昭和二十年 七月三十日 実方辰顕 喜久の推理
昭和二十年 七月三十日 月曜日
最低気温23.6℃ 最高気温31.7℃ 晴れ
「荻平さんって、そう言えば、割と訛りが有ったね」
母屋の奥座敷に一緒に向かう為に、浴衣姿の辰顕の隣を歩く、同じく浴衣姿の紘が、辰顕に、ボソリと呟いた。
初から、安幾に、白湯と食事の膳を運んでほしいと頼まれた辰顕は、両手が塞がっては襖が開け難かろうと、手伝いを買って出てくれた紘に、鍋敷き用の布と布巾と、白湯の入った薬缶を持ってもらい、連れ立って廊下を歩いている。
紘は鍋敷きと薬缶の柄を右手で持って、左手で薬缶の底に布巾を当てて、丁寧に運んでくれている。
動きに卒が無い。
「ああ、荻平さんは、元は下方限の人だからね」
「上方限と下方限は言葉も違うって、辰ちゃん、前に言っていたね」
「そうそう。でも、あのくらいなら聞き取れただろう?」
「そうだね」
辰顕は、あのさ、と、紘に声を掛けた。
「薫陶さんって、何か薄々感じ取っていないか?」
紘は、そうかもね、と言った。
「叙情的な表現、というか…直感的な表現と言うべきか。分かり難い言葉だったけれど、何か察しているかもね。多分荻平さんの言うところの、騙せない部類の、賢い人なのかも」
そんな話をしながら二人で歩いていると、奥座敷の前に来たので、辰顕は、中に、如何も、と声を掛けた。
安幾の、はい、という声がした。
紘は、そっと、廊下に鍋敷きを置き、其の上に薬缶を置いて廊下に正座すると、丁寧に襖を開けてくれた。
辰顕が中に入ると、紘は奥座敷の中を見ない様にして、そっと鍋敷きと薬缶を廊下から奥座敷に入れ、薬缶の蓋の上に布巾を被せた。
そして、其れでは、と言って、再び廊下に正座して一礼し、襖を半分締めて、其の場を去った。
辰顕は、紘の気遣いを感じた。食事の膳で手が塞がっている辰顕の為に襖を開けるところまで手伝ってくれたが、部屋で休んでいる女性の姿を、なるべく見ない様にして立ち去ってくれた。
そして、一応甥とはいえ、年頃の辰顕が女性の安幾と同じ部屋に居るのであるから、他者に誤解を生まない様、襖を完全には閉めず、密室にならぬ様にしてくれたのである。
座ってからの礼といい、一連の動作は完璧だった。
浴衣の裾すら乱れなかった。
食事の載った箱膳を奥座敷の畳の上に置いた辰顕は、思わず、紘を見習って、浴衣の襟を正した。今日は、国民服は洗濯中なのである。
安幾は、まぁ、と言った。
「あんまり所作が鮮やかで、見惚れて御礼を言いそびれたわ。本当に綺麗な子ね。頭の包帯が気にならないくらい」
そう言いながら、安幾が気怠げに、布団から起こした上半身にかかる髪を束ねようと掻き揚げると、寝間着の浴衣の袖が捲れて、糸の様に細い、白い両二の腕が露出した。
其の二の腕の内側の、あまりの肌の白さに、流石に、何か、見てはいけないものを感じて、辰顕は、此れは確かに、あまり他人は見ない方が良い姿かも、と思った。
自分は、具合を悪くして休んでいる人間に対して邪心を起こす様な人間ではない心算だが、世の中の人間が全員そうだとは限らないのである。
―…特に今は、誤解と間違いの起りそうな年齢の未婚の若け衆が、居候に増えちゃったからなぁ。此れは、母屋と病院に生活圏を分けて、アッコおばちゃんには奥座敷にでも引き籠ってもらっていないと、何かと気不味いよね。
別に誰が如何だと疑う意図は辰顕には無いが、個人の行動を信頼する事も善なら、時として、間違いと誤解を起こさせない配慮という名の親切も善なのである。
紘の行動は正解なのだ。
辰顕も、安幾の湯呑に白湯を注いであげたら、早々に退室しようと思った。
辰顕が、白湯の入った薬缶の柄を持って、持ち上げると、安幾が、ねぇ、と、掠れた、か細い声を出した。
「こうして寝ていると、色々考えてしまうのだけれど」
薫陶も似た様な事を言っていた。
何時も忙しく立ち働いていた人が休むと、そうなのだろう、と辰顕は思った。
辰顕は、白湯を湯呑に注ぎながら、そう?と返した。
「どんな事?」
「昔の事よ。そう、大正十五年の四月の事。十二月には昭和元年になってしまったから、そういう意味でも忘れがたい年だけれど」
辰顕はギクリとして、薬缶を鍋敷きの上に置くと、安幾に、そっと白湯を渡した。
「有難う、辰ちゃん」
「…其の…其れは、誠吉さん達が里を出た時の事?」
「ええ」
辰顕は安幾が、なるべく奥座敷の外に話が聞こえない様に声を潜めているのだという事に気付いた。
「私、分かったかもしれない」
手元の湯呑を見詰めていた安幾は、血色の悪い青白い顔を、辰顕に向けた。
紺地の総絞りの浴衣を着た安幾の首元は、白を通り越して青っぽく見えるくらいだった。
此の人は普段本当に畑仕事をしている様な人間だろうか、と、辰顕は時々、訝しい気持ちになる。
「分かった、って、誠吉さん達が里を出た理由?」
「ええ」
其の時、廊下から足音が聞こえてきて、あら、という声がした。
「安幾ちゃん、御加減は?」
現れたのは喜久である。
安幾の懐妊の知らせを受けたそうで、自分の漬けた梅干を安幾の為に持って来てくれた旨を告げた。
辰顕は、突然の来訪者に、冷や汗が出る思いがした。
居住まいを正して、正座で一礼しようとする安幾に、其の儘で、と言うと、喜久は、奥座敷に入ると、正座して、安幾と辰顕に向かって、丁寧に一礼した。
濃紺の百姓袴の上は、白い半袖の寛衣で、此方も色白だったが、安幾よりは、かなり健康的に見えた。
辰顕も、正座の儘、丁寧に一礼した。
「其れでは、俺は、此れで」
辰顕が退室しようとすると、安幾が、待って、と言った。
「辰ちゃん、喜久姉、聞いて頂きたい御話が有るの」
喜久は、少し戸惑った様子を見せたが、何かを察したかの様に、そっと、奥座敷の襖を閉めてくれた。
ねぇ、と、安幾は続けた。
「喜久姉。大正十五年の四月の事を覚えていらして?」
「其れは、誠吉さんと、お富さんの祝言の話か?」
上方限の女性は、目下には男言葉を使う。
最近は、初や安幾の様に、子供に対しても女言葉を使う女性は増え、喜久も普段は女言葉であるが、未だに、喜久は安幾に対して、そして、初は仲に対しては男言葉を使う。
昔からの習慣なのだろう。
「そうです。あの、喜久姉、何か覚えていらっしゃる事は有りまして?」
喜久は眉根を寄せた。
其の、喜久の耳の辺りの髪の曲線は、見惚れる程整って見え、タップリとした喜久の髪の艶は、子供を五人も産んだ人とは思えないくらい瑞々しい。
喜久の清楚な容貌と男言葉が、辰顕の中で上手く合わさらない。
寝間着の美人と、百姓袴姿とはいえ洋髪の美人が自分と同じ空間に居る事に対して、辰顕は居心地の悪い思いがした。
「私、喜久姉と子守りをしていて、祝言に参加しませんでしたよね?其の時、何か、あったのでしょうか」
安幾の言葉に、喜久は、眉根を寄せた儘、少し唇を噛んでから、言った。
「辰顕さんに御聞かせしても宜しいのか?」
「…今、此の話を聞いてくれそうな人を、此の子と喜久姉の他に思い付かないのです。御願い。私、一人で考えていたら、変な気分になるの」
確かに、そうだ、と辰顕は思った。
事情を知っている大人達は恐らく、女子供、つまり安幾に聞かせたがっていない。
双子にも、紘にも、結果的に親同士の確執に付いて如何思うか問う事になるから聞かせられない。
そうか、と、躊躇いがちに喜久は言った。
「…安幾ちゃん、其の話だが。祝言は、本当に行われたのであろうか?」
安幾と辰顕は、声を揃えて、え?と言った。
喜久は、静かな声で続けた。
「私は、お富さんの白無垢を頂いて祝言を上げたのだが。其の白無垢、実は、一度も袖を通していないものだったのだ。無論、仮縫いくらいはあったかもしれないが、そういう意味では無くて」
「あ…そう言えば、掛けてある時に、しつけ糸を見ましたね…。まぁ、未だ、しつけが、と思って、初々しいと思ったのを覚えています。お富さんは背が高くていらしたから、喜久姉の丈に直す時の物だと思っておりましたが…」
「いや、違ったのだ。私の母が、しつけ糸を取る時、うっかり口を滑らせて、お富さんも、どんなにか此れを着たかったであろうに、と」
「え…。お基伯母様が?」
「当時は、あまり意味が分からなかったのだ。祝言の支度で忙しかったし、其れ程気に留めなかった。だが、祝言とは、そういうものか?」
喜久の問い掛けに、安幾と辰顕は、顔を見合わせた。
其れは確かに、と喜久は続けた。
「お富さんは巫女だったから、婚姻の際、祝言の前に、巫女を引退する儀式が有った筈だ。そして、花婿と、夜、新枕を交わし、翌日祝言をする、という日程になっていた筈なのだ。露顕とでも言うのかな。此の辺りは、大体祝言の夜に新枕であろう?其処が他家の祝言とは違うところだ。巫女は特別だったからな。だから、其の祝言の為の衣装が、白無垢だった筈だ。しかし、あんな立派な白無垢を作っておきながら、一度も袖を通さず、祝言が終わって気が付くと、誠吉さんと、お富さんは、里から居なくなってしまった」
辰顕は、時系列を、頭の中で線表にした。
喜久は尚も続ける。
「私も安幾ちゃんも、祝言には参加していないし、何が起きたのか、幾ら聞いても、大人は誰も教えてくれなかった。だから、幼かった私は、祝言で何か悪い事が起きたのだろうか、と思っていたのだが」
喜久は、其処で言葉を切った。
安幾は、辰顕の目を見てきた。
辰顕も、安幾の目を見た。
何かが変、という感じがする。
喜久は、其れでな、と言った。
「自分の祝言の後、落ち着いてから、思ったのだ。態々作った白無垢を着ない、という事が有るだろうか、とな。如何しても腑に落ちなかったのだが、誰にも聞けなかった」
私は、と安幾は言った。
「母に、若い女子には聞かせたくないから、と言われました。そして、うちの主人も言っていました。誠吉さんは結局、女子供に聞かせたくないのだろうって」
そうか、と喜久は言った。
「私は、何か起きたとしたら、祝言の日ではない、と思っていたのだ」
辰顕は、其れを聞いて、頭の中の線表の時間を遡らせた。
喜久は続ける。
「そして、祝言は行われなかった。もしくは、祝言は、私が思っている形では行われなかった。大人達が集まった事は確かなのだ、其の間、子守りが必要だったのだから。そして、参加した大人は紋付き袴の正装だった。…白無垢は、着なかったのか、其れとも、着られなかったのか。…しかし、祝言を行わなかったのだとして、其の理由は何だろう。祝言は、朝早くから支度をするであろう?朝、何か起きたとしても、白無垢を着ない、という事が有るだろうか。少なくとも私は、祝言の日の早朝には着ていた」
私も、そうです、と安幾は言った。
「支度に時間が掛かりますものね。…白無垢の件、そんな風に考えた事有りませんでした」
「否、そうしたものであろう。私とて、自分の祝言の後になってからも、暫くは気にも留めなかったのだ」
喜久は、腕組みをし、だから、と続けた。
「何か起きたとしたら祝言の前なのではないか、と思うに至った」
待ってください、と辰顕は言った。
「うちの両親も合同で巫女を引退する儀式に出て、同じ日程で祝言を上げた筈です。でも、うちの両親は」
安幾も、ええ、と言った。
「そうですね。実方本家の俊顕さんと、清水本家の、お景さんの祝言で何か起きたとは聞きません」
「そう、恐らく其方は、 『正式に』祝言をなさったのであろう」
喜久は腕組みを解いた。
「だから、合同だった巫女を引退する儀式自体も、滞りなく終わったのだろう。だとすると、何か起きたとしたら、巫女の儀式の後と、祝言の朝の間に起きた、と私は考えている」
―思い出せ。
俺は疎まれた、と誠吉は言っていた。
『疎まれたのだとしたら、長は苦しんでいたのだと思います。誰も、俺すらも、『其れ』に気付かなかった事が、長を追い込んだのかもしれません』
―其れに気付かなかった。其れ、とは?長は何に苦しんでいて、誠吉さんを疎んだ?荻平さんが、こう言い出す前。ひこじぃは、何て言っていた?思い出せ。
『そんなの、もしかしたら、もっと単純な理由かもしれないじゃないですか』
『だから、別に、そんな、改革とかじゃなくて、もっと単純な理由かもしれないじゃないですか』
―単純な理由って、まさか。
『操殿は、今の長の親代わりをなさった。だから、お富さんも、今の長と兄妹同然に育った』
『きっとね、お富さんの事、好きな人も嫌いな人も、一度会ったら忘れられない人だったと思うわ。悪く言っている人だって、あの魅力には抗えなかった筈よ』
『あまりにも、こんな里には似つかわしくない程美しくて、俺は、あれは山神様か何かだと思っていた』
―兄妹同然に育った美しい女の子の結婚相手を疎む理由。長は、其れ、に苦しんでいて。苦しんでいた長は何をした?
『私、分かったかもしれない』
―若い女の子には、女子供には聞かせたくない事が、巫女の儀式の後と、祝言の朝の間に起きた?
其れは、新枕、つまり初夜の時間帯を意味するのではないか、と辰顕は思い至った。
―初夜の時間帯に、何かが?思い出せ。
『あんな事があっては、俺も富も里には居られなかった。だから里を出た』
―里に居られない様な事が起きた。初夜の時間帯に、女子供に聞かせられない事が。
『俺も尊敬していたよ、長を。あの時までは』
『うちの父と何があったのですか?』
―紘の両親の初夜の時、長と、何かが有った?…長を尊敬出来なくなる様な事が?其れは、女子供には聞かせられなくて。里には居られなくなって。
―まさか、長は、紘の両親の初夜の時。苦しんでいた長は。女子供に聞かせられない事を。
『もう、双子も紘も大きくなりました。話してやっても良いのでは?』
『其れで結局、うちの父のせいで里を出る事になったのですか?』
『故人の名誉に関わる事でも有るのでな。帰る日に話させておくれ』
―初夜の日に起った事は…故人の名誉に関わる事だった。女子供に聞かせられない事。
『祝言は、本当に行われたのであろうか』
『祝言が終わって気が付くと、誠吉さんと、お富さんは、里から居なくなってしまった』
『大人達が集まった事は確かなのだ、其の間、子守りが必要だったのだから』
―何か、白無垢が着られない様な事が起きて、大人達は集まって、…何を話した?そう、もし、長の方に落ち度のある何かが有ったとして。しかし、其れを公表する方が名誉に関わると判断される種類の事だったら。だから大人は何も教えてくれないのだとしたら。…逐電ではなくて、皆で『逃がした』?祝言を上げている振りをして、時間を稼いで。じゃあ…やっぱり。そして、間を開けずに操殿は自決。事実上、里の実権は長に集中した。…だから、誠吉さんの方は、初夜で起きた事を、里を改革しようとした自分を疎んじた長の牽制と取った…?いや、落ち着け。其処まで判断するには材料が足りない。
しかし、あの時の顕彦の口振りからすると、顕彦自体は、誠吉と長の認識に齟齬が有ると考えている様子なのだ。
―此れは、思ったよりも、里の勢力図に影響する事件だったりして。
辰顕は、自分の胃の辺りが冷たくなるのを感じた。
別段厚い信仰心や忠誠心を、苗の神教や長に抱いている辰顕ではなかったが、其れ等の事柄を繋げていくと、何か、今まで信じていた長の像が崩れていく様な気がした。
「如何も」
其の時、奥座敷の外から初の声がしたので、辰顕は、ビクリと体を震わせた。
安幾も、戸惑った様子で、はい、と答えた。
失礼します、と言って、襖が開けられ、廊下には、正座した初が居た。
「其処までにしましょうね。御腹に障るわ」
初は、悲しそうな微笑みを湛えて、正座の儘、丁寧に一礼した。
安幾は、ジッと初の方を見た。
「…ハナさん、御存知なのですよね?」
『妻と一緒になる条件が、全ての告白だったのです。父上が、実方本家の皆様にのみ御伝えしております』
そう、初は知っている筈だ、と辰顕も思った。
「ええ、知っていてよ」
顔を上げた初は、実に悲しそうに、そう言った。
「誠吉さんが良いと思った時に話してくださる筈よ。そうでなくても、安幾ちゃんの床上げが済んだら、私が責任持って、此の三人には話してあげます。今言わないのはね、理由が有るの。聞かせたくないと仰っているからには、其の御気持ちを汲んで差し上げて」
さ、と初は言った。
「辰ちゃん、御手伝い有難う。もう此処の御手伝いは大丈夫よ。皆で仲良くね」
辰顕は、はい、と言って、そっと一礼し、奥座敷を、滑る様にして出た。
そうは言っても、と辰顕は思った。
―多分大体分かってしまった。そんなに隠される意味も。
そして、誰にも言えない、と思った。
『里こそが、坂元家から見放されたのではないか、と思う事が有る。此処って、里と里の外との境界に在る、と、俺は思うのだけれど』
『如何して紘の御両親が里を出たのかは俺にも分からないけれど、何か、里を出る方が正しい、と思う事が有ったのではないか、という気がする』
『でも里は、瀬原集落は如何だろうか。日本というものから取り残され、坂元家という、賢くて、里の外に出る才覚を持つ人達に見放されたのではないかって』
―そうだ。移住じゃなくて…『時間を掛けた穏便な形の離反』だったとしたら?祝言直前に、本家の娘の名誉に関わる事を長にされて、結果的に泣き寝入りの様な形になって、新郎新婦は逐電。操殿は結果的に自決。直さんも、要さんも、吉雄さんも、坂元分家の人達は、次々と里を離れていって。坂元本家も、結局、書類上は里の外に家を構えて。
『操殿の正統な後継者ですよ。操殿は本来、御自分の御持ちだったものを全て、此の誠吉に譲る心算でいらしたのです。政治の繋がりの方も、長ではなく、こいつにね』
『そうだったのか、やっぱり、そうだったのか。長の補佐として本当に必要だったのは、誠吉さんだった。貴方と長が一緒なら、里には一番良かったのに。俺ではなかった。八次でもなかった。長に必要なのは貴方だったのに』
『貴方が居なくなって、本当に困ったのは長です。分かりますか? 』
辰顕は、恐ろしい事に思い至って、全身総毛立った。
―長のせいで、誠吉さんが里を出てしまった事が、里の現状を招いたのだとしたら。本当に、見捨てられたのは、里の方かもしれない。騙されて、御国の為に従軍すらもさせてもらえず、無辜の兵に、人体実験を…。
皆仲良くね、という初の言葉が、辰顕の頭の中で木霊していた。
―そうだ。こんな事が皆に知れたら。仲良くするのは難しくなってしまうかもしれない。




