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山行かば 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第一章 昭和二十年 七月
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昭和二十年 七月二十七日 実方辰顕 団欒

 夕餉を囲炉裏端で囲む頃には、紘も落ち着いていた。


 誠吉が、何時(いつ)もの(ただす)の席に居たので、辰顕は何だか少し変な感じがしたが、逸枝と了が誠吉の膝に座って楽しそうにしていたので、ホッとした。


 貴顕は、ふくれ菓子の一件から、すっかり紘に懐いてしまったらしく、(しき)りに、自分の宝物の石の話をしていた。

 誠吉と初と安幾は、其れを見て、ニコニコしていた。


 成子(みちこ)は、周を相手に、ずっと宝塚の話をしている。

 今日、静と冴に会って、色々話をしていたらしい。


「だからね、大人になったら絶対宝塚を受験するの。其れは、とっても名誉な事なのよ」


 こましゃくれた奴、と思い、辰顕は、成子が、そう言うのを聞いて、吹き出しかけたが、成子が、幼いながらに自分の美貌を鼻にかけているのは周知の事実だったので、宝塚音楽学校の存在を知って、そう言い出す事については、特に違和感は無かった。


 両親の容姿が、あの通りである。

 成長するにつれて、華やかな容貌の母、初に似ても、役者の様な整った容貌の父、栄に似ても、好い線は行きそうだった。


「其れで、宝塚の舞台(レビュー)に出るわけ?」

 周は周で、結構真剣に成子の話を聞いてやっていた。

 ちゃんと小さい子の話を聞いてやって優しいな、と辰顕は思った。


 成子は緊張しいで、学芸会の前日に熱を出した事が有るくらいである。

 舞台になど上がれるものか、と辰顕は思う。

 だから、最初から話半分で聞いている。

 夢を見るだけなら自由であるから、口は挟まない。


 成子は続ける。

「違うの。受験出来るだけでも名誉な事なのよ。私だって、受かるなんて思ってはいないのだけれど、受けてみたいの。だって、私ね、御稽古事も真っ当に習った事は無いし、学校だって今は行けていないのだもの。そんなので受かるなんて、思ってもみないわ。でもね、何か、綺麗な所の、入り口にでも立ってみたいのよ」


 立て板に水である。

 相変わらず成子は御喋りだなぁ、と辰顕は思ったが、何時(いつ)もの白張(しらはり)姿の周は感心して成子の話を聞いていた。


―綺麗な所の入り口にでも立ってみたい、って、成子が言うのは可哀想だけれどね。そりゃ…綺麗な服を着て、舞台に立つ夢を、見たいよな。防空頭巾を被るより。


 昼に空襲さえなければ、実に良い夜だと辰顕は思う。


―其れにしても、駅が攻撃されたのは痛いな。


 時に、列車の到着時刻を狙われたと見えて、周辺の被害の事は、辰顕は想像もしたくなかった。

 昨夜の紘の言葉が、辰顕の頭の中で木霊(こだま)する。

 昼の事は何とか忘れて、家族で囲炉裏を囲む以外、此の夜を遣り過ごす方法は無い。

 本当に今、自分の国は勝っているのか、などと、今考えても仕方の無い事である。


 勝った、勝ったと収音機(ラジオ)が、新聞が伝えて来る。

 其れを、其の儘鵜呑みにする以外、何も出来ない。


 何だか正体が、よく分からない、昼の残りの材料と、残った味噌漬け肉の入った鍋を皆で(つつ)く。

 不安だが、家族が居て安心で、粗末だが、食べ物は何とか全員で食べられるくらいは有った。

 不幸だが、今は皆笑顔で、(つら)いが、辰顕は一人ではなかった。


 空襲の時、母と妹二人と一緒に居られたのも運が良かったと思う。

 不幸中の幸いを数えるようになったのは、何時(いつ)の頃からだろう。


 辰顕は、天井に在る煙出し窓をジッと見詰めた。

 笑い声と煙が合わさって上に昇り、外に抜け出していく様に、辰顕には思えた。




 安幾と貴顕は、また奥座敷に泊まる事になった。

 誠吉も、また上座敷で休む事になった。

 男性陣が出払った以上、防犯的にも安心だ、と、辰顕は、誠吉の、六尺の美しい姿を惚れ惚れと見遣った。

 かなり痩せてはいるが、辰顕には逞しく見える。

 大人の男性が居ると心強い。


 子供達を、誠吉が(まと)めて行水させてやり、母親達は、助かったと言って笑っていた。

 

 貴顕が、行水の後に舟を漕ぎ始めたので、今日は其れで御開きになった。

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