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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第一章 昭和二十年 七月
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昭和二十年 七月二十九日 実方辰顕 赤毛

 しかし綜は、少し気を取り直したかの様に顔を上げて、呟いた。


「そういうものかな」


 其の時、恐らく本日最後の陽光が窓から入って、綜の髪と紘の瞳をサァッと照らした。


 双子は、其の紘の瞳の輝きに、一瞬、吸い込まれる様に見入った。


 紘は紘で、綜の方を見て、ウットリした顔をして、Hazel eyes、と呟いた。

「何て綺麗な(はしばみ)色。そんな綺麗な髪や目の色をした人が本当に居るなんて」

 綜は、はぁ?と言って首を傾げると、紘の美しい瞳を見返して、言った。

「…目の件で言えば、そっくり其の儘御前に返すが」


 室内に於いては、単なる黒髪と明るい茶色の目程度にしか見えない為、其れ程他人との違いは無いが、陽光に透けると、紫がかった赤っぽい色になる色素の薄い髪や、淡褐色の瞳は、綜の気にしている部分だった。


 しかし其れが、こんな真っ直ぐな称賛を受けるとは、本人は思っていなかった様子である。


 しかも、此れ程美しい瞳の持ち主から言われると思って、此れまで生きて来なかった事であろう。

 

 戸惑いながらも、綜は、紘の瞳から目が離せない様子だった。

 次第に外が薄暗くなってきた。


 良いなぁ、と紘は、ウットリとした様子で言った。

「光の加減で、そんな素晴らしい色に見えるなんて」


 綜は不思議そうに言った。

「俺は、此の赤毛が嫌いだ」


「そうなの?気を悪くした?」

 紘も、不思議そうに返した。


 綜は眼を(しばた)かせた。

「羨ましいとか、綺麗とか。思いも寄らない事を言うな、御前は。別に今更、気を悪くしやしないが、如何(どう)して、そんな事を言おうと思えるのだ?」


 綜の疑問に、紘は、そりゃあ、と言った。


何時(いつ)か海の向こうに行く事が有ったら、と思ったら、少しでも違和感の無い容姿になってみたいもの。そりゃ、如何(どう)見たって俺は、此の国の人間以外では有り得ないけどさ」


 時々浮世離れして見える、という点で、綜と紘は、辰顕の中で同じ分類であるし、そう思える時は、辰顕にとって紘は最早同じ世界の人間ではない気がする。


 だから、紘の其の発想は、全く理解出来ない辰顕だった。


 しかし、紘が、綜の色素の薄さに、一抹の異国情緒を感じ取っているらしい、という事は理解出来た。


 敵性語を敢えて勉強しようとする、此の同学年の人物は、本当に全く、双子とも辰顕とも発想が違うらしかった。


 独逸(ドイツ)語を学ぶからといって、髪の色が違うと良いな、などとは思った事も無い辰顕である。


―金髪とかって意味ならゾッとしないね。


 とある事情で、辰顕が、髪の色が変わったらいい、などと口にすると、洒落にならないのだ。


 実方家の男系の男には、何故か髪の毛の一部分に色素が作られ難い、金色の様に見える部分が在る。

 俊顕も顕彦も辰顕も、其れを隠して暮らしているのだ。

 因みに、何故か女性には其の特徴は出ない。

 そういう遺伝なのかと思うと面白いが、長じるにつれ、忠顕の様に、色素の薄い部分が増え、混ざって生えている様になるらしいのだ。


 自分の祖父の様な姿になる事については、別段嫌では無いが、金髪の様に見える部分が増えていく事は、辰顕にとっては老いの象徴なのだ。


 (こと)(ほど)左様(さよう)に、家庭の事情や価値観は、人によって異なるものだと、辰顕は再認識した。


 紘の方は、褒められ慣れずに戸惑う綜を他所に、良いなぁ、と尚も話を続けた。

「綜ちゃんは(あし)も長いじゃない。凄く良いと思う」


 綜は、脚だぁ?と言った。

「胴が短くて脚が長いより、胴が長い方が良い兵隊らしいではないか」


 綜の発言に、三人は、そうなの?と声を揃えて仰天した。


()()る程驚くか?胴が長い方が、内臓がギッシリ詰まっていて、シッカリした、体力の有る丈夫な体らしい。腸が長いとか何とか」


 周が、本当にぃ?と、思いっ切り疑いの声を掛けた。


 綜は、少し可笑しそうに言った。

「俺が言い出した話じゃないぞ。噂だ、噂。ほら、座高を測定するではないか、身体測定 (など)の時に。あれは其の、胴の長い、良い兵隊を見付ける為だと聞いたぞ。真偽の程は定かでは無いが」


 ええー?と周は言った。


 でも、と、紘は珍しく、綜に詰め寄る様に言った。

「絶対脚は長い方が良いよ。洋服なら特にね。背広を想像して御覧よ」


 紘に詰め寄られるとは想定外だったと見えて、綜は珍しく、たじろいで言った。

「俺達四人、身長は横並びだろう?御前と俺で、そんなに変わるものか」


 そんな事無い、と、紘が珍しく食い下がったので、やっと周が、何時(いつ)もの様にケラケラ笑って、言った。


「そんなに言うなら、紘、兄上の隣に立ってみなよ」


 綜は、面倒臭そうに、眉根を寄せて毒づいた。


「馬鹿な事を。浴衣の上からじゃ、何処からが脚か分からんぞ」


 良いから、良いからと、周は、綜を軽く()なして、笑いながら、綜と紘を、仮眠室の真ん中に並んで立たせた。


「いい?骨盤の上に在る、出っ張った骨に、浴衣の上から指を置いてみて。そうそう、腰のところ。其処が脚の始まり」


 周に言われた通り、綜と紘は、並んで、自分の腰の辺りに指を置いた。


 すると、綜の方が、三寸程紘より脚が長いという結果が出てしまった。


 紘は、ほらぁ、と言って(ひざまず)き、椅子と自分の両腕で顔を隠す様にして項垂(うなだ)れた。


「だから、ほら、測らなきゃ良かったろう」


 綜が、困った様に、そう言うと、周はゲラゲラ笑いながら、自分の腰に指を当て、綜の隣に立った。

 流石、二卵性でも、双子というだけあって、脚の長さは(ほとん)ど同じだった。


 其れを見て、紘は、再び、ほらぁ周ちゃんも長い、と、嘆く様な声を出した。


 状況自体は大変面白かったが、辰顕は、実は紘の脚が自分より長いかもしれないと思っていたので、今、双子の隣に立つ勇気は無かった。


 そんな事をしていると、真鍮の把手(ノブ)の付いた仮眠室の扉が三度叩かれた。


 周が、はい、と返事をすると、浴衣姿の顕彦が中に入って来た。

「遅くなって済まなかった。夕餉だぞ」


 顕彦は、(ひざまず)いて両手で顔を覆う紘を見て、おや、と言った。

如何(どう)した?紘」


 周は、ケラケラ笑って答えた。

「脚の長さの比べっこしていたら、兄上が紘に勝っちゃったから、落ち込んでいる様です」


 顕彦は嫌そうな顔をして後退(あとずさ)り、残酷だなぁ、と言った。

「よく、そんな残酷な遊びを思い付くよな」


 周は、顕彦の反応に意外そうな顔をして、え?と言った。顕彦は首を振って言った。

「俺は、絶対、綜の隣には立たないぞ」


「先生?」

 周はキョトンとした顔をした。


 辰顕は、如何(どう)なさいました?と顕彦に尋ねたが、顕彦は、如何(どう)もこうも無いよ、と答えた。


「軍服着てりゃ分かるさ。あいつ絶対脚が長いって。比べっこなんて、するまでも無いわ」


 辰顕は、顕彦の脚が短いなどとは全く思った事が無かったので、顕彦の反応は意外だった。

 益々、今、綜の隣には立ちたくない、と思う辰顕である。


「そんな遊び、傷付くだけだ。皆身長が横並びだから余計に、露骨な違いが分かるぞ」


 さ、立った、立ったと、顕彦は紘に言った。

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