昭和二十年 七月二十七日 実方辰顕 緑家の好子
※鍋等は供出が求められたが、鋏等の生活必需品は供出免除されていたので、此の時期でも家には存在するはずなのに、バリカンが消えたので、皆不思議がっている。
其れから、周と辰顕は、紘を手伝って行水をさせてやった。
血は止まっているが、包帯を濡らさない様にせねばならない。
父か栄が戻ってくれば、傷を縫ってやれるのだが、辰顕には未だ出来ない。
今年の九月で満十七歳だが、背ばかり伸びて、大人の様には彼是出来ないのが、自分でも、もどかしい。
何時戻ってくるかも分からぬ医者を待つのが、額を切っている人間にとって良い事なのか、辰顕には判断出来ない。
行水を終えると、紘は、有難う、と言った。
「伸びたなぁ」
紘は、自分の前髪を、ピッと右手の親指と人差し指で抓んだ。
「理髪器無くなっちゃってさ。鋏なら有るけど」
辰顕も、そう言いながら自分の髪を触ってみた。
几帳面な糺が居た頃は有り得ない事だったが、近頃よく物が無くなるのである。
オマケに、六月の空襲の後から、頭を刈るのを忘れていた。
学校に行かなくなってから、あまり、そうした事に構わなくなってしまっていた。
抑殆ど里の関係者以外の人間に会わない。
「そう言えば貴と了は坊主頭だね」
紘が、はたと気付いた様に、そう言った。
「ね、有った筈だよ、何処かに。何処行ったかなぁ」
辰顕が周に同意を求めると、周も、自分の髪を右手で、サッと掻き揚げた。
「そうだったね。最後刈ったの、何時だっけ」
周は、そう言ってから、ケラケラ笑った。
そう言えば、周そっくりの綜は、一応従軍している割には髪が長めである。
今も髪型は周と同じだった。
―軍紀的に如何なのかな?殴られたり叱られたりしないものだろうか。
しなさそう、と辰顕は思った。
綜が、存在も存在感も別格で、異質であろう事は、現場を知らない辰顕にも容易に想像がついた。
其れから、紘の額の傷に負担が掛からない様に、三人で、ゆっくり歩いて病院に向かった。
紘が頭の傷のせいで、ふらつくかと思ったが、案外丈夫と見えて、そんな事は無かった。
周は、紘の隣の寝台に、枕覆いと敷布と薄掛けを付けて、ついでに、辰顕と紘の枕覆いと敷布も取り替えてくれた。
洋灯の明かりに照らして、よく見ると、紘の枕覆いには微かに血が付いていた。
明日洗わなくちゃ、と紘は言ったが、洗濯をさせても良い状態なのか辰顕には判断がつかなかったので、返事が出来なかった。
「さ、話して」
藍色の浴衣に着替えた周が、自分の寝台に腰掛け、辰顕と紘の方を向いた。周はニコニコしている。
「楽しそうだね」
紘が不思議そうに、そう言うと、周は、そりゃそうだよ、と言って笑った。
「小さい子でもないのに、御話を読んでもらうなんて、何時振りだろうね。此の三年、そりゃあ娯楽が少なかったものだよ」
其の周の笑顔に、辰顕は胸が痛んだ。
周は若さ溢れる三年を、病でもないのに、死んだ事にされて病院で過ごしてきたのだ。
こういう時、辰顕は何も言えない。
「あ、でも、英語じゃ分かんない」
周が、そう言うと、紘は、掻い摘んで内容を話そうか、と提案した。
周は、悩まし気に、うーん、と言った。
「すぐ終わっても、つまんないなぁ。でも、聞いてみる」
紘は、周の言葉に、嬉しそうに微笑んで、分かった、と言った。
頁を捲る音がする。
洋灯の光は、本を読むには暗いかもしれなかったが、何だか今日は、其の暗さが落ち着く、と辰顕は思った。
「先ず、此の話はね、『緑の切妻屋根のアン』っていう題なの」
「切妻屋根って、こういうの?」
周は、そう言って、天井を指差した。
そうそう、と紘は言った。
「へぇ、偶然」
周が、驚いた様に、そう言うと、紘は、再び微笑んだ。
「緑の切妻屋根って、瓦葺きでなくて、屋根が緑色で、二階とか、屋根裏部屋も在るらしいけど。其の家に住んでいる女の子、アンの話なの」
「うん、其処までは分かりそう」
周が、そう言って頷くと、紘は話を続けた。
「其れで、此の女の子が孤児でね。孤児院から、Cuthbertっていう名字の、年老いた独身の兄妹が住む家に、手違いで連れて来られたわけ」
おや、何だか気の毒、と辰顕は思った。
手違い?と言って、周は少し悲しそうな顔をした。
既に話に引き込まれているらしかった。
早い、と辰顕は感心した。
紘は続ける。
「そう、本当は、兄妹が、もう年だから、牧場の手伝いをしてくれる下働きみたいな男の子が欲しかったのに、十一歳の、痩せっぽちの女の子が来ちゃったの。しかも、其の女の子、アンは、女の子を欲しがっている家に引き取ってもらえたと思い込んでいる」
そんな、と、周が泣きそうな声を出した。
のっけから雲行きが怪しい話だな、と辰顕は思った。
紘は、周の反応を見ながら、話を続ける。
「クスバート家の兄、Matthewが、駅に、其の男の子を迎えに行くところから話が始まる。其れを、近所の、Rachel Lyndeっていう小母さんが見ている、っていう形で冒頭が始まる」
マシュー、と、周が呟いた。
うん、と紘は言った。
「此の、クスバート家の、マシュー、其の妹のMarillaは、よく出てくるよ。其れと、此の、御近所さんの、レイチェル・リンド。此の三人は、覚えておくと良いかも」
周は、マシュー、マリラ、レイチェル、と呟いた。
周には耳慣れない音の名前らしかった。
しかし、稍あって、周は、よし、覚えた、と言った。
紘は、また微笑んだ。
辰顕は本を覗き込んだ。
やはり薄暗い。
Cuthbert、と、辰顕は声に出した。
よく字が見えない。
人名と思しき箇所を拾い読みする。
「えーと、Marilla、Rachel」
「独逸語読みだと、そうだね」
紘が、そう言って、嬉しそうに微笑んだ。
独逸語読みの何が、そんなに面白いのか、辰顕には分からなかったが、楽しそうだから良いか、と思って黙っていた。
紘は話を続けた。
「マシューは女性、特に、小さい女の子が苦手なの。其れなのに馬車で男の子を迎えに行ってみると、駅には小さな女の子一人しか居ない」
わ、大変じゃない、と周は言った。
「え、しかも、手違いでしょう?如何するの?」
周は、少しオロオロした様に、そう言った。
よく、そんなに感情移入出来るな、と辰顕は周に感心した。
周の表情を見ている方が、辰顕には面白いくらいだった。
しかし、紘は分からないと言っていたが、此の話は、辰顕には、なかなか面白い。
行き成りヤマ場、という感じがした。
―娯楽、ね。そうか、俺にも無かったな、長い事。
綜も言っていたが、最後に映画を見たのは何時だっただろう、と辰顕は思った。娯楽が少ないという点では、周程では無いかもしれないが、皆同じなのだろう。
紘は続ける。
「マシューは、アンが喜んでいるから、手違いだって言えない。本当の事が言えない儘、新しい家に行けるって大喜びのアンを、馬車に乗せる。あ、其の時は未だ、此の女の子の名前は出て来ないから、SheとかHerとか、えーっと、つまり、彼女、とだけ出てくる」
周は、眉根を寄せて、うわぁ、と言った。
辰顕も想像してみる。
小さな痩せっぽちの女の子が、駅で、一人で待っている。
違う、欲しかったのは君ではない、と、言えないくらい喜んでいる。
―きついな。
其の場にいたら、自分も、其れは言えないと思う辰顕である。
「兎に角、間違いだからといって、子供を一人で駅に残していく事は出来ないからね。其の儘マシューは、アンを馬車に乗せて、グリーンゲイブルズ、つまり、緑の切妻屋根の家まで連れて行く。『緑の切妻屋根』…此れは、何だろ、屋号みたいなものかな。緑の切妻屋根の家に住んでいるクスバート兄妹、っていう事だと思う。しょっちゅう出てくる表現でね。題も『緑の切妻屋根のアン』だしね。其れで、道中、マシューはアンの事を気に入ってしまう」
其れは、より離れ難くなりそうだな、と辰顕は思った。
周も、神妙な顔をして聞いている。
紘は更に続ける。
「アンは凄く御喋りでね。マシューは女性と話すのが苦手だけど、彼女の御喋りは気に入ったって書いてある」
紘は、ペラペラと頁を捲った。周はクスッと笑った。
「そんなに御喋りなの?」
「うん、雪の女王が如何とか、花が綺麗とか」
紘の説明に、周は、へぇ、と言った。
御喋りで、女の子で、という条件は辰顕には想像し易かった。
十一歳くらいというと、きっと成子くらいの年なのである。
辰顕は、急にアンに親近感が沸いた。
そうか、と辰顕は言った。
「喜んで御喋りしているわけだ。其れなのに、手違いなのか」
紘は、うん、と言って頷いて、続ける。
「妹のマリラに会わせて、手違いだって事が分かる。マリラが、来るのは男の子だった筈だって言っちゃってね。アンは悲しんで、叫ぶ」
待って、と周は言った。
「そんな酷い事、本当に書いてあるの?」
「うん。えーと、You don,t want me」
「ごめん、日本語で」
そう言いながら、周は前のめりになった。
かなり真剣に聞いている。
紘は気圧された様に、分かった、と言って続けた。
「『貴女は私を要らないのですね』と彼女は叫んだ。『私が男の子ではないから、貴女は私を要らないのですね』」
周が其れを聞いて、ポロリと涙を溢したので、辰顕と紘はギョッとして、周の顔を見た。
あ、ごめん、と言って、周は涙を拭った。
「成ちゃんくらいの年の子なのかな、って。未だ小さいのに、大喜びで家に行ったら、男の子じゃないから要らないって言われちゃうのかと思って」
要らないだなんて、と、周は、また声を湿らせた。
紘は、戸惑った様に続けた。
「うん、えーと。wantが、求める、みたいな意味。否定形になっているから、求めない、とか、欲しくないって事だね」
否定、と、周が悲しそうに呟いた。
紘は、少しオロオロした様子で続けた。
「あ、えーとね。此の後、アンが面白い子だって事が、マリラにも分かるの」
かなり言葉を選んでいるな、と思って、辰顕は、二人の遣り取りを可笑しい気持ちで見ていた。
紘は続ける。
「其れで、兎に角如何して、こんな手違いが起きたか調べよう、って事になって。此の場面で、やっと女の子が名前を聞かれる」
うんうん、と周は頷いて、言った。
「良いね、此の本」
「あ、本当に?」
そんなに?とでも言いたげな顔で、紘は周に聞き返した。
うん、と周は言った。
「随分長い話みたいだね。未だアンが、もててる所が出て来ないもん」
周が真面目な顔で、そう言うので、辰顕は思わず吹き出した。
紘は、ああ、と言った。
「其れは、かなり後。アンが成長して美人になるわけ。まぁ、其の前にギルバートが」
ギ?と周が聞き返した。
紘がGilbertと言いながら、指で空中に字を書いた。
辰顕はGilbertと読んだが黙っていた。
人名である。
多分、仏蘭西語読みだとGilbertだが、仏蘭西語は、其れ程好きでも得手でもないので、辰顕は、其れも黙っている事にした。
抑数学は好きだが、語学は苦手だから、態々、自主的に早くから独逸語を勉強しているのである。
自分が理系なら、紘は文系なのだろう、と辰顕は思った。
―其れにしても、語学とはいえ、勉強の話を同い年くらいの人間とするなんて、何時振りだろう。
辰顕は、ふと、此の時間を、かなり楽しんでいる自分に気付いた。
紘は、其れでね、と言って続けた。
「ギルバート・ブライスっていう同級生の男の子が出てくるの。ギルバートはアンの事を好きになる。だけど、アンを怒らせちゃって、なかなか仲直り出来ない」
周は、へぇ、と、楽しそうに言った。
「ただなぁ、名前がなぁ。なかなか頭に入って来なくて。如何にかならないかな」
そんな無理な注文が有るだろうか、と辰顕は思ったが、紘は、そうだねぇ、と言って、一応工夫を試みようという様子を見せた。
「ギルバート・ブライス。Blytheは、陽気な、とか、楽しい、とか、朗らかな、みたいな意味が有る姓だけど」
よし、と周は言った。
「じゃ、ギルバートは、朗らかだから、吉田朗で」
辰顕は其れを聞いて、また吹き出してしまったが、周は真剣な顔をしていた。
紘は、また気圧された様に、じゃ、其れで、と言った。
良いのかな、と思って、辰顕は、クックッと笑った。
周は、辰顕に、良いじゃない、と言って笑った。
「此の手で行こう」
此の手で行くのか、と思ったが、辰顕は口を挟まなかった。
紘は、再び気圧された様に、うん、と言った。
「そうだねぇ、じゃあ」
紘は、そう言うと、寝台から降り、荷物から、ゴソゴソと手帳と鉛筆を取り出し、寝台に再び座ると、何事かを書き付けた。
「アンが好子、マシューが賜男、マリラが輝子、レイチェルが稚子、とかで、如何?ギルバートも、吉男とかさ」
本当に良いの?と思い、辰顕は、紘の提案に目を丸くしたが、周は、此れなら大丈夫、と言った。
本当に良いの?という顔を紘もしていたが、其れは良かった、と言った。
周は紘に近寄ると、其の儘、紘から鉛筆を借り、吉男の字を書き直した。
「吉雄にしちゃおう」
辰顕は、其れを聞いて、堪らずに、ゲラゲラ笑ってしまった。
「いいでしょ。よしおじちゃん、だよ」
周が、えっへん、と言う風に言った。
紘は、分からない、という顔をした。
周は、其れに気付いて説明した。
「アッコおばちゃんの、えっと、安幾さんの御父さん、吉雄さん。よしおじちゃんって呼んでいたの」
ああ、と紘は相槌を打った。
「坂元の家の人だって言っていた人だね」
「そう。吉雄と好子の恋物語、良いじゃない」
周の言葉を聞いて、辰顕は、息が出来ないくらい笑った。
安幾の美貌は、父の吉雄譲りで、吉雄は垂れ目の色男だったが、そう聞くと、辰顕には、知り合いの親爺の吉雄が若い女の子を口説いている場面しか浮かんで来なかった。
紘は、目をパチクリさせながら、そう、と言って、続けた。
「別段、二人が恋仲とか、そういう話は出て来ないけど…、其れで良いなら」
「うん、構わないよ、聞きたい」
周はキッパリと、そう言ったが、辰顕には、周と紘の興味の方向性に齟齬が感じられて、余計可笑しかった。
一頻り笑ってから、辰顕は、笑い過ぎて出た涙を拭った。
「いや、そんなに気に入ってもらえるとは思わなかった」
紘は、周と辰顕の顔を交互に見ながら、そう言って、眼を瞬かせた。
周は、うん、気に入った、と言った。
「こんなに笑ったの、久しぶりだよ」
辰顕が、そう言うと、紘は、そう、と言って、はにかんだ笑顔を見せた。
『Anne of Green Gables』を『緑の切妻屋根の好子』と訳す羽目になったというのに、こう喜ばれると少し複雑になる辰顕である。
しかし、周は、えーと、と、更に考える素振りを見せて、言った。
「題名も長いよね。緑屋根とか緑家とかでも良いでしょ」
凄い事言うな、と辰顕は驚いたが、紘は、また気圧された様子で、そっか、と言った。
「屋号だし、そんなに厳密でなくても話の筋には影響無いかもね。俺は英語の勉強になれば別に良いから」
『緑の切妻屋根のアン』が『緑家の好子』になってしまって、本当に良いのか、と辰顕は思ったが、二人が其れで良いなら、と、口には出さなかった。
何か、古本屋で、こういうの、見た事が有る気がする、と辰顕は思い出した。
仏蘭西語の本『Le Comte de Monte-Cristo』が、黒岩涙香の訳で『巌窟王』になっていたのを軽く立ち読みしたが、女性の名前が『お露』になっていた。
多分、周の様に、耳に馴染まない人々への配慮だったのであろう。
大正の頃の作家が遣っているなら、紘が今遣って悪いという事は無いかもしれない。
話の筋には関係無いというのは本当だろう。
しかし、話の筋には関係無いのだとしても、辰顕の想像力には、かなり影響していた。加奈陀にいる女の子ではなく、茶屋か庄屋の軒先にいる、何時もの鉄線柄の白い浴衣姿の成子しか頭の中に出て来ないのである。
もう、好子は、其の茶屋の看板娘、という感じがした。
名前は大事なのでは、と思ったが、今言っても仕方が無いので黙っていた。
「地名も変えた方が良いのかな、そういう話だと」
紘が、そう言って、パラパラと、ページを前に戻した。
辰顕も本を覗き込んだ。
「えーと。Avonlea?」
「そう。英語読みでも、そんなに音は変わらないかな。其れが緑家の在る村の名前。川が流れていて、野原が在って」
へぇ、と周は言った。
「瀬原集落みたい。上方限と下方限が小川で分かれていてね。水路も在って。それで、瀬原っていうの」
「へぇ、偶然だね」
紘は感心した様に、そう言ったが、辰顕は、川の在る集落なんて珍しくもなさそうだけど、と思った。
しかし口は挟まなかった。
じゃ、と紘は言った。
「川原村、とかで良いか。川原村に在る緑家に住んでいる好子」
紘は、そう言いながら其れを手帳に書き付けた。
川原村で本当に良いのか、と辰顕は再び思ったが、また口は出さなかった。
しかし、辰顕の中で加奈陀は更に遠のいた。
抑加奈陀に対する知識が殆ど無いので、想像力が追い付かないのである。
でも、確かに此れは面白い、と辰顕は思った。
『緑家の好子』を読んでいる時は、三人は、此処ではない別の何処かの事を考えている。
加奈陀でも瀬原集落でもない、何処か、知らない場所、でも、川が在って切妻屋根の家が在る、現実と少し似た場所。
其処で、好子が喜んだり悲しんだりしている様子を我が事の様に考えている。
現実逃避と言えば、此れ以上のものも、そう無いという気がするが、今、三人に必要なのは此の逃避である、と言えた。
―戦争に本当に勝てるのか。何時焼夷弾が落ちてくるか。何時機銃掃射されるか。そんな事、今は全く考えないで済むからな。今だけでも。
兎に角辰顕は、頭に怪我をしている紘の気持ちを落ち着かせたいと思っていたし、楽しそうな二人を見るのは、辰顕も嬉しかった。
そして、敵性語の本をコッソリ読んでいるという秘密を共有する事で、連帯感が強まっている事について、楽しいな、と、辰顕は純粋に思った。
周も紘も頭が良い、と辰顕は思う。
他言語の翻訳で遊ぶという行為は知的な遊びと思えなくも無かった。
二人と居ると飽きない、という気がした。
此の穏やかな時間が続けば良い、という辰顕の願いは、大きな物音によって掻き消された。大人の男性数人と、女性の声がした。
「わ、紘!本を隠そう」
周が、紘を隠す様に、紘の寝台に乗り、紘の上に薄掛けを掛けながら、そう囁いたので、紘は頷き、本を、サッと白い布で包んで鞄に入れ、鞄を抱き締め、薄掛けの中に身を隠した。
辰顕は、周と紘の傍に、姿を隠す様に立ち、身構えた。
人が、数名、ガヤガヤと病院の中に入って来る音がする。
こんな時間に一体如何したのだろう、と、辰顕は恐ろしくなった。




