価を上げるだろうさ」と言いながら、口笛を吹く。
山井がそう言った瞬間に小倉は笑みを浮かべた。
警察の特殊部隊が外様出身の指揮官を抱えるのは恥だ。
警視庁はそんな非常識な人事がまかり通るが、自分たち、大阪府警はまっとうな警察官である為にたたき上げの警察官による、ISATを立ち上げたのだ。
その方向性の違いをあのいけ好かない、女に見せつけてやるんや?
「我々、アメリカとしてもウィンウィンだ。大阪府警は優秀だと聞いているからね?」
「ありがたいことだ。清田巡査部長! 聞こえるんか?」
(あぁ~、聞こえますわぁ? なんや、小倉隊長が珍しく、標準語になっているのが新鮮ですわぁ?)
大阪府警ISATが受領した、レイザの簡易量産型のレイザダガーの装着者の清田直樹巡査部長はそう軽口をたたく。
剣道の学生チャンピオンだったところを引っ張ってきて、スピードある近接戦闘が売りのレイザをパワー型に変化させた、同機の装着者に抜擢したのは自分だ。
お笑い芸人気質は大阪府民の専売特許だが、警察官としては優秀で分隊長としての統率力もある。
ガキどもの集団の東京には負けへんのや。
「んなことはえぇ。あいつら、逮捕したら、表彰物や?」
(逮捕? 殲滅やないんですか?)
「ワシらはサッカンや。軍隊上がりの女の部隊みたいにポンスカ、人を殺さへん。美徳言うもんや? 義理と人情忘れたら、警察は終わりや? 逮捕するんや」
(情に厚いのが大阪やからなぁ? 東京の人殺しどもの鼻を折りましょう)
そう言って、清田との通信は途切れた。
「義理と人情って、何?」
「警察は人を逮捕して、なんぼや? 東京の連中みたいに犯罪者を殺すのは正義やない」
「正義ねぇ? それよか、関西弁になっているよ。隊長殿?」
そう言われた、小倉は「見ていろや。生え抜きのサッカン舐めていたツケを払わしたる」とだけ言った。
時刻は午後一〇時前。
大阪府警ISATによる、ピョンヤン・イェオンダエの討伐作戦が行われようとしていた。
続く。
次回、機動特殊部隊ソルブスウルフ。
第四話 ビーストモード
少年は恩師の正体を知った時、野獣と化し、さらなる罪を重ねる。