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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 昭和二十年 八月
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昭和二十年 八月七日 瀬原周二 荷造り

昭和二十年 八月七日 火曜日

最低気温21.6℃ 最高気温29.8℃ 晴れ


 周二は、午後、仮眠室で荷物を整理しながら、何だかモヤモヤしたものを胸に抱えていた。


―何だろう、此の感覚。


 栄達は、昨夜出て行ったきり、戻って来ない。

 そうなると、実は、軍関係の事を含めた外の情報が、何も入って来ないのである。


 坂元本家には収音機(ラジオ)が二つ在るが、一つは壊れてしまった。

 もう一つは、新しい物好きの忠顕が、新しい物を購入する際、古い物を坂元本家にくれたのであるが、電気の通わぬ場所の事、収音機(ラジオ)も電池式なので、電池が勿体無いと言って、あまり(ただす)が使いたがらなかった。


 そして、(ただす)が亡くなってからも、何となく其の儘に(まま)なっている。


 時々顕彦が様子を見ているので、()だ使えるらしいが、結局、俊顕や栄から外の情報が(もたら)されていたので、周二は其処まで必要性を感じていなかったのだった。


 隠れ里にも、此の場所にも、新聞配達とかいう存在は来ない。


 古新聞を、顕彦が、何処かからか持って来てくるので、周二は、其れで、遅れて見た情報を読んで、ふぅん、と思うだけだった。


 今のところ周二は、何か、水気を取るとか、焚き付けに使えるとか、そんな便利で丈夫な紙、という以上の価値を、新聞紙に見出していない。


 ふと、周二は、物を包むために貰ってきた雑紙の中に、新聞紙の切れ端を幾つか発見した。


―逆さから読んでも、しんぶんし、って感じ。あとは、『古新聞』って言葉、ちょっと面白(おもして)な。古いの?新しいの?


 周二は、そんな空疎な事を考えてから、溜息をついた。


 周二が察するに、此のモヤモヤは、何かを知りたい、気になる、と思うから、調べて安心したい、という気持ちなのだと思うのだが、此処に居る以上、周二には其れは叶わない。


 隠れ里にも、上方限(カミホーギリ)に数台と、(おさ)の館に一つ、収音機(ラジオ)が在るのだが。


―…情報量は、隠れ里と同じくらいかな、此処は。


 周二は、溜息をつくと、心の中で、しんぶんしー、と唱えた。


 回文にするくらいしか、今の周二には意味が無い言葉なのである。


―何だか気になる。責任って、何だろう。勝つって言って騙して、ごめんなさい、って事?だから御詫びします、みたいな事?…父上、本当に関わっていないのかな。でも、俊顕さんが嘘言うわけ無いものね。其れなら、父上は責任を取らなくても良い筈だけど、気になるな。実験の事も、聞かないって兄上に約束しちゃったけど、昨日の、治ちゃんと薫ちゃんの話を聞いていたら、やっぱり、誰か死んじゃう様な、怖い実験していたみたいだし。


 最早周二は此の戦争に勝てるとは全く考えていなかった。


―紘が、あんなに言うからには、きっと…。何と無く大人も、自分の考えは敢えて言わないけど、責任を誰かが取らされるのを前提に動いている、って気がする。


 周二に、其れについて、何か出来る筈も無かった。


 ただ、今戦局が如何(どう)なっているのか、という事は気になるのである。


―六日、九日、十五日。気になるよねぇ。六日と九日は、此処を出てはいけない様な、何が?…六日の事は、もう終わっている筈だよね?外では何が起きているのかな。六日は御昼に空襲が有ったけど、其れだけ?九日と十五日は何か起きるのかな?


 しかし、過ぎ去った六日の事なら()だしも、未来の事など、新聞にだって書いてある筈は無かった。


―やっぱり、新聞なんて、雑紙と変わらないかもね、今のところ。


 小さく声に出して、さ、か、さ、か、ら、よ、ん、で、も、し、ん、ぶ、ん、しー、と言うと、周二は、何だか馬鹿馬鹿しくなって、可笑しくなった。


―良いね。今考えても仕方無いもの。楽しい事考えよう。


 周二の頭は、夕方に催される七夕(たなばた)の事に飛んだ。


 こんな時に七夕など出来るとは思っていなかったのだが、誠吉が、子供を喜ばせる為になのか、朝餉の後、何処かに出掛けて、大きな竹を切って来てくれたのだ。


 七夕の日に、自分の傍に、腹も膨れないのに、そんな馬鹿馬鹿しい事、などと言わず、例年通りの事が出来る様に、と、竹を用意してくれる人が居て、其の気持ちだけで、周二は充分嬉しかった。


―昔は、じぃじが笹を切って来てくれたな。懐かしい。

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