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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 昭和二十年 八月
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昭和二十年 八月四日 友達

昭和二十年 八月四日 土曜日

最低気温24.0℃ 最高気温29.9℃ 晴れのち雨


 朝、洗面所の鏡を見て、自分の口元に、薄っすら紅が残っているのを見て、紘は嫌そうな顔をした。


 石鹸で丁寧に顔を洗う紘に向かって、辰顕は、先に行くね、と言った。


 綜は、早速、朝、軍の方に出掛けて行った。




 辰顕は、雨上がりの畑の前で、かなり早くから来ていたらしい周と会った。朝の挨拶を交わし合うと、辰顕は、周の目が赤い事に気付いた。


「十六日だね」

 そう言いながらも、辰顕は、自分の目から自然に涙が出るのを感じていた。


「ごめん、周ちゃん、俺、何も出来なくて。俺じゃ、周ちゃんと一緒に泣くだけで、何も出来なかった。でも、きっと、誠吉さんと紘なら、上手くやってくれる。もう、後ちょっとしか一緒に居られないなんて、信じられないけど」


 周も泣きながら、言った。


「あのね、俺、辰ちゃんしか友達居ないの、知っていた?」


「え?」


「兄上とは兄弟だし、紘は、従弟って思えって言われている。どっちも大好きだけど。でも、そしたら、俺、友達って、辰ちゃんだけなの。治ちゃんと薫ちゃんは、少しお兄さんだし」


 あのね、と周は続けた。


「一緒に泣いてくれる人が居るって事が、どれ程救われる事だったか、何て御礼を言っても絶対伝えきれないと思う。本当に、ずっと一緒に遊んでいたね。一緒に住む日が来るとは思わなかったけど。其れって、凄く珍しくて、幸福な事だったね」



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 夏の朝、何時(いつ)もの畑。


 優しい幼馴染が泣いている。


 此処とも十六日には御別れなのだ。


 周二にとっては、辰顕は、大好きで、優しくて、賢い友達だった。


 外の学校に行ける辰顕を、両親が揃っている辰顕を、顕彦や初と血縁で、栄や安幾の甥である辰顕を、周二が全く羨ましく思った事が無いと言えば、其れは嘘だった。


 しかし、周二は、辰顕から与えられたものの多さを、素晴らしさを考えると、目が(くら)む程眩しいものを見る様な、幸福な気持ちになるのだった。


 恐らく、友情というものを自分に初めて向けてくれたのは、此の幼馴染だった。


 そして、其の友情は、ずっと、絶える事無く、他ならぬ辰顕から注ぎ続けられてきた、愛情という名の宝物だった。


「辰ちゃんになりたかった事が有るよ。でも、其れって、大好きって事だった」


 周二は、涙を拭いて、辰顕の顔を見ない様にして、言った。


「紘が来たよ。今日は、皆で南瓜、取るでしょ」

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