昭和二十年 八月七日 坂本紘一 七夕飾り
賑やかな飾りのついた七夕の竹が、軒下に飾れない程大きいので、結局井戸の屋根の柱に括りつけられる事になったのを、紘一は、可笑しい気持ちで見ていた。
静吉は、陶冶と共に、器用に、竹を縄で柱に括り付けた。
夕餉の時間になるまで、初と安幾以外の皆で、縁側で、飾りを作ったり、短冊を書いたりする事になった。
小さな子達の短冊が書き上がると、静吉が子等を抱いて持ち上げ、枝に紙縒りで括り付ける手伝いをした。
「あ、一攫千金の『攫』の字、書き間違った」
陶冶が、そう言って笑って、縁側に鉛筆を置くと、了を肩車し、自分の短冊を高い所に結ばせた。
喜ぶ了に、陶冶は、紙縒りを結ぶ場所を指示した。
「もうちょっと上だ。そうそう」
何だかんだ言って陶冶も相当七夕を楽しんでいた。
子供みたい、と言って、昼寝から起きた薫陶も笑っていた。
浴衣姿の顕彦が、子供達に紙縒りを作ってやりながら、庭の様子を微笑んで見守っている。
「治さん、短冊の願い事も大胆だねぇ」
紘一が、そう言って笑うと、辰顕も、治さんらしいね、と言って、『学業成就』と書いた短冊を結んでいた。
辰ちゃんらしいな、と思いながら、実は短冊に願い事を書く習慣が無い紘一は、無難に、『家内安全』と短冊に書いた。
無難だが、此の時期の紘一の本心だった。
―伯父さんは、字の上達を願って、梶の葉や短冊に和歌を書き付けるものだって言っていたなぁ。短冊に願い事を書くなんて。本当に、全然違うみたい、七夕の行事って。
しかし綜一が『無病息災』と大きく書いていたので、伯父の新三の会社の事を考えたら、陶冶を見習って『商売繁盛』くらい壮大な事を書いた方が良かっただろうか、などと思った。
しかし、命が有って、こうして皆で七夕の行事が出来る、という事だけで満足してしまう今、紘一には然程壮大な夢は願えなかった。
「面白い。短冊に願い事、書くなんて」
紘一が、そう言うと、皆揃って、普通は書かない、と言ったので、紘一は仰天した。
「ど、如何いう事?一体全体」
「里の七夕が、てんでバラバラだから、ひこじぃが、学校の行事は、昔の江戸の寺子屋風に統一してみようか、って言って、里の尋常小学校では、短冊に、和歌や願い事を書こう、って言ってくれたから遣っているらしい。だから、最近は皆遣っているけど。短冊に何か書く、っていう感覚は無かったな。此処最近だよ。七夕飾りも、自由に作って良いって、ひこじぃが言ってくれていたから、周ちゃんが『作品』を作るわけ」
―…だから、此の狭い集落で、此処まで一つの行事がバラバラなのは、如何いうわけ?学校でさせるには統一が必要な程?
驚く紘一を他所に、周二は、短冊も書かずに、夢中で、しかも短時間で、一つの飾りを作っていた。
作られた七夕飾りは、何故か、本当に紙で作ったのか問い質したくなる様な、出来の良い極彩色の鳥で、子供達と静吉、顕彦と初には受けが良かったが、其れ以外の人間からの反応は、いま一つだった。
安幾すらも少々困惑した顔で微笑んでいた。
周二本人は鵲だと主張するのだが、白一色では無い上に、笹に飾るにしては妙に大きいので、紘一は、中華料理店で昔見た様な、見なかった様な、という、奇妙な印象を抱いた。
造形としては上手いのだが、上手過ぎるし、今まで紘一が見てきた、どの七夕飾りとも似ていないのである。
強いて言えば、七夕飾りよりは縁起物とか魔除けの飾りに近く、全く以て、如何いう感想を抱いて良いか分からなかった紘一は、正直に、凄いね、と言った。
気持ちとしては、Amazing(素晴らしい)よりはSurprising(驚くべき)と言うべき出来栄えだと思ったが、凄いと思ったのは本当だった。
周二は、周りに何を言われても、特に気にした様子は無く、実に楽しそうで、数本の紙縒りで器用に、自分の手の届く限りの高い所に其の鳥を飾っていた。
―凄い。周ちゃん、批判も称賛も全く何処吹く風だ。あれを作りたいから作っただけか。伝統も習慣も、願い事をするかしないかさえ、如何でも良さそう。
紘一が更に驚いたのは、あれ程手をかけて作っていたのに、出来上がって以降は、周二自身が、其の飾りへの関心を失ってしまっていた事である。
其の大きな鳥の飾りは其の儘井戸端に野晒しにされていたが、周二が其れを顧みる事は二度と無かった。
紘一は其の、辰顕の言うところの周二の作品、及び自身の綜作物に対する態度を見て悟った。
―向いていない。長とか、他人の御手本になって人々を纏めて、率いて、っていう事に、周ちゃんは向いていない。頭も良いし、大らかだから、あんまり深く考えずに、ある程度までは出来てしまうかもしれないし、周ちゃん自身の人間的魅力は有るから、ついて来てくれる人は居るかもしれないけど。もし仮に長なんかやらせたら、此の、自由な感じが削がれてしまう。其れじゃ、周ちゃんじゃなくなっちゃう。…長の後継の予備は、周ちゃんには酷だ。…気の毒だけど、やっぱり周ちゃんは、此処を出た方が良い。本当は、周ちゃんは、無意識でも、其れが自分で分かっているのかもしれない。




