昭和二十年 七月二十七日 坂本紘一 繁雪
人が捌けて静かになると、洋灯の明かりで、隣の寝台で半身起こす繁雪の姿がフンワリと照らされているのが見えた。
軍服は脱いで衣文掛に掛けられ、何処から持ってきたのか、誰かの黒っぽい浴衣を着ている。六尺は無かろうが、繁雪も背が高い。
紘一は、少しこけた、繁雪の頬の、頬骨の線に薄っすら浮かぶ影を、チラリと盗み見た。
―何て精悍な顔立ち。
利助は普通の容姿だったが、やはり此の里は、綺麗な人が多い、と紘一は思った。
利助にしても、特別不器量だというわけではなかったのである。
紘一は、此処に来て、一生分の美形の人間を見た気がしていた。
はた、と、繁雪と目が合う。
「衝立を出しましょうか」
紘一が、そう言うと、繁雪が、有難う、と言った。
紘一が寝台から出ようとすると、すかさず、辰顕が、寝てなよ、と言って近寄って来た。
「俺が衝立出すからさ。今日は寝な」
繁雪と紘一は、衝立を出してくれた辰顕に、有難う、と言った。
衝立で隔てられてから、繁雪は、凄いな、と言った。
「紘君か。…君には分かったのか、遣り方が」
「…はい」
人間の殺し方が分かってしまった、とは言いたくなかったが、分かってしまったものは仕方が無いので、紘一は素直に、そう言った。
繁雪は続けた。
「君、術も使えるのかい?」
「はい」
紘一が返事をすると、辰顕が、寝台に寝転がりながら、紘は上手いですよ、と言った。
「あんな風に術が使える奴、俺、初めて見たよ。本当に驚いた」
「あんまり長い時間出来ないから、上手いか如何か、分からないけど。ちょっとしたコツなの」
「コツ?」
紘一は、掛物の中に潜り込みながら、えーと、と言った。
「ボンッて、上に意識を集めて、ドーンって、降ろしてくる感じ…上手く説明出来なくて、ごめん」
紘一が辰顕に謝ると、繁雪がクスクスと笑った。
「何だか、本当に、普通の子だな、君は」
紘一は、はぁ、と言った。
「そうだな、少しくらい賢かろうと、何が上手かろうと、普通の人間だよな。うちの弟達だって、やっぱり」
繁雪が何か言葉を飲み込むのが紘一には分かった。
弟達の脳に電極を刺されるのを止めようと、大立ち回りを演じた人物とは、とても思えない上品さがある。
そんな繁雪が腹を立てた気持ちが、紘一には、よく分かった。
自分も、弟の彰二が同じ目に遭うなど、考えただけで嫌である。
「そりゃ、戦で甘い事を言っていられないのは分かっているが。嗚呼、大事な宗教の秘術で人を殺さねばならぬとは。普通の子が、普通の生活が出来たらなぁ」
繁雪の囁きは哀切だった。
辰顕が、オズオズとした様子で繁雪に問うた。
「あの、本当でしょうか。…里が…暗殺者集団になるって」
「長が、どの様に収めてくださったか、だな。軍に報告が為されていたら、如何なるか分からない」
辰顕は、繁雪に、そうですね、と言った。病室には静寂が訪れたが、辰顕と紘一の寝台の間には衝立が無かったので、紘一には、辰顕が黙ったからと言って、辰顕の不安まで消えたわけでは無い事が、其の表情から、ありありと分かった。




