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第一話 月下の狂犬

 約、四カ月ぶりの投稿です!


 皆様、ぜひ、ご拝読をお願い致します!



 西暦二〇四六年の東京の夜景は奇麗な物だった。


 湾岸地帯から見える、それはテレビで見たそれであって、街並みを見れば、漢字などで彩られている看板や広告を見られ、そこがアジアの巨大都市であることが感じ取れて、レイチェルはエキゾチックな気分に浸ることが出来た。


「レイチェル、聞こえているのか?」


 レイチェルは同行者のフレデリック・ジェイブスの声が聞こえないぐらいに東京の街並みに見惚れていた。


「東京が気に入ったのか?」


 それを聞いた、レイチェルは「アメイジングだよ、当たり前だけど、アメリカとは大違いだ」とだけ言った。


「君は本国では出自上、命を狙われざるを得ない存在だ。ラングレーやFBIも君の存在を守る為にこの極東の島国に君を移送したが、完全に安全ということではない。行動は制限されると思うがーー」


「政権が変われば、私への保護は無くなるんでしょう?」


 それを聞いた、フレデリックは「大統領の密命だが、聡明な君でも不安になるかい?」とだけ言った。


 現アメリカ政権与党のリベラル政党のギルバート・ブライトハートはレイチェルの安全を担保するために危険な本国ではなく、この極東の島国に同人を送り込んだが、政権の支持率が下がり始め、保守与党の大統領候補である、マクドナルド・デービスが堂々とキリスト教福音派の支持を取り込もうとしている事から、仮にデービスが次期大統領になれば、自分の身の安全は崩れるのだと、レイチェルは自覚していた。


「日本語は問題ないな?」


「当然、私はすぐに覚えられるもの?」


「一応はこちらでも監視できるが、普通に学園生活は送ってもらうからな?」


 そう言いながら、フレデリックはため息を吐く。


 そんな中でも東京の夜景はまるでレイチェルを歓迎するかのように光り輝き続けていた。


 時刻は午後八時三二分。


 東京という、アジアの大都市がレイチェルの精神を高揚させていた。



 残り時間、一分三二秒。


 すでに技ありを取られていて、逆転をするには一本勝ちが妥当だ。


 李治道は荒くなった息を出し続けながら、相手の道着を握ろうとするが、相手はそれを払いのけ続ける。


 チキンめ・・・・・・


 日本人なら、掴んで勝負しろ。


 治道は全国高等学校柔道選手権東京都予選で瀬田口学園の選手と団体戦の第一試合を行っていた。


 自分の所属している、私立聖アルテミス学園は柔道では弱小高なので、なんとしても先鋒の自分が勢いを付けなければ、いけない。


 だが、時間が無いのだ。


 こいつ・・・・・・


 そう思って、技をかけようとした時だった。


「待て!」


 審判が試合を止める。


「指導!」


 相手側の選手に指導が与えられる。


 当たり前だ。


 こいつはさっきから逃げてばかりだ。


 遅すぎるぐらいだ。


 せめて、自分が技ありを取られる前に取ってくれ。


「治道! 行けぇぇぇぇ!」


「大金星! 大金星!」


「始め!」


 仲間の声援が聞こえる中で、相手は不安定な組み手から、小外刈りを仕掛けてくる。


 せめて、組み手さえ取れれば、こんな奴には・・・・・・


 そう思った、治道は小外刈りを交わすと、一旦、相手との組み手が離れるのを確認して、一気に引き手と釣り手を取った。


 大チャンスじゃん。


 そのチャンスを逃さなかった、治道は一気に内股を仕掛けた。


「でぇぇぇぇぇぇやぁ!」


 気が付けば、相手は地面にたたきつけられていた。


「一本!」


「よぉぉぉぉぉし!」


 仲間達の歓喜の声が聞こえる。


「瀬田口学園相手に金星だよ!」


「スゲェよ!」


 そう言って、次鋒の赤石が歓声を上げる


「治道、よくやった!」


「赤石?」


「何だよ?」


「次の相手はデブだぞ」


 赤石の次の相手は一〇〇キロを超えている、いわゆるデブだった。


 しかも、それは贅肉ではなくて、筋肉で一〇〇キロを超えているタイプだ。


 この試合は負けたな?


 しかも、相手がめちゃくちゃ睨んでくるし?


「・・・・・・」


「逝ってこい」


「どういう意味だ! それ!」


 赤石は次鋒戦に挑むがあっけなく、負けた。


「あぁ~! 治道の大金星がぁぁぁぁぁ!」


 仲間達の声援がこだまする中で治道はスポーツドリンクを飲み、呼吸を整えていた。


 そこからは仲間達は倒れ続け、結果的には治道の挙げた、一勝のみしか上げられずに、三回戦敗退となった。


「先輩たちも頑張ったな?」


「あぁ、やる気なかったけどな?」


「そう言うこと言うなよ、後半は頑張っていたんだから?」


 赤石にそう言うと、大柄な男がやって来た。


「李治道だな?」


 韓国語だった。


「スカウト?」


「あぁ、そうだよ」


 隣にいる、赤石はキョトンとした顔を浮かべる。


「赤石、先、行っててくれ」


「おおぅ」


 赤石がそう言うと、韓国人の男は「良い腕だ。本国のナショナルチームでなら、メダルは取れるな?」とだけ言った。


「俺のオヤジの家系を知っていて、言っているのか?」


 それを聞いた、韓国籍の男は「旧北朝鮮の大佐だったんだろう? 南北統一後は処刑の手から免れて、日本で商売をしていると聞いていたがね?」とだけ言った。


「詳しいな?」


「君のお父さんはかつての金正恩政権を倒して、中国式の体制を作ろうと思っていた、革新派の軍人だったからね? 我々としても、君の背景としてはちょうどいいストーリーだと思っている」


 二〇四六年現在において、北朝鮮という国は存在しない。


 つまりは亡国だ。


 理由としては日本に向けて、ミサイルを撃ったのがきっかけで、時のアメリカ政府の大統領が我慢できずに北朝鮮に在日米軍を始めとする、全部隊を進軍させた事により、あっけなく、北朝鮮という国は崩壊した。


 途中で北朝鮮の委員長殿が核ミサイルの存在をちらつかせたが、アメリカ大統領閣下からすれば、日本が被害を受けても構わず、もしくはアメリカが被害を受ける前に全て、殲滅するかのどちらかで、最終的には韓国も巻き込んで、核攻撃するプランまで考えられたそうだが、結果として、北朝鮮の核兵器が日の目を浴びることは無いまま、同国はアメリカ軍に蹂躙される形で、崩壊し、委員長殿は特殊部隊によって、処刑。


 そのまま、アメリカ主導で南北統一が果たされて、今の韓国が出来あがったというのが、現在の東アジア情勢で、アメリカの勢力がすぐ、近くに迫っている、中国とロシアと日本、アメリカ、韓国との緊張状態が続き、時代は二〇二〇年代の新冷戦に続く、第二次新冷戦となっているのが現状だ。


「南北統一の象徴的存在って奴かよ?」


「気に入らないかい?」


「俺は韓国には行かない」


 自分は韓国ではしょせんは脱北者の延長線上であって、在日でもある。


 しょせんは差別される、存在なのだ。


 それは日本においても一緒だが、日本には仲間がいる。


 だから、俺は韓国には行かない。


「君は日本への帰化を考えているようだが、日本の柔道の層の厚さは知っているはずだろう?」


 男は薄笑いを浮かべながら、そう言う。


「韓国に戻っても、俺は在日と言われて、バカにされるさ? それにだな?」


 治道は男に向き直る。


「俺に祖国は無い。祖国というには二つの国はあまりにも俺に冷たくしすぎている」


 そう言って、治道は男の前から去っていった。


「気が変わるのを待っているよ?」


 男がニタリと笑う中で、治道はその場を去った。


「何だったの? あれ?」


 女子選手の同学年の木原舞が駆け寄ってくる。


「気に入らない奴だった。人の足元ばかり見やがって」


「韓国の柔道関係者だろう? 受ければいいじゃん?」


 これまた同学年の九十九がそう言い出す。


「お前、母親が韓流好きだからって、韓国語ペラペラはムカつくな?」


「おぉう、俺は外交官になってやるぜ?」


 まぁ、九十九の韓国語なら、外務省で雇ってくれるかもしれないがな?


 そう言いながらも、治道は空腹を覚え始めていた。


「減量終わったから、腹減ったな?」


「まぁ、試合終わったしな?」


「なぁ、治道の家の近くでチーズホットグ行こうぜ!」


 今から、新大久保行くのかよ。


「えぇ? 家、今、汚いんだけど?」


「良いから、行こうぜぇ~」


「先輩達も誘ってさ? 残念会だよ」


 そう言いながらも、柔道部の面々で新大久保へと向かって行った。


 時刻は午後四時過ぎ。


 柔道をやった後なので、重い疲労感が治道を襲っていた。



「これで何件目だ?」


 警視庁刑事部捜査一課強行犯係の兵頭隆警部補は部下の石上巡査部長にパトカーの車内で尋ねる。


 四谷署管内で起きた、殺人事件臨場の為に地域課のPC(パトカーの隠語)をタクシー代わりに使ったが、辺りは暗くなり始めていた。


「六件目ですね? 相変わらず、猟奇的な殺害方法です」


「向井からの連絡は?」


「現地に着いたら、写真を見せるとのことです」


 ここ最近、東京の広域範囲で何者かに首の頸動脈から菌を脳内に注入されて、脳みそが腐るという殺人事件が起きていた。


 手口の猟奇さとその難解な殺害方法から、マスコミは六年前に起きた、神格教が開発した、生物兵器である『キメラ』が再び、現れたのではないかと騒ぎ始めた。


 神格教は六年前のテロ事件の責任を取らされて、破壊活動防止法の容疑で組織は解体されたが、残党はありとあらゆる犯罪組織へと渡っていった。


 特に教団が作り上げた、キメラの技術は世界中に流失をして、今では世界中のテロ行為で使われるほどに浸透をしていた。


 もっとも、キメラの技術を使うには改造手術と呼ばれる、悍ましい通過儀礼を行わなければならず、中には粗悪な改造手術を受けて、中途半端なキメラ体になって、二度と人間体には戻れなくなるという哀れなテロリストも現れる始末だ。


 そういう奴は大体が軍か警察に銃殺されるか、自身で自害するかのどちらかだ。


 みすみす、逮捕、捕獲されることは選ばないのだろうなと兵頭には思えた。


 四谷のオフィス街にある路地裏に着くと、警察車両が赤色灯を光らせ、辺りには警察官が多くいた。


 パトカーから降りると、規制線の中に入る為に警邏の地域課警察官にメンチョウ(警察手帳の隠語)を見せて、中に入った。


「おう、来たか?」


 鑑識の向井が手を挙げる。


「機捜(機動捜査隊の略)は?」


「今、周辺の聞き込みさ? しかし、今回の事件は久々に猟奇的だぜ? おい」


 向井がそう言いながら、ガイシャ(被害者の隠語)の写真を見せる。


 頭部だけが見事に腐り切った、極めて、複雑怪奇な遺体だった。


「身元は?」


「ガイシャの身元は渡部良太。私立聖アルテミス学園の教師だ」


「アルテミス学園の教師? あの私立のボンボン学校だろう?」


 聖アルテミス学園はミッション系の中高一貫校で、いわゆる金持ちの通う、名門学校である。


 政財界だけではなく芸能界の子息など、様々な分野の秀才が集まることで有名だが、背景にはアメリカのリベラル系の富豪の資金援助があると言われている、日本国内ではその実態がよく分からない学校だった。


 ただ、かなり自由な校風で世界各国から学生が集う為に国際教育を標榜するママゴン達がこぞって、自身の子どもを入学させたいと言って、受験させるが、大体が落ちると言われる、入りたい学校ナンバーワンとも言われる存在だ。


 田舎者の兵頭からすれば、いけ好かない大学だ。


 もっとも、あいつの通っていた、学校もミッション系だったが、あそこは偏差値が低い大学だったので、違いがあり過ぎる。


 だが、それにしてもアルテミスは学校にしては都会的過ぎて、気に入らない。


「何か、問題起こしたのか?」


「私立の高校は教師をよく選ぶがな? アルテミスなんかは教師の選別には相当神経質らしいし、連中は都立や田舎の県立の高校を見下していやがるから、ムカつくが、この先生が何か問題起こしたかはお前等の捜査と俺達のかき集め次第さ?」


 そう言った、向井はため息を吐く。


「アルテミスか・・・・・・ウチの娘も受験シーズンだからな?」


「あぁ、どこ行くんだ?」


「まぁ、警察官だから、若干は給料高いけど、学校選びはシビアだよ。ウチの娘は勉強しなかったから、今からお尻叩かなきゃあな?」


 受験か・・・・・・


 そう言えば、ウチのバカ息子ももうすぐ、中学受験か。


 本人は受験が面倒くさいから、普通で良いと言っているが、後々の人生を楽にする為にはここで無理をさせたほうがいいと思うのだがな・・・・・・


「兵頭、茶でも飲んでいろ。俺達が作業する」


 そう言って、向井は現場へと消えた。


「こういう時って、五十嵐さんが来るもんですけどね?」


「六年前はな? あいつも警視昇進以降は会っていないからな?」


 五十嵐は六年前の教団によるテロ事件以降、警視に昇進して異動したが、小笠原署の署長になった後は連絡も取っていない。


 一般的にハム(公安部の隠語)では小笠原諸島勤務は大きな事件を片付けた後にほとぼり覚ましの為に付与される、ご褒美的なポストと言われている。


 あの事件に遭遇したからなぁ?


 そして、今は本土に戻ったという情報もない。


 ひょっとすると、あいつは・・・・・・


「兵頭さん、茶を飲まないんですか?」


 石上がそう言って、兵頭を現実へと引き戻す。


「あぁ、すまない」


「何、飲みます?」


 そうだな、ここ最近はコーヒー派から紅茶派に転じたから、紅茶がいいな?


 ミルクたっぷりの奴がいいな?


 兵頭はそう思いながら、規制線の向こうへと出るが、ふと視線を感じた。


 視線を感じた先を振り返るが、そこには誰もいなかった。


「どうしたんです?」


「・・・・・・飲むか?」


 まさか、ここにもハムが来ているか?


 兵頭は背筋に悪寒を走らせながらも、喫茶店を探し始めた。


 野次馬が辺りをスマホで撮影し続けるのが、相変わらず気に入らなかった。



「おい、渡部が殺されたらしいぜ?」


 治道が英語の勉強をしている中で、教室が騒めく。


「渡部が?」


「何で?」


「何か、学校の近くで脳味噌だけ腐っている状態で見つかったって?」


「えっ、それって、連続殺人じゃん?」


 その話は治道も聞いていた、近頃、学校教師を狙った連続殺人事件が横行しているという報道は新聞でも報じられていた。


「何か、刑事来ているらしいよ」


「マジで!」


「学長とかも応対しているけど、何かピリピリしていたなぁ?」


 周りの謙遜をよそに英語の自習をしていると、九十九がやって来た。


「おい、転校生来るらしいぜ?」


 流暢な韓国語だった。


「焼き肉の生肉食って、ゲーゲー吐いていなかったか?」


 治道も韓国語で返す。


「俺は鉄の胃なんだよ」


 ギャグマンガ並の回復力だな?


 九十九のバカさ加減に呆れながらも、治道は「転校生って?」と韓国語で続ける。


「アメリカ人らしいぜ?」


「男? 女?」


「女! マジでアメリカ人のパツキンの女が来るんだぜ? ポン・キュ・ポンだ!」


「お前、韓国語で俺たちだけで通じるからいいけど、女子もいることは考慮しろよ?」


 もっとも、こいつは日本語でも下ネタは言うだろうけど?


「それよか、渡部、殺されたらしいけど?」


「オジサンの殺人事件よりもパツキン転校生だろう!」


 九十九が韓国語でそう叫ぶとさすがに周りもこちらを振り返る。


「昨日の韓流ドラマの名シーンの再現さ?」


 日本語で周りにそう言うと、すぐに周りは殺人事件の話に興じ始める。


「お前、死者に対する冒涜だぞ?」


「ハゲのオジサンより、アメリカ人の美少女だろう。さっき確認したが、スタイル良しで、パツキンで顔も良し、おまけに頭も良さそうで、家柄も良さそうと来た。俺は彼女を落とす!」


「お前、そう言って、新大久保に来た韓流ファンを口説こうとして、大学生にぼこぼこにされそうになったじゃねぇかよ」


 治道がそう言うと、九十九は「黒歴史だよ・・・・・・」とだけ言った。


 パツキンでポン・キュ・ポンのアメリカ人美少女ね?


 男なら、興奮するなというのが無理な存在だが、治道は自分の目でその存在を確認しないと信じないのが信条なので、九十九の言った、言葉の数々だけでは信じないようにした。


「お近づきの印に柔道部に誘おう思うんだ?」


「よせよ。アメリカじゃあ、柔道よりレスリングが主流で空手との違いも分からないんだから、空手部と剣道部に分がある。あっちの方がジャパニーズサムライな感じがするからな?」


「黙れぇい! 日本男児の根気強さと粘り強さは柔道によって鍛えられる!」


「というか、クラス戻らなくていいの?」


 九十九は隣のクラスなのだ。


「パツキンの詳細を得るまでは授業に集中できん!」


「どこのクラスに来るか、分かるか?」


「ここだ」


 治道は九十九とハイタッチをした。


「良いだろう、パツキンの詳細は伝える」


「おう、絶対に柔道部に口説けよ!」


 そう言って、九十九は韓国語で叫びながら、隣のクラスに向かった。


「相変わらず、お前等は流暢な韓国語だな? 何話しているの?」


 サッカー部の国文が語り掛けてくる。


「下ネタ」


「最低。お前等の高等な語学力で、何を話ししているんだよ」


 まぁ、実際に下ネタだからなぁ?


 そう思って、自習を続けていると、野球部の綾瀬が「お前、英語勉強しているけど、もう出来るじゃん。何でやんの?」と言ってきた。


 一応、治道は日本語に英語に韓国語や中国語が話せて、父親の方針で今はロシア語の勉強もしている。


「こういう語学は定期的に勉強しとかないと、忘れるんだよ」


「ふーん、自転車とはワケが違うのな?」


「自転車は一度乗れば、忘れることないけどな?」


「まぁ、そこにいる秀才君は典型的な受験英語だから、治道みたいにペラペラと話せないよな?」


 そう綾瀬に言われた、秀才君と呼ばれる小杉はガリガリと英語の勉強をしていた。


 中学は地方の進学校出身で、下宿生活をしながら、うちの高校に通っているが、世界中から秀才と天才が集う、アルテミスでは田舎の神童は平均値以下のガリ勉劣等生でしかなくなっていた。


 さらに勉強だけがアイデンティティだった当人のその歪んだ精神は辺りにも知らされることとなり、家も裕福ではないので、学費の高いアルテミスで結果が残せないなら、実家のある県立高に転校するのではないかと言われていて、当人もその瀬戸際を知っていて、精神的に不安定になっている。


 入学当初は俺が在日であることをバカにしていたけど、今じゃあ、雲泥の差だな?


 もっとも、当人にそんな事を言えば、それこそ学校でナイフを振り回しかねないな?


 こういうタイプは?


 すると、担任の松尾がやって来た。


「起立!」


 学級委員長の声が響く。


 ミッション系なのに、何で日本式。


「今日は皆が噂している、転校生ご紹介の時間だ?」


 松尾がそうニタリと笑う。


「来たぁぁぁぁぁ!」


「美少女キボンヌ!」


 男子生徒がそう叫ぶ中で、女子生徒達の冷たい目線が降り注ぐ。


 そんな中でも小杉は無表情のままだった。


「さぁ、新たな仲間の登場だ。カモーン!」


 そう言って、現れた、転校生は九十九の言ったとおりの美少女だった。


 本当にパツキンでポン・キュ・ポンじゃん!


 これは柔道部の勧誘以前にお付き合い願いたい!


「レイチェル・バーンズと言います。日本の皆さん、よろしくお願い致します」


 流暢な日本語でそう言うと、男子生徒は拍手喝采で迎える。


 女子生徒達はそのプロポーションに対して、羨望と嫉妬の目線を向ける。


「幸運なことに綾瀬がレイチェルの隣になる」


「俺ぇぇぇぇ!」


 綾瀬が今にも鼻血を出しそうなほどに顔を真っ赤にする。


「綾瀬、男になれ」


 治道は韓国語で綾瀬にそうエールを送る。


「治道、そこは日本語で頼む」


 国文がそう言う中でレイチェルが綾瀬の隣に座る。


「よろしくね?」


 レイチェルにそう言われただけで、綾瀬は鼻血を出した。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


「衛生兵! 衛生兵!」


「負傷兵だ! 負傷兵が出た!」


「ブラックホークダウン! ブラックホークダウン!」


「お前等、学級崩壊起こすなよ? ホームルーム始めるぞ」


 松尾がそう言うと、女子生徒が「ごめんね? ウチの男子、血気盛んで?」とだけ言った。


「ブラックホークダウンは好きな映画だから、いいよ」


「いや、ツッコミどころはそこじゃなくてさ?」


 あれ?


 女子とも、打ち解けているのかよ?


 治道はそう思いながらも、松尾の教壇へと向かって行った。


 しかし、その一方で前方の席の小杉が目にも分かるほどのイライラとした表情を浮かべているのは気にはなっていた。



「渡部先生は生徒思いでいい先生だったんですがね?」


 殺害された、渡部の勤務先である聖アルテミス学園に聞き込みに行った、兵頭と四谷署の東野巡査長だったが、アメリカ人だと言う、学長の反応はそんなものだった。


「何か、悪い噂は?」


「そういう噂がある教師は私達の学校では雇用しないのですがね? 渡部先生はアメリカからの帰国子女で、教師や生徒の間でも評価は高かったのですが、残念です」


 そういう学長は兵頭をまるで舐めるように眺める。


 こいつ、デカの俺の心理を読もうとしていやがるな?


 タチの悪い、奴だよ。


 学校の教師相手の聞き込みの際は大体、警察沙汰や不祥事を恐れて、何か重要な事態を学校総出で隠そうとするのは経験則上あり得た。

 


 兵頭は教師全体の表情を読むが、この学長が自分の心理を読もうとする以外は本当に動揺しているように思えた。


「生徒間でのトラブルはありませんでしたか?」


 神格教での例もあるから、学生関連のトラブルが無いかと思って、ダメもとで聞いてみた。


 すると、それが当たりだった。


「・・・・・・一人、生徒との間でトラブルになっていると聞きましたね?」


「そのお話をよく聞かせてくれませんか?」


「名前までは分かりませんが、一人、渡部先生が受け持つ、英語のテストで結果に不服を持った生徒が居て、かなりしつこく、付きまとっているという話は聞きました」


 かなり、具体的だな?


 これだけでも、マル被(被疑者の隠語)の絞り込みは出来そうだ。


「具体的な内容は話してはいませんかね?」


「・・・・・・学長」


 日本人の教頭が困惑を表情に浮かべて、学長を眺める。


「名前は知りませんが、渡部先生が受け持っていた生徒の一人は『外国人がいる中で、英語のテストなんてやっても、百点は当たり前だ。不公平だ』と言って、家まで付いてきたそうです。まぁ、本人も話をしようとは思っていましたが?」


 確実にそいつがマル被だ。


「分かりました」


「しかしながら、その生徒が犯人かどうかは私には分かり得ません、兵頭さんと言いましたね?」


 名前まで、覚えてもらって結構なことだな?


「御心配には及びません。あくまで参考情報ですから」


「我々としては、身勝手な論理で努力する生徒やそれを支える教師を殺した犯人は未成年であれ、わが校の生徒であれ、許すことはありません。ジェントルであれがこの学校の理念です。不公平などという子どものような論理は到底許せません」


「はぁ・・・・・・」


 学校の教師でこんなまともな正義感なんて、久々に会ったぞ?


 こりゃ、この学校には皆、入りたがるわな?


 兵頭はこの学校が人気である理由を悔しくも知覚をした。


「我々は捜査に協力します。隠蔽などとは一切、無縁であるとお約束します」


 そう言った、学長は握手を求めてきた。


「必ず、犯人は逮捕します」


 そう言って、兵頭は握手に応じたが、一抹の不安をどこか感じていた。


 こういう正義感が一番、怖いんだよな?


 正直に言えば、この学長が苦手な兵頭だった。



「おい、マジかよ」


 治道が道場で腕立てをしていると、九十九と赤石が顔を歪めながら入室して来た。


「お前ら、遅いぞ?」


「それどころじゃねぇよ」


「学長が警察の捜査に全面的に協力するらしいよ?」


 マジで?


 でも、うちの学長の正義感と熱血漢ならやりかねないな?


 何せ、ジェントルたれだもん。


「なんでも、渡部のテストで赤点食らった生徒がやったらしいぜ?」


「松尾が教えたんだろう?」


「正解! マっちゃんは口軽いからな?」


 治道のクラスの担任の松尾は国語の教師だが、地獄耳で口が軽いことで有名だった。


 よく、柔道部の練習にも見学に来てはプロレスの話を吹っ掛けるのだ。


 まぁ、好意的な大人ではあるけどね?


「ひょっとして、治道のところの小杉じゃね?」


「何が?」


「犯人! あいつ、英語は年中赤点じゃん!」


「お前さ、さすがにそれはかわいそうだろう?」


「だって、あいつ、自分の負けを認めないじゃん?」


 まぁ、確かに謙虚な奴ではないけどさ?


「だからと言って、教師殺すか?」


「だって、あいつ、自分が頭悪いの認めないし、何かあるとすぐに人のせいじゃん? だから、友達いねぇんだよ。勉強の出来ないガリ勉とか存在価値なくね?」


「赤石、それは言い過ぎじゃないか?」


 治道がそう言うと、木原が「みんな~お客さん!」と大声を出しながら、駆け寄る。


「お客さん?」


「なんか、刑事さんだって?」


「マジで!」


 なんで、よりによって、警察がうちの柔道部に来るんだよ?


 治道は少年柔道時代に警察出身の指導者にものすごく、虐められた経験があるので、それ以降、警察が嫌いなのだ。


 それ以前に自分の在日であるというバックボーンの時点で、あいつらは嫌いだ。


 職質はされるし、父親は元北朝鮮軍の大佐という出自の為に家の周りには公安部の監視が付いているのが日常だ。


 事実、今も公安部の監視が治道の周りに付いているというのが考えられるが、思考停止にして、考えないのが、治道の処世術だった。


 父親に至っては未だにそういう経歴から、未だに裏で何か、怪しいこともしているし、場合によっては自分の嫌いな公安部の連中ともつるむこともある。


 自分はあんな、高圧的で小汚い、狡猾な大人になるつもりはない。


 父親に対する、憎しみを改めて、痛感していた、治道は道場に一礼する、大柄な男が現れるのを見た。


 こいつか?


 公安部ではなさそうだな?


「いやぁ、でかい道場だな?」


「綺麗ですね? 設備も整っている」


 刑事二人がそう言うと、木原は「でも、すごく、うちのチームは弱いんですよ。アルテミスはお金があるから、良いけど、ただでさえ、宝の持ち腐れとか言われてますから」と言って、けらけらと笑う。


「まぁ、一番は好きで続けることだよ? 嬢ちゃん」


「嬢ちゃん・・・・・・」


 時代錯誤なおっさんだな?


 さっさと、お引き取り願いたいが?


「刑事さん、何の用ですか?」


「あぁ、申し遅れたね?」


 刑事はそう言って、名刺を差し出す。


ー警視庁捜査一課強行犯係十班主任警部補 兵頭隆ー


 隣の刑事は所轄の刑事らしいが、中々、このおっさんは優秀らしい。


「兵頭警部補は俺の事、知らないんですか?」


「・・・・・・どこかで会ったかい?」


「治道、その話は失礼だぞ」


 赤石が仲裁に入る。


「李民智、北朝鮮の軍隊で大佐やっていたけど、今ではおたくのところの公安部ともつるんでいる、汚い大人さ?」


 それを聞いた、兵頭は「李民智?」と目を丸くした。


「知らないの?」


「その息子さんなの?」


「あぁ、だから、俺は警察が嫌い」


 それを聞いた、兵頭は大声で笑いだす。


「旧北朝鮮系のマフィアの大物か? 今だに軍隊同士の繋がりを重視している、大佐殿だろう? 末端のデカでも本庁勤めなら知っているさ?」


 兵頭の大笑いする中で道場にはひんやりとした空気が漂う。


「だが、それはハム(公安部の隠語)や組対(組織犯罪対策部の略称)の管轄で、俺達は殺し専門なんだよ? 李君でいいかな?」


 警察用語を唐突に出されても、普通の高校生は分からないよね?


 父親の仕事上は免疫あるから、理解できるけど?


「何だよ?」


「ちょっと、練習見学していいかな?」


 居座るなよ?


「警察って、暇なんすか? 帰ってやることあるでしょう?」


「捜査会議なんて、出なくてもいいんだよ? 俺の場合は?」


 そう言った、兵頭は「おい、お前んとこのオヤジ(警察署長の隠語)に遅れるって、伝えとけ」


「班長、子どもの柔道見学している場合ですか?」


「俺はこの坊ちゃん一点張りだ。早く、連絡しろ」


「分かりましたよ・・・・・・」


 そう言って、もう片方の刑事はスマートフォンを取り出す。


「殺しなら、別の人にーー」


「聞いたよ、だから、君のところに来た」


 それを聞いた、柔道部の面々は騒めき出す。


「まさか、小杉ですか?」


「小杉って言うのかい? その子?」


 それを聞いた、俺は心に何かが打ち込まれる感覚を覚えた。


「どうした、練習しないのか?」


「それどころじゃないですよ。クラスメイトが疑われているんですよ?」


 治道がそう言うと、兵頭は「君は彼が好きなのかい?」と聞いた。


「いえ、あいつはあまり好きじゃないですけど、警察が嫌いなだけです」


 それを聞いた、兵頭はニタリと笑った。


「治道、さっきから失礼だろう!」


「下の名前は治道君か?」


 治道は兵頭がそう言うのを無視していた。


「クラスメイトを疑う奴の話なんか聞きたくない」


「相手は小杉だぞ? 何をかばっているんだよ?」


「刑事さん、多分、小杉だと思います」


 赤石がそう言うと、治道は「赤石!」と怒鳴りだす。


「何か、見たのかい?」


「いや、見たわけじゃあないですけど、ただ、治道のことを在日とか言って、バカにするし、外国人を自分が英語とか語学関連出来ないからって、敵視するから、評判は悪いけどーー」


「・・・・・・詳しく、聞こうか?」


 そう兵頭があぐらで座った時だった。


〈校内にキメラ出現! 繰り返します! 校内にキメラ出現! 生徒は速やかに学校から退避してください!〉


「キメラって・・・・・・」


「何だっけ? 怪物だろう?」


 何で、そんなやばい奴が、アルテミスにいるんだよ?


「やっぱり、化け物の仕業かよ?」


 兵頭はそう言うと「おい、ソルブスユニット呼べよ」とだけ言った。


「主任、今はそういう呼び方しませんよ」


「どうでもいいだろう? とりあえず、生徒逃がして、俺達で時間稼ぐぞ?」


「丸腰でキメラと戦うのは危険では?」


「俺たちは警察官だろう? ガキ守んないで、どうする?」


 そう言って、兵頭達は道場を出る。


「君らは動くなよ」


「はい・・・・・・」


「おい、逃げなくて、いいのか?」


「道場のどこかに隠れれば、逃げられるかもな?」


 すると、スマートフォンに通話が入る。


 柔道部の顧問の山井からだった。


「治道、すぐ逃げろ!」


「先生?」


「キメラは小杉だ」


 治道の心に衝撃が走る。


 まさか、あいつが・・・・・・


「校内の教師と外国人生徒を中心に殺戮を開始している。今、奴は柔道場に向かっている」


「それはーー」


「すぐに逃げろ! いいな?」


 そう言われて、通話が切れた。


「治道・・・・・・誰からだよ?」


「逃げるぞ」


 そう言って、治道は柔道着姿で走り出した。


「待てよ! 逃げるって、どこへ行くんだよ!」


「校内の外だよ!」


 そう言って、治道と柔道部員はひたすら、走り始めた。


 小杉・・・・・・


 いくら、皆から後ろ指さされているからって、こんな事をなんでーー


 走り始めると、校内から悲鳴が聞こえ始めていた。


 

 夜になった、学校で小杉修は蛇と人間を掛け合わせた、キメラ体になり、外国人の生徒達を中心に校内で大量虐殺を行っていた。


 インド人の男子学生に対しては蛇の頭そのものになっている、右手を伸ばし、首に噛み付く。


 するとインド人の男子学生の頭部はみるみると腐り始め、そのまま苦しみ悶えながら、絶命までの長い時間を過ごすのだ。


 良い気味だ。


 自分の事を英語が出来ないとバカにし続けていたから、こうなる。


 大体、外国人を勉強という名の競争の場に招いたら、英語のテストで百点を取るのは当たり前じゃないか?


 それを英語教師の渡部に指摘したが、一向に自分の納得する回答が得られない為、奴の自宅まで赴き、日本人のエリートだけによるアルテミス学園の構想を自分は語り続けたが、それを奴は『歪んでいる』とだけ言って、説教を始めた。


 自分はそれに対して、苛立ちを覚えて、上京後に受けた、改造手術の成果を初めて、示すことにした。


 結果は殺人には成功した。


 だが、それ以前に自分は東京都内の問題のある教師達を殺し続け、闇夜に浮かぶヒーローとなろうとしたが、世の中は騒がずに学校での自分の評判も変わらなかった。


 そして、その結果として、警察が校内にまで来てしまった。


 まぁ、別にいい。


 それならば、自分の事をバカにし続けた、外国人やそれを助長した教師共を惨殺し続けて、死刑になればいい。


 それは自分の責任ではない。


 自分を認めなかった、社会の責任であり、ひいては外国人なんかを勉強という神聖なる競争の場に引き込んだ、アルテミスが悪い。


 自分は地元では神童や天才と言われていたのに、アルテミスに入学したとたんに劣等生扱いだ。


 こんな奴らよりも自分は優秀なのだ。


 そう思いながら、フランス人の女子学生の頭部を腐らせた後に次のターゲットを物色する。


 そうさ。


 そして、僕は英雄になるんだ。


 そう思った、小杉は柔道場へと向かった。


 次はあの図に乗った、韓国人を殺しに行く。


 入学した時から、嫌いだった。


 在日のくせに神童と呼ばれた、自分よりも常に最上位の成績を収め、友人に囲まれ、女子からも羨望のまなざしで見られる。


 不公平だ。


 僕は神童と呼ばれていたのに、奴は在日のくせに優遇されている。


 許せない・・・・・・


 そう思いながら、柔道場へ向かっている時だった。


 銃弾二発が自分の胸元に被弾した。


「おらぁ! 蛇野郎! かかってこいやぁ!」


 図体のでかい、大人の男二人がこちらに向かって、銃口を向ける。


「警察か? 邪魔なんだよ? 僕は外国人を粛正するためにーー」


 そう言った、瞬間だった、遠目から柔道場の外に柔道部の連中が道着を着たまま、大急ぎで逃げ始めていた。


 面白い、毒で苦しみぬいて死ぬがいい。


「おい、待て! お前の相手はーー」


 刑事たちを無視した後にそのまま全速力で柔道部の連中に相対す。


 そして、同時に韓国人の友人達の頭部を右手で噛み付き、毒の餌食にした。


「うぅぅぅぅ!」


「赤石! 九十九! 木原! どうしたんだよ?」


「毒だよ? 君らの仲間は苦しみながら、死ぬ」


 そう言った後に韓国人の目の前に立つ。


「君には絶望にもがき苦しみながら、死んでもらう」


 仲間の頭部が腐り始める中で、韓国人はこちらを睨み据える。


 なんだよ?


 自分が悪いんだろう?


 図に乗っているから?


 まぁ、いいや?


 こいつも殺そうか?


 そう思った、矢先だった。


 再び、銃声が校内に響き、自分の体に銃弾がめり込む。


 遠目には今日、転校して来た、転校生のアメリカ人の少女が立っていた。


「何してんの? 僕に対して?」


 そう自分が怒気をはらんだ声で言うと、少女は「どうでもいいけど、あなた、しばらく、動けなくなるよ?」と笑みをこぼす。


 そう言った、矢先だった。


 体中が熱をもって、肺炎にも似た症状が襲い、自分はそのまま倒れこんでしまった。


「なんだ・・・・・・これ?」


「対キメラ用の最新兵器。キルコロナだけど?」


「キルコロナ?」


 韓国人は唖然とした表情でこちらを眺める。


「コロナウィルスをキメラ相手に瞬間的に尚且つ重症化して、死に至る状態に至らせる、私の国の最新兵器だよ」


 そう言った、少女は韓国人の手を取る。


「どうでもいいけど? 李君って言ったっけ?」


 アメリカ人の少女は滑らかな日本語で韓国人に語りかける。


「初めて、見た時から思っていたけど、戦えるね?」


 そう言って、少女は白色のスマートフォンとスマートウォッチを韓国人に渡す。


「奴と戦って」


 肺炎の症状が重くなり、意識が混濁する中では、韓国人の表情は読み取れなかった。



「何だよ? これ?」


 治道は突如、起きた事態に混乱せざるを得なかった。


 レイチェル・バーンズが自分に変わった形のスマートフォンとスマートウォッチを渡したのもそうだが、目の前で柔道部の面々の頭部が腐り続ける光景が広がる。


「治道!」


 そう言って、兵頭達が駆け寄る。


「兵頭警部補?」


「おい、こいつら、運ぶぞ!」


「無理だよ、奴の毒は回るの早いから、苦しむ時間はあっても、もう助からない。頭部はでろでろになって、死ぬ」


 そう言った直後だった。


 赤石、九十九、木原の三人の頭部がとろけ、そのままアスファルトに脳みそが落ち始めた。


 死んだのか?


 さっきまで、冗談言っていたあいつらが?


 その光景を見た瞬間、治道は先ほどまでは同情的だった、小杉だった存在に激しい怒りを覚えた。


「そいつはどう使う?」


 治道がそう言うと、兵頭が「ちょっと、待てよ。それ、ソルブスだろう?」と言って、レイチェルの腕を掴む。


「そうだけど、何? ていうか、セクハラ」


「何じゃねぇよ? こんなの普通のガキが使ったら、死ぬし、軍用兵器を民間人が使うなんてなぁ!」


 兵頭がそう叫んでいときに隣の刑事が「君は一体、何者なんだ?」とレイチェルを凝視する。


「貴様が私のバディか?」


 スマートフォンから、男の音声が聞こえる。


「スマホが喋った・・・・・・」


 治道は驚きを覚えたが、それがAIによるものなのか、誰かが通話しているかは治道には判断が出来なかった。


「AIなのか?」


「そうだ、お前は軍用のソルブスである、私を着て、瀕死のあの哀れなキメラを殺す。簡単だろう?」


 そう言われた瞬間に治道の心に恐怖が襲う。


 俺に小杉を殺せって言うのかよ?


 恐怖で足が震える中で、小杉だった存在は咳をしながらこちらに近づく。


「お前ら・・・・・・僕が死ぬ前に皆殺しにしてやるよ!」


 治道は恐怖に慄いていた。


「学生、私を使うときは装着と叫けべ、後は私が自動で戦う」


「俺は・・・・・・」


 気が付くと、兵頭達やレイチェルが小杉だった、存在に銃を向ける。


 その一方で柔道部の面々が絶命をしている様子が治道の目線に映る。


 ここで、俺が何もしなければ・・・・・・


 どうなる?


「やるよ」


「私を着るか?」


「やらないと、みんな、死んじゃうんだろう! やるよ!」


 そう言って、治道はスマートフォンを道着の懐に入れて、スマートフォンを腕に付けた。


「装着と言え。それですべてが始まる」


 恐らく、その台詞を自分が吐いた瞬間に自分の中で何かが終わる。


 平穏だった、数々の思い出。


 柔道に打ち込んだ日々。


 バカみたいに騒ぎ続けた、仲間との日々。


 それが全て、無くなるんだ。


 治道は震える足を抑えながら、叫んだ。


「装着!」


 そう叫ぶと同時に白色の光が治道を包み込み、野生動物を思わせる、フォルムの白い存在が現れた。


「レディーゴーだ」


 AIがそう言うと、満月の夜の中で治道はただ、AIの動きの補正の下で、動くしかなかった。


「殺してやるよ! 韓国人!」


 そう言って、咳を続けながら、右手の蛇の頭を伸ばす、小杉だった物の右手をキャッチすると、両手でつかみ、それを引きちぎる。


「何だと!」


「雑魚が? 私の踏み台になれ」


 AIがそう言うと、瞬間的な速さで小杉だった物の間合いに入ると一気に右手で心臓を貫いた。


 その瞬間に小杉だった物は絶命をして、小杉そのものに戻っていった。


「俺は・・・・・・何てことをしたんだ」


 仲間を殺されたという怒りの衝動に任せて、人を殺してしまった・・・・・・


 治道が泣きながら、そう言うと、AIが「レイチェル、警察が来るか?」と聞いてきた。


「恐らくね。迎えが来ると思うけど、間に合わなかったら、交戦すると思う」


 どういうことだ?


 俺はまだ、戦うのか?


 これで、終わりじゃないのか?


「おい、交戦って、どういうことだ!」


 そう兵頭が叫ぶ中で、外からはサイレンの甲高いヒステリックな音と、赤色灯の赤い光が夜の学校に反射する。


 そして、周囲を黒いヘルメット姿の男達が包囲する。


「警察なんか、嫌いだ」


 気が動転していたのもある。


 でも、ここまでの騒ぎを起こしたら、もう元には戻れない。


 だったら、俺に敵対する奴を今は殲滅するしかないだろう。


 そうでもしないと、この怒りは収まらない。


 そう思った瞬間に治道は覚悟を決めた。


「おい、AI」


「何だ、学生」


「お前、名前は?」


 それを聞いた、AIは「お前は私と友達になりたいのか?」と聞いてきた。


「別に? ただ、長い付き合いにはなりそうだけど?」


 AIは鼻で笑い始めた。


「フェンリルだ。お前は」


「李治道さ。一般的な高校生だよ」


 そのような会話をしている瞬間も特殊部隊員達が銃口をこちらに向ける。


「おい、待て! 俺たちは味方だ!」


 兵頭がそう言う中で、治道とフェンリルが特殊部隊達に突貫する。


 その瞬間に銃声が鳴り、治道は戦いに赴くことになった。


 夜空に満月が浮かび上がっていた。



〈至急、至急、警視庁から各局、警視庁から各局。第四方面、四谷署管内 四谷三丁目○ー○○の聖アルテミス学園内において、正体不明のソルブスがSIT小隊と交戦中。負傷者有り。なお、キメラは排除されたとの模様。各自、現場に急行せよ〉


「ISAT小隊了解、直ちに現場へと臨場する」


 サイレンのヒステリックな音と赤色灯の赤い光が夜の首都高を照らす中で、ソルブスユニットからISAT(Independent Special Armored Teem アイサット 独立特殊機甲部隊)という名称に変わり、警視庁警備部のソルブス専門の正式な特殊部隊としても昇格を果たした同部隊は四谷の聖アルテミス学園へと向かっていた。


 この部隊も今では実験部隊時代とは比べ物にならないほどの予算と人員を与えられているからなぁ・・・・・・


 トレーラーの中のオペレーションルームではお互いに巡査部長に昇進した、浮田と中道が本部通信指令部とやり取りを行っていた。


「正体不明のソルブスねぇ? 化け物が相手かと思ったが、ここに来て、本物のドンパチが行えるなんてなぁ? レイザ?」


「津上君? 勇姿を期待しているわよ?」


 津上スバル巡査は手持ちのソルブスである、レイザといちゃつく中で、一場亜門巡査はため息を吐かざるを得なかった。


「不安か?」


「あぁ、ここ最近はキメラ対応が多かったけど、ここに来て、ソルブスが出るなんて、何か気にならないか?」


「裏で何かが起きているか?」


 亜門は手持ちのソルブスである、メシアとそのような会話をしていたが、津上が「英雄殿にはちょちょいのちょいだろう?」と声をかける。


「津上、その表現、嫌いなんだけど?」


「何言ってんの? 六年前の血のクリスマス事件とか一連の神格教動乱を解決したの、亜門君じゃん?」


 海原千世巡査が笑みをこぼしながら、そう言うが、手持ちのソルブスは量産型のガーディアンサードなので、自分達のような自立思考型AIが搭載されていない。


 その為、暇つぶしでこうして、自分たちと話を始める。


「海原、それは一場も触れられるのは嫌なんだよ、英雄呼ばわりされても、平の巡査だし?」


「おい、岩月! 気にしているこというんじゃない!」


 岩月大輔巡査は「ごめん・・・・・・」としょんぼりするが、そこにメシアが「お前、プロポーズする直前に招集がかかったからって、落ち込み過ぎだろう?」と茶々を入れる。


「メシア、今はそれを言うなよ・・・・・・」


「お前、男だなぁ? とうとう、女医さんと結婚するかぁ?」


「研修医だよ」


「勝算ある?」


「ダメだったら、良い店知っているぜ? 吉原のなぁ、べっぴんさんがいるーー」


「風俗じゃん。最低」


 みんな、優しいなぁ?


 あるいはからかって、遊んでいるだけだろうけど?


「瑠奈とは収入差があるからなぁ? あっちは東大医学部卒の医者の卵でこっちは大学中退の一巡査だからさ?」


「お前、一応言っておくけど、作戦中にプロポーズのことを考えるなよ?」


 津上がそう言うと、亜門は「やんないよ。僕はこれでも、結構、作戦に従事した時間が長いんだ?」とだけ言った。


「教官が聞いたら、泣いて喜ぶだろうなぁ? そのセリフ? あと、今はジンイチに異動した進藤係長とかも一場の成長と結婚を見たら、号泣するんじゃね?」


「あっ、結婚式、私も呼んでね?」


 すると、奥から小野澄子特務警視長が現れる。


「一場巡査の結婚式の話はさておいて、皆、気を引き締めてね?」


 その瞬間に隊員達の目線は真剣なものになった。


「敵はキメラ撃退後に生身のSIT小隊と交戦して、負傷者も出ているそうよ。キメラを殺した時点では好意的だったけど、警察官に喧嘩売る時点で敵ということね? 装備は丸腰らしいから、残りの二号車と三号車の要員も含めて、一気に包囲するわよ」


 小野がそう言うと、全員が「イエッサー」とだけ言った。


「首都高を降りるな。亜門」


 トラックがパトカーと白バイの先導の下、首都高を降りて、聖アルテミス学園へと向かう。


「厄介なことが起きそうだよ」


 亜門は先ほどまで一緒に食事していた、恋人の久光瑠奈の大きな目を思い出しながら、今日も彼女の下に帰る事だけを考えていた。


「作戦終了して、帰らないと?」


「それ、みんなが思っている事なんだけど?」


 海原がそう言うと、亜門は「僕の場合は特にだよ」とだけ言った。


 時刻は午後九時過ぎ。


 戦場と化した、聖アルテミス学園へと向かう道中はいよいよ、緊張感に包まれ始めていた。


 続く。



 次回、機動特殊部隊ソルブスウルフ。


 第二話 愛国者たちの襲撃。


 英雄と呼ばれた男が動き出す。



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