昭和二十年 八月九日 瀬原周二 恩師
「尚先生」
周二は、病院から立ち去る利助と尚顕を追い掛けた。
尚顕は振り返って、周二に駆け寄ってきた。
尚顕は目に涙を浮かべて、そっと、周二の肩に手を置いた。
「久し振りだな、周。実は、御前が生きている、という話は顕彦殿から伺っていたのだ。でも、まさか今日会えるとは思わなかった。教え子の葬式に出るなんて、そりゃあ嫌だったが。生きて会えて嬉しいよ。大きくなったなぁ。もう俺と横並びじゃないか」
周二は、尚先生、と、声に出して呼ぶと、口から言葉が出るのに合わせて涙がボロボロ出てきた。
尚顕と周二は抱き合って泣いた。
「死亡届まで出されて。何と言ったら良いか。其れでも会えて良かった。御前が生きていて本当に良かった」
尚顕は、そう言うと、周二から離れ、周二の右頬に、そっと触れた。
周二は自分の手の甲で涙を拭った。
草原の温い風が体に纏わり付いてきて、周二の浴衣を揺らす。
尚顕は、軍服の衣嚢から手拭いを出して、顔を拭いた。
見れば、利助も泣いている。
「周、此れから如何する?」
尚顕の問いに、周二はギクリとした。
―…此の場所を出るとは言えない。
「俺、別に長になるわけじゃないし。里に居ても何が出来るわけじゃないから」
周二の言葉に、尚顕は、驚いた様に、如何して、と言った。
「成績も良かったろう。学校、勿体無かったなぁ」
周二は、思い掛けない尚顕の言葉を聞いて、目を丸くした。
―本当は、もっと勉強したかった。学校は好きだったし、苦手な科目も無かった。でも、そんな事、学校の先生に言ってもらえるなんて思わなかった。
尚顕は笑顔で続けた。
「御前は小さい子の面倒も、よく見るし、臨画の先生なんて遣らせたら、良い先生になるかと思っていたのだ。何時か、戸籍やら何やら、何もかも上手くいって、学校に戻れる事になったら、何年遅れになっても、教員を目指してみないか。出来得る限りの協力はするから」
周二は、其れを聞いて、涙が止まらなかった。
―ごめんなさい、尚先生。俺が里の学校に戻れる日は多分来ない。其れでも、其処まで言ってもらえるとは思わなかった。
よく見ておこう、と思い、周二は、目を開けて、尚顕の顔を見た。
顕彦も尚顕も、周二にとっては大好きな恩師だった。
尚顕の眉目良い顔は、絵にするなら、如何かすると、華やかな顕彦の顔よりも好きな顔立ちかもしれなかった。
軍服姿の恩師の顔は、薄暮でも、涙の流れた部分が光っている様に見えて、周二には、好ましい、美しい顔に思えた。
「尚先生、有難うございます」
―俺、何処に居ても頑張ります。此処ではない場所でも。
利助と尚顕が行ってしまってから、周二が病院の方を見ると、何時もの様に、表情の乏しい顔で、浴衣姿の綜一が立っていて、周二を見守ってくれていた。
其の背後の、すっかり暗くなってきた辺りに明かりが灯り、普段より少し遅い夕餉を作る香りがしている。
囲炉裏の煙出し窓からは煙が立ち上り、子供の笑い声が聞こえてきた。
―本当に、此の幸せなもの全部、置いて行かないといけないのかな。本当に、此の幸せなものを一つも持って行けないのかな。
良い事ばかりが起きた場所では無かった。
しかし、良い事ばかりの場所など、きっと此の世の何処にも存在しないであろう事は、此の十七年という短い人生の中でも、周二は既に学び取ってしまっている事だった。
そうだね、と周二は思った。
―此処が極楽だ。俊顕さんが連れてきてくれて、じぃじが、皆が俺を守って、隠してくれていた極楽。俺は極楽を出ようとしている。此の、全てと御別れする。
何度認識し直しても別れは悲しい。
此処は『瀬原周二』の死後の世界である。
もう一度、生きた人間として暮らす為には、此の極楽を出る必要が有る。
―苗の神様の事、よく知らなかったな。いや、未だ、能く分かってないけど。何か、山の端っこで…穀物神で?苗の神様って、やっぱり、此処で俺を守っていてくれたのかな。じぃじと一緒に
周二には、信仰の事は全く分からない。
ただ、尊敬する人達が信じている、という点が愛おしいというだけの、ボンヤリとした、善悪すら定かでないものだった。
しかし、此処が仮に極楽なのであれば、其の尊い存在は此処に居るのだろう、と、周二は思った。
此処が、愛する人々の居る周二の極楽。此処に居るのだろう、と。
ある意味、其れが周二の信仰だった。
綜一が、行くぞ、と声を掛けて来た。
周二は、涙を手の甲で拭って頷いた。
※臨画 臨画教育は、明治五年から昭和二十年まで取り入れられていた、御手本の絵を忠実に描写させて、絵を描く技術を身に付けさせる事を重点に置いた図工教育。大正時代には山本鼎らによって、芸術心を養育する自由画教育が提唱されたが、太平洋戦争勃発以降、再び、技術習得に力点を置いた臨画教育の風潮に戻った。




