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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第一章 昭和二十年 七月
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昭和二十年 七月三十日 実方辰顕 御伽話

 四人で並んで寝ると、思ったより狭かった。


「…此れ、縦でなくて横の方が良いかも」


 紘の提案で、四人で横に寝てみた。


 思ったより快適だったが、綜が、(いわし)目刺(めざし)みたいだな、と言うと、紘は、せめて其処は鯉幟(こいのぼり)じゃない?と言った。


 辰顕は、其の遣り取りに、また、思わず吹き出してしまった。


 寝台の頭の方に綜、紘、辰顕、足元の方に周、という順に寝た。


 本来足元に来る部分に寝ているせいか、落ちそうになっていると見えて、周は、辰顕の浴衣の袖をガッシリ掴んでいる。


―だから、其処までするなら四人で寝なければ良いでしょうよ。


 しかし、こういう時に周に何を言っても無駄な事は経験上よく分かっているので、辰顕は何も言わなかった。

 普段は人当たりが良いのに、腹を立てると、誰より一番我儘なのである。


 全員が掛け物を被ると、周が、ねぇ、と言った。

「紘、御話してよ」


 綜が、子供か、と言った。

「おいおい、周。何歳だよ、御前は。寝しなに御伽話でも無かろう」


「何歳でもいいじゃない」


 年齢は何歳でも構わないので、自分と紘を挟んで言い合いをしないでほしいと思う辰顕である。


 寝ている位置のせいで、周が、(ほとん)ど辰顕の耳元で何かを言っている様な形になっており、其れが、かなりの音量で聞こえるのである。


 紘が、分かった、と、躊躇(ためら)いがちに言うと、周が黙ったので、辰顕は安心した。


 そして紘も、もう何時(いつ)もの紘に見えた。


―良かった。また、紘の御蔭で、何とか丸く収まった、のかな?


 其の場凌ぎでも良いのだ。


 今日も笑えて、穏やかに眠りに就ければ、辰顕には良い一日だったと言えるのだ。


 現実逃避、大いに結構である。


 根本的解決など、高望みも良いところだ。


 そんな、(けし)護謨(ゴム)で消せる鉛筆の線の様に、焼夷弾の問題が消えてくれるわけも無い。

 問題など解決出来なくても、辰顕は、皆で一緒なら、楽しい日に出来る気がしている。


 だから、何時(いつ)もの皆に戻ったのなら、辰顕には、其れで良かったし、良い一日だと思う事にするのだ。


 辰顕は、心の中で紘に礼を言った。


 感謝の対象の、当の本人である紘は、律儀にも、どんな話が良いかな?と言った。


 周は、そうだなぁ、と言った。

「吉雄の話は如何(どう)?」


 綜が、はぁ?と言った。

 周は、違うよ、と言った。


「よしおじちゃんの事じゃ無いよ。前言っていた敵性語の本の御話に出てくる人。違う国の御話だけど、覚えにくいから、紘に、日本人みたいな名前を考えてもらったの。草原好子と、吉田吉雄」


「そうは言っても、其の名前で、坂元分家の吉雄さん以外を想像するのは、俺には難しいぞ」


「良いじゃない。頭の中では、好子の事が好きだけど、怒らせちゃって、なかなか仲直り出来ない吉雄を、よしおじちゃんの姿にすれば」


「何故知り合いの親爺が何処かの若い娘に懸想する話を寝物語に聞かねばならんのだ」


 綜の言い分も(もっと)もだと思った辰顕だが、言い方が酷いので、笑いを堪えて黙っていた。


 周は、別に良いじゃない、と、何でも無い事の様に言った。


―すっかり何時(いつ)もの双子だな。


 仲直りの要らぬ二人であるらしい。


「話の先を言ってしまって良いの?」

 紘が躊躇(ためら)いがちに、そう言うと、周は、何時(いつ)もの様に明るく、うん、と言った。


「上手い事掻い摘んでさ。何時(いつ)出てくる、とかさ。話と関係無いくらいのところを教えてよ。()だ先でしょ、吉雄が出てくるの」


―相変わらず無茶な注文するよね。ギルバートが吉雄になった時点で今更だけど。


 紘は如何(どう)するのかな、などと辰顕が思っていると、そうだねぇ、と言って、辰顕と周の方を向いていた紘が、首を動かして天井を眺めた。


 そんな無茶な注文に、よく毎回応じようとするよな、と、辰顕は呆れつつ感心した。

 応じられるから凄い、という話だが。


()だ好子が学校に通っていないからなぁ。通い始めてから三週間目に、やっと吉雄が登校してきて、其れで、初対面で喧嘩しちゃうから、今の進み具合だと、あと二日くらいかかるかも」


 紘の説明に、周は、嬉しそうに、そうかぁ、と言った。


「共学って事かな。好子と吉雄は同い年なの?」


「出会った時は、好子が十一で吉雄が十四だよ。好子は孤児院で勉強していたから、って書いてあったけど、一年勉強が送れているの。吉雄は、父親が病気で、ずっと牧場で仕事をしていて、(ほとん)ど通学出来なかったから、年齢は違っても、二人は同じ学年なの」


「そっか、好子も吉雄も苦労人だね」


 周は、何と無く親しみを覚えた様子で、切なげに、そうかぁ、と言った。

 綜も、紘の方を見て、黙って聞いている。興味は有るらしい。


「ただ、吉雄は外見が良くて、女の子を、からかうのが好きなの」

「よしおじちゃんみたい」

 周が、やっぱり似ているなぁ、と、驚きの声を上げた。


 綜と辰顕は吹き出した。そうなの?と紘は言った。


()(かく)、其れで、好子は、あんまり吉雄の事を気に入らないの」


「あー、年上の遊び人って感じだよね」

 確かに好みが分かれそぉ、などと、周が、納得した様に言った。


 綜は、呆れ顔で周の方を見ている。


 紘は続ける。


「だけど吉雄は好子の事が気になる」

「十四の男が、十一の小さな女の子に、ねぇ?高等小学校卒業して、もうちょっとで予科練に志願出来ちゃう年じゃないの。まぁ、有るか?そういう事も。うーん、もうちょっと、十六と十九とかさぁ。でも…出会いは、そんなもんかな?年齢としては」


 周は年齢設定が気に入らない様子で、そう言ったが、年回りは合うと思う辰顕である。


―まぁ、成子(みちこ)くらいの年、と思うと食指は伸びないよね。想像し(にく)くはあるかも。


「好子が全然自分に興味が無いものだから、吉雄は、からかって興味を引こうとする」


 解説を続ける紘に、周は、吉雄は子供だねぇ、と感想を言った。


「まあまあ、周ちゃん。吉雄は()だ十四だから、許してあげてよ」


 紘が、架空の人物である吉雄を擁護するという、辰顕には理解出来ない態度を取ったのが可笑しくて、辰顕は全然眠くならない。


 そっかぁ、と、周は楽しげに言った。

「続きが楽しみだなぁ」


 綜は、如何(どう)してくれる、と言った。

「なかなか吉雄が頭の中で十代になってくれないぞ」


 辰顕は其れを聞いて吹き出した。


―其の気持ち、分かるなぁ。吉雄さんを知る人間が、一度は通る道なのかな。


「本当は、吉雄は、ギルバート・ブライスという名前なの。好子も、アン・シャーリーという名前だよ」


 紘の説明に、綜は、成程、と言った。

「そりゃ、向こうの本なのだからな。…名前は大事だな」


―そうだよね。綜ちゃんも、やっぱり、そう思うのか。


 吉雄という名前のせいで、単に名前だけで話が面白くなってしまって、感情移入し(にく)いのである。

 周は多分其処が良いのだろうし、名前が何だろうと御構い無しに感情移入して涙しているので、人にもよるかもしれないが。


「好子と吉雄の恋物語なのか?」

 今までの説明を総括すると、当然そう導き出されるであろう、という物語の分類名を、綜が口にした。


 其れが、と、紘は少し困った様に言った。

「此処まで言っておいて何だけど、実は別に、そんな感じでも無いの。吉雄は脇役だし」


 綜は、え?と言った。

 気持ちは分かる、と辰顕は思った。


 概要として吉田吉雄の話だけ聞くと、好きな女の子に意地悪をしてしまう男の子の話とも取れるからである。

 しかし、辰顕とて、(いま)だ話を全部聞いたわけでは無いが、察するに、かなり登場人物が多い物語なのだ。

 だから恐らく、飽くまで主人公は草原好子であり、好子と、好子を取り巻く人物達の織り成す物語が『緑家(みどりや)の好子』なのである。


 無論、短い話でも無いので、何処に焦点を当てるかで感想が分かれる可能性は残っているが、一度通読したのだという紘が、吉雄は脇役だと断言する以上、話の全体に於いては、恋愛に関する部分は中心になり得ないであろう。


「まぁ、吉雄は、なかなか出て来ない様な登場人物らしいし、脇役か。読解が難しいな」

 そう言うと、うーん、と唸って、綜は天井の方を向いた。


 疲れている、という周の表現が、実にシックリくる様子で、綜は続けた。

「面白そうだとは思うがなぁ。やはり話が頭に入って来ないかもしれないな」


 あれ?と紘は言った。

「周ちゃん、寝たの?」


 気付けば、周は、紘の方を向き、辰顕の袖を握った(まま)、規則的な寝息を立てていた。


 綜は溜息をついて、呆れた声で、ブツブツ文句を言った。

「本当に『御話』してもらって寝入るとはなぁ。何歳だよ。言い出しっぺなのに先に寝るし。何時(いつ)も、こうだ。こいつは本当に」


「綜ちゃん、御話、してもらっていた?小さい頃」

 紘は、天井を向いた(まま)、綜の方を見ずに、声を掛けた。


 ああ、と綜は答えた。

「…父が(たま)に、な」


「そう」

「六歳くらいからは、俺が周に、本の読み聞かせをしていたが」


 其れは初耳だが、目に浮かぶ様だと辰顕は思った。


「でも、其れも十歳くらいまでだったな」

何時(いつ)も一緒に、周ちゃんと二人で寝ていたの?」

 紘が穏やかに、そう言うと、綜は、ああ、と言った。


何時(いつ)も一緒だ。寝台になる前は布団で、こうして同じ場所で寝ていた」

「そっか」


 綜と紘の会話を聞きながら、辰顕は、ふと寂しい気持ちになった。


―可分なのに、不可分な存在っていう気がする。でも、もう既に、御互いが離れようとし始めている。


 綜は何よりも弟が大事だと言った。

 周は兄が居ないと生きていけないと言った。

 そして紘は、周が此処を出る心算(つもり)で居る事を綜には言っていない。


 目に見えない別離の時間が、ゆっくりと迫ってくる様に、辰顕には思われた。


 紘は再び口を開いた。


「あんまり長く離れていた事が無いって周ちゃんが言っていたけど」

「無いな。有ったとしても、俺が実験に行っている時くらいのものだし」

「そっか」

「でも、離れた事が無いだけだ。きっと離れても暮らしていける」

「そっか」


 紘は、そう言ってから、少し間を開けて、また尋ねた。


「綜ちゃんは戦争が終わったら如何(どう)したい?」


 綜は、終わるのかな、と呟いた。


 三人の間に再び沈黙が流れた。


 辰顕は、何も言えず、天井の方を見た。


 仮定の話が出来ないくらい、綜は其の渦中に居るのだ。分かっている様で、やはり自分は、何も此の幼馴染の事を分かっていない、と、辰顕は情けなくも申し訳なく思った。


「あ、寝た」


 紘の声がしたので、辰顕は、其方(そちら)を見た。


 綜は、姿勢良く、息をしているのだろうかと思うくらい静かに眠っていた。

 寝相も全く周と似ていない。


 紘は、そっと掛物を綜の肩まで掛けて、自分も横になった。


 bosom friend、と、紘が呟いた。


 何?と辰顕は尋ねた。


「ああ、本の話だよ、先刻(さっき)好子に月子っていう親友が出来たって訳したけど、bosomは胸中(きょうちゅう)の、みたいな意味でね。ずっと何時(いつ)でも胸の中に存在する様な友、って事。だから、親友って訳したけど。味方って訳しても良かったかもね」


 何故か、紘は、少し照れた様に、そう言って、天井を見た。


 そう?と辰顕は言った。


「味方だと、賜男も輝子も、其の、ボソムフレンドとやらになっちゃうよ。俺は、親友で良いと思うけど」


 紘は、小さな声で、親友で良いのかな、と言って、続けた。


「ああいう、誓いとかして友達になるでしょ?何か、花の咲いている所で、小さな女の子二人が楽しそうにしていてさ。御飯事(おままごと)とかして。何時(いつ)もなら全く興味が湧かない様な話なのに、ちゃんと読むと凄く良い事が書いてあるね」


 そうだな、と辰顕は言った。


「友達って、なりましょうって言ってなるものかなって気はするな。其の辺の感覚は確かに俺には馴染まない。何時(いつ)の間にか、なっているもので、何年も会っていなくても、昨日会っていた様に話せて。困っているって知ったら助ける。そういうのが友達だと思う。親友も、そうして気付いたら、なっているものだと思う。ひこじぃの受け売りだけど」


 だから、やはり俊顕と誠吉は親友なのだろうと辰顕は思うのだ。


 紘は、あの美しい瞳を、辰顕の方に向けてきて、明るい顔で言った。


「そうだね、其れ、其れは凄く、良いね」


 如何(どう)して光源が少ないのに、こんなにも、此の瞳は輝くのだろうか、と、辰顕は、また吸い込まれる様な気持ちになって、紘の目を見た。


 紘は、嬉しそうに、洋灯(ランプ)を消すね、と言った。

 助かる、と辰顕は言った。

 周が辰顕の袖を掴んで離してくれないので、動けないのである。


 洋灯(ランプ)が消えると、そんなに広くもない仮眠室が真っ暗になった。


 此処に、四人で居る。

 そして、四人しか居ない。


 何と無く、其れが辰顕には不思議だった。


 御休み、という、何時(いつ)もの紘の声がした。

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