昭和二十年 七月二十六日 坂本紘一
昭和二十年の七月十日に、祖父の坂本糺一が亡くなったという知らせを受けた紘一は、住み慣れた渋谷の家を離れて、静吉の故郷の方まで、静吉と二人で行くところだった。
其の静吉の故郷というのは、何でも、瀬原集落という、地図にすら無い隠れ里らしい。
「隠れ里っていうのは、こんなに、草原の奥の方に在るのですか」
紘一の疑問に、静吉が、おっとりした声で、そりゃ、隠れ里だからなぁ、と返してきた。
「未だ、もっと奥の方に在るのだが、里までは行かないよ。俺は里には入れない。里の手前に在る、俺の弟の家に行くのだ」
「ああ、栄五叔父さんの」
自身が里に入れない理由についての詳しい説明は、静吉からは無い。
静吉は穏やかに、そうだ、と続けた。
「あ、向こうに行ったらな、あいつのことは栄と呼んでやってくれないか。御前の伯父さんも、新三ではなくて新助。御前の御祖父さんの名前も、糺一ではなく、糺だ」
「…渾名の様なものですか?」
「其の様なものだ。頼む。出来たら御前も、坂元紘、と名乗ってくれないか。俺も、向こうでは、静か、という字ではなく、誠、という字を使った、誠吉、という名で通す」
「其れは父さんが、俺と父さんの名札を態々取り換えた事と何か関係が有りますか?」
静吉と紘一、其々の国民服に縫い付けられていた、本名が書かれた名札は、東京を出発する前夜に、静吉の手によって、坂元誠吉、坂元紘、という名札に取り換えられていた。
「そんなところだ。東京に戻ったら話すよ。彼是仕来りが有って、ややこしい場所なのだ」
「はい」
紘一は、理由には然して興味が無かったので、其れ以上質問するのを止め、ただ言われた通りにやろう、と思った。
そんな事よりも、暑いし、埃っぽい方が気になるのだ。
可愛がってくれた祖父の為でなかったら、こんなに頑張らないだろうと思う紘一である。
度々東京に来ては、何くれとなく世話を焼いてくれた大好きな祖父。
其の祖父を弔う為だけに、今こうして、此の真夏の南国で、草原を只管に突っ切っているのだった。
とは言え、訃報を受けてから此処に来るまでに随分時間が経過してしまった。
線路が爆撃でやられていなければ、此処まで苦労をする事は無かったであろうが。
抑葬儀には間に合わないのは承知の上で出発した紘一だったが、こんな思いをして辿り着いても祖父の死に顔一つ拝めるわけではないという事実には、大変やる気を削がれていた。
―其れにしても、何処を回っても空襲の爪痕が生々しいな。
東京も、特に五月の空襲での被害は、筆舌に尽くし難いものがあったが、鹿児島市も、三月十八日に鴨池飛行場が襲来され、海軍航空隊が爆撃されたのだという。
以来、四月一日、四月二十一日、五月十二日、六月十七日と、次々に市内が爆撃されたらしい。
特に、夜間空襲だったという六月十七日の被害は酷かったそうだ。
もう七月に入ったというのに、市街地が落ち着いた様子は微塵も無かった。
彼方此方黒焦げで、煤けていた。
大正五年創業の、山形屋というデパートが在ったそうだが、其の鉄骨鉄筋コンクリート製だという新館も、見る影も無かった。
此の御時世に、隠れ里だとかいう訳の分からない場所を探しに来て、こんな、とても静かで、広々とした草原に居ると、此れまで見てきた惨状が嘘の様で、何だか不思議な、奇妙な気分になる紘一である。
―鹿児島か。こんな時でなかったら、もう少し面白い気分で来られたかな。こんな、山の端っこというか、草原の中というか。こういう所が在るなんて。そうだな、勾配は殆ど無いけど、山行きって感じ。此処までの所、想像した事無かったな。
紘一は、父の生まれ故郷には興味は無いが、鹿児島市在住なのだという、とある作家には興味が有った。
其の人になら、態々苦労をしても会ってみたい気がしていたし、昔から、其の人が住む所、と思えば、どんな所であろう、という空想が自然に働いた。
しかし、黒焦げの市街地も、此の草深い場所も、自身が思い浮かべた、どの空想とも合致せず、其れが更に、紘一を奇妙な気分にさせた。
少なくとも、今日、何を、どれ程頑張っても、其の作家に会えない事だけは決定しているのだが。
あ、という静吉の声が、紘一の思考を打ち破った。
「紘、見てみろ。多分あれは、伊敷村だろうな」
「ああ、あれですか」
「そして、あれは、多分兵舎だな」
父の指し示す方角を見ると、草原の草の隙間から、平べったい建物が幾つも見えた。
「成程、此れだけ広いと、演習をするにも良いわけですね」
「そういう事だろうな。未だ、あの辺も、狐が出るのではないか?」
「…此の辺りは狐が出るのですか?」
「吉野狐の話を知らんかな?有名だと思っていたが。まぁ、御伽話でも何でもなく、狐は本当に居るよ」
物凄く田舎だ、と思ってはいたが、其処までとは思わなかった紘一である。
生憎と、吉野狐だとかいう話は知らないし、興味も持てない。
狐が出ると聞いて、然も有りなん、と思うだけである。
目指す場所は此処よりも更に田舎なのかと思うと、紘一は、げんなりした。
此れは弟妹を置いてきて正解だった、と、紘一は思った。
二歳年下の弟、彰二は満十三歳、四歳年下の妹、由里は、今度の七月で、やっと満十二歳である。
彰二は兎も角、幼い由里には、こんな旅は無理であろう。
二人共、松濤に在る、静吉の兄、伯父の新三夫妻の家に預けてきたのである。
「あ、父さん。吉野方面には行かないのですね?」
「そうだな。説明が難しいのだが。行政区画としては、昔は吉野村といって、一括りだったらしい」
吉野村の行政区画内に隠れ里が在った、という字面だけ考えると、隠れているのか何なのか、よく分からないな、と思う紘一だった。
とは言え、里に向かう手前の草原ですら、此れだけ広いのである。
そして其の更に奥地に在るのだというのなら、ざっくりと行政区画で区切られたところで、集落の一つや二つ、地図にも記載されずに見落とされそうではあった。
「其れにしても広い草原ですね」
「そうだな。兎に角、此処を抜けないと話にならん」
「…分かりました」
其処からは、足が草に絡まりそうになったり、鳥の死骸を踏みそうになったりしながらも、紘一は、黙々と歩いた。
いちいち些末な事に気を取られてモタモタしていたら、静吉に置いて行かれそうだったからである。
静吉は、自分が六尺と体格も良く、体力も有るせいか、時々、紘一の体力に対する配慮に欠けているところが有る、と紘一は感じている。
如何も、紘一も、静吉と同じくらいの体力だと思い込んでいる節が有るのである。
そうだとしたら其れは誤解だ、と思う紘一である。
紘一は身長こそ、五尺八寸と、同年代の男子よりは高い方であるが、静吉の様に六尺も無い。
―俺だって、もっと食べ物を食べられたら、もっと大きくなれるかもしれないのに。
紘一は歩きながら、そんな埒も無い事を考えた。
近頃は、永田町の国会議事堂周辺が畑になっているくらい食べ物が無いのである。
紘一だけが、そんなに良い思いが出来る筈も無かった。
其れでも東京よりは、何処も食べ物が有る様に思えたが。
道中、おやつにでも、と言って、炒った豆を分けてくれた老人が居て、紘一は感動したものである。おやつに豆が食べられるとは、一年ぶりくらいのものだった。
東京では今、食べ物と言えば大体が南瓜かの蔓とか蒸かした芋で、其れだって自宅の庭を畑にしたから、やっと手に入っているくらいのものだ。
―ああ、そうだ。由里の赤茄子を見てあげる筈だったのに。約束したのを忘れていた。
枝を棒に結んで固定してやらなかったな、と思い出して、紘一は、毎日水遣りをしていた由里に対して、すまないと思った。
―誰か代わりに遣ってくれたかな。ごめんね、由里。
何時爆撃に遭うか、生きて東京に戻れるかと、不安になりながらの旅は辛い。
しかし今日は、現実逃避なのであろうか、普段は思い出しもしない様な、昔から好きだった作家や、赤茄子の事などが矢鱈と思い出されて、其れによって、紘一の心は妙に落ち着いていた。
稍あって、流石に休憩したくなった紘一は、息一つ切らさない静吉の背中に声を掛けた。
「南国は本当に暑いですね」
「そうだな。だが、今年は涼しい方だよ。全国的に冷夏になりはしないかと心配だ。此れでも未だ七月だからなぁ。八月は、もっと暑いぞ」
「そうですか」
―でも、体感だと摂氏三十度を超えているけど。




