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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第一章 昭和二十年 七月
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昭和二十年 七月三十日 実方辰顕 綜一の独白

 辰顕は、信じられない思いで、走り去る紘の背中が病室の外の暗闇に消えていくのを見ていた。


 あれは誰だろう、と辰顕は思った。


 猛禽類を思わせる、硝子(ガラス)の様な輝きを湛えた瞳が、カッと見開かれて、何だか、人間というよりは、野生の美しい獣を見ている様な気分だった。


 何故か、荻平の言っていた、(ヤマ)神様(ンカンサァ)という言葉が思い出され、辰顕は背筋に冷たいものを感じた。


「俺、紘を追い掛ける。周ちゃんは此処に居て」


 辰顕は、其れだけ言い残すと、慌てて廊下を走ったが、薄暗さに閉口した。

 上手く前に進めない。


 しかし、洋灯(ランプ)を持って来てしまうと、周が暗闇の中、一人で居る事になる。

 今夜は何と無く、そうしたくない辰顕だった。


 何とか仮眠室まで辿り着いた辰顕は、紘が、仮眠室の扉を叩きもせず、スッと中に入るのを、驚きの目で見た。


―違う。何時(いつ)もの紘じゃない。


 此の大胆な不躾さは、普段の紘には無いものである。


 辰顕は、慌てて紘に続いた。


 仮眠室の中は、何時(いつ)もと変わらなかった。

 ただ、ボンヤリとした洋灯(ランプ)の光の中で、自分の寝台の上に胡坐を掻いている綜の浴衣姿を、酷く小さく感じた。


 綜が、驚いた様子で此方を見た。


 泣いている様子は無かったが、酷く顔色が悪く見えた。


「何だ、こんな時間に、何しに来た」

 夜半に於いては当然の疑問を口にしながら、綜は、決まりの悪そうな顔をした。


「綜ちゃんの味方をしに来た」


 紘は、いやにハッキリそう言った。


 こんなに暗いのに、洋灯(ランプ)の朧気な光だけで、こうまで輝くのか、と思うくらい、紘の瞳は美しかった。

 綜が、吸い込まれる様に紘の瞳を見ているのが、辰顕には分かった。


 紘は尚も言った。


「綜ちゃんが泣いているから、綜ちゃんの味方をしに来た」


「泣いていない」

 綜一は、心外そうに、そう言った。


 泣いている、と紘一は、もう一度言った。


「周ちゃん、言っていたもの。何があったって、他人の持ち物を(くず)(かご)に勝手に入れる様な人じゃないって。そんな人が其れをしたって事は、きっと本当は、其れをしたくなかった筈だ。今きっと後悔している。でも、そうしないといけない気持ちだから、そうした筈だ、今。だから味方しに来た」


 紘の言葉を聞いて、綜は、本当に涙を流して、言った。


「そんなに良い人間じゃない。俺は、弟が大事にしている絵具(えのぐ)だと知っていて、うちの親からの贈り物だという理由だけで、其れを、腹立ち紛れに(くず)(かご)に入れる様な人間だ」


「綜ちゃん、御父さんに腹を立てているね」


 紘は、キッパリそう言った。


 綜は(まばた)きをした。


 涙が更に数滴、頬に零れた。


 綜の淡い色の瞳に、洋灯(ランプ)の光が映っているのが、今夜は酷く儚げに見え、辰顕には、綜の存在感が希薄に感じた。


―綜ちゃん、まるで、此処には居ない人間みたい。


 綜の様子は、辰顕を不安にさせたが、紘は、またキッパリと言った。


「綜ちゃんは出会った日から、ずっと御父さんに腹を立てている。多分、今も。其れは、御父さんが、そうであってほしくない事をするからだ。弟を死んだ事にしない御父さんだったら。自分を軍の実験に通わせない、そんな御父さんだったら良かったのに、って思っている。自分が好きになれない事をする御父さんが嫌だから。尊敬出来る様な事だけをしてくれたら、って、心の何処かで思っている」


 綜は、紘の言葉に、崩れ落ちる様に、寝台に横たわり、両手で顔を覆った。

「もう実験に参加したくない」


 行きたくない、と綜は言った。

 辰顕は其の姿を見て泣いた。


―嗚呼、俺ばかり(まぬが)れて。一人で綜ちゃんを、実験に通わせてしまっている。


 紘は、綜の寝台に腰掛けた。

 辰顕も、綜の机に添えてある椅子を引き寄せて、綜の傍らに座った。


「父の補佐の八次は失敗したのだ」


 綜は、ムクリと起き上り、自身の寝台に腰掛ける紘の隣に座った。


「八次は恐らく騙されている。多分本当は、俺は正式に従軍していない。そして其れは多分俺だけではない。だが、親が、軍への御機嫌取りに俺を実験に差し出したわけだ。死んだ事になっていない方の我が子を、な。もう、そういう状況まで里は追い詰められている。否、戦局も、というべきなのだろうな」


 辰顕はハッとした。


 そう、此の人間もまた、騙せる様な人間では無いのであろう。


―自分で其れに気付くなんて凄い。俺なんて紘に言われるまで気付きもしなかったのに。


 しかし、賢い故の苦しみも在る。


 今の綜の姿には、まるで、其の苦しみを体現してでもいるかの様な苦渋が見て取れたので、辰顕は再び涙を流した。


 綜が続ける。


「俺が、腹が立つのは、うちの親が八次を庇っている事だ」


 手拭いを周に渡してきてしまった辰顕は、自身の袖で涙を拭きながら、え?と言った。


「八次のせいにして、八次に責任を取らせる、という方法を、うちの親は取らなかった。八次の提案する(まま)に軍事協力して、其のゴタゴタのせいで弟の葬式を出し、死亡届まで役所に出したのに、()だ八次を庇っている。其れが俺には理解出来ない」


 綜は、一気に、そう言うと、両手で顔を覆った。


「八次の事が、周より大事か?もっと他に方法は無かったのか?如何(どう)して、俺の、たった一人の弟を、死んだ事にして済ます?如何(どう)して其れが出来る?戸籍を偽るという罪を犯してまで…」


 綜の言葉を聞いて、如何(どう)やら本当に、吉野本家の保親の事は、綜は知らないらしい、と辰顕は思った。


 苦し気に綜は続けた。


如何(どう)して俺は、正式に従軍していない様子なのに、あんな実験に参加しなければならない?電気刺激と術の暗示の刺激を比較する為の実験台にされた人間は、今日息を引き取ったよ。背中に酷い怪我をしていた、誠吉さんくらいの年の人だった。…如何(どう)して、敵ではない、同じ国の人間に、あんな事をしなければならない?如何(どう)して、(おさ)という立場でありながら、従軍していると里全体を騙して、あんな事に住民を加担させてまで八次を庇う?…如何(どう)して…俺を実験に遣る」


 そう言いながら、顔を覆った両手を其の(まま)に、綜は再び泣いた。


 辰顕も涙が止まらない。


 酷い話だ、と、(うめ)く様に綜は言った。


「あんな親なのに、周は()だ心の何処かで慕っている。父の描いた絵を枕元に貼り、父の様に上手くなりたい、と、絵を描き、父から貰った絵具(えのぐ)を大事に持っている。哀れな俺の弟。俺の弟は、あいつに死んだ事にされたのに」


 綜は、顔を上げ、虚空を見詰めて、許せない、と続けた。


「戸籍が既に無いという事が、如何(どう)いう事か分からないのか、あの親は。其れとも、何時(いつ)かは戸籍を訂正出来る算段でも有るのか?軍では少なくとも、周が死んだ事になっているから、清水の双子に役目を(なす)り付けた様なものなのに。軍は、今は国と等しい。国に死んだと書類で嘘をついたなら、つき通さねばならないだろう。…そんな事で周を、其れに、清水分家の人達まで、振り回して。其れが如何(どう)しても許せない。理由が有っても許せない」


 紘は、綜ちゃん、と呼び掛けた。綜は、隣に座る紘の顔を見た。


()(らら)って知っている?」

「何だ?其れは」

「ううん、ごめん、確認しただけ」


―そうか。


 辰顕は確信した。周が発見した吉野本家当主保親の隠し玉を、如何(どう)やら綜は本当知らない。

 周もまた賢いのだ。

 綜の着想で無いのなら、恐らく(おさ)より先に、周は一人で、あの植物に辿り着いたのである。


 そう、だから(おさ)は、其の周を守る為に、死亡届まで出して、保親、軍、そして国を欺く為に、恐らくは万全を期したのだろう、と、辰顕は推測したが、秘密にしてほしいと周に言われた以上、其の秘密を口にする権利は持たなかった。


 紘が、そうか、と言った。


「分かった。何もかも気に入らなかったね。周ちゃんが御父さんから貰った物を大事にしている事すら気に入らなくて。其れを捨てたくなった。多分綜ちゃんも御父さんの事を慕いたかったよね。でも綜ちゃんには、全部が周ちゃんより大事だとは、とても思えなかったよね」


 流れる様に綜の心理を語る紘に、綜は、分からない、と言った。


「何よりも弟が大事だと思うのに、時々俺は、弟が、羨ましくて、憎くて。親が本当は、周の方を可愛いと思っているのではないかって。分かっている。死亡届を出される事が、社会的な死を意味するという事くらい。書類を出すのを手伝った俊顕さんすら、(いま)だに多分、自分を責めているくらいの事なのに。なのに、あんな実験を何故、俺だけにはさせる、って。俺も死んだ事にしていてくれたなら、あんな事、しなくて良いのに、って。遣りたくない。何だよ、俺は、あんな実験を続けていても構わないのか?俺は、敵でも無い人間を(あや)めてしまっても構わないと思っているのか?うちの親は。周には、本当は、あんな事、させたくなかったのではないか、って、思ってしまって。だって、周は。周は…母上に似ているから」


 辰顕は、項垂(うなだ)れる綜を見ながら、再び泣いた。


「父は嫌いだが、今でも再婚しない程度には、うちの母を大事に思っていたのではないか、と思うのだ。そうでなければ、あんな絵は描けないと思うから。俺は父の絵の才も受け継がなかったが…。顔が母に似ている子の方が可愛いだろうと思っている」


 既に泣く事さえ止めてしまった綜は、苦しそうに続ける。


「…知られたくない、弟には。あんな実験をしていると、知られたくない。元々立派ではない自分の事は承知済みだが、そんな汚い部分を態々、弟に教えたくない。あいつの方が人間として優れている。俺は、あんな風に笑えない。俺は、あんな風に他人に甘えられない。あいつは誰とでも、すぐ仲良くなって、きっと何処でもやっていける。居るだけで愛される。俺は、物分かりの良い子供を演じなければならなかった。俺は駄目だ。あいつみたいに出来ない。あんな風には愛されない」


「何だか、此の前の、大いなる誤解、っていう言葉を返したい気分だけど。其の気持ちは分かる。俺も、俺の弟みたいになりたかったから」


 紘の言葉に、綜は、顔を上げて、紘の方を見た。


 辰顕も、紘の顔を見詰めた。


 静かな顔をしている、と辰顕は思った。


 紘は続けた。


「弟は、うちの父さんに、そっくりなの。性格は似てないけど。頭も良いし、きっと父さんみたいに六尺くらいになるだろうな、と思っているの。弟は、体術は()(かく)、苗の神教の術なんて使えない。巫女舞なんて覚えてもない。里の外で育った子供そのもの、っていう気がする。しっかりしていて、級長をやっていて、友達も多い。存外面倒見も良いし、女の子と話すのだって平気だよ。伯父さんは俺より、弟を養子にしたがっているの。予科練に行くって言ったら、必死で止めていたもの、此の御時世に。俺は長男だから、家を継ぐ子はなるべく家を出て行くな、って。身体の弱い妹も、そういう扱いを受けているけれど。ああ、うちの弟も、伯父さんにとっては『家を継ぐ子』なのかな、って、其の時、思っちゃって。そりゃ、長男の俺を養子にしようとは思わないだろうけど、弟の方が伯父さんの仕事の後継に相応しいって思われていたりして、とか。如何(どう)して、あんな風に頭が良く生まれなかったのかな、とか、如何(どう)して俺も、もっと父さんに似なかったのかな、とか。…あんな風に他人を惹き付けるものは、俺は父さんから受け継がなかった。慕ってくれるし、可愛い弟だけど、如何(どう)しても弟の方が可愛がられているって思う事が有る」


「其れこそ、大いなる誤解、という気がするが」

 綜は、半ば呆れた様に眼を(しばた)かせて、そう言った。


 辰顕も、其れには同感だった。


―そんな風に、自分の事、思うのか。紘が、頭が良くなくて、他人を惹き付けるものが自分に無い、と、自分の事を思っているなら、大体の人は頭が悪い、箸にも棒にも掛からぬ人間、という事になるし、更に其の弟の出来の良さは想像も出来ないくらいだけどね。


「…でも、紘も、そう思う事が有るのだな」


 綜は、少し感慨深げに、そう言った。


 弟など居ない長子の辰顕には分かり得ない感覚かもしれないが、自分より妹が可愛がられている、とは、しょっちゅう思う。

 そういうものかもしれない。


 しかし、続く綜の言葉に、辰顕はギョッとした。


「なぁ、紘。人の殺し方、教えてくれよ」

「綜ちゃん、駄目だよ!」


 辰顕は慌てて綜を止めようとしたが、紘は、淡々と、成程、と言った。


 綜は再び紘の目を見た。

 相当驚いたらしかった。


 御父さんを見返したいよね、と紘は言った。


「御父さんより先に、実験しなくても完成形を握っておきたい。心理的に有利になりたいよね」


 綜は、たじろいだ。


 辰顕は、息を飲んで、美しい瞳の少年を見詰めた。


 額の包帯までもが、薄明るい洋灯(ランプ)の光で淡く光っている様に見える。


―やっぱり、紘、何時(いつ)もと違う。此れが、あの、空襲警報に怯えて、自分を穀潰しみたいに言って泣いていた紘なの?


 誰かと入れ替わってしまったかの様だ、と辰顕は思った。


 教えても良いけど、と、紘は、淡々と続けた。

「知っても何も変わらないと思うよ」

如何(どう)して御前に、そんな事が分かる?」


 あまりにも紘が淡々と言うせいか、綜は珍しく熱くなった様に、そう言った。


 しかし紘は身動(みじろ)ぎもせず、続けた。


「だって俺、知ったって、前と何も変わらないから。別に、考えてみれば当たり前の事だし、証拠が残らないっていう便利さを除けば、頭を殴るとか、急所を切りつけるとかと、そう変わらないと思う。第一、俺は実践していないから、仮説の域を出ない話だもの」


 実践、という言葉を聞いて、辰顕は妙に納得した。


―そりゃそうだ。


 実践したら人殺しである。


 ちょっと嫌な事言うけど、と前置きして、紘は続けた。


「千回とか二千回やっても同じ結果が出ないなら、確実だとは俺には思えない。俺なんて遣り方が分かっただけだもの。そりゃ、内容は薫さんに確認したけどさ。()だ机上の空論と言っても差し支えない状態だと思うよ。薫さんだって、此の方法で本当に人を殺す事に成功したのかな?詳しい内容は聞いていないから、要は考案しただけって事だと思うけど。流石に、人を殺しましたか?とは聞けなかったし。殺害に成功したとしても、()だ千回も試していないでしょう。何回か成功しても、其れが偶発的な事象なら、其れを以て確実に人間を殺せる方法だと宣伝(せんでん)してしまうのは、科学的な態度とは言えないよね。せめて成功率が算出出来る程度は回数を(こな)さないと。(おさ)が未完成の方法だと言うのは、(あなが)ち嘘でも無いのだと思うよ。遣っているのだとしても、実験の途中、だよね」


―信者の俺ですら得体が知れないと思っている宗教の、怪しげな術に対して、科学的な態度、という言葉が使われようとはね。


 しかし、辰顕は、紘の言わんとする事は分かった。


 実験、と名が付く限りは、其れに対して科学的な態度を以て挑むべきであり、確率、と名が付く限りは、どの結果が出ても同様に確からしい値を算出出来るだけの実験結果の見本を揃えるべきである。


 綜は、紘の言葉を聞いて、目を丸くして、少し好奇心を刺激された様な声で言った。

「何だか、違う意味で、聞いてみたくなった」

「本当?俺、説得下手だね」


 紘が、ごく自然に、そう言うので、辰顕は思わず吹き出した。


―こんな時なのに。つい笑っちゃう。紘って、変な奴。


 (やや)あって、紘は綜に、そっと耳打ちした。

「其れだけ?」

 綜は、俄かには信じ(がた)い、という様子を見せた。


「でも、そうでしょ?(そもそも)が大分不思議な術だもの。そういう事だよ」

「其れは、そうだが。其れだけか?よく思い付いたな」

「まぁね、個人的には毒薬の方が確実で、御勧めだよ」

「そうだな」


 綜が、もう、すっかり落ち着いたのが、辰顕には分かった。


「俺、もし綜ちゃんが、実験や術で、誰かを殺してしまっても味方だよ」

 紘は、綜の目を見詰めながら、ハッキリ言った。


「殺したら、方法を教えた俺のせいだから。俺のせいにしても良い」


 辰顕は、紘が、人間を殺める方法を綜に教えた理由が分かった。

 紘は、綜の罪悪感を引き受ける心算(つもり)らしい。


 いや、と、綜は少し躊躇(ためら)いがちに言った。

「流石に、誰かを殺してしまったら、其れは俺の責任だろう」


「其れでも味方する。先刻(さっき)決めたから。綜ちゃんだけの味方はしない。周ちゃんの味方も、辰ちゃんの味方もする。絶対する」


 辰顕は、綜が、普段の表情に戻った気がした。


 希薄だった存在感が、綜の表情がハッキリしたせいか、辰顕の目には、綜という存在が輪郭を取り戻した様に見えた。

 もう、儚いとは思わなかった。


 辰顕は椅子から立ち上がり、俺も、と言った。


「俺も味方する。俺も決めたから。大した事は出来ないかもしれないけど」


 綜は、辰顕と紘の顔を交互に見た。




 すると、仮眠室の扉が叩かれる音がして、ベソをかいた周が、寝具を沢山抱えて入って来た。


 綜は、グッと唇を噛んだ。


―あ、素直に謝れなさそうな流れ。


 案の定、綜は、謝らないぞ、などと言った。


 辰顕は、あーあ、と思った。


 しかし、周は、良いもん、と言った。

絵具(えのぐ)なんか要らないもん。兄上が居る方が良いもん。でも俺だって、実験の事聞いたの、謝らないからね。もう教えてくれなくたって構わないし」


 周は、プリプリ怒りながら、自分の寝台に寝具を置き、衝立(ついたて)を移動させ、勝手に、自分の寝台と綜の寝台を、くっ付けた。


 辰顕は、思わず、寝台に挟まれない様に飛び退いたし、綜の寝台に腰掛けていた他の二人は、思わず両足を寝台に上げて正座し、其の(まま)、周の方を見ながら硬直していた。


 辰ちゃんも乗るの、と、周は、(ほとん)ど駄々を捏ねる子供と同じ態度で、怒った様に言った。


―此の人、俺より年上じゃなかったっけ?


 辰顕は、相手の子供っぽい態度に驚きながらも、素直に寝台の上に乗った。


 周は()だプリプリしながら、辰顕と紘に、枕等の寝具を配布した。


「今日は四人で此処に寝るの」


 綜は、え?と言って聞き返した。


「此処に四人で?狭いぞ?」

「良いの」

「暑いぞ?」

「知らない。皆で寝る。寝るの」


 周がピシャリと、そう言ったので、紘が、呆気にとられた様子で、はい、と答えた。


 辰顕は、また、つい笑ってしまった。

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