昭和二十年 八月六日 実方辰顕 精神感応
辰顕が、清水の双子と、職業病について話をしていると、紘が、よし、大盤振舞、と言った。
洋灯の灯りとは全く無関係に、病室が目映い光に包まれた気がした。
「加奈陀のプリンスエドワードアイランド。グリーンゲイブルズの、アン・シャーリー。赤毛の女の子。雀斑を気にしている。長い髪を、二本の三つ編みの御下げにしている」
紘が、そう言うやいなや、辰顕は、豊かな橙色の髪と、緑がかった灰色の、星の様に輝く、大きな瞳をした女の子と目が合った。
鼻がツンと高い。
辰顕は、思わず寝台から立ち上がった。
「えっ?」
其の子は、雀斑だらけの顔に、輝く様な笑顔を浮かべて、掻き消えた。
袖の膨らんだ、飾紐の沢山付いた、茶色の洋服を着ていた。
紘が、陶冶の方を見て、言った。
「ダイアナ・バリー。黒い髪に黒い瞳。薔薇色の頬。アンの美人の親友。話す前に何時も笑う」
わぁ、と言って、目を見開いた陶冶が、少し頬を染めた。
「御茶会で、間違って御酒を飲んでしまう」
紘が、そう言うと、紅茶と、揃いの茶器、瓶入りの綺麗な赤い色の飲み物が出現した。
周が、あ、と言った。
「茶器、ああいう形なのか。何と無く湯呑だと思っていた」
其れは流石に如何だろう、と思うと、辰顕は可笑しかったが、思っていたよりダイアナは美人だった。
色白で少しポッチャリしていて、実に少女らしかったのである。
淡い桃色の、西洋の服が合う、可憐な容姿をしていた。
「ギルバート・ブライス。黒髪で背が高くて、女の子に人気が有る。初めて会った時、アンが自分に興味を持ってくれなかったから、意地悪をして怒らせてしまう」
綜が、やっぱり、と言った。
「ほら、名前は大事だろう?吉雄という名で、此の姿は想像出来なかったぞ。精々十代から二十代の、西洋の美丈夫ではないか」
「あ、駄目。そんな事言ったら、よしおじちゃんの姿が出てきちゃう。暗示だから」
周が慌てて、そう言うと、ギルバートの姿が、五十路の頃の坂元吉雄に変わってしまった。
色っぽい垂れ目の流し目が、如何にも色男、という具合だった。
紘が、吉雄の姿を見て大笑いして、全てが掻き消え、病室も、元の明るさに戻った気がした。
「あはは、周ちゃん、俺、そんな事聞いたら、笑っちゃう。そっか、あの人が吉雄さんか。確かに、ちょっとアッコおばちゃんに似ているね」
わあ、と周が言った。
「如何やったの?如何して?術って祈祷師の仕事とかの時に、相手が見たいもの、知っているものを見せるくらいでしょ?だから、術では、俺の知らないものは見られない筈なのに。其れに、如何して、紘に、よしおじちゃんの姿が見えたの?」
此れはね、と、紘が説明した。
「昔、弟に見せてやっていたの。要は、其れで遣り過ぎちゃったわけ。ある一定以上遣り込むと、相手の考えている事を、其の儘幻影として見せられる様になる。もっと突き詰めると、一種のtelepathy、いや、精神感応になるみたいなの。俺の考えている事を皆に見てもらえる。相手が術を使える場合は、俺も、相手が俺に見せたいものが見せてもらえる。あんまり長い時間は無理だけど。此れは昔、御祖父様と遣って、分かった事なの。弟とは出来なかった。ああ、疲れた」
ある種の達成感を感じたらしく、紘は、そう言って微笑んだが、周の寝台に伏して泣いている薫陶を見て、笑うのを止めた。
薫、と言って、陶冶が、辰顕の寝台から立ち上がり、薫陶の元に駆け寄った。
薫陶は、顔を上げて、陶冶の方を見て、言った。
「術が、こんなに楽しい事にも使えたなんて。もしかして、本来は、こう使うものだったのかな。皆で分かり合って、楽しい事を共有出来るものだったのかな。俺は何処で間違って、人を殺めそうになったのかな。こんなに大事な、秘術で…」
陶冶は、弟を抱き締めて、自身も泣きながら、言った。
「大丈夫だ、薫。楽しく使えるって知らなかっただけだ。人間、知らないものは欲しくないからな。此れからだよ。少なくとも、中止の間は実験なんてしなくて良いのだから」
陶冶は、嗚咽する弟を抱き締めた儘、泣き顔を上げ、紘、と呼び掛けた。
「有難う。凄く良いものを見たよ」
辰顕にも何か、希望というものの姿が見えた気がした。
皆、紘に、口々に、有難う、と言った。
稍あって、薫陶が落ち着いてから、陶冶は、弟から離れて、紘に向かって、娘が生まれる様な事が有ったら、月子って名前にしようかな、と言って笑った。
皆も、其れを聞いて笑った。
―そんなに気に入ったのか、ダイアナ・バリー。
辰顕も、腹を抱えて笑った。
兎に角今日も、何とか笑って終われた。




