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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第一章 昭和二十年 七月
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昭和二十年 七月二十六日 坂本紘一 人体実験の話

()を言うな 目上に逆らうな、という土地の風潮を指す言葉。嘘をつくな、自分の正義を主張するな、自己弁護をするな、というニュアンスも有る。

※戦前は男女共に平均寿命が四〇代だった為、徴兵される可能性は有っても、四十代目前だと、感覚としては、兵隊としては年を取っている、という感覚が有ったので、顕彦は、自分は兵隊としては年齢が高いと言っている。

※旧制中学校は中学五年、満十六歳までだったので、綜一は学校を既に卒業している。

 さて、と俊顕は言った。


「何か聞きたい事は有るか?」


 やっぱり御見通しかぁ、と言って、静吉は笑った。


 俊顕は、笑いながら、そりゃ御前、と言った。

「御前が、どんな覚悟で里を出たか知っている。親が死んだからって態々(わざわざ)出向いて来るなんて余程の事だろう。御前の兄上だって来てないのに。目的は何だ?(ただす)殿の納骨だけか?」


 ああ、読まれている、と紘一は思った。


 何があって父母が里を抜け出したのかは、紘一は知らないが、静吉が使命を帯びて此処に来たのは本当である。


 本当に()(ばる)集落が『妙な事』になっているのか如何(どう)か、確かめなければならないのだ。


 静吉は、双子の方をチラリと見た。


 俊顕は、大丈夫、と言った。

(おさ)には、御前が親の納骨に来る事は伝えてあると言ったであろう。此の双子も(わけ)()りで此処に居るのだ。口も堅い。彼是(あれこれ)言って回りはせぬ。(むし)ろ、外では、此の里が如何(どう)思われているか、此の子達に教えてやる、良い機会だ」


 紘一が風呂に居た時、何か話が有ったらしい、と紘一は察した。


 静吉は、それじゃあ、と言って、息を吸った。


 こうして居住まいを正すと、おっとりした普段の父とは比べ物にならない程、理路整然とした賢い人物が現れる。


 祈祷師(きとうし)の仕事の時も、そうである。

 

 今では、新三の顧客に頼まれた時にしか遣らないが、此の辺りの気分の切り替え方には、息子の紘一から見ても、目を見張るものが有る。


 双子と辰顕が、グッ、と、静吉の雰囲気に飲まれたのが、紘一には分かった。


祈祷師(ウセンシ)の術を軍事利用しようとしている、という話は本当か?」


 静吉の言葉を聞いて、上座敷にいた全員が沈黙した。


 ああ、祈祷師(ウセンンシ)、さっき聞いた言葉だな、と紘一は思った。何処かで、高い所から飛び降りている様な、ドスーン、ドスーンという音と、大笑いする様な子供の声と、其れを(たしな)める安幾の声がした。


 本当だ、と俊顕は言った。


「正確には、しようとしている、だろうか。(ほとん)頓挫(とんざ)しかかっている計画だ」

「やはりそうか」


 静吉は、そう言うと溜息をついた。


 俊顕は、紘一の方を見て、術は使えるか、と問うた。

 静吉は、紘一を見て、頷いた。

 紘一は、はい、と言った。


「やって見せなさい、紘」

「はい。では」


 紘一は、右の人差し指を天井に向けた。


 上座敷に居た人間全員が、えっ、と言った。

 嘘だろう?と顕彦が言った。

「此れだけ?此れだけで術を他人に掛けられるのか?誠吉さん、一体どんな教え方したのです?呪文も無しに、こんな事が出来るとは…」


 静吉は、ちょっとしたコツでな、と言った。

 紘一は、フッと力を抜いた。

「すみません、俺、あんまり長い時間出来ないのですが」


「否、此れは、恐れ入った」

 俊顕は、そう言って眼を(しばた)かせた。


 紘一は、予想外に皆に驚かれたので、どぎまぎして、言った。

「あの、でも、皆も此れ、出来るのでは?」

「いや、普通もっと下準備が要るのだ。此れは恐れ入った。良いか、他所で絶対、此れを見せるな。連れて行かれるぞ、研究所に」

「え、其れってまさか、人体実験」


 驚きのあまり、俊顕に、そう言ってしまってから、紘一は、あ、しまった、と思った。

 上座敷の空気が凍り付いた。


 静吉は苦笑いして、紘、今の発言は良くなかったな、と言った。

「こんな拍子に、そんな事を言うなんて、参謀には向かんな、御前は」

「否、研究所だなんて口を滑らせたのは俺が先だからな」

 俊顕も苦笑いして、其処まで知っているなら話が早いや、と言った。


 そう、此れが、確認しなければならない『妙な事』の一つである。


 俊顕曰く、()(ばる)集落が、中央の有権者との繋がりを強めていったのは、昭和初期からの事らしい。


 元々、先々代の坂元本家当主、(みさお)、つまり、紘一の母方の祖父は、政治の場で裏の権力者(フィクサー)として暗躍していたらしいのである。

 しかし、一人娘の(よし)が出奔してから間も無く、亡くなった。

 (みさお)の後を引き継いだのが、今の(おさ)だという事だった。


 世間というものは、情勢が暗くなると占いの類を拠り所にする場合が往々にして有る。

 祈祷の顧客は、自然と、国の上層部の人間が増えていった。

 祈祷で見せる、術による幻覚、体術が上手い者による要人警護で、()(ばる)集落の者は、見る見るうちに頭角を現していった。


 しかし、其れと同時に不可接触(アンタッチャブル)な集団と見做される様になり、皮肉な事に、暗躍すればする程、益々、隠れ里として、()(ばる)集落は孤立していった。


 (いま)だに地図にも明記されない。


 郵便も、鹿児島市に在る私書箱に届く事になっており、其れを持って来て、各家に分配する係が居るそうである。


 そして六年前、戦争が始まると、里は益々、周囲から孤立した。


 問題は、苗の神教である。


 ()(ばる)集落は、苗の神教信者で構成された隠れ里なのだ。

 白装束を着、(あたか)も神道の一派の様に見せ掛けているが、実態は、神社庁に所属しているわけでもなければ、神社が里に在るわけでも無い。


 耶蘇(キリスト)教徒だというだけで立場が危うくなる様な御時世に、地方の、ちっぽけな、何だかよく分からない宗教団体が、外聞の良い立場で居られる筈も無かった。


 (うみ)()かば()()(かばね)(やま)()かば(くさ)()(かばね)、と、皇尊(すめらみこと)こそを一番に崇めねばならぬところを、苗の神 (サァ)という謎の存在を敬い、わけの分からない術で政治家と繋がる集団。


 五人組が出来、近所同士ですら御互いを見張り合っている時代である。

 隠れ里の性質は、知られれば知られる程、非国民扱いされる事は避けられない。


 其処で、一計を案じた者が居る。


 長の補佐を務める、()(ばる)(はち)()である。徹底的な軍事協力。しかも、苗の神教の術を使っての。


 此の案は、始めは上手くいっていた。


 里の男、十代、二十代は、表向き、吉野駐屯地の敷地内とされている施設に集められ、日夜、訓練と研究を重ねていた。


 研究の結果、術は、強い暗示が齎すもの、と結論付けられた。

 応用して、目くらまし、洗脳に利用しようと、かなりの額が投入されたらしい。

 しかし、実用化には至らなかった。


 一つは、同じ里出身でも、術が上手い者、そうでもない者、全く使えない者がいて、術の精度が、まちまちであった事。


 もう一つは、里の出身でない者でも術が使える様になるか否か、という実験を、里全体が、秘術であるが故に固辞した事。


 こうして、次第に、()(ばる)集落の軍事協力は雲行きが怪しくなっていった。


「俺と栄は、軍医みたいな事を遣らされている。其れで、三年前、此処よりも吉野駐屯地寄りに実方医院本館が建てられて、其処は、軍関係の、割と大きな病院になった。うちの家族は、辰以外其処に住んでいる。最近では、瀬原集落の()()も、前線に出されたり、駐屯地の演習に参加したりしているが。まぁ、あれだ。術が理由、という事で無ければ、軍需工場の様な物だな。()(ばる)集落全体が、軍関係者と言って良い」


 俊顕が一通り説明すると、静吉は、そういう事か、と言って、頭を抱えた。

「やはりな」


(ただす)殿は、亡くなるまで坂元本家当主でいらしたが。(ただす)殿は、術の軍事利用に反対していた。うちは、父が既に実方本家当主を顕彦に譲っていた上に、顕彦は、四家の当主の中で一番若輩故に、ほぼ発言権が無かった」


 俊顕の言葉に、顕彦が膨れた。

御無礼様(ゴブレサー)ですよ。結局、()を言うなって事でしょう?全く、童顔は嫌ですね。舐められる。髭でも蓄えた方が良いですかね」


 髭が薄いくせに無理するなよ、と言って、俊顕が苦笑いして、続けた。


(ただす)殿は、信仰の副産物である秘術を売ってまで長らえるくらいなら、里を解体し、隠れ里を止める様に主張した。しかし長は、隠れ里の解体に、首を縦に振らなかった。勿論、御立場を考えると、では解体しよう、とは言えまいが。第一、里の人間は、里の外で暮らした事の無い者が(ほとん)どだ。其れを、行き成り他の場所で銃後の生活をせよ、とも言えまい。其のうちに、吉野本家当主が、里の解体より軍事協力だ、と賛同した。そして、あろう事か、清水本家当主が里を留守にしているうちに勝手に決めて、軍に返事をしてしまったのだ。其の様に、里でも散々揉めたのだが、結果的に、軍事協力に反対していた(ただす)殿の立場が悪くなってしまった。其のせいで、(すなお)さんも怒ってしまって、今は(ほとん)ど、里とは絶縁状態だ」


 静吉は、そういう経緯(いきさつ)だったか、と言った。


「其れで?もしかして、今の吉野本家当主は?」

「御想像の通り、(やす)(ちか)さんだよ。次男坊だな。此の双子の伯父だ」


 静吉は、はた、と、何かに気付いた顔をして、双子の方を見た。


「おや。其れでは。君達の、お母さんは?」


「此の双子は、吉野本家の次女、お(ちか)さんと、(おさ)との間の子なのだ」


 俊顕が、そう答えると、静吉は、はー、と言った。

「ああ、お(きぬ)さんの妹か。言われてみれば、周君は少し似ているな」

「え?キヌおばちゃんを御存知ですか?」

 周二が驚いた様に、そう言った。


「ああ、清水本家に嫁がれたであろう。息災でいらっしゃるか?」

 周二は、静吉の言葉に少し顔を曇らせ、あの、結核で、と言った。


 俊顕は、ああ、と言った。

「すまん、言い忘れていたが、清水本家当主の長男だった靹寿(ともひさ)さんと、お(きぬ)さん夫婦は、子供が出来る前に、昭和七年に亡くなって。今の清水本家当主は、(とも)寿(ひさ)さんの弟で、次男の、千寿(かずとし)さんなのだ。うちの下の妹、(なか)が嫁いでいる」

「ああ、其れは、悪い事を聞いたね」


「御前、(とも)寿(ひさ)さんと懇意だったのかい?」

 俊顕の言葉に、静吉は、御世話になったのだよ、と返した。

「何度か仕事で御一緒したが、別件で助けて頂いた事もあって。親切な方だったが、あれが最後に御会いした時になってしまったのか。御子も産まれぬうちに身罷(みまから)られるとは、さぞ無念でいらした事であろう。年は彼方(あちら)が上でいらしたが、誕生日が近い、などと言って、そんな些細な事で、随分親近感を持って頂いた様だった」


「気さくな方でいらしたからな。御前、新暦の十月十四日の生まれであろう?」

「ああ、鉄道記念日だ。俺より四日早いと仰っていた。懐かしいな」


 周二は、嬉しい、と言った。

「覚えていてくれた人が居て、良かった。おばちゃん達、可愛がってくれたから。此の狭い里で結核患者を出した家だ、って、あんまり良い言われ方しなかったけど」

 周二は、そう言うと、寂しそうに笑った。


 綜一が其れを受けて口を開いた。

「今の吉野本家当主は、うちの母と仲が良くなかったらしくて。俺達も割と邪険にされました」

 綜一は、ボソリと、うちの伯父の悪口を言っても良いですよ、と付け加えた。


「うん、伯父さんでなくて、じぃじ達の方が悪く言われるなんて間違っているもの」

 周二は、語気を少し強くして、そう言うと、綜一に向かって頷いた。


 静吉は、クスッと笑った。

「ああ、分かったぞ。君達、うちの父が好きだったのだな」


 紘一も、静吉が言うのを聞いて、同意見だ、と思った。

 吉野本家当主保親とやらの悪口を言いたいのは、多分綜一の方なのである。

 余程の確執(かくしつ)が有るらしい。


「はい。母も既に鬼籍に入っておりますし。伯母達が亡くなってから良くしてくれたのは、坂元衆()実方衆()の人が(ほとん)どでしたから」


 綜一の言葉に、紘一は、思わず、さねかたし?と呟いてしまった。

如何(どう)したの、紘」

 栄五が、紘一の顔を覗き見る様にして、そう言った。

「あの、さかもとし、とか、さねかたし、って、何の事ですか?」


「誠吉、御前、子供に、殆ど里の説明をしていないな?」

 俊顕が、そう言って笑うと、顕彦が、懐から手帳と鉛筆を出して、サラサラと何かを書き付け、其の手帳を、鉛筆と一緒に紘一に渡してくれた。


 手帳には『(さか)(もと)衆』『(さね)(かた)衆』『()(みず)衆』『(よし)()衆』『()(ばる)衆』とあった。


「其れが、戸数の順だ。本家しか残っていない坂元衆()が一番少なくて、瀬原衆()が一番多い。此の瀬原集落は姓が五つしか無いのだ」


 俊顕が、そう言うと、顕彦が、そうそう、と言った。


「名字が同じ人達の事を、()、もしくは一門(イッケ)と呼ぶ。俺達は実方(さねかた)()


―名字が五つしかない?そうなのか。


 紘一は、事情が上手く飲み込めない、と思った。

「えーと、上方限(カミホーギリ)下方限(シモホーギリ)、というのは聞いたのですが」


 顕彦が、ああ、と言って言い淀んだ。


 綜一が、借りますね、と言って、手帳と鉛筆を紘一からそっと取り上げて、シュッと一本、鉛筆で線を引いた。


「こっちの四家は上方限(カミホーギリ)俺達瀬()(ばる)()下方限(シモホーギリ)。長の館は上方限(カミホーギリ)に在るから、俺達は上方限(カミホーギリ)で育ったが、本来、長というのは、下方限(シモホーギリ)()(ばる)()の長なのだ」


 綜一は、そう言って、手帳と鉛筆を紘一に渡した。紘一は、引かれた線を見ながら、如何(どう)いう事なのかな、と思った。


 辰顕に、上方限(カミホーギリ)下方限(シモホーギリ)との間には貧富の差が在ると聞いたばかりだったが、此れでは露骨である。


 つまりは、瀬原衆()が、あまり裕福ではない、という事になる。

 

 しかし、其処の長が集落の長。

 但し、長の館は上方限(カミホーギリ)に在り、双子は上方限(カミホーギリ)の出身。

 紘一の目には、双子が貧しい育ちの様には見えない。


 紘一は、顕彦に、そっと手帳と鉛筆を返し、有難うございます、と言った。

「其々の家の呼び方については分かったかな?」

 顕彦は、少し気不味そうに笑って、そう言った。

 やはり何か、言い(にく)い事が有るらしい。


 紘一は、はい、と言った。


 静吉が溜息をついて、言った。

「うちも、織機(しょっき)の会社なのだが。昭和の初めくらいまでは市場を海外に広げていて、他国の民族衣装なんかも手掛けていたのだ。俺も営業で頑張ったものだが。今は軍需品を作っているよ。何処も、そういう流れには逆らえないものなのであろうな」


 静吉が、そう言うと、顕彦が、誠吉さん営業似合いそうですね、と言って笑った。

 紘一は、父が、上方限(カミホーギリ)下方限(シモホーギリ)の貧富の差についての内容から話を逸らした事に気付いた。


―もしかしたら、其れは不可接触な内容なのかもしれない。俺に聞かせたくない様な。


 綜一も、話を逸らされた事に気付いている様子であるが、何も言わない。

 聞かなかった事にした方が良いのだろうか、と紘一は思った。


 顕彦が続ける。

「暫くは、本当に良かったのですよ。研究というのも、よく進んだ。俺も最初は少し手伝いましたからね。其れが最近じゃ、俺は、兵隊にするにしても年齢が多少高いし、別に医者でもないし、でも病院の経理で本家当主っていう、よく扱い方が分からない存在になっちまった様子で、あまり御声が掛からないのです。俺は結局、一時期、里の郵便係でしたよ」


 静吉が、郵便係?と言うと、顕彦が寂しげに笑った。

「…(かつ)ての教え子の家に、赤紙届けたり、死亡通知届けたりしたものですよ。(うみ)()かば()()(かばね)(やま)()かば(くさ)()(かばね)、という事です。葦原(あしはら)瑞穂(みずほ)(くに)を守った者達の家にね」


 此の人、先生だったのか、と紘一は思った。


―オマケに病院経理?


 聞けば、私財を投じて、里に尋常小学校と尋常中学校を作るのに尽力した人物で、自身も教員免許を取得して、里で最初にして唯一の教員になった人物だという。顕彦は、意外な肩書が多い人物らしい。

 そして、本当に感情表現が直情的(ストレート)な人らしく、其の悲しみが、表情からだけでも、よく伝わった。


 顕彦は尚も続ける。

「最近じゃ、俺、猟や畑仕事ばかりしています。此の御時世、家を空けなくて済むのは助かっていますが。其れで、上方限(カミホーギリ)の実方本家から夫婦揃って、通いで毎日、此の病院別館に来て、彼是(あれこれ)手伝っております」


 御世話になっております、と言って、栄五が顕彦に、丁寧に一礼した。


「いや、うちの妹の(はつ)が一人に子供三人。幾ら双子と辰が居るとは言ったって、不用心だろ。此処は()だ、地形のせいか空襲に遭ってはいないが。皆一緒に居た方が良い」


 顕彦が、そう言うと、俊顕が、一呼吸おいて、其処で此の双子だが、と言った。


「事情が有って預かっていると聞いたが」

 静吉が、そう言って、居住まいを正した。ああ、と言って俊顕が続けた。


「三年前、双子で術の実験をさせられそうになっていたのを、言い出しっぺの八次さんが拒否してな。(おさ)の後継に何かあると、里が立ち行かなくなると思っている様だな。確かに、当時未()だ、双子は正式に従軍出来る年では無かったからな。予科練とも違うし。其処で代わりに、清水分家の双子が行って、其れで丸く収まった、…わけも無く。まぁ、里の中でも、そりゃ揉めた。結局、(おさ)は、其処の、次男坊の周が死んだ事にして、役所に死亡届を出す羽目になった。念には念を入れて、周の葬式まで出した」


 静吉と紘一は、思わず、声を揃えて、は?と言った。


 俊顕は尚も続ける。

「死んだ事にしてしまえば、双子を、実験や従軍で出さなくて良いからな。八次さんにしたら、長の後継は残したい。綜に何かあった時の為に、周も残しておきたい、という考えなのだ。長の男系の子孫の保持だよ」


 そんなの予備(スペア)じゃないか、と思い、紘一は真っ青になった。


 俊顕は、更に続ける。

「ただ、綜は今年に入ってから、昼は(たま)に、実験参加という形で研究所に行っている。今度の十一月で、満十八歳だしな。学校も既に卒業したから、という事で」


 俊顕が、そう言うのを受けて、もう惰性ですけどね、と綜一は言った。


「まぁ打ち切ろうにも、(そもそも)極秘で始めていますからね。今、戦局が如何(どう)なっているか分かりませんが、市街地に爆弾を落とされているのに、目くらましや洗脳の研究をし続けるというのも如何(いかが)なものだろうか、と、個人的にも思います。だからもう、言い出した人間が亡くなりでもしていて、引っ込みがつかないのではないかと思う事にしています」


 暗に綜一が、戦局が思わしくない事を匂わせたので、紘一は、おや、と思った。


 他の場所で、そんな事を言おうものなら袋叩きである。

 戦局に対しては、大人が言う事を鵜呑みにして、疑問に思った事すらない子供も多いのではないだろうか。


 しかし、其の場にいる大人達は、綜一が言うのを聞いて、ただ穏やかに笑っている。


 あれれ?と思って、紘一は、下腹の辺りがモヤモヤとして、冷たくなるのを感じた。

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