昭和二十年 八月九日 実方辰顕 魔除け
辰顕は、子供達の声が未だ耳に残っていて、耳の中で、ワーン、と音がしている様な気がしていた。
病室は、薄暗くて静かで、ホッとする。
辰顕は、寝台の上で上半身だけを起こして、グッタリと壁に背中を持たれかけていた。
周と紘が、其々の寝台で、辰顕と同じ姿勢で、天井を仰いでグッタリしている。
読書会に集まった六人は、今日は其々、寝台を一つずつ陣取って、疲労で伸びていた。
夕餉は、あまりにも小さな子供が多過ぎて、囲炉裏端に座りきれず、時間差で食事を食べたのだが、慌ただしいにも程が有ったのである。
弥涼と弥生の面倒を、夕餉を作る支度の手伝いから戻った成子と逸枝が見て、食事をさせ、他の、喜んで駆け回る五人の男児は、若け衆総出で面倒を見た。
薫陶が顕悟を、綜が賢顕を、周が了を、辰顕が伸顕を、紘が貴顕を見て、其の間に陶冶が風呂を焚き、食事が終わる端から、誠吉と顕彦が子供を捕まえて風呂に入れ、其れが終わると、誠吉と顕彦に食事をしてもらった。
其の間、風呂上がりで、はしゃいで駆け回る子供達を、若け衆全員で遊んでやり、誠吉と顕彦が食べ終えると、若い衆が交代で食べ、其の間に誠吉と顕彦が子供達の相手をしてくれた。
三人の主婦は目まぐるしく立ち働き、食事を食べ終えた若け衆が風呂に行く頃、やっと食事に有り付いていた。
風呂を終えた若け衆は膳の片付けを手伝ったが、二十人分もの食事の片付けを終え、主婦三人が風呂に入ろうという頃には、全員、夕餉に何を食べたか殆ど思い出せない程疲れていた。
紘の向かいの寝台で、浴衣姿の陶冶が、うう、と呻いて言った。
「いやぁ、長兄も子沢山だから、よく相手をしていたけど。如何して子守りって、手合わせよりも疲れるのかな。瑛子が大人しいから忘れていたよ」
辰顕の向かいの、陶冶の隣の寝台で仰向けになっている薫陶が、そうだね、と言った。
「まぁ、初日だから、楽しくなって、はしゃいでしまう、というのも有るだろうね。慣れたら落ち着いて、食事の間くらいは座っていてくれる様になるでしょう。でも、賑やかで、不安が何処かへ行っちゃった。あの笑い声は魔除けになりそうじゃない?」
綜が、周の向かいの、陶冶の左隣の寝台で横になりながら、疲れた顔で言った。
「そうですね。悪いものも裸足で逃げ出しそうです」
其れ、褒めてない、と辰顕は思ったが、あまりにも綜がグッタリしているので、可笑しくて、ふふっ、と笑ってしまった。
「えっと、どれが誰だったっけ?」
紘が、右手の指を折りながら、賢顕、伸顕、と、名前を言おうと試みていた。
周が、もう誰でも良い気がしない?と笑いながら言った。
「俺なんか、本当は隠れていた方が良いだろうけど、あの子達、個々の区別が付いていないみたいでさ。至極残念な事に、俺と兄上の区別も付いていないみたいだし」
至極残念と言いつつ、全く残念では無さそうに、周はクスクスと可笑しそうに笑った。
「あ、俺達、自己紹介したかな、そう言えば。思い返してみたけど、名前も聞かれていないぞ。一体誰だと思われているのだろうな」
陶冶が、ムクッと起き上がりながら、そう言った。
薫陶も起き上がって、あ、と言った。
もう良いか、と陶冶が言った。
「横並びの身長の若け衆が六人居たら相手も見分けが付いていないだろうな、とは俺も思った。其の中の双子が四人だし。あんな小さな子達からしたら、ほぼ同一人物だろう」
確かに、と薫陶が言った。
「ほぼ同じ身長の六人中、双子が二組、なんて、見分けを付けろと言う方が酷かもね」
ね、と周が言った。
「俺、最初は、誰?とか聞かれていたけど、周二、って、答えたか答えないかのうちに、名前も聞かれなくなったよ、途中から。第一、あんなに子供が居るなら、隠れているより、面倒見た方が良いかも、と思って。誠吉さんも紘も、小さい子達に全く気にされていないし。ザックリ親戚だって事で、もう御互い一纏めで良いと思う」
そう言ってクスクス笑う周に、紘も、そうだね、と言って、クスクス笑った。
「俺達を隠しておいた方が良いか如何か、なんて、大人の誰も既に気にしている様子が無いくらいゴチャゴチャしていたものね」
辰顕も笑って、言った。
「周ちゃんの言う、ザックリ親戚、って、良いね。大体合っているよね。実は俺も、同じ実方衆だけど、賢顕と伸顕と顕悟の見分けが身長以外で付かない。此の前御精霊さんを一緒に遣ったっていうのに」
そうだよねぇ、と周が言った。
「男子が全員坊主頭で、女子が全員おかっぱ頭でしょ?しかも、見分け云々の前に、ジッとしていないからさぁ」
分かる、と辰顕は言った。
「顔は其々に特徴が有るのに、思い出そうとすると、顔が全部、尚顕さんになる。頭の中でザックリ全員小さい尚顕さんになる」
清水の双子も、分かる、と言って、ケラケラ笑った。
綜が、うう、と呻きながら、遺伝だなぁ、と言って起き上がった。
「確かに皆、良く似ている」
そう言う綜の、珍しく大儀そうな様子を見て、皆で余計に笑った。
陶冶が、そろそろ読書会を始めようか、と言った。
今日は其々で陣取った寝台の上に座りながら、話を聞く心算らしい。
ではと言って、紘は本を取り出した。




